第4話 どうして私たち婚約しているのですか?

 

 そうして今日である。

 小部屋でドレスを見ているといつもの彼がやってきて私に声をかけた。


「君のためにドレスを用意した、その部屋に案内しよう」


 私が食いつかないわけなどない。

 私の中で彼は料理を運んでくれて、部屋に潜んでいる私を騎士に通報しない親切な人だと思っていたので、何も考えずついていった。

 

 よく考えればこの時点で、私のためにドレスを用意したとはどういうことか、王城を好きに案内できる人間なのはなぜか、考えておくべきだったのだ。


 そうして、冒頭のシーンに戻るのである。


 彼と私が婚約しているのは、彼が手に持つ書類のサインが証明しているわけだが。


「……あなたと私が婚約しているのは、わかりました」

「そうか! では早速部屋の中を案内――」


 嬉しそうな声を出したシュリアス王子の言葉を慌てて遮る。

 

「婚約している現状を理解しただけで、納得はしてません! 確かに私は貴方と夜会の時に何度かお話はしました」

「何度か、ではない。十一回だ」

「……十一回。まあそうですね、十一回、同じ時を過ごしたとしても」


 思っていたより多くの時間を二人きりで過ごしていたことに動揺しつつ咳払いをする。


「愛してもらえるようなことなど何もしていませんよ、私」


 私はただあの部屋でドレスを観察していただけだ。

 言葉を交わした覚えはあるけれど、だからといって婚約というのはいささか話が飛躍しすぎている。

 もし「ふたりきりで十回以上過ごしたら婚約」という王家の決まりがあれば、完全にやらかしてしまったわけですが。


「そもそも。私は田舎の貧乏子爵の娘ですよ。貴方とまったく釣り合いませんし! ほら、国王とかお偉い方にも反対されます!」

「そうか」


 シュリアス王子は長い指を顎にかけて考える仕草をした。

 そうですよ、よく考えてくださいね!

 

「……なるほど、わかった。リルアは僕からの愛に不安を覚えているんだな」

「違いますよ」

「僕は君と出会って初めて、僕は僕のままでいてもいいんだ、と思ったんだ」

「…………」


 過去の私は、彼に何か説いてしまったのだろうか。


「僕が顔だけ王子と揶揄されていることは知っているだろう」


 知りませんでした、とは言えずに曖昧に笑って見せる。

 確かに顔が芸術品ということはわかるが、彼の能力など何も知らないし、そのような陰口も聞いたことはない。そもそも王家のことなど知らないのだから。


「僕は兄たちのように優れていない。しかし顔がよくて権力があるというだけで、夜会ではあの様だ」


 彼がいるところに咲くドレスたちを思い出す。


「貴族たちは内心は僕のことを馬鹿にしている。兄たちとは対等に話すのに、僕には娘を遣わせるんだ」


 それは単にモテているだけではないだろうか。親の思惑など関係なく、女性が寄ってきているだけな気がするが。


「僕は女性が苦手なんだ。彼女たちは僕の内面などみない。外面と権力に惹かれているだけだ。感情が渦巻いた瞳を向けられると、吐き気がする。だけどリルアといてもそうはならない。最初はただの興味本位だったんだ。僕のことを気にもかけずにドレスだけ見ている君を。王子だからといって僕を特別扱いなどしない」

 

「王子と気づかず、大変失礼な態度をとってしまったことお詫びいたします」

 

「いいんだ。今こうして王子だとわかっても、君は気楽に話してくれるからね」

 

「いえ、今心臓を鷲掴みされています。緊張しています」

 

「ふふ、面白いね」


「……今までは失礼な態度を取ってしまい申し訳ございません!

 ですが、もうあなたが王子だと知りました。私があなたの見る目も変わりますよ……! 我が家は貧乏子爵家で、お金は常に欲しいのです。あなたのことをこれからお金としてみるかもしれませんよ!」


 王子は私のことなど何もしらないのだ。私は別に聖人ではない。

 無知だっただけで、どこの令嬢ともたいして変わらない。

 たまたま出会いの場が特殊だっただけで、王子の身分を知らなかっただけだ。 

 他の貴族とたいして変わらないだろう。

 我が父が夜会にいれば、間違いなく父は「金持ちを狙え! そうだ! 王子に行ってこい!」などと言っていたはずだ。それこそシュリアス王子の忌み嫌う人間ではないか。

 すっかり忘れていたけれど、そもそも私が夜会に赴いた最初の理由は「金持ちの男をゲットすること」だったのだから。


 王子に好きになってもらえるような女ではまったくない! むしろ王子が苦手なタイプだと言えよう。


「いいよ。それでも」

 

 シュリアス王子が柔らかく微笑み、私の背中に手をまわす。


「さっきも言っただろう?

 僕は君と出会えたことで、僕は僕のままでいてもいいんだ、と思えたんだから。君と出会って息がしやすくなったんだ。君が悪女だとしても、権力を貪る女だとしても、もう今さらかまわない。僕が君の言葉に救われたことは揺るぎないことだから」

 

「待ってください。私、何か言いましたか?」 

「僕は君に兄とのことを相談したんだ」 

「そうだん……?」


 まずい。何も覚えていない。まさか私が適当に返した返事の中に、重大な相談が紛れていたのだろうか。


「すみません、シュリアス王子、覚えがないです。それ本当に私ですか?」

「そうだよ。記憶保持石で、何度もその場面も再生してるくらいだからね」

「なに、石? なんですか、それは」

「国の宝具だよ。君に相談するとすっきりするから最近はいつも持ち込むようにしていた」

「そんなことで宝具を持ち出していいんですか」


 私の記憶の中にはない会話だけれど、王子いわく記憶保持石とやらの中にしっかり記録されてしまっているらしい。

 どうやら私は王子の相談を受けてしまい、それが決定打となり、今回の婚約に繋がっている……。

 過去の自分が恐ろしい。一体何を言ってしまったんだろうか。でも確実にたいしたことは言っていないはずなのに!


「僕はリルアに婚姻の話もきちんとしたよ」

「まさか、私は返事をしたのでしょうか」

「もちろん」

「それは、その何とか石のなかに記録が……」

「そうだね」


 ――人の話はきちんと聞きなさい。あんたは集中すると耳が聞こえなくなるんだからね!

 幼い頃から母に何度もされた注意が今になって沁みる。


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