異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?
雪詠
第一章 吸血鬼の王
第1話 プロローグ
「おいおい……まさか俺が?」
目の前には広大な大地が広がり、風が吹くと草花が揺れ、暖かい匂いが鼻をくすぐる。
東京の街並みとはまるで正反対の景色に俺は不安を感じる一方、これから何が起こるのだろうという期待に胸を膨らませていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――遡るほど2時間前
「くあぁぁぁ、朝か」
スマホのアラームを止め、大きな伸びをしながらゆっくりと体を起こす。カーテンの隙間から部屋に光が差し込み、外からはやかましいくらいに鳥の鳴き声が聞こえてくる。
二度寝をしたい心を抑えつつ、俺は無理やり体をベッドから引き剥がした。
階段を降りると机には朝ごはんとおにぎりが2つ置いてあった。
まずは洗面台に行き、半開きになった目を擦りながら顔を洗う。
「母さんはもう行ったのか」
冷えたご飯を温め食事をとる。いつものように梅干しが乗っかった白米と、ゆで卵にウィンナー、そして昨日の残り物のサラダがお皿に盛り付けられている。
毎朝、ほぼ同じような献立なので飽きを感じつつも口に放り込んでいき、最後にカフェオレを流し込んだ。
「ご馳走様」
誰もいない空間に俺の声だけが響く。
たとえ誰かが聞いていなかったとしても、お天道様は見てるとそう信じ、きちんと言うのが俺のポリシーだ。
食器を洗い、歯を磨いて外へ行く準備をし始める。
「久しぶりだなぁ、外出るの」
俺は鏡に映った無気力な顔とにらめっこしながら、これまでの生活を思い出していた。
俺、石動健一は19歳である。
去年、高校を卒業したが大学受験に失敗した為に予備校に通っている。いや、通っていた。
どうして過去形なのかというと、単純に不登校になったからだ。
初めこそ、これから1年頑張ろうという決意に燃えていた。しかし、教師に浴びせられる罵詈雑言、人格否定もろもろのことによって心が折れてしまったのだ。
それでも最初は耐えていた。親の気持ち、自分のプライドを全て天秤にかけ、耐え続けていた。しかし、そんな状態が続くわけもなくその日は突然やってきた。
ある日、模試の最中に急に体調が悪くなり早退した時があった。数日休んで、再び登校しようとすると体調が悪くなり、結局行けないなんてことが続いた。休みが続くことでメンタル的にも行きたくないという思いが強まっていき、無理に行こうとすると吐く、なんてこともあった。
そんな中、いろいろあって自宅で授業を受けるという形に落ち着いたのだが、今日はその塾へ向かう。
「はぁ……行きたくねぇけど、流石に行かねぇともったいないよなぁ」
そう、今日は授業がある訳では無い。
だが、模試がある。
しばらく受けていなかったが、今日こそはと重い腰をついにあげたのだ。「頑張って受けてくる」と言った時の母は一言、「頑張ってね」そう言ってくれた。今はそれが心の支えになっている。
寝癖を直し、荷物を持って久しぶりの外へ出る。
「うわ、あっっついな。何だこの暑さ」
空には雲ひとつ見られず、太陽の光と熱が俺の不健康な体に突き刺さる。何もせずとも体から汗が吹きでてきて、何とも言えない不快感がある。
今は7月中旬。
そろそろ梅雨明けかと思う時期だ。
駅までの道を音楽を聴きながら歩いて行く。
歩行者の道が極端に狭い田舎だが、東京へと1本でいける電車が通っているため、不便はそこまで感じない。
久しぶりに見る、見慣れた景色は記憶との相違は無い。
「やばい、思ったより時間ねぇな」
腕時計を見ると8時35分を指している。電車の時間は42分のため歩いていては間に合わないかもしれない。そう思い近道を通って行くことを決意する。
いつもなら音楽をゆっくり聴きたいため、ちょっと遠回りをしていく。しかし、久しぶりに外に出たため想像以上に足が動かなかったらしい、時間がいつもよりかかってしまっている。
そろそろ運動するべきかとか考えながら早歩きして行くと、俺は急な頭痛に襲われた。
「痛ってぇ!なんだこれ、頭が割れそうだっ……」
ガンガン頭をトンカチで叩かれているような強い痛みを感じる。目がチカチカして、周りの風景がぐるぐる回っている。
「ぐ、このままじゃヤバい。一旦どこかに座って―――」
痛みはどんどん激しくなり、遂に倒れてしまった。地面はアスファルトだったが、倒れた瞬間不思議と痛みは無かった。
そうして意識は遠のいていき――
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
現在
目の前には草が生い茂っている。昔、テレビでみたアルプスだか何処かの高原がこんな感じだった気がする。だが、今自分がいる場所に皆目見当もつかない。
