第13話 信じるということ

「う……ここ、は?」


 意識を取り戻すと俺はフリードの部屋の中でうつ伏せに倒れていた。


「よう、目が覚めたか」


「お、まえはっ!」


 顔だけを上にあげる俺の前に、そのでかい図体が映し出される。


「おっきい声出せるじゃねぇか」


「一体、何が目的でこんな……なっ!」


 言いかけたところで衝撃的な光景が目に映る。


「すみません。私とした事が迂闊でした」


 シルバーの腹には剣が刺さっており、その状態のまま壁に押し付けられていて身動きがとれないでいた。


「なるほど。これもあなた筋書きというわけですね、ソルヴァ・サルディッシュ」


「ああ、そうだ。苦労したんだぜ?短期間でここまで状況をつくんのに」


「そっ、そうだ!シャロは!?」


「お呼びですか」


 シャロは俺の後方、腕を縛られたティアの側に居た。

 俺は片腕が無いため、拘束はされていないのだが、2発も電撃を受けたから体が麻痺している。


「そいつはよくやってくれたよ。オレじゃ監視だらけで動きにくいったらありゃしねぇ」


「嘘……だ」


「紛れもない事実さ、ニンゲン。お前には感謝してるんだぜ?何せ、あの吸血鬼の王に弱点をつくってくれたんだからな」


「……?」


「何も知らないって顔してるな。いいぜ、先生が丁寧に教えてやろう――」





 オレが生まれた時から奴は王だった。

 周りを寄せ付けず、圧倒的な力を持ち、この世の誰にも負けない、他に従うこともせず、ただそこに有る。

 子供の頃のオレはそんな奴の姿に憧れ、気づけばその背中を追っていた。


 王になりたい。あんな風になりたい。

 そんな思いに溢れていた。


 だが、時間が経つにつれ、段々と奴との差が分かってきた。一生をかけても決して届かない、圧倒的な差。


 それを悔しいと思う反面、オレは嬉しかった。届かない、だからこそ良い。


 オレは奴の視界に一度も入ることなく、過ごしていくつもりだった。


 しかし、ある時奴はあろう事かニンゲンと結婚し、子供を作りやがった。


 誰の手も届かない、あの冷血で儚い姿が揺らいだんだ!


 昔、オレの憧れたあいつの姿はそこにはもう無い。


 そして、その時オレの中で吸血鬼の王、フリード・エンディングは死んだ。


 その頃からオレは、紛い物の奴をどうにか殺すことだけを考えた。考え続けた。だが、常識外れの魔力、理解不能な魔法、それに優秀な配下。


 どれを挙げても敵わない。娘を人質にするかとも考えたが、それだと確実に奴を殺せないし、それでオレが死んでは意味が無い。


 結局、オレの中で再燃した夢をオレは半ば諦めていた。


 でも、急に転機が訪れた!


 あのフリードがニンゲンと血の契約を結んだという話を耳にした。


 その時からオレの計画は新しく始まった。


 まずは屋敷に潜入するため、メイドの案内を見て、灰猫族の娘をそこに応募させた。犬狼の娘がそれについて行ったのは予想外だったが支障はなかったので放っておいた。


 次にオレ自身が出入りできるようにする必要があった。それも教師の募集ということで、オレを推薦させることでどうにか成功した。


 そこからは上手い具合に計画が進んだ。元々奴に反発する吸血鬼を集め、一部は屋敷に、もうひとつは遠方で反乱を起こすよう命じた。それだけだと奴が出張らない可能性があったから、『山崩し』を仲間に引き入れ、確実に外に出すことが出来るようになった。


 だが、1番の問題は奴の側近のシルバーだった。オレでもシルバーには勝てないから、そこをどうするかが1番の鍵だった。


 けど、獣人の娘のおかげで屋敷に上手く術式を刻むことが出来て、奴の動きを封じる手筈が整った。


「――こうして、オレは行動を起こしたのさ」


「肝心の俺が弱点って話が抜けてるぞ」


「なに、簡単な話さ。奴はお前を助けることが可能な状況下において、確実に助けなければならない。それが出来なければ灰となって消える。そういう契約があるのさ」


「なん……だと?」


「奴の不死は厄介だが、それは自殺には適応されない。お前と娘を人質にして奴には死んでもらうことがオレの目的だ。オレを殺して無理に助けようとすれば、オレは死ぬ前にお前と娘をその瞬間殺し、救えなかった奴は灰となる。逆に奴がお前を見捨てれば、結局アイツは契約違反で灰となる。もし、自殺をすればお前も娘も助かってハッピーエンドってことだ。お前には利用価値があるから生かしておいてやるよ」


「何がハッピーエンドだ、そんな事して何になる」


「いいや、何にもならないかもしれない」


「だったらなんで!」


「思い出したんだよ……夢を」


「……なに?」


 ソルヴァは自身の顔を抑えながら、その指の隙間から不気味な笑みを浮かべ高らかに声をあげる。


「お前が現れて、奴に手が届く算段が初めて整ったんだ!こんなチャンスはそうそうない!今こそオレが!オレ自身が王になるんだ!」


 狂ってる、としか言い様がない常軌を逸したその考えがまるで理解できない。


「お前……おかしいよ……」


「なんとでも言えばいいさ。オレは奴を殺して王になる。それがオレの生きる理由だ」


 もはやこいつは話が通じない。

 どうするのが最善だ?


