第15話 少女の声

 オレには挑む資格なんかない。



 オレが立ち向かったところで結果は見えている。



 オレは夢を追い求め続ける反面、いつからか直接対決する選択肢を無視していた。


 だが、何の運命のイタズラだろうか


 今、オレの目の前にはあの憧れた男が、オレを敵と認識して、オレの存在をその赤い眼で見て、オレに確かな感情を向けてくれている。


「うれしいねぇ」


「……」


 奴は無言のままだ。だがその表情には絶対に逃さないという明確な殺気がある。


 生半可な攻撃は通用しない。たとえ不死があろうとなかろうと、根本的な強さは変わらないのだ。


 故に、自分の最高、最善、最強を一撃に込める。


「……どうだ?我ながら凄い魔力だろ?」


 オレが突き出した両手の先に、凝縮された火球が生み出される。これは昔、まだ自分の可能性を信じていたころに到達したオレの最高峰だ。


「御託はいい。撃つなら撃て。」


「それでこそ……それでこそオレが憧れた男だ!」


 矛盾する気持ちを孕みながら、オレは魔法を放った。


 爆音が轟き、一直線に奴へと向かう。


 奴は微動だにしない。


 それでもなお炎は進んでいき、ついにその男へと直撃する。


 直撃した際の衝撃波がオレの頬を揺さぶる。


「へへ、まじかよ……」


 黒い煙の中から出てきたが、その姿には傷どころか汚れすらない。


「ふむ。……惜しい、な。」


「え?」


「キサマ、生きた年数の割に魔法に対する研鑽をしていないだろう。あと数年程度あればあるいは、俺に傷くらいはつけられたかもしれんな。」


 賞賛ともとれるその言葉に気持ちが軽くなる。


自分は一体今まで何をしていたんだろうか。


「はは、なんだよ。最初からこうやってれば良かったじゃねぇか」


「キサマの最高はもう見た。もう終わらせてやろう」


 そう言って奴は、今のオレの半分にも満たない火球を生成し、放つ。


「ぐぅぅぅ!」


 風魔法で何重にも盾を張るが、それが何の意味もないのは分かっていた。


 そう、ただ――


 ただオレはこの甘美な時間を、命が燃え尽きるまで楽しみたかったのだ――



 先程とは比にならない爆音が鳴り響く。


「もっと早く出会っていれば、何か違ったかもな」


 その男なりの最大の賛辞は、ついに届くことはなく、雷鳴に掻き消されたのだった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 初めはただ、似た存在が居ると気になっただけだった。


 そのくせ、いざ顔を合わせたら何も言えずにその時は逃げてしまった。


 そして、少し月日が流れたあと、隣からとても弱々しい何かが聞こえてきた。


 きっかけを探していた私は、今度こそと考え、思い切って声をかけた。


 彼の話は、私では到底力になれそうにない話だった。何かしたいと思って声をかけたはずが、結局何も出来なかった。


 彼はそんな私に友達になって欲しいと言ってきた。実は私も友達がいないから、それが何だか嬉しかった。


 彼は決して強くない。人並み以上に弱さを抱えて、それなのに気丈に振る舞うその姿はカッコイイと思う反面、とても心配だった。


 さっきだって、腕を失っても戦うことをやめず、誰かを助けるために奮闘していた。


 そんなことをして欲しくない。危ない目に遭ってほしくない。これは私のわがままだろうか。


 そんな気持ちとは裏腹に、私は彼に頼ってしまっている。彼ならどうにかしてくれると、そう自分の理想を勝手に押し付けてしまっている。


 そして今この瞬間も――


 私は彼に助けて欲しいと、彼が来てくれることを願ってしまっている。



「へへ、嬢ちゃん。やっと見つけたぜ……。あの王の娘なんだってな。生け捕りって言われてるが、俺にはそんなことどうだっていいのさ。あの王の吠え面が見れればそれだけで十二分にいいのさ」


