第2話 吸血鬼の王

 この世界に来て初めて理解が出来る言葉。それに疑念を持ちつつも身構える。


「だ、誰だあんた!それにここは……村のみんなは!!」


 思ったことを次々に声に出したせいで、うまくまとまらない。目覚めてすぐだからというのもあるが、1番はこの目の前の男の威圧感だ。見ているだけで肌がピリピリとして、足が震える。


 歳は20代くらいだろうか、俺と変わらないように見える。目鼻立ちは整っており、髪はグレーで眼はあの禍々しい赤い眼だ。玉座に座ったまま、男は何も言わずこちらの様子を伺っている。


 俺は恐怖で震えながらも、再び声を振り絞る。


「あんたは、、誰だ」


 俺の質問に一拍おいて男は答える。


「俺の名はフリード・エンディング。吸血鬼の王だ」


「き、吸血鬼?」


 突然のことに頭が働かない。異世界だから存在する可能性もあるとは思っていたが、本当にいるとは。


 いや、今はそんな事どうでもいい。それより重要なことがある。


「村は!村のみんなは無事か!?」


 あんな状態の俺が助かったのならと思ったのだが、その望みは呆気なく打ち砕かれる。


「村のみんな?ああ、あそこに住んでいた人間たちか。奴らは1人残らず殺した、と聞いている」


「は?」


 突きつけられた絶望に脳が理解を拒む。じゃあなぜ俺が無事なのか。それに聞いているとはどういうことか。聞きたいことは山ほどあるのに声が出ない。


 うまく飲み込めず、口を開けたまま黙り込んだ姿を見て、吸血鬼の王は話し始める。


「何も分からないお前に一つひとつ、教えていってやろう。まず第一に、村を襲うように指示したのは俺だ」


こいつが……みんなを?


 そう聞いた瞬間怒りが込み上げてくる。さっきまでの恐怖なんか忘れて、気づけば走り出していた。


「お前がぁぁぁぁぁっ!!!」


 声を荒げて飛びかかろうとした瞬間、後ろから強い力で押さえつけられた。


「ぐぁっ、がはっ!」


 振り払おうとするがビクともしない。


「シル。離してやれ」


「ですが、離せばまたこの者は殿下に襲いかかりますよ。」


「流石に今ので分からないほど馬鹿じゃないだろう。それにソイツが俺に傷を付けられると思ったのか?」


「いいえ。殿下が返り血で汚れたらいけないと思いまして」


 そう言うと押さえつけていた力が無くなった。だが、今のやり取りでここで暴れても無駄だと分からされる。


「とりあえず話を最後まで聞いてもらおうか。人間、名前をなんという?」


「石動健一だ……」


「ではイスルギ。俺はお前と取引がしたい」


「……取引だと?」


「ああ、俺にはお前の力が必要だ」


「力が……必要??」


 あまりに身勝手な言い方に我慢が出来なくなってくる。


「俺の村を!!俺の大切な人達をあんなにしておいてっ!俺が協力すると思うのか!?それなら死んだ方がマシだ!!」


「大切……か。お前は何か勘違いをしているようだな」


「勘違い?」


「俺はお前を助けたと言っても過言では無い。遅かれ早かれ、お前はあのまま村にいれば1ヶ月も経たない内に死んでいただろうな」


俺があのままだと死んでいただと?


心の中で目の前の男が言った言葉を何度も繰り返すが全く納得がいかない。


「だ、だったら!!俺だけ連れ出せばいいじゃないか!村の皆を殺す必要なんてないだろ!!」


「お前はあの村の住民が本当に善意でお前を助けていたと思っているのか」


「え?」


 フリードはひどく冷淡に言葉を続ける。


「この世界には稀に、お前のような異界の人間が紛れ込んでくる。1年程の時もあれば、100年以上来ない時もある。本当にバラバラで偶然だ。異界の者はこの世界の人間と殆ど遜色がないが、1つ違う点がある。それは魔力の有無だ」


「魔力の……有無……」


 確かに、村の皆が使っているのをいくら真似しても俺は使えなかった。


「この世界の全ての物には少なからず魔力が宿っている。生物ならば、魔力が体の一部を担っていると言ってもいい。だが、お前のような魔力が全くないものにとっては空気中を漂う魔力でさえ有害だ。呼吸や食事を通して体内に魔力が入ってくるが、それを糧にすることもなくただ溜め込んでしまう。魔力を最大まで溜め込んだ異界の人間は、そのエネルギーの行き場をなくし、最終的には死に至る。早くて3日、遅くとも1週間くらいだろうな」


 その話を聞いて思い出す。この世界に来て3日が経った頃、俺は死ぬんじゃないかと思うくらい熱を出して倒れた。


「その顔を見るに、思い当たる節があるようだな」


「あっ、ああ、だが胸に付いていた宝石のおかげで助かったぞ」


 そう言って俺は衣服を持ち上げて見せるが、胸の宝石が綺麗さっぱりなくなっている。


「その宝石とはこれのことか?」


 そう言って男は紫色の宝石を見せてきた。


「なっ!いつの間に取ったのか!?」


「そう、これがさっきの村の人間の話と繋がってくる」


「どういうことだ?」


「これは吸魔石と呼ばれ、その名の通り触れているモノの魔力を吸い取るというものだ。吸い取った魔力に応じてこの魔石は変化する。変化した魔石は創魔石と言われ、この世界では動力としてとても重宝される」


「それと何が関係あるんだよ」


「創魔石は純度が命なのだが、人や魔物から吸収して造られたものだと不純物が混ざり過ぎて純度が落ちてしまう。高純度の創魔石を造るには時間をかけてゆっくりと造るしか方法はないとされていた」


