第14話 王の帰還

 窓を破って現れた男は、この場で誰にも負けない圧倒的な威圧感を放っている。その姿はまさに吸血鬼の王という言葉がふさわしく思える。


「なんで、あんたがここに……?」


「俺が呼んだんだよ」


「馬鹿な!通信の魔石が使えない様な術式を組んだんだ!連絡をとる手段はないはずだ!」


「え、そうなの?」


 フリードは懐から白い魔石を取り出して何やらゴソゴソとしている。


「……ふむ。確かに使えないな」


「まじかよ、結構ピンチだったな」


「なっ!一体どうやって!」


「こいつの娘……リーメアの力だよ」


 そう言って俺は少し前の事を思い出す。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「すげぇ金属音聞こえるけど、ロイドのやつ大丈夫なのか?」


 廊下には刀と刃が何度も、当たっては弾かれ、当たっては弾かれを繰り返している音が響いている。


「今、俺ができることをやらなきゃ、だな」


 そう、今の自分にできること。


 それはフリードにこの状況を伝えることだ。


 想像はしたくないが、シルバーがやられている可能性だってある。聞いた話によれば、フリードの次にシルバーが強く、その次にソルヴァで次点にロイド達がいる。


 そして、そのロイド達は反乱勢力を相手するのでいっぱいいっぱいだ。ならば、戦力を増やせばいい。そのために俺はリーメアの部屋へと向かった。


「メア!」


「イ、イスルギ……今、屋敷の中って……」


 リーメアは布団にくるまって、怯えていた。耳がいい為、きっとあらゆる事が聞こえているのだろう。


「大丈夫だ!俺が何とかする。ってのは流石に厳しいけど、そうなる方向に向かせることは出来る。だからメア、君の力を貸してくれ」


「私の……力?」


「ああ、今はフリードにこの状況を伝えたい。それが俺ができる最善手だ」


そう、俺に出来ること。それは、リーメアに俺の血を吸わせ、能力を……念話を使えるようにすることだ。


「でっ、でも、私血を吸わなきゃ……」


「だからこその俺だ。俺の血を吸ってくれ」


「……!そしたら、イスルギが!」


「俺のことは後でどうとでもなる。俺は今のこの屋敷の皆を助けたい。だから頼む俺の血を吸ってくれ!」


 リーメアに掛けられた術式はまた作らせればいい。とにかく、現状を打破するのが最優先事項だ。


 俺はリーメアのいるベッドに座り込み、服をずらして首筋あたりを差し出す。


「ほんとに……いいの?」


「ああ、好きなだけ吸ってくれ」


 覚悟を決めたリーメアは、ベッドの上で胡座をかいて座っている俺に跨り、ゆっくりと顔を近づけて首筋に舌を這わせる。


「うっ、ちょ、ちょっとそういうのドキドキするんですけど……」


「しっ、仕方ないでしょ!久しぶりなんだから……ほら、吸うよ」


「あっ……」


 なんだろう、この感覚。俺は注射は苦手だが、採血はもっと苦手だ。なんなら嫌いだ。以前に血液検査をした時は2度やるもんか、そう心に決めていた。


 吸血も同じかと思っていたが、案外悪くない。何か癖になってしまうような感覚だ。


「はぁはぁ、カプッ」


 リーメアの息が段々と荒々しくなってきて、それが俺の耳元で聞こえるものだからちょっと、なんというか……変な気分になってくる。


 いかん、今この体勢で反応したら終わる。間違いなく、リーメアに伝わってしまうだろう。


「ちょっ、一旦離れて!」


 そう言って無理やり引きはがすが、信じられないような力で押し倒され、腕を頭の上で押さえつけられてしまった。


「はぁはぁはぁ……」


「め、メア?」


 返事はなく、理性を失っているように思える。なんか目がハートになっている気がするし、呼吸ももっと荒くなっている。


「お、おい、待て!一旦待とうぜ?」


 再び俺の首筋に顔を近づけ、今度は肩のあたりから舐められる。片腕で抵抗出来るわけもなく、いいように舌で弄ばれている。


「も、もういいだ…うへっ、ちょっくすぐった、、、んん!」


 首から顔、そして耳まで舌が進む。今度は耳に直接吐息がかかり、俺の理性スイッチが崩壊しかける。


 このままじゃまずい。


「……ごめん。ちょっとビリッとするぞ」


「うっ!」


 俺はほんの少しだけ魔法を発動し、何とかリーメアを正気に戻すことに成功した。


「あ、あれ?私は何を……」


自分の行いを覚えていないのか、キョトンとしている。


「メアってひょっとして……とんでもなくえっちな子?」


「な、なぁぁぁぁぁ!!」


 リーメアは顔を真っ赤にして、声にならないような声をあげながらバシバシ俺を叩く。


「悪かった悪かった。それよりどうだ、念話使えそうか?」


「う、うん。使うの久しぶりだけど、多分大丈夫。私の手のひらに合わせて、それで話す相手を想像してみて」


 言われた通りに手を重ね、フリードを思い浮かべる。



「――だ、――――?」



「おい、――だ。聞こえ――か?」



「フリード、俺だ。石動だ。聞こえるか」



(これは……メアの念話?)



「ああそうだ。そこんとこの説明は後だ。今、現在進行形で屋敷が襲われてる。相手は複数だが、ソルヴァが絡んでるらしい。」



(……やはり、か。シルバーはどうした?)