 父親が来て、安心して隠れ場所から出てきた所に偶然現れたこの男。


 その手には剣が握られていて、私を通して父親の影を見ているようだ。


「こ、こないで!」


「そうはいかないさ、嬢ちゃん。あの野郎が嫌がることを俺はしたいのさ」


 男は恍惚な笑みを浮かべ、ゆっくりゆっくりと近づいてくる。


「私を、殺しても、きっとお父さんに、殺されますよ、?」


「そんなことはどうだっていいのさ。アイツが帰ってきた時点でそれは確定事項なのさ。だったら、俺の命を賭けてでも一矢報いるべきなのさ」


 その中年の男は涎を垂らしながらどんどん近づいてくる。逃げ場はなく、男の後ろのドアまで行かなければならない。


「だ、誰かぁ……」


 絶望的な状況に涙がこぼれ落ちる。


「はぁはぁ、どうしようかな。四肢を全部切り離してもいいなぁ。皮を全部剥ぐか?それとも犯し尽くして、心を壊す方がいいかなぁ、なぁ!!」


 壁までもう追い込まれた。いよいよ捕まってしまう。


「決めたぁぁ!犯してから全部剥ぎ落として、バラバラにしてやるぅぅ!」


 男はそう叫び、こちらへ走ってくる。


「お願い……誰か……」


 終わった。私はもうダメだ。


「誰か……私を……」


 不快な声と足音が近づいてくる。


「誰か……イスルギ……」


 絶望の中、ふとその名前が自然とこぼれた。


「私を…………助けて――――」


「ああ、任せろ。」


 その瞬間、暗闇を照らすかの如く、一番会いたかった人の、一番聞きたかった声が聞こえてきた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 気づくのが遅れた自分を責めつつ、俺はひたすら足を動かしていた。


 焦りと不安で冷や汗が流れる。


「メア!……くそっ、部屋にはいないか」


 唯一のアテだった彼女の部屋には誰もいない。争った形跡がないから最初からいなかったのだろう。


 どこだ。どこに行く。どこに隠れる。


 思考を巡らせつつ、片っ端から部屋を見ていく。


「こんなことしてる場合じゃねぇのに!」


 しかし、それ以外に手段がない。そうせざるを得ないのだ。


「どうやって探せばいい、何か……何かないか」


 体を動かしながらも、並列して脳を働かせ続ける。


「……あ、そういえば」


 1つ思いついた方法。


 少し前に、リーメアから血を吸われて以降、まるで彼女のように耳があらゆる音を拾うようになった。


 1度立ち止まり、目をつぶって音だけに集中する。


 思ったより雑音が少ない、ソルヴァが襲撃に合わせてそんな術式を組んだのだろうか。


 何でもいい、何か手がかりがあれば――


「………」


「――誰か――」


「……聞こえた、あっちだな!」


 俺の耳に微かに聞こえた声。それを手繰り寄せて、そこへ向かう。


 進んだ先には1箇所、扉が空いている部屋が見えた。


「あそこだ」


 音の出処はたしかにその部屋だ。転びそうになりながらも、その部屋に駆け込む。


 部屋には、目をつぶったまま祈るように座りこんでいる少女と、今まさに飛び掛ろうとする男が見えた。


 どうする、このままじゃ間に合わない。


 刀は今無い。


 あとは魔法……


 そう考え、この間の訓練を思い出す。


「くそ、一か八かだ」



 少女が俺の名前を呼んでいる



「誰か……イスルギ……」



 少女は他でもない、俺に助けを求めている



「私を……助けて――」



 だったら俺は――



「ああ、任せろ。」


 体の奥底から全てをねじり出し、右腕を突き出して、そのイメージを言葉にして叫ぶ。


「――――雷槍!!」


「ぐぁぁぁぁ!」


 俺の手のひらから生み出された雷の槍は、稲妻のような速さで男に直撃し、その体の自由を奪った。


「はぁ、はぁ、土壇場で上手くいって良かった……。メア、大丈夫か?」


「い、するぎ?」


「ああ、そうだ。石動さんだ。間に合って良かった。」


「い、する、ぎ……いす、る、ぎ。わたし、、わたし、もう……」


 相当怖い思いをしたのだろう、泣きながら俺に抱きついてくるので、俺はその頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫だ」


「わたしっ、もうだめだって、思ったけどっ、、いするぎがっ、たすけてくれてっ、」


「ああ。ゆっくりでいい、とにかく一旦呼吸を落ち着かせよう」


「ああああ、許さん。許さんぞぉ。どいつもこいつも俺の人生を邪魔しやがってぇぇぇ!!」


 魔法が直撃したはずだったのだが、男は執念で無理やり立ち上がってくる。


「くそ、吸血鬼ってのはしぶといな」


 かなりまずい状況だ。俺はさっきので見事に魔力枯渇を起こして、正直今にも倒れそうだ。しかも、今日は己の限界を何度も超えた。足が動かない。


「イスルギっ!」


「メア、下がっててくれ。俺がどうにかする」


 くそ、どうする。メアを逃がすことは最優先だ。俺が取っ組みあってなんとか抑えるしかないか?


