第35話 蛇足④ シャロ

「……それで、俺は何をしてればいいんだ?」


「金額を釣り上げていけ。細かく刻むな。とにかく大幅に上乗せていけ」


「あ、ああ……」


 以前の事件によって、シャロは奴隷市に出されることになる。今日はその契約執行日だ。


「俺は顔を隠さねばならん。それはいいな」


「俺が頑張らなきゃって事だな」


 吸血鬼の王という体裁がある以上、フリードが奴隷を売っているということがバレる訳にはいかないらしい。


 奴隷市……俺にとってはいい思い出がない。あそこで何度殺されたのだろうか。建物を破壊した回もあったな。

 とにかくあまり行きたくはないのだが……


「よろしくお願いしますねぇ」


「ああ、絶対誰にも渡さねぇよ」


 少々キザなセリフかもしれないが、シャロだって不安なはずだ。それを和らげられるなら、俺の恥なんて安いものだ。俺はシャロの頭を撫でながら、そう宣言した。




 ▷▶︎▷




 そうして、俺は1人で街へ来た。フリードとシャロと一緒に来る訳にもいかないので、俺はぼっちなのだが、


「警戒。気が緩んでいますよ」


「うわぁッ! お前いたのかよ!?」


 俺の真後ろにいつの間にかロイドが立っていた。そういや、俺の護衛って設定だったな。


「あれ、レイズは?」


「待機。屋敷の守護についています」


「そっか」


 ロイドとは何だかんだよく話すのだが、レイズとは未だに話したことがない。というか、話しかけても頷いたりするだけで会話にはならないのだ。


「……で、ここが会場か」


 俺の夢と全く同じの会場。現実で来るのは初めてだし、見るのもこれが最初だ。そんな建物の内装まであの夢は再現していたのが謎だ。


 建物に入ると、係員と思われる人に58と番号が書いてある札を渡された。


 席も予め決まっているらしく、俺とロイドは指定されている場所に座った。

 周りを見渡すと、肥えたおっさんや装飾品で着飾ったマダムが沢山いる。金持ちの娯楽と言った感じだろう。


 30分くらい経って、ようやく始まった。


 ステージに並べられた獣人は9人。その中にもちろんシャロもいる。みんな麻の服一枚で、見えちゃいけないものが見えてしまいそうだ。


「くそ、シャロのことジロジロ見んじゃねぇよ」


 シャロがこんな奴らに視姦されていると思うと、心底腹が立つ。


 シャロの他の獣人は屈強な男に幼い少女、年配のくたびれた男など多種多様だった。


「なんか胸糞悪いな」


 俺が助けられる訳でもないし、全員救うなんて傲慢だ。俺は今シャロのことだけ考えればいい。


「はぁい! 次はこのうつくしぃぃい灰猫族の少女でぇぇす。この娘……なんと……なんとなんとなんとぉぉ!? まだ処女、らしいですぞぉ! それに家事も出来るときたもんだぁ! 使用人として買ってもよし、性奴隷として楽しんでもよし! まさに最上級の1品でございますぞぉぉ!」


 そんな気合いの入った説明に、会場が盛り上がる。隣からはヒソヒソと、もし買ったらどう使うかなんて下賎な会話が繰り広げられていて堪らなく不快だ。


「売り手の人はすぐにお金が必要との事なのでぇ、現在払える金額を元に始めまぁぁす」


 そんな合図と共に周りからは30万、50万と次々に金額が挙げられていく。徐々に、だが確実に値段が上がっていく。その小さな積み重ねを壊すように大きな声が響く。


「1000万!」


 声の主を見ると、あの悪夢で何度も見た事のあるおっさんがその額に脂汗を光らせながら手をぶんぶん振っている。


「おぉっと! ぉぉお大きく出ましたねぇぇ! 他の皆さんはどうですかぁぁぁ!?」


 フリードが定めた即金という条件下において、これに食らいついていこうとする者がいない。その様子を見て、俺も声を上げ張り合う。


「2000万!」


「なぁッ!?」


 予想外、という気持ちがその顔に浮かんでいる。こちらを凄い睨んでくるが知ったこっちゃない。こちらはフリードの金だ。手数料で2割引かれるが、半分以上は戻ってくるのだ。遠慮する必要はない。