「それが、動いてる様子がねぇ。俺がソルヴァと最後に会った時、会いに行くとか言ってたから何かあったかもしれねぇ」



(そうか……。こちらを片付けてからすぐに向かう。1時間持ちこたえてくれ)



「長ぇよ!今俺以外に人手がないんだ。せめて45分だ!」



(分かった。それまではどうにか耐えろ。おそらく狙いはお前とメアだ)



「ああ、大丈夫だ。そっちも頼んだぜ」



 念話が終わり、疲労感が襲ってくる。



「はぁはぁ、これ結構きついな……。メアは平気か?」


「うん、私は全然大丈夫。お父さんは何だって?」


「直ぐに終わらせてこっちへ来るってさ。でもそれまで時間を稼がなきゃならねぇ。俺はシルバーのところに行ってくるから、メアはここかどこかに隠れててくれ」


「あっ、危なくない?そっちに行って死んだり……しない?」


「死なないよ、俺は。だから大丈夫だ。もし、何かあれば念話で俺にでも伝えてくれ、這ってでも助けにくるから」


「わ、わかった。気をつけてね……」


 こうして俺はフリードに伝えることに成功し、シルバーの所へと向かった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ま、そういう事だ。お前は終わりだぜ、ソルヴァ先生」


「クソ……ガキがぁぁ!」


俺が捕まってしまった以上、ギリギリの綱渡りだったが、何とか持ちこたえられた。


「ここをこれ以上汚されたくはないな」


 そう言ってフリードはソルヴァに蹴りをいれ、その勢いのまま壁を突き破って外に出した。


「がはっ!」


 外の銃弾のような雨に打たれながら、飛んでいる2人の周りには雷光が取り巻いている。


「はっ、マジでパネェな」


 あまりにも速いフリードの動きに俺は高揚感と確かな安心感を感じた。これなら後は丸投げでも問題あるまい。


「後俺が出来ることは……あっ、シルバーさん、大丈夫ですか?それどうやって取れば……」


 俺が部屋で目を覚ましたときからずっとこの状態だった。たとえ強くても、痛いもんは痛いだろう。剣が腹を貫通している。


「いえ、あなたはこれに触らない方がいいでしょう。吸血鬼を抑制する術式が刻まれています。シャロさん、手伝ってもらえますか?」


「はっ、はい!どうすればいいでしょうか?」


 そうか、俺も一部は吸血鬼なのだから引っかかるのか。それに、回復魔法を持ったシャロの方が適任だろう。


「い、イスルギ……こっち解いて貰っていいか?」


「ティア、起きてたのか」


「まぁ、ね。結構序盤から起きてたんだ。それでも、アタシじゃ何も出来なかったから……」


「あの状況じゃ確かにな」


 俺は縄を解こうとするが、固く縛られていて中々解けない。


「こ、これかった!ナイフとかじゃないと切れねぇぞ!刀は今ないし……」


「け、結構食い込むというか、胸の辺りがキツイというか……」


 ティアの体には手の部分、足の部分、そして腕を巻き込んだ胴体部分に縄が施されているのだが、その胴体部分が豊満な胸の下に入り込んで締め付けてるのがわかる。


「ど、どこ見てんだ?」


 ジト目で俺のことを睨んでくる。胸を見ていたのがバレた。


「い、いや俺は拘束を解こうとしてだな……」


「後で覚えておけよ?」


「は、はい……」


 どうやっても解けそうにないので、ひとまずティアを楽な姿勢にさせた。


「さて、俺は……」


 フリードが来たからといって、まだ戦いは終わっていない。正直俺も限界は近いのだが、一個気になっていることがある。


「悪い、俺はロイドのとこ行ってくる。『狂人』とどうなってるかが知りたい」


 万が一にも負けるなんてことは無いと信じたいが、あの女も相当強かった。俺が弱すぎるだけかもしれないが、だとしてもやはり気になる。


「大丈夫なのか?」


「まぁチラ見するだけのつもりだ。次会ったら殺す宣言されたからな」


「聞いた感じ大丈夫そうじゃないんだけど……」


「でしたらそこの棚にある液体を飲んでいってください。魔力が少し回復するはずです」


「おお、助かる!自衛手段無かったからな」


 館内に吸血鬼が侵入してきていて、鉢合わせなんてしたらたまったもんじゃない。ちょうど逃げる隙をつくる何かが欲しかったところだ。


「じゃあいってくるわ」


「ご主人様……気をつけて……」


「ああ、俺は絶対死なねぇ。シャロとはまだ話したいことがいっぱいあるからな」


 そうして部屋を出た俺は長い廊下を、吸血鬼の死体を所々で見ながら歩いていた。


「頼む、ロイド。勝っててくれよ。ってこれフラグか?」


 だが、勝ちを信じるのは当然のことで、すなわちこれはフラグなどではない。そう思いたい。


 ぶっちゃけあの2人が共にどこまで強いのかは俺には計りかねる所がある。どちらが勝っても、やべぇって感想で終わりそうなのだが、ロイドには何だかんだで死んで欲しくない。


(――――――――)


 突如頭に、キーンとした、ノイズのような何かが走る。


(――――けて。)


 こ、れは?


「……メアが危ない」


 直感でそう思った俺は、急いでリーメアの部屋へと向かう。


「くそっ、馬鹿か俺は」


 ソルヴァを討てるからといって、その命令が死んだわけではない。今もリーメアを狙う輩が居てもなんらおかしくはない。


 自分への怒りと、事態に対する焦燥感でいっぱいになりながら俺は必死に走る。


「くそっ、頼むから、間に合ってくれ――」

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