第16話 俺の傍に

 想像を超えたクラリスの行動の後、俺はさっきの弁明をしていた。


「だからな、あれはアイツが勝手にそう言っただけだ。狂った妄想だよ。」


「でも、受け入れてたじゃん……」


「それは、抵抗したら殺されるかもしれなかったからでな、だから―――」


「分かるけど!……分かってるけど、何か嫌だったの……」


「そ、それってどういう……」


うむ、なんともあざとい。うっかり惚れそうになってしまう。



「しっ、知らない!ほら、皆のところ行くよ。」


「あっ、はい。……って、その前にロイドだ。あいつが気になる。」


 そう言ってフリードの部屋に戻る前に、クラリスと遭遇した所へ行った。


「なっ!」


 そこには、無惨な姿になったロイドとそれに寄り添うレイズが居た。


ロイドは体のいたる所に裂傷があり、とても無事とは思えない。


「おっ、おい。ロイド!大丈夫か!」


「………」


 俺が近づこうとすると、レイズは口に人差し指をあて、静かに、と訴えてくる。どうやら回復魔法をかけているらしい。


 次にレイズは廊下の向こうを指さし、俺らに向かうように促す。


「先にフリードのとこに行ってろってことか?」


「……」


 黙ったままレイズは頷く。


「分かった。そいつは任せるぞ。」


「……」


 ロイドは心配だが、一足先にフリードの元へ向かうことにした。



 部屋に入ると、フリードにシルバー、シャロとティアがなにやら神妙な面持ちで話し合っていた。


「ほぼみんな揃ってるな。ロイドとレイズは後で来るって。」


「そうか。」


「で、こっちがメア……リーメアだ。」


「お、お父さん……」


 話すのが久々なのか、どこかよそよそしい雰囲気がでている。


「メアか、無事で良かった。」


 そう言うと、メアが駆け寄っていき、フリードはその頭を撫でた。うん、何か家族って感じがしてほっこりする。フリードもちゃんとパパやってるみたいだ。


「それにイスルギ。此度の騒動、これを抑えられたのはお前のおかげだ。礼を言う。」


「まぁいいって、俺が助けたくて助けたんだからよ。」


 あのフリードがお礼を言うなんて、と思ったが、こいつが傲慢な王という訳ではないことはもう知ってる。だから俺はその礼を素直に受け取った。


「お前には何か褒美をやらねばなるまいな。何でも言え、できる限り用意しよう。」


「褒美……ねぇ?考えとくわ。」


 特に思いつかないので腕でも治してもらおうか、あるいは風呂上がりのコーヒー牛乳を導入してもらおうか、妄想は膨らむ


 そんなことは置いておいて、改めて話を進める。


「それで、話したいこと、聞きたいことはいっぱいあるけど、とりあえず敵はいなくなったって考えていいのか?」


「ああ。屋敷の中に居た残りの吸血鬼は全て殺した。」


 何とも頼りのある返答、流石フリード。神さま仏さまフリードさまって感じだ。


「じゃあひとまずは安心ってことだな。やっと緊張が解けるぜ。」


 今日一日ずっと気を張っていたから流石に精神にくる。我ながらよく生き延びたものだ。


「それで、さっきは何を話し合ってたんだ?」


「……シャロの処分についてだ。」


 処分、その単語が引っかかる。


「なっ、処分って言い方、いくら何でも……」


「契約に背いた以上、然るべき対処をしなければどちらにせよ灰になる。」


 そういえば、ソルヴァも同じようなことを言っていた。


「然るべき……対処って?」


「奴隷に落とすことだ。そして、それを奴隷市場に流す。」


「ふっ、ふざけんじゃねぇ!何でそんな契約を結んだ!何でそんな条件を出したんだ!」


「いいんです。裏切ったわたくしが悪いんですから、フリード様を責めないであげてください。」


 シャロはそう言って俺を宥めるが、やはり納得がいかない。


「やっぱり……理由が何かあるのか?」


「…わたくしが母のレストランで働いていたある時、ソルヴァ様に声をかけられたんです。オレの命令に従え、さもなくば両親と従業員どちらも殺すぞ、と。」


「なっ……」


「なんでわたくしが選ばれたか、それはよく分かりません。ですが、その時のわたくしには従う他ありませんでした。」


 そう独白しながらシャロはティアの方に顔を向ける。


「もしかして、アタシも……」


「そうです。母だけでなく、あの時働いていたティアも狙われていました。」


