第2話 一号機

 三二郎が死んでから一か月がたつ。そろそろ姉さんとの二人暮らしにも慣れてきた。だが、人間への憎悪とあの日の罪悪感は忘れてはいない。でも、だからといって復讐をしようとは思わなかった。

 一か月間、何度も考えたが三二郎の最後の言葉を叶えるために復讐を選ぶのは少し方法が違うと思ったからだ。そこで考え出したのが『人間とゴキブリの共存生活作戦』。つまり僕たちゴキブリが人間に好かれるということだ。

 僕たちが嫌われていなければ、三二郎だって死ぬことはなかった。だから嫌われないようにするためにはまず、「人間」というものを知ろうと思った。 

 だがここで、問題が出てくる。ゴキブリが嫌われている現在、僕自身が出ていくと死んでしまう可能性があるということだ。

 僕はゴキブリに似たロボットを造ることにした。幸いなことに手先は器用な方だった。数週間で三体のロボットを完成させた。

 一体目は姉さん、二体目は自分。そして、最後の一体は三二郎に似せて造った。

「上手く出来ているじゃん」

 ふと、後ろから声がした。振り返ると姉さんがいた。僕が造ったロボットを見るその目はどこか寂しそうだった。

「ありがとう。じゃあ、試してくるね」

 姉さんは少し口を開き、何か言いかけてやめた。そして、再び口を開く。

「行ってらっしゃい。十分、気を付けて。あと、笑いなさい。祥太郎がいつまでもそんな顔していたらダメだよ」

「うん、ありがとう」

 僕は笑って家を出た。その後、自分の両頬をペチンと叩く。

 まだ生きなければ。

 自分よりも幼い三二郎の最後の言葉はなんて大人びていたのだろう。そんなことを思い出し、僕は苦笑した。まだまだ『人間とゴキブリの共存生活作戦』は始まったばかりだ。



 「懐かしいな」

 僕が初めて人間を見たところであり、三二郎が殺された場所だ。約二か月ぶりか。そう思いながら準備をする。そして、準備が完了したところで人間が近くに来るのを待ち続けた。


「お母さーん、冷蔵庫にあったジュース知らない?」


 …来た。

「いけぇ、一号機」

 コントローラーを使い、人間のところまで走らせた。どんな反応をするのかなんて分かりきっていたことだろう。


「イヤー、お母さん。ゴキブリゴキブリ」

「えっ、どこかしら」


 ―ベシッ


 あっという間に一号機は潰され、そして消えていった。

 たった数週間。そうは言っても長かった。その間頑張って造り続けたものはものの数秒で消え去った。

 人間とは本当に恐ろしいものである。


「それにしても、シャカシャカっていう感じの音。あれが気持ち悪いよなぁ~。思い出しただけで寒気がしてくる」


 なに?僕は初めて知った。確かに走るとき、シャカシャカという感じの音はするかもしれない。ただ、僕たちゴキブリにとってみればそれが"普通″であるため気にしたことがなかった。

 つまり、このシャカシャカの音をなくすようにすれば人間に好いてもらえるかもしれない。

「一歩前進したぞ」

 同じ場所から続いてゴキブリが出てきたら出てきたら僕たちの命が危険だろうと思い、二号機と三号機は使わないでおいた。まだまだ改良の余地はありそうだ。

 僕は今日あったことを心にとどめ、家に帰った。

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