第2話(ドレスとの)運命の恋に落ちてしまいました


 時は半年ほど前に遡る。


「リルア。大事な話がある」


 夕食の席で父が深刻な顔で切り出した。食卓には母と五人の弟がいて、何事かというようにこちらを見ている。


「我が家は金がない」

「はい」

「そこでリルアに頼みがある。王都で、いい男を捕まえてきてくれ」


 父はそう言うと私に封筒を渡した。何かの招待状らしい。


「リルアも十七歳。結婚を考えてもいい年だ。我が家には金がない。そこで、だ。身分の高い金持ちをゲットしてきてくれ」

「身も蓋もない」

「これは夜会の招待状だ。聞いて驚け。なんと、王家が主催する夜会のものだ! つまり金持ちがたくさん来る!」

「はあ」

「リルアは母さんに似て、顔だけは良い。我が家はリルアの顔に賭けている! だから金持ちを頼む」


 父はそう言うと深く頭を下げた。私の顔が良いかどうかは疑問が残るところだが、オルコット家が貧乏なのは間違いなく事実である。

 王都から数日かけた田舎の領地で、特産物の売買で生計をたてているのだが貧乏なうえに兄弟も多い。弟たちの学費はなんとかしてやりたい。

 

「王都で働き口を探すのもアリ?」

「仕送りは頼む」


 不甲斐ない父親に呆れはしたが、王都にはいつか行ってみたいと思っていたのだ。

 夜会で運命の人に会えなくても、どこか住み込みで働くのもいいかもしれない。

 そう思って、まずは試しにと、一度だけ王都の夜会に出ることにした。


 そして私は運命の恋に落ちてしまったのだ。

 そう――ドレスに。


 王城では定期的に夜会が開かれているらしい。

 金はあるところにはあるものだ。煌びやかで、この世の贅を(税も)集めたような空間がそこにあった。

 

 豪華絢爛な会場をより華やかに彩るのは、ご令嬢たちの身を包む色鮮やかなドレスたちだ。

 私は初めて見る上質なドレスに目を奪われた。

 ふんだんに使われたチュールやレースが、令嬢たちが舞い踊るなかで優雅に揺れる。

 ドレスに縫い付けられた宝石や刺繍は、この世の美しさの頂点だ。


 私も一応ドレスらしきものを身につけてはいたが、ご令嬢たちが着ているドレスに比べたらただの布切れである。

 よくこのドレスもどきでこの会場に入れたな。招待状の力はすごいな。いや、どうやって招待状を手に入れたのだろう。

 とにかく私は初めて見る美しい本物のドレスに、一目で恋に落ちてしまったのだ。


 運命の恋に落ちた私の行動は早かった。あの素晴らしいドレスを作りたい。そう思った私は、ドレス職人になることを決意した。

 その日は宿を取り、翌日には城下町にあるドレスショップに向かった。

 どうやらドレス職人にも階級というものがある。

 上位貴族はお抱えの職人を持つらしいが、下位貴族は城下町のドレスショップで安価でオーダーをしたり、上位貴族が売り払った中古のドレスを購入するらしい。

 最初からお抱えの職人になれるわけもない。私は城下町にあるドレスショップの門を叩き、いかに私の決意が固いか熱弁して、その日から見習いとして住み込みで働かせてもらうことになった。


 父には「運命の恋に落ちた。地元には戻らない」と手紙を送っておいた。「どうしても恋を成就させたい」と言えば、すぐに次の招待状が届いた。

 なぜ父が招待状を用意できるのかわからないが、私は次の夜会にも参加することができた。二週に一度、夜会は開催されているらしい。高貴な方々の数少ない楽しみなのだろう。


 そうして私は二回目に参加した夜会で、シュリアス・ランバートに出会うことになる。


 私の手持ちドレスは前回と同じくドレスもどきしかない。

 あの煌びやかな場に映える上質なドレスを知ってしまえば、この布切れで参加するのは気恥ずかしさもある。


 案の定、美しいドレスに身を包んだ令嬢に口元を隠しながら笑われ、男性陣からもあまりよく思われていないのは明白だった。

 まあ別にそんなことはどうでもいい。私が恋をしているのはドレスなのだから。私は会場内で踊り咲くドレスを愛で、楽しませてもらっていた。


 しかし、明らかに貧乏丸出しの田舎者が、高貴な方々をじろじろと見るのはルール違反だったらしい。

 私は場を取り仕切っている騎士に注意を受けてメインホールからつまみだされた。

 ドレスの中身など興味はないのに、悲しい話である。


 とはいえ次回の夜会から出禁になっても困る。メインホールを追い出されてトボトボと歩いていた私は、ホールに隣接した小部屋を見つけた。

 その小部屋は、ホールの物置として使われているのか休憩室なのか……小さなランプと椅子が一脚置いてあるだけだけの部屋だった。

 そしてホール側の壁には丸い小窓がついていて、ホール内が見えるようになっている。

 小部屋の壁一枚挟んだ箇所は、会場の隅にあり飲み物を配っているスペースだ。そのスペースには代わる代わる人が訪れる。

 つまり、相手には気づかれずに近い距離からドレスを見ることができるのだ……!