「な、なんでアタシに言ってくれなかったんだ!言ってくれたら……」


「どうにもなりませんよ。それに巻き込みたくなかったんです。偶然わたくしが選ばれてしまった、そんな不幸に。」


「そ、んな……」


「なので、わたくしは全ての責任を背負って奴隷に落ちます。もう、覚悟は出来ているので心配しないでください。それに―――」


「何でだ……?何でシャロが責任を追わなきゃならないんだ?今の話でシャロが悪いところなんて1個も無かったじゃないか!」


 責任を被せるところが間違っている。そんなこと俺でもわかる。


「血の契約をしてしまった以上、俺はシャロを奴隷として誰かに売らなければならない。これは確定事項だ。」


 フリードは俺の気持ちを無視し、そう冷酷に告げる。


「この世界じゃ……奴隷ってどんな扱いなんだ?」


以前に奴隷がいると知ってから、これはずっと気になっていたことだ。いつか聞こうと思ってそのまま忘れていたのだが……


「奴隷に人権はない。……これはあくまでも一例だが、男の奴隷の場合は力仕事、護衛、戦争の駒など役割は多岐に渡る。だが、女の場合は別だ。9割以上が性奴隷として買われ、まず間違いなくロクな人生は歩めないだろうな。」


 あまりにもリアルな結末、状況に激しい怒りが体の中を掻きむしる。


 何でそんな契約を……


 その考えで俺の頭はいっぱいいっぱいになっていた。


 フリードが本当に裏切りを想定していなかったとしても、いくら何でもやりすぎだ。


 そんなこと、俺は認められない。


 でも、奴隷にならなければシャロは灰になる。


 死んだように生きるのと、このまま死ぬという選択肢しかないのか?


 そんな絶望を、ただの偶然という理由で女の子に押し付けていいのか?


「―――違うよな。」


 俺は自分の小さな尺度で生きている。


 だから、難しいことを考えるのはやめだ。


 思考放棄かもしれない


 自己満足かもしれない


 でも、今俺がシャロを見捨てれば、俺は俺自身に嘘をつくことになる。


 また誤魔化して、所詮対岸の火事だと無視することになる。


 それを選ぶのは以前までの俺だ。


 逃げることしか考えてなかった、過去の自分だ。


 俺はあの時、生まれ変わったんだ。


 腹は決めた。


「フリード、さっきの褒美の件もう決まったわ。」


「なに?」


「俺がシャロを買う。だからその分の金を寄越せ。」


「なっ、ご主人様!?それは……」


「要は一度シャロが奴隷に落ちればいいんだろ?それなら、俺が買って解放する。それでハッピーエンドだ。」


「本気か?」


「ああ、本気だぜ?お前は裏切りが許せないかもしれないけど、そんなことはどうだっていい。お前から貰う褒美って奴で好き勝手やらせてもらう。俺に恩を感じてるんだろ?ノーとは言わせないぞ。」


 俺は俺がしたいことをする。その結果、吸血鬼の王に睨まれようと知ったことか。


「……それに、だ。俺はシャロに傍にいて欲しいんだ。何だかんだ、俺は何度も助けられたからな。」


「ご主人様……」


毎朝起こして貰って、訓練にも付き添ってくれて、俺の日々の生活の中にはいつもシャロが居た。たとえそれが仕事でも計画の内でも、俺にとって無くてはならない、かけがえのないものになっているのは事実だ。


「……分かった。では引き受け人はイスルギでいいな?シャロ。」


「はい、わたくしは構いません。」


「え?」


 決意を胸にした俺の目の前で拍子抜けするようなやり取りがなされる。


「お前は何か勘違いしているようだが、俺が本当にシャロを奴隷に落としてそのまま放置すると思っていたのか?」


「ち、違うのか?」


「馬鹿め。契約に則り奴隷に落として市場に流す。ここまでは絶対だ。だが、それを買い戻すことは決めていた。今回の騒動には俺に責任があるからな。そしてそれを誰の名義で買うかを相談していたのだ。」


「は、はぁぁぁぁぁ!?」


 じゃあ一体さっきまでの意味深なやり取りはなんだったんだ?


 しかも俺めっちゃ熱弁してたけど、あれって全部空回りだったのか?


 全部が俺の1人相撲……


「し、死にたい……」


 恥ずかしさがフルボルテージに達する。


「でも正直、ご主人様が引き受けてくれると言ってくれて嬉しかったですよ。」


「こ、殺して……くれぇ」


みんな分かっていて俺の暴走を止めてくれなかったのか?