「女だ、女を俺に寄越せぇぇ………ぇえ?」


「は?」


 男が体を起こして走り出した瞬間、その首から刃が出てきた。いや、刃に貫かれたのだ。


「ひゅー、ひゅー、ひゅー」


 男は何が何だか分かっておらず、声を出そうにも上手く出ていない。そのまま刃が横へと動き、首を掻っ切った。


 男は何も言えないまま倒れ、その後ろには赤毛の女が立っていた。


「あら、さっきぶりね」


「お、前はっ」


 ここにいるはずがない。だって、、だって戦っていて、それで――


「ロイドは……お前が戦っていた相手はどうした?」


「うーん、分からないわ。途中で動かなくなったからそのままにしてきたもの」


 とても他人行儀で、まるで一切関与していないような言い方に鳥肌が立つ。


 こいつはまさしく狂人だ。


「えっと、クラリスだったか。俺を……殺しにきたのか?」


「えぇ、そうね。依頼主が死んじゃって、報酬の残りが貰えないから、せめてあなたの死体を持って帰ろうかと思って」


「はは、冗談きついぜ……」


 ロイドに勝ったのなら、俺が勝てる訳がない。今の口ぶりから類推するに、もうフリードはソルヴァを倒したはずだ。なら、俺はアイツが来るまで時間を稼げばいい。


「そう思っていたのだけれど、やっぱりやめるわ」


「え?」


「だってあなた……私を名前で呼んでくれたもの」


 確かに俺は名前で呼んだが、それは別に意図して言ったわけではない。思わぬ光明が差してくる。


「てことは見逃してくれるってことでいいのか?」


「それも嫌ね。何も成果が無いなんてあまりに私が可哀想じゃない?」


「そ、それもそうだな」


 とにかく今はこいつの機嫌を損ねちゃダメだ。そしたら、一発アウト。俺だけでなくリーメアも殺される。


「かといって今殺すのは違うし……あら?」


 クラリスは俺の後ろに隠れている、リーメアを見て表情を変えた。


「ふーん……決めたわ。あなた、名前は?」


「……石動健一だ。」


「それじゃあイスルギ君。私の目の前まで来て。痛くはしないから」


 俺に拒否権は無い。リーメアが俺の服の裾を掴んで行かせないようにしているが、それをゆっくり解かせて俺は言われた通りにした。


 目線が近い。意外に身長が高いようだ。目算で俺と大体5cmくらいの差だろうか。


 間近で見ると、かなり容姿は整っていて、街なんかで見かけたら2度見をしそうなくらいだ。


「で、これで俺にどうしろと?」


「ふふ、そうね。どうしてしまおうかしら」


「いきなりさよならって言って、殺すのはナシだからな」


「分かってるわ。じゃあ今から1分間、目をつぶったまま何もしちゃダメよ」


「なに?」


「抵抗するのも、目を開けるのもダメ。それを破ったらうっかり後ろの子、殺しちゃうかも?」


 一体何をされるんだ。抵抗も出来ないって、爪とか剥いだりされたら我慢できる自信がない。


「分かった分かった。やるよ、耐えればいんだろ?」


 しぶしぶ俺は目を瞑る。何をされるか分からない恐怖に体がビクビクする。


「じゃ、いくわね」


 そう一言いうと、俺の唇に柔らかい感触が伝わる。


「……!!??」


「えっ!」


 あまりに衝撃的な行動に思わず目を開きそうになるが、ギリギリで耐えた。


 これは……あれだ。


 例の、以前フリードにもやられたアレだ。


「んっ。んんっ。んん……」


 クラリスからは吐息に混じった、あまい声が発せられてる。


「なっ……なっ!」


 リーメアが狼狽えているのがよく分かる。そりゃそうなる。俺だって意味がわからない。


 クラリスは容赦なく俺の口内に舌を差し込み、背中に手を回してくる。体が密着して、胸が当たる。


「んっ、ん……」


 舌が俺の舌を絡めとって離さない。以前とは違う、まるで全てを貪り食うかのように濃厚で、だんだんと互いの身体が火照ってくるのがわかる。


 柔らかく、それでいて優しい。なのに荒々しく感じる。矛盾に満ちたその一時の逢瀬が俺の脳をひたすら刺激して、侵して、蹂躙して、支配する。


 2人の唾液が何度も混ざり、まるで口腔が一体化しているかのような感覚だ。最初は多少の抵抗感もあったのだが、今はもう何も考えられない。2人の温度が同じになって、もはや気持ちが良いとしか感じなくなっている。


 早く終わってほしい。だけどまだ、もう少しだけしていたい。そんな相反する感情がグルグル渦巻く。


 そんな中、終わりは訪れた。


「……こんなものかしらね?」


 ゆっくりと離されるその唇に、糸が引いているのが見える。


「こ、これで満足か」


「そうね。ひとまずは満足したわ。一瞬、あなたからも絡めてくれたし、ね?」


 そう言って部屋の奥に目配せする。


「なっ!」


「そ、そんなことしてねぇよ!」


 正直、途中から理性が働かなくなっていってたから断言ができない。


「今日のところはこれで引くわね。また会いに行くわ」


「それはちょっと……検討させてほしい案件だけどな」


「次会った時は必ず、あなたの心と体を貰うわ。」


「へっ、髪伸ばしてから出直してこい」


 俺のなけなしの嫌味は届かず、あの狂った女は部屋を出ていった。


 俺の唇に甘い香りだけを残して。

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