第二章 再来の悪夢

第17話 本懐

 屋敷の襲撃の翌日、朝食を食べた俺はフリードに呼び出されていた。


「腕の調子はどうだ?」


「快調も快調!こんな風にぶんぶん回しても問題ねぇ。ありがとな」


 実際に動かす所を見せて、俺は自分の元気さをアピールする。ただ腕がくっついただけじゃなくて、肩こりなんかも治った気がするのは気のせいだろうか。


「礼などいらぬ。それで要件だが、メアについてだ」


「メアがどうかしたのか?」


「お前はあの時、メアに自分の血を吸わせて念話を発動させたな?」


「あ、ああ。あの状況じゃ、ああするしか無かったんだ。術式を勝手に解いたのは謝るけど、メアを責めるなよ。俺の判断でやったから、責めるなら俺だ」


 念話が使えなければフリードと連絡が取れず、俺だけでなくリーメアが捕まりバッドエンドだっただろう。捕まらずに殺されていた可能性だってある。だから後悔はない。


「そのことはいい。重要なのはメアに吸われたお前の方だ」


「俺?」


 そう言われて、前に聞いたリーメアの話を思い出す。


「あー、吸われたらなんかやばいんだっけか?実際どうなるんだ?」


 今のところ目立った不調はないのだが、こういうのは時間差でくるものだ。そう楽観視はできない。


「本来ならゆっくりと衰弱していって、そのまま死に至る」


「まじかよ!?……ん?本来なら?」


「なぜかお前はその呪いを受けていないことが分かった。つまりは、お前は吸われても何ら影響は無いということだ」


「な、なんだ。そうだったのか。驚かせるなよ」


 死の宣告を食らったかと思って内心焦ったが、大丈夫そうならそれで良かった。


「お前がメアと似たような存在である事が関係しているのかもしれん。だが詳しくは分からん。あるのはお前がメアに血を与えてあげられる、唯一の存在という事実のみだ」


「俺……だけが……」


 吸う相手がいなくて困っているのなら、俺は吸われても構わない。また理性が無くなって、干からびるまで吸われるのは勘弁だが、いざとなれば魔法で止められるし問題はないだろう。


「これは……あくまで1つ選択肢なのだが」


「うん?」


「イスルギ。メアと婚約をする気はないか?」


「は?」


 突拍子のない提案に空いた口が塞がらない。今結婚って言ったか?


 俺が? リーメアと?