「されていた?」


「数十年前、もう1つの方法が発見されたのだ。その方法は、魔力を持たない人間が体内に溜め込んだ魔力を吸魔石で吸い取るという方法だ。不思議と不純物が混ざることもなく、完璧に近い創魔石をつくることができる。一見メリットしかないように思えるが、いくつか欠陥がある。それは、そもそも魔力がない人間なんてこの世界にはいないこと。そして、媒体となった魔力を持たない人間は創魔石が出来ると同時に死ぬというものだ」


「待て待て待て。吸収されて死ぬならなんで俺が生きてるんだ?しかも、いないのならどうやって……」


「吸収されて死ぬわけではない。創魔石が完成すると同時に死ぬのだ。元来体が魔力の出し入れに慣れていないせいで、完成する頃には衰弱して寝たきりになっているだろう」


 その話を聞いて、最近感じていた倦怠感が思い出される。


「そうして完成した高純度の魔石は非常に高値で取引される。国の2年以上のエネルギーを賄えるからな。軍事利用すればそれ1つで戦況が傾くほどだ。しかし、そんな魔石を造るのに必要な人間は滅多に現れない。だが、今までの事から、出現する場所の目星がある程度ついている。各国はその地点周辺に村や集落をつくり、傭兵も配置してその者を保護できるようにした。すべては創魔石をつくるために」


「そ、んな。じゃあ……」


「ああ、後は想像どおり、あの村の者たちは皆その計画の共犯者だ。奴らは国からの報酬のために、お前が死なないように見張り、情や安心感を与え村から出ないようにした。そして村の長は毎日王都へ報告書を持って行き、吸魔石の途中経過を逐一伝えることを義務付けられていた」


 信じられない。が、矛盾がない。話に一貫性があって否定できない。だが―――


「それでも、、、それでも俺は、あの村のみんなの優しさが嘘だったとはどうしても思えない」


「……まぁいい。いつかは分かる」


「それで、、、俺をどうするつもりだ。その魔石にでも変えるつもりか」


「いや、俺の目的はそんな事ではない。イスルギ、お前には2つの選択肢がある。1つはこのまま解放されて、余命わずかのまま生き続ける。もう1つは俺がお前を助ける代わりに、俺の手足となり働く」


「助ける……だと?そんなことができるのか??」


「ああ、俺にはできる。逆に言えば俺しかできない」


「お前にしか……」


 そう聞いて思案する。今ここで死ねば、俺は何も成し遂げられない。断った瞬間に殺される可能性だってある。ならば、相手に媚びへつらっても生き延びて、復讐を果たすべきなのではないのか?それに、さっきの話を信じたわけではないが、そこの真偽はハッキリさせておきたい気持ちがある。


「はぁ、これって実質一択だよな……」


「答えは出たか?」


 腹を括るしかない。完全に信用はしない。まずは見極めねば。


「分かった。聞きたいことは色々あるけど、お前の為に働いてやる。だから俺を助けろ。ギブアンドテイクだ」


 俺がそう答えると、フリードは大きく笑い始めた。


「ほらな、シルよ。俺の言ったとおりではないか。賭けは俺の勝ちだな」


「ええ、そのようですね。まぁいいでしょう」


 おい、賭けとはなんだ。俺の決断をゲームにしてたってことか?おい。


「俺の行き場のない気持ちはとりあえず置いておいて、、、で、実際にどうやって俺を助けるんだ?」


 そういえばコイツ自分にしかできないとか言っていたな。


「ああ、そのことか。実は、お前はもう死なない。魔力に適応した体になっているから安心しろ」


「え、いつの間に……」


「お前が寝ている間に既に儀式は終えてある。後はお前が了承するかどうかだった」


「え?」


「歓迎しよう、イスルギケンイチ。新しい吸血鬼よ」


「なっ、は?」


 何を言っているんだコイツは。

新しい吸血鬼?誰が?俺が??


「待て、待て待て待て。一旦落ち着け。吸血鬼って俺のことか?」


「そうだ。とは言っても、悪いが今はまだほとんど人間だ。そうじゃないと都合が悪い」


 なっ、え?どういう意味だ。理解が追いつかない。


「おかしいと思わなかったのか?なぜ欠損した手足が元通りになっているのか。なぜこちらの話していることが分かるのか」


 言われてから初めて気づく。そういえば言葉が通じている。それにいつの間にか手足が治っている。


「ど、どうやって……」


「イスルギ、お前は俺と契約を結んだ。俺はお前が魔力飽和によって死なないようにし、俺の力を分け与える。お前は俺に絶対服従をする。という内容だ」


「ぜ、絶対服従だと?」


「ああ、そうだ。お前にしかできないことをやってもらわなければならない」


 くそ、安易にOKした俺が馬鹿だった。だが、してしまったものは仕方ない。まだ聞きたいことはいくつもあるが後回しにしよう。怒りも疑念もとりあえず全部抑えて、まずは良好な関係を築くところからだ。


 俺はフリードの前まで歩いて右手を差し出す。


「これからよろしく頼む」


 フリードはそんな俺に応えるように立ち上がり、俺の手を握った。


「ああ、せいぜい俺の為に働いてくれ」


 目の前の男はそう言って笑みを浮かべ、俺の眼を真っ直ぐに見てくる。


 最初の威圧感はどこへいったのやら。てかコイツ近くで見るとマジでイケメンだな。


「それで、俺にやって欲しいことって具体的になんだ?」


「そのことか、お前には学校に行ってもらう」


「へ?」


 想像の斜め上の答えに、俺は情けない声をあげてしまった。

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