内心、絶対笑われてただろ


「しかし、だ。契約の関係上、最低でも1年は奴隷という身分で過ごさなくてはならない。それは分かってくれ。」


「そ、そうなのか……分かった、引き受けるよ。」


 あれだけ啖呵をきった以上引き下がれる訳もなく、俺はそれを受け入れた。


 まぁ、シャロが見捨られた訳じゃなくて良かった。結果よければ全てよし、だ。


なんとか丸く収まって、肩の荷が降りたようだ。


「あれ、安心したからか、なんか目眩が……」


 足の力が抜け、だんだんと視界がぼやけてくる。


「ご主人様!?」

「「イスルギ!?」」


 ああ、そうだ。


 俺今日、最高に頑張ったんだ。


自分のやるべき事をやり遂げたんだ。


 倒れる体を誰かに支えられながら、俺はそのまま死んだように眠りに落ちた。





▷▶︎▷




 何やら暖かい匂いがする。


 ここは……どこだ?


 右腕には柔らかい感触がある。そう、まるで誰かに包まれているような―――


「う、、おれ、は」


「おはようございます。ご主人様。」


 そうか、ここは俺のベッドだ。


 そして、真横には添い寝をしてくれているシャロがいる……


「なんで?」


「どうしました?」


 シャロは俺の方をその紺色の目でジッと見てくる。耳はぴょこぴょこ動いており、なんとも可愛らしい。


「いや、ちょっとこの状況を上手く飲み込めなくてな……」


「そうですか?シャロはご主人様の奴隷ですので、あたりまえだと思いますよ?」


 そうか、あたりまえか。なら仕方ない。


「……んなわけあるかぁ!」


 ガバッと布団から起き上がり、改めて周囲を確認する。


 うん、俺の部屋だ。


 そうだ……俺は急に倒れて……


 自分の体を確かめていると、失ったはずの左腕がまるで何事も無かったかのようにくっついていた。


「あれ、俺の左腕が……」


「フリード様が治してくれたんですよ。腕まで無くなったらもっと弱くなるって。」


「ははは。馬鹿にすんじゃねぇって言いたいところだけど、否定できねぇな。」


 今回の騒動。大局で見れば俺達の勝ちだ。


 でも、俺の個人成績としては落第もいいとこだ。腕を簡単に吹っ飛ばされた挙句、一撃も食らわせられず、2回の魔法の行使は成功したのだが、それで倒すには至らなかった。


 再度自分の弱さを実感する。


「ご主人様。あらためて、ありがとうございました。」


 そう言ってシャロは正座をして、頭をベッドのシーツにつける。


「いいって、結局最後はフリード頼りになっちまった。だから、俺は出来ることをしただけだ。」


「……それでも、、わたくしにはどうすることも出来ませんでした。ご主人様の行動がなければ、今頃取り返しのつかない事になっていたかもしれません。」


 確かに、最悪の場合フリードにリーメア、それにロイド達が殺され、シャロは奴隷に落とされていた。俺は生かされる、とは言われていたがきっとロクな目に合わなかっただろう。


「でも、そんな最悪な事態は防ぐことが出来た。ありえたかもしれない過去の話より、幸せな今、未来の話をしようぜ。」


「ですがわたくしは……わたくしを許せません。」


 その目には後悔と覚悟が混ざっているかに見える。やはり、完全に後腐れなく過ごしていくってのはシャロ自身も望んでいないのだろう。


「シャロがシャロ自身を許さないってのは分かるし、その気持ちは大切にするべきだ。それでも、俺はシャロを許すよ。許して、受け入れて、それでまた前みたいに変わらない日常を一緒に過ごしたい。」


 これは紛れもない、100%の俺の本心だ。


「それにほら、俺って結構寂しがり屋だからさ、周りの人が1人居なくなるだけですげー悲しくなっちゃうんだ。だから俺はシャロと一緒にいたい。だから俺は、シャロに傍にいて欲しい。ずっと……ってわけにはいかないけど、少なくとも明日また朝起きた時に、いつもの笑顔でおはようございます、って言って欲しいんだ。」


「ご、しゅじん、さま……」


 シャロの瞳が涙で溢れて淡く光り、肩は小さく震えている。その弱々しくて、儚さを感じさせる少女をゆっくりと抱き寄せて、頭を優しく撫でる。


「わたくしは、、シャロはまた同じように、、過ごしていいんでしょうか、、?」


「ああ、いい。いいんだよ。逆にそうしなかったら俺が怒るからな。俺の怒りはねちっこいぜ?」


「ふふ、なんですか、それ?」


そうしてあらためて、俺は目の前の子と向き合い、自分の思いを口にする。


「シャロ……これからもダメな俺を支えてくれ。俺には他でもない、シャロが必要なんだ。」


「……はい!どうぞシャロを傍に置いてください!」


 窓からは朝日が差している。

空に浮かぶ2つの天体が、まるで今の俺達を表しているようだった。

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