 メアが捕まっていないと仮定するなら、状況は最悪ではない。

まだ勝機はあるはずだ。


 なにか、なにかないか?


「お前のことも一応、気にしてたんだがな。何せあのフリード・エンディングの因子を持っているんだからな。だけど蓋を開けてみれば、白黒の片割れにすら勝てない雑魚!戦闘経験もまるで無く、挙句の果てに魔法を発動することも出来ないときたもんだ!」


「がっ!」


 ソルヴァは俺の頭を踏みつけ、地面に擦りつけながら話し続ける。


「お前の話は全部、獣人の娘から聞いたんだよ!思い返してみろ!お前が訓練所に行く時、いつも傍にいたよなぁ!!」


「くっ、ぐぁぁ!」


「ほんとに、なんでこんな奴が力を貰えるんだか……オレにはっ!不思議でっ!ならないねっ!」


「がはっ!」


 ソルヴァは怒りに任せて何度も何度も俺の頭を踏んで、踏んで、踏みにじる。


「……シャロを、、脅したのもお前か?」


「あん?」


「お前が、無理やりシャロにそうさせたんだ。そうだろ!?」


「はっ、呆れたもんだぜ。ほら、聞かれてるぞ。自分の口で言ってみろよ」


「……計画通り、わたくしは自分の意思でやりました。それで、奴隷に落ちようと覚悟の上です」


「ど、れい?」


「こいつらメイドにも契約が課されてるだよ。主の命令に逆らったら灰になって消滅するか奴隷として生きるか」


「そんな……」


「まぁいいじゃねぇか。奴隷市場に流されるまえに俺が買って、死ぬまで可愛がってやるよ」


 俺は……どうすればいい?


「簡単にあれこれ信じる方が悪いんだよ!だからてめぇは人間にも俺にも利用されるんだ!」


 あまりに不快で、耳障りなその声が部屋に響き渡る。


 俺はまた裏切られたのか?


 簡単に信じてしまう俺が悪いのか?


 でも、


「それでも……」


「あ?」


「それでも俺は……シャロを信じるよ」


「何馬鹿な事言ってんだ?現状の、今のこの状況がすべてだ!それを感情論に任せて盲目的に相手を信じるなんざ馬鹿そのものだ!」


「何も信じない天才になるくらいなら、俺は馬鹿でいい。人を信じられる馬鹿に俺はなりたい。」


「ご主人様……」


「オレには理解できないね。信じたきゃ勝手に信じてろ。もうすぐ、オレの味方が娘の方も見つけてくるはずだ。てめぇもシルバーも、フリードさえ何もできやしねぇ。」


ああ、そうか。そういうことか。


こいつは知らない。俺はそう確信した。


「はは……」


「……何がおかしい?」


「何勝ち誇ってんだよ?まだ何も終わってないぜ?」


「なんだと――」


「――――雷撃!!」


「がぁっ!」


 時間を稼いだおかげで麻痺が治った。それに、俺に触れていたからノーコンの俺の魔法が直撃した。


「お前が言う通り俺は馬鹿だ。馬鹿で弱くて、脆い。そんなできた人間じゃねぇのは俺が1番よくわかってる」


 俺は俺の弱さを知っている。どれだけ矮小な存在かを分かっている。それでも――


「俺は俺自身のちっぽけな尺度でしか考えられない。でも、それをどう使うかは俺次第だ!だから俺はシャロを信じる。だから俺はフリードを信じる。だから俺は……俺自身を信じる」


「ご、主人、、様っ、わたくしはっ……シャロはっ、!」


シャロは目に涙を浮かべながら俺に駆け寄ってきたので、俺の唯一の腕でその頭を撫でる。


「悪かったな、シャロ。お前のSOSに気づくのが遅れちまった」


「なんでっ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!なんでっ!お前が魔法を使えるんだよ!」


「シャロが完全に裏切ってなかったって事だ。どうだ、結構ビリビリするだろ?」


 俺の限界ギリギリの魔力をつぎ込んだのだが、ソルヴァはそれでも立ち上がってくる。


「体を少し麻痺させたくらいでいい気になるなよ!俺がお前に負けるわけがない。状況は何も変わっちゃいない!依然として、オレの優位は変わっちゃいない!!」


「ああ、そうだな。俺じゃもうどうしようもない。……だから戦いにおいて、1番頼りになるやつに頼むとするよ」


「は?」



 バリン



「チェックメイトだぜ、先生。俺たちの……大将のお出ましだ」


「よくやった。後は任せておけ」


 割れた窓ガラスと共に、銀髪の美麗なる男がその表情にたしかな怒りを灯して現れた。

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