「ぐぬぬぬぬ……2500万!」


 まだ上げてくるのか、と感心をしつつそれをぶち壊す。


「5000万!」


「んなぁッ!!??」


 この一言で負けが分かったのか、悔しさと怒りをそのままの状態で向けてくる。剥き出しの憎悪を俺は無視し、係員に案内され取引場に向かった。


 この廊下も夢の通りだ。ここまで正確だと、やはりあれはただの夢では無いのだろう。


 豪華な飾り付けがなされた扉を開くと、黒髪の目鼻立ちの整った青年がそこに居た。


 そう、これはフリードだ。王とバレないように今は変装をしている。顔と髪型が変わってもイケメンで、他者を圧倒するオーラは健在だ。


「君が競り落とした人だね」


「あ、ああ」


 いつもと違う口調、声色の男に俺の脳内がバグる。知らない、こんな話し方をする男なんて。


「じゃあ手続きに移ろう。この紙を使って―――」


 そうして滞りなく契約が進み、俺にシャロが譲渡された。


「これからよろしくお願いしますねぇ」


 シャロも一応、初対面という体裁を保っている。丁寧な口調のフリードを見て、ニヤニヤしてる時は隠す気があるのか、と思ったのだが今はちゃんとしている。


 皮を被ったフリードと握手をして、外に出てきた。もちろんシャロは俺の隣にいる。


 フリードは別で帰るので、今は俺とロイドとシャロの3人だ。


「腹減ったしなんか食べていくか?」


「そうですねぇ。シャロはパスタが食べたいですねぇ」


「よし、じゃああの店入るか」


 目に入ったフランス料理店のような建物に入った。


 店内はモダンな雰囲気が漂っていて俺好みだ。メニューに目を通すと多種多様のパスタが写真付きで書いてある。ピザとかないかなと探すが、どうやらパスタ専門店らしい。


「俺はこのカルボナーラにしようかな」


「同意。私もそれで」


「じゃあシャロはこっちにします。一口分けてくださいねぇ」


 店員を呼び、注文を済ませる。

 店内は静かで、食事の場所としては居心地がいい。客層も派手すぎず、それでいてみんなどこか品がある。ここは当たりの店だ。



 数分経っていよいよ料理が運ばれてきた。


 こころなしか写真よりも量が多い気がする。というより明らかに多い。1.5倍はある。


「結構あるな……」


「ラッキーですね」


「まぁそうだな」


 パスタにフォークを突き立て、ゆっくりと巻いていく。そしてそれを口に運ぶ。


「んん、うまい」


 麺の弾力があり、かなりハードだ。それでいて味が染み込んでいる。もっと気の利いた食レポをしたいのだが、美味いとしか言えない俺を許してほしい。


 ロイドも黙々と食べ続けているし、気に入ったようだ。


「ご主人様、一口もらえませんか?」


「ああ、いいぞ。取ってくれ」


 皿をシャロの前に差し出すが、シャロはそれに手をつけない。


「……どうした?」


「どうせなら食べさせてください」


「えぇ……」


 関節キスがどうこうというよりは、単に面倒くさい。


「……ティアには食べさせたくせに」


 ボソッとシャロが呟く。そう言われるとぐうの音も出ない。


「……はぁ、分かった。ほら」


 諦めて俺はフォークにパスタを絡め、シャロの口の前に持っていく。それをパクッと食べ、シャロは満足げな顔をして、


「もう一口欲しいですねぇ」


 と、俺を煽るような口調でそう求める。


「あと一口だけだからな」


 嫌がるポーズを取りながらも、結局シャロに再び食べさせる。俺はシャロに甘いらしい。


 ご飯を食べ終え、御手洗に行くとシャロは席を離れた。


「ここ美味かったからまた来たいな」


「同意。次はレイズも連れて来ましょう」


 デザートが無いこと以外に特に不満はない。それに確かこの近くにクレープ屋があったはずだ。そこで食べれば全く問題がないので、唯一の欠点も無いに等しい。


「……それにしても遅くね?」


 シャロが席を立ってから10分経っている。杞憂ならいいが少し心配だ。


「ちょっと俺、トイレ行くついでに見てくるわ」


 ここのトイレは男女兼用のコンビニのようなトイレが2つある。とはいえ、汚い訳ではなく広くて清潔感がある。


「……ん?」


 トイレの前に来て違和感に気づく。2つのトイレがどちらも開いている。中を覗くと誰もいない。


「どういうことだ?」


 シャロは確かにトイレに行ったはずだ。それは行くところを見ていたから確実だ。出てきた所も見ていない。