「……どこだ、ここ。これってドッキリ……とかじゃねぇよな? まぁ流石に一般人にこんな大がかりなことやったって、何も撮れ高無さそうだしな」
あたりの景色に見覚えはない。ふと、時計を見ると9時00分であった。家を出た時間から考えて、だいたい2、30分寝てたことになる。
常識的に考えればありえないことだが、一つの仮説が浮かんでくる。
「てことは……異世界召喚ってやつ??」
漫画はよく読んでいた。最近話題の異世界モノなんかは、アニメ化やコミカライズされたものを暇つぶしがてら読み漁ってたので何となくわかる。
「でも異世界召喚なら、呼び出したやつ出てこいって話だよな」
パッと見でまわりに人影はない。建造物も見当たらないし、生き物も見えない。
「とりあえず、こういうのは北に向かうのが定石だったりするよな。太陽の動きを見れば――」
そう思い空を見ると、球体が2つ浮かんでいた。位置的には太陽と同じ。だが、太陽ほど光を発している訳では無いため直接視認できる。
太陽というよりむしろ月のようだが……
「ははっ、ホントに異世界かよ……」
いくら何でも天体を創り出すなんて絶対に不可能だ。
2つの星を眺め、ここで半信半疑だった事が確信に変わる。
そう、自分は異世界にいるのだと。
「召喚でもないなら、異世界転移ってとこか? 迷い込んじゃった的な」
そう思い、今まで読んできたラノベやらアニメやらを思い出してみる。
「……なら、もちろんお約束の、、」
自分にもチートな能力が備わっているのでは、という期待が生まれどんどんと膨らんでくる。
「やっべ、テンション上がってきた!どうやって確認すればいんだろ……」
こういうのはお決まりがあるものだ。
とりあえず思い付いた言葉を試してみる。
「ステータスオープン!!」
…………何も起こらない。
「ま、まぁそう上手くはいかないか、、、やっぱ魔法とかか!?」
そう言って右手を前方へと突き出す
「えーと、、ファイアーボーーールゥ!!」
…………何も起こらない。
「ま、まぁ、まぁまぁまぁ、そんなこともあるか。まだよくこの世界を知らないし、魔力なんてないのかもしれないしな!」
興味は一旦後回しにして、とりあえず一方向に進むことを決めた。あまりにも情報が無さすぎるからまず人を探さねば。
歩きだそうとしたそのとき、何か足音のようなものが遠くから聞こえた気がした。ドドドド、と地面が揺れている。
「ん?何か聞こえるような……気のせいか?」
いや、どんどん大きくなってきている。そして明らかにこちらへ――
そう思って音の方向に目を向けると、カマキリのような生物がこちらへ走ってきているのが見えた。見た目は明らかにカマキリだ。でもサイズがおかしい。絶対に2mはある。
「なんだよ! あれ!! カマキリ?? いや、そんなことはいい。こっち来てるよな!? 俺狙われちゃってる!!??」
身の危険を感じたので、ひとまず走る。持ってきた荷物に構っている暇はない。走って、逃げて、とにかく逃げ続けなければ。
「ぜぇ、ぜぇ、、くっそ、こんなことなら走り込みだけでもしとけば良かった!」
昔から足は速くてリレーの選手に選ばれる程だったが、最近は運動をしていなかったせいで足が遅くなっている。
「やばいやばいやばい!! 追いつかれる!!」
だんだんと音が近づいてくる。
死にものぐるいでとにかく走っていると、視界の先に村のようなものが見えてきた。
(あれって村??良かった助けが呼べる! ……いや待て、もし追い払える力を持ってる人がいなかったら……。くそ、でも自分の命が最優先だしな。そっちの方が勝算高いだろ!)
そう考え村に一直線に向かう。
足をひたすら回転させ、腕を大きく振る。火事場の馬鹿力的な感じで人生で1番の速さが出てるとさえ感じるほどだった。
(よし、もう目の前だ。とりあえずは――)
そう思ったのも束の間
ヒュンッ、と耳の横を風が、いや、風のような何かが通り過ぎた。その瞬間、激痛が右腕に走る。
「ぐぁぁっっっ!!!あぁぁぁぁ!!」
(痛いっっ!し、熱いっっ!なん、 これっっ、、!!くっそ!!)
村まであと100メートル弱ほどのところで倒れ込む。痛みの方を見ると右腕の肘から先が無くなっていた。
(痛、、い!なんで、、だよっ!なんで、、俺がっ、こんな目にっっ、、!!)
あまりの激痛にもはや声が出ない。
そして、止まった俺にカマキリが追いついてくる。痛みで悶える俺をそのカマで器用に押さえつけると、肩から齧りついてきた。
「あぁぁ、、喰う、、なよぉぉぉ」
俺の抵抗などお構い無しに、カマキリはひたすら齧って、噛んで、抉りとってくる。
(ああ、ここで終わりかよ。死にたくねぇ...。)
走馬灯なんか無かった。だんだんと思考が出来なくなって、痛みと恐怖に支配されていく。右腕が熱い。いや、寒い?もはやよく分からない。
近くで何かが引き裂かれたのが見えた気がしたが、それを考えることはできなかった。
▷▶︎▷
誰かが喋っている。これは、、夢だろうか?