「本来の目的である探し物は、実はメアの為だった。今は術式で封じているが、吸血鬼である以上、血を吸わなければ生きていくことは出来ない」


「ま、待て待て待て!話がみえないんだが」


「吸血鬼の生命線は人間の血だ。それは分かるな?」


「ま、まぁ吸血鬼って言うくらいだし理解できるけど……」


「だが、メアは血を吸うことが出来ない。子供だからまだ抑えられているが、成長すればいつか術式に限界が来て、メアはそのまま死んでしまうだろう」


「メアが……死ぬ?」


「タイムリミットは早くて20歳になるまでだ。推定だがな」


「なっ!?」


 確かリーメアは今年で16歳のはずだ。吸血鬼が長命だと考えるとあまりに短い。しかも人の平均寿命の半分にも届かないなんて酷な話だ。


「今まで、メアが血を吸うことができる人間はいないと思っていた。だが、今回の一件でお前なら問題がないことが分かった」


「なるほどな……俺がメアと結婚して血を与え続ければ、俺が生きてる限りメアは大丈夫ってことか。それなら何も結婚って風にしなくてもいいんじゃないか?」


「だからこれは選択肢の1つだ。もし、2人がそのような関係を望むのであれば俺はそれを認めようという話だ」


 確かに、結婚という形を取れば俺とメアはずっと一緒になるし血を与え続けることが出来る。


 だが、


「……正直俺はそれに反対だ。俺が何も準備出来てないってのもあるけど、やっぱこういうのはちゃんと好き合ってないとだめだろ」


リーメアとは友達だ。その関係が発展しないなんて言い切れはしないが、まだ出会って1ヶ月程だ。気持ちを積み重ねるにはあまりにも早すぎる。


 だからと言って、俺のリーメアへの感謝や恩が無いということではない。俺はリーメアの事を凄く好意的に見ている。


 でも、俺のこの感情はラブというよりライクだ。


「血をあげるのは全然構わない。元々どうにかなったとしても、俺は受け入れるつもりで吸わせたからな。ただやっぱり結婚はなしだ」


 メアにその気がある、という前提の話だが、仮にあったとしても俺は断るだろう。


「そうか、それならそれで良い。後は学校の件だ」


「俺が血を与え続けるなら学校に行く必要はないってことか?」


 リーメアを助けるのに必要な物がその学校にしか無かった、という話だったが俺がいればリーメアは生きることができる。ならば、わざわざ行く必要はないはずだ。


「正直に言えばそうだ。だが、行きたければ俺は止めない。猶予はまだあるからな」


 メアが血を吸わずにいられる約4年間、俺が人間の世界で何かをするならこの期間しかない。それだったらやることは一つだ。


「いや、やっぱり学校は行くよ。興味本位ってのは否定しないけど、俺はメアの可能性を広げてやりたい。ずっと俺が付きっきりってのも嫌だろうし」


 メアがいつか他の誰かと結ばれたとしても、いつまでもそこに俺が居ては邪魔だろう。

 メアにはメア、俺には俺の人生がある。死ぬまで片時も離れないなんてことは無理だ。


「そうか。なら引き続き学校の行くための準備をしろ。俺も手伝うが重要なのはお前自身だ」


「ああ、分かってる。これで落ちたらシャレになんねぇからな」


 今年は大学に落ちて、来年は高校に落ちるとか本当に笑えない。


「勉強の方は新しい者をつける。とは言っても順調だと聞いてるから外部から雇うつもりはない」


「ん?てことはこの屋敷にいる奴ってことか?」


「ああそうだ。本人からの了承も得ている。俺がこの話を持ちかけたら、二つ返事で答えてくれた」


 おお、何てやる気に満ち溢れた先生なのだろうか。


「んで、肝心の先生は誰なんだ?」


「メアだ」


「え?」


 予想だにしなかった返答に戸惑いが全く隠せない。


え、だってあの子16歳でしょ?


 俺の3つも年下なのに……


「不服か?」


 どうやら俺の疑念が顔にしっかりと出ていたらしい。


「いや、不服も何も……メアって頭いいの?」


「ああ見えて勉強はかなり出来る。もっとも、母の影響が強いだろうがな」


 そういえば前に妻が学校で働いていたとか言っていたな。それならばまぁ納得だ。


「まぁ勉強を教えさせるというのは建前で、血をちゃんと吸って欲しいからというのが本音だ」


「相応を見返りを返さないと、血を貰う訳にはいかないってことか。全然いいのにな」


「お前がそう思っていても本人は頑なに拒否するだろうな」


「はは、たしかに」


 貰いっぱなしがポリシーに反するといったところか。存在どころか、考えまで俺に似てるから一層親近感が増す。


「では、早速明日から見てもらうといい。本人は相当やる気だ」


「そうするよ。学校……楽しみだな……」


 そう呟くが、俺はそれよりも人の国に興味がある。


 いや、人の国に興味があるというよりは、この世界の人そのものに、だ。


 人間は本当に俺のような異世界人を道具のように扱っているのだろうか。


 俺は村のみんなが本当に俺を嵌めたのかを知りたい。ここでの生活を通して有耶無耶になっていたが、これだけは譲れない。


 俺がここにいる本来の目的


 人間の国に行って俺は見極める。


 たとえその結果、ここにいる奴らが敵になる可能性があったとしても―――



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