 疑念を持ちつつ、俺はロイドの所へ戻り事情を説明した。


「思案。どこへ行ったのでしょう」


「分かんねぇな。とりあえず店を出るか」


 店内にいない以上、外に出たと考えるべきだ。会計を済ませ、店から出るのだが、


「察知」


 出た瞬間、十数人ほどの輩が襲いかかってきた。それに反応したロイドが片っ端から薙ぎ倒していく。


「なッ、こいつら……」


 見覚えがある。確かあのおっさんの護衛だった奴らだ。


 この状況、そしてシャロの失踪。それらが頭の中で繋がる。


「ロイド! もしかしたら」


「推察。おそらく何らかの方法で攫ったと推測されます」


 だとしたらまずい状況だ。どこに連れ去られたかが分からないうえに、安否も不明だ。


「質問。あなた達は誰の命令で来ましたか?」


「言うわけねぇだろ」


「理解。それなら相応の対応をさせてもらいます。」


「やってみやがれ!」




 ▷▶▷




「この街の北に住んでるメッジ様の命令です! これ以上は知りません! だからどうか命だけは!」


「把握。奴隷市で私たちに張り合ってきた男ですね」


「……お前やっぱやべぇな」


 俺の出番はほぼなく、ほんの数秒で全員をノックアウトし、起き上がったやつをボコボコにして情報を吐かせた。相手に有無を言わさずに殴り続ける様は、まるで心に鬼を飼っているようだった。


「じゃあ北に行こう。急ぐぞ」


 聞き出した情報の場所に行くと、遠くからでもわかるほどの豪邸にたどり着いた。


「やっぱ歓迎はされていないみたいだな」


 門を守るように警備が十数人ほどいる。


「殲滅。一気に終わらせます」


 ロイドはそう言うと周囲に大量の氷柱を作り出し、それを一斉に発射する。相手も魔法で防ぐのだが、次から次へと飛ばされる氷の礫になす術なく打ち倒されていった。それを真横で見ている俺は、「射的みてぇ」と思いながら邪魔にならないようにしていた。


 こうして蟻のごとく出てくる警備たちを主にロイドが無力化し、豪邸の中に侵入した。


「こんだけ広いと手分けした方がいいかもな」


「却下。あなたを守れなくなります」


 ロイドはあくまで任務が優先ということなのだろう。それはもちろん理解できるのだが、


「いや、分かれる。これは命令だ」


 今は時間が惜しい。無理やりロイドを説得して、分かれて探すことになった。


「どこだ、どこにいる?」


 殆どが最初に外へ出てきたのか、進んでも敵の影がない。一人二人ならなんとかなるかもしれないが、三人以上は流石に厳しいだろう。


「お、なんかそれっぽい部屋発見」


 今まで見てきたどの部屋の扉よりも綺麗に飾られた扉が目に入る。勢いそのままに俺は扉を蹴って中に入った。部屋には獣人の男四人、そして豚みたいなおっさんにシャロがいた。シャロは腕を拘束されたまま、おっさんすぐ傍の床に座らされている。


「なッ!? き、貴様は!?」


「よう、豚貴族。奪われたモン取り返しに来たぜ」


「ご主人様っ!」


「悪い、シャロ。遅くなった」


「ぶ、ぶぶ、豚だと!? 貴様ぁ、ゆるさんぞぉ! お前ら、やれっ!」


 テンプレな反応に対応、そんな豚公を見ると笑えてくるが状況はよくない。四対一、だが俺には夢での経験というアドバンテージがある。幸いにも、ここにいる奴らはみんな見覚えがあるのでそこに勝機を見出せる。それに———


「——————————纏雷」


 この俺の新しい魔法、これがある。

 俺が唱えると同時に全身から電気が放出され、それが纏わりつく。出しっぱだとびっくりするくらい魔力を持っていかれるし、扱いが難しいのだが、ロイドとの特訓のおかげで何とか実戦で使えるレベルにまでなった。


「よし、いくぞ」


 まず、一番奥にいる奴を狙い、足を前に出す。この雷状態だとものすごいスピードが出るので、即座に距離を詰められた。


 勢いを維持したまま敵の懐に入り、拳を突き出す。腹にめり込んだそれは、相手の意識を一瞬で奪えるほどの威力だ。


 俺の突然の動きに圧倒され三人はしばらく固まったままだったが、一人が雄たけびをあげて持っている斧を振りかぶる。


 しかし、それも経験済みだ。あれで脳天をカチ割られたときは本当に痛かった。そんな恨みも込めて、腰に下げていた刀を帯電させて投げる。稲妻の如きその速さに、斧の男は振り下ろすよりも先に後ろへ倒れた。


