第1話

 ピピピッ__


 目覚まし時計の音に反応して、薄っすら目を開く。

 カーテンの隙間から部屋に漏れた光を不愉快に感じながら、ベットから起き上がった。


 もう一度寝よう。

 寝ぼけた頭で布団に戻ろうとした瞬間だった。


「優花!起きなさい!」


 これは、夢だろうか。

 懐かしい声がして、階段を上がる足音が聴こえる。

 炊きたてのお米の匂いに、私を可愛がってくれていた祖母の声__


 祖母はもう天国に行ってしまったから、今の私は夢を見ているのであろう。ただの、夢。でも、祖母に会えるのなら夢でも良かった。


「おばあちゃん。もう起きてるよ〜」

「優花は偉いわね!学校行けそう!?」


 心配そうな表情で私を覗き込む祖母。

 学校。

 その、二つのワードで思い出したのは、登校拒否っぽくなっていた頃の私。

 クラスの生徒に無視されて、ひとりぼっちに耐え切れなくなった私は学校に行かなくなってしまった過去がある。


 と、言うか行けなかった。学校にいかなくちゃ行けない。そう、思うと微熱が出たり、身体が重くなったりしていたっけ。

 あの頃の祖母は私の事をどれだけ心配しただろう。


 せめて、夢の中の祖母を安心させたい。

 今迄迷惑を掛けたから、夢の中だけでも安心させたいんだ。


「今日は学校行くよ!」

「えっ!えっ!?優花ちゃん、大丈夫!?」


 そう言いながらも、安心したような笑みを浮かべる祖母。そうだよね。この時不安だったのは、私だけじゃ無かったんだ。


「うん、今日はかなり体調良いの」

「じゃあ、頑張って!!

ご飯沢山作って有るから、栄養付けてね!」


 ああ、私の祖母はこんな人だった。

 毎日薄暗い時間に起きて、ご飯を準備してくれる人だっけ__


 当時はこれが当たり前の事だったが、今になって、どれだけ有り難い事か理解出来る。


 リビングに向かい、テーブルに並べられた豪華な料理を食べるとクリーニング済みのピシッとしたブレザーに着替えた。

 昔の私は制服が大嫌いだったけど、今見るとかなり可愛らしいデザインの制服だ。

 

 それにしても鏡の中の私は地味過ぎる。

 校則に従った地味な制服の着こなしに、野暮ったい眉毛と髪。

 ダサイフレームの眼鏡。

 とりあえず眉を整えて、祖母を呼ぶ。

 

「おばあちゃん!」

「優花ちゃん、どうしたの?」

「今日、学校から帰ったらコンタクト買って欲しいんだけど」

「コンタクト良いわね!

帰ったら買いに行きましょう〜!!」

「じゃあ、学校頑張ってきます!!」

「頑張ってね!!」


 この頃の私は、自分の事に精一杯で他の人の気持ちを考える余裕なんか無かったけど、私が学校に行くと決めたら安堵したような祖母の顔。


 きっと、この頃の祖母は学校に行けない私の未来を心配していたのだろう。


 幸い今の私は、他人に無視される位どうでも良い事にしか感じない。

 昔の私も、諦めたくなくて苦痛を感じながら学校に行こうとしていたっけ。

 そんな事を考えながら、ローファーに履き替え学校に向かう。


 今から私の向かう先にはイジメが待っている。


 学校に着いたら、ローファーから上履きに履き替えようとするが、有るはずの上履きが無い。


「懐かしい」


 昔の私だったら、上履きが無いだけで不安になっていたが、今になればどうでも良い事に思える。と、いうかワザワザ人の上履き隠すなんてご苦労様。

 これやった人どんだけ暇人で性格ネジ曲がってる訳?


 今の私は見た目は高校生。

 でも中身は34歳。

 高校生の頃だったら、こんな事されたら悲しくて即保健室に逃げていたが、歳を重ねた私はワクワクしていた。


「歳を取るって、怖!!」


 別に上履きが無い事に不都合を感じる事も無く、教室に向かうと席に着いた。ああ、敷いて言うなら、靴下が汚れるのが少し気持ち悪い。


 に、しても長い夢だ……

 

 そんな事を考えながら、持ってきた教科書や文房具を机に入れる。

 

「ブスが来たよ。上履きも履いてないし、汚い〜」


 そう声がした方向を見ると、クラスのボス的な存在の女の子が居て懐かしさを感じた。

 今は懐かしさを感じれるレベルだが、昔の私は本気で悩んでいたっけ。

 

 ブスだから自分はイジメられても仕方がないんじゃないかって……

 

 言葉は凶器。

 昔の私は本気でそう考えていて、ノイローゼレベルだった。

 でも。今見たら私はどっちかというと可愛らしい顔をしていると思う。というか、自分は可愛いと信じたい。


 席を立ち上がり、ボス的存在の女の子の元に向かうとにっこり微笑んだ。


「ブスって、私?」

「あんた以外誰がいるの?」


 酷い言葉を口にしてクスクス笑うボス(梅木さくら)は残酷な女の子だと思う。


「私ブスじゃないよ、普通!」

「はっ?」

「あー、梅木さんあんまり顔良い方でも無いし、自分のコンプレックスを私にぶつけていたのかな!?」

「どういう事!?」

「歳を重ねて分かったんだけど、たまに居るのよね……。ハァ……」

「へっ!?」


 たまに居る。

 自分が容姿に恵まれていないからって、人の見た目を弄って楽しむタイプの人間。

 めんどくさいなぁ、なんて思っていたら突然笑い声が聞こえた。

 笑い声の主はいわゆるギャルタイプの女の子で私に近付いてくる。


「谷口さんって、、、」

「へっ!?」

「谷口さんって、ちゃんと自分の考え言える子だったんだ!私、なんか、谷口さんの事好きになっちゃった〜!!」


 にっこり微笑みながら、私と目を合わせたギャルに微笑み返す。

 昔は、私の味方をしてくれる子なんて居なかった。でも、自分の意見を口にしただけで、好きと言って貰えるなんて不思議。 


「あ、ありがとう!!」

「そうだよ!谷口さんはブスじゃない!

なのに、梅木さん言い過ぎだから!!」


 梅木が悔しそうな表情をして、教室から出ていった瞬間視界がボヤける__


 夢から覚める。なんだか、悪い夢じゃなかったな。でも、欲を言うならもう一度祖母の顔が見たかった。




 









 


 




 


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