 皆、お話に夢中であるしこの部屋は薄暗い。窓の中をいちいち覗く人もいない。飲み物を取りに訪れる人のドレスを観察できる。最高の場所を私は見つけたのだ。


 飲み物を取りに来た女性のドレスを五着ほど観察したところで、ふいに扉が開いた。

 

 廊下の光が差し込み、小部屋が明るく照らされる。

 しまった、ばれてしまった!? 今度こそ王城からつまみだされる!出禁になってしまったらどうしよう!

 数秒の間にそんな考えが駆け巡ったが……。


「うわっ」


 中に入ってきた人は、私という先客がいることに大変驚いたらしい。


「……なんだ君は」


 警戒心をあらわにして、私を見る彼は驚くほどに美形だった。

 こんなに美しい人を私は見たことがない。ああこれが天使というものか。さらりと揺れるプラチナブランド。前髪の隙間から見える瞳は宝石のようなブルー。陶器のような肌に整った鼻梁と薄い唇が完璧な配置で並んでいる。廊下からの光と合わさって後光が差し、この世の者ではないと錯覚するほど。

 

 その天使は不快感をあらわに、私を見ている。

 彼の服装を確認すれば、見事な刺繍が施されたジャケットを着ていて給仕でも騎士でもなく夜会のゲストなのだとわかる。


「す、すみません。怪しいものではないのです。私はリルア・オルコットと申します」


 私は慌てて立ち上がってご挨拶をした。布切れドレスの裾を軽く掴み礼をする。いい男を捕まえるためにマナーは簡単に学んだ、たぶんこれであっている。


「どうしてここがわかった」

 

 彼から出てくる言葉は刺々しく、氷のように冷たかった。


「たまたま見つけたのです。決して怪しいものではございません」

「出て行ってくれないか」

「ここは何かで使用されるのでしょうか?」

「はあ」


 彼の手には水の入ったグラスがある。ここで休憩をするためにやってきたのではないだろうか。


「もし貴方が休憩されるのでしたら、あと少しだけここにいさせてもらえないでしょうか。きっともうすぐあのエメラルドグリーンのドレスがここに近づくと思うのです。あの見事な刺繍をどうしても見たくて。あのドレスを近くで見ることができたら出て行きます。あと数分だけお願いいたします」


 不審者だと思われたくなくて言い訳を述べようと思ったら、全面に欲望出てしまった。

 これでは追い出される!と思ったが、意外にも彼が纏う刺々しさが少し和らいだような気がする。


「ああでも、何かこの部屋で準備されたり使用されるのであれば出て行きます。残念ですけど」


 高貴な方々は一度お召しになったドレスを破棄することがほとんどなのだとか。ドレスとの出会いは一期一会。あのドレスとはもう出会えないかもしれない。ああ残念。

 

「いや、僕はここで休もうと思っただけだ」

「あ、そうですか。じゃあこの椅子は使っていただいても構わないので、どうぞ」


 私を追い出そうという気配は感じられなかったので、椅子を彼の前に移動させた。小窓の位置は低いのでできれば椅子に座りながら眺めたかったが、こんなやり取りをしている間に次のドレスが近づいてくるかもしれない。

 予想通りエメラルドグリーンのドレスを着た令嬢がやってきた。なめらかなグリーンの布地に、金糸で花の刺繍が施されている。グリーンとゴールドの配色も素晴らしいし、華やかなデザインも最高だ。


「刺繍は胸元のみで、切り替えとなるサテンのリボンがアクセントになっていて素敵だわ……」


 忘れないようにメモを取っていると、次は繊細なレースが目の前に現れた。


「……同系色でまとめているのね……。動くたびに色の変化が楽しめる……これまた素晴らしい」


 数分だけだと約束したのも忘れて、私は夢中でドレスを見てしまっていた。

 気づけば夜会はお開きとなり、ゲストがホールから出ていく。


「も、申し訳ございません。長居をしてしまいました!」


 会場内の様子に気づいた私は慌てて男性の方を振り向いた。


「あら?」

 

 彼はもう小部屋から去っていた。休憩を終えて帰ったのだろう。


「……う、痛い」

 

 小窓の位置は低いのだ。中腰でホールを覗き続けてしまって、腰と足が痛い。ドレスを見ていたときは必死で痛みに気づかなかった。


「出て行くのなら、椅子を返してくれたら良かったのに」


 これが、私と彼の出会いだった。

 

 

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