 残りの二人も慌てて魔法を発動するが、それよりも先に生み出していた雷の槍が貫く。俺はたった一人でこの逆境を制したのだ。


「なぜだぁぁ!」


「ま、カンニングしてればこんなもんよ」


 正直、全くの初見の二対一だったら負けていた。正しい順序で、正確な対処法を予め知っていたからこその勝利だ。


「この娘は渡さんんん。渡さんぞぉぉぉ!!」


 傍にいたシャロを人質に、豚貴族は大声で威嚇をする。


「ぬぅ、どこだ! どこへ隠れた!?」


「馬鹿が、後ろだよ」


「なっ、ぎゃああああ!!」


 ゼロ距離で放電をかまし、麻痺させる。夢での怒りもセットにして、少し多めに魔力を込めたので当分は目を覚まさないだろう。


「平気か?」


「もちろんです。信じてましたよ?」


 屈託のない笑顔を見て、思わず頭を撫でた。


 そうか、今回はちゃんと救えたんだ。




 ▷▶▷




 建物の奴らを片っ端から襲い掛かっていたロイドと合流して、俺らは帰路に着いた。


 あいつらも犯罪を犯した以上、事を荒立てることはないだろうとロイドは言う。心底腹の立つ奴だったが、きっともう関わることもないだろう。それならそれでいい。


「シャロ、歩きにくいから少し離れてくれ」


「えぇ……また攫われてもいいんですかぁ?」


「う……はぁ、まあいいか」


 やはり俺はシャロに甘くなった。何だかんだでお願いを聞いてしまうし、誰かに奪われると思うと胸の奥からどす黒い独占欲が湧いてくる。これが恋心とはあまり思いたくはないのだが、そうなのだろうか。


 あたりはすっかり暗くなっている。前の世界のような虫の鳴き声が聞こえたりするのだが、その姿は見えない。ふとしたところに懐かしさを感じつつ、屋敷に帰り着いた。




 ▷▶▷ 




 時刻は変わり、PM 11:00


 もう寝る時間なので明かりを消してベッドに向かうのだが、何か嫌な予感がする。恐る恐る布団をめくる。


「……いない」


 どうやら杞憂だったようだ。俺はこの部屋にずっと居たのだから誰かが入ってきていたら分かるわけで———


「うわあッ!」


 突如誰かに抱きつかれて、驚きが声になって表れる。


「ふふ、待っていましたよ」


「な、どうやって中に……」


「ベッドの下に隠れていたのですよ。そんなことより、今日はシャロのことを———」


「抱かないからな!」


 拗らせているのは理解しているのだが、付き合ってもないのにやるのは間違っている。


「なんでですかぁ~。今日シャロは怖い思いをしたので慰めてくださいよ~」


「……」


 これはシャロが望んでいることだ。もう、手を出してもいいのでは? 魔力のこともある。


 でもそんな理由でいいのだろうか?


 俺はシャロを自分の道具とか奴隷とかって扱いにはしたくない。自分の心がふらついたまま事に及んだら、俺はきっと流されるだろう。そうならないためにも、自分にケジメをつけなければならない。


「シャロ……気持ちは本当に嬉しい。でも、やっぱり中途半端なままでやるのは間違ってると思う。俺はまだ自分の心に整理がついてなくて、だから……」


「……シャロのこと好きですか?」


「ああ、俺はシャロのことが好きだ」


 その意味がどうであれ、俺のこの気持ちに偽りはないと言い切れる。


「……わかりました。今日はそれが聞けただけで満足です」


 振り返ると、シャロは穏やかな顔をしていた。まるで俺がどう選択するのかを分かっている、俺の全てを理解しているような微笑みを向けている。


「シャロ、俺は―――」


 改めて言葉に表そうとする俺に、強引にその唇を重ね口を塞ぐ。


 ただ、唇と唇が触れるだけ。それだけなのに胸の奥が熱くなり、全身にその熱が巡る。


 時間はほんの数秒。その刹那でまるで時間が止まったかのような感覚を覚えた。


「次は……ご主人様からの方がいいですねぇ」


 頬を少し赤らめて、そう小悪魔のような表情で言う。


「……いつか答えをだすよ。必ずだ」


「はい。シャロはいつまでも待っていますよ」


 紺色の瞳に宿る確かな信頼を見て、思わず抱きしめた。


 きっともう答えは出ている。


 俺にあと一歩踏み出す勇気がないだけだ。


 湧き上がる衝動を抑えて、俺たちは眠りについた。

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