「◯◯◯◯◯◯。」
「□□□□□!」
「◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯。」
「△△△△△△△!」
「◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯。」
「△△、△△△△。」
▷▶︎▷
「知らない天井だ、、、ってリアルにこんなセリフ言う機会があるなんてな」
気がつくと俺はベッドの上だった。周囲には本棚や机があり、8畳以上はありそうな部屋だ。そういえば何か寝ている間に聞こえた気がするが、思い出せない。
そうして体を起こそうとすると違和感に気づく。そう、片腕が無いのだ。だんだんと意識を失う前の記憶が思い出される。
「そうだ、俺は変な生き物に追いかけられて逃げてる途中に―――」
思い出すと気分が悪くなってくる。恐る恐る無くなった方の腕を見るとやはり肘から先がない。だが、傷が塞がっていた。齧られた肩の部分もそうだ。
「これ、治ってる?一体誰が…」
自分の怪我の具合を確かめていると、ギィと扉が音を立てて開かれ、中年の女性が顔を出した。女性は俺に気がつくと驚いて、口に手を当てたまま固まってしまった。
「……人だ」
異世界に来て初めて会う人間。戸惑いながらも声を出す。
「あっ、あのっ!ここはどこですか?」
「□□□□□□□、□□□!」
「……え?な、なんて?」
「□□□□、□□□□□□。」
何度か聞き返すも、何て言っているかさっぱりわからない。少なくとも日本語や英語では無いのは明らかだ。どうしても理解できない。
「まじかよ、、、言葉が通じないのか、、」
その女性は必死に俺に喋りかけているが、向こうも伝わらないのが分かったのか大声で誰かを呼ぶような声を出した。
しばらくすると、出てきたのはこれまた中年の男性。
「□□□□□□!」
「△△△△△。」
「□□□□□□□□□!」
「△△△△△△△。」
2人で何かを話しているがそれも全く分からない。こういうのって普通は自然と理解出来るものだろ、と心で叫ぶが現実はそう甘くないらしい。
話が終わったのか、2人は自身の胸に手をあてながらこちらに話しかけてくる。
「△△△△、△△△△△△△。」
「□□□□□□□□。」
「……ロナン・ゲイルとシリア・ゲイル??」
そう聞こえた気がした。ポツリと彼らが発した言葉を声に出すと、彼らは自分のことを指さしながら激しく頷く。
(これ、名前ってことか?固有名詞ならどうにか伝わるのか??)
そう思い俺も自分のことを指さし、必死に自分の名前を名乗る。
すると相手も理解したのか、「イスルギ、イスルギ」と俺の苗字を呼び始めた。
(本当は健一が名前だけど、まぁ伝わらないしいいか。)
こうして、俺の異世界初のエンカウンターは言語の壁に阻まれつつも、どうにか成功?したのだった。
▷▶︎▷
この村に来て3日が経った。
過ごす内にいくつか分かったことがある。
1つ目は言語だ。基本的に言葉は全く通じないが、人物名や生物名など具体的なものはある程度伝わる。とは言っても文章になるとほとんど理解できないし、逆に俺が犬とかトマトとか言っても首を傾げていたから、今のところ俺の名前以外は向こうに伝わっていないと思われる。
肝心のコミュニケーションは身振り手振りでどうにかしている。言葉がなくとも、案外伝わるのでそこまでの不自由はしていない。
2つ目はこの村のことだ。どうやらこの村には20人住んでいる。若い人は全くいなくて、老人しかいない。
ただ、その中で1人風貌の違う男がいる。その男はとてもガタイが良く、体中に傷跡があり、身長が2mはある大男だ。名はヘルドというらしい。大きな剣を背負っており、あのカマキリもどきから助けてくれたのもこの男だ。実際に戦う姿を見せてもらったが強い。比べる対象がほとんどないからよく分からないが、村の外を徘徊しているモンスターを1人で殺し回っていた。
他には、俺が目を覚ましたときにいた2人はこの村のトップの人達らしく、村の中で1番家が大きい。俺にとても親切にしてくれて、今はあの老夫婦の家の空き部屋を借りて生活している。
3つ目は魔法だ。やはり魔法は存在した。この村の住民はみんな魔法が使えて、洗濯やら何やらで水を出したり火を出したりしている。俺も真似てみるが一向に使えない。悔しいが、魔法が存在するという事実だけでも夢が生まれる。
この村が付近のモンスターに襲われないのもどうやら魔法のおかげらしい。詳しいことは分からないが結界的な感じだ。たぶん。魔法石みたいなのがあるし。
そういえば俺の腕の傷を塞いだのもおそらく魔法だ。老夫婦の内、女性のシリアという人が使えて、怪我をした人が彼女の元に訪れ、治してもらっていた。きっとこの村で使えるのは彼女だけなのだろう。
と、まぁこんな感じで状況を整理した訳だが、今俺は何をしているかと言うと、シリアの料理の手伝いだ。利き腕を失った状態で出来ることなんて限られているが、野菜を洗ったりしてどうにか貢献している。他にも、畑作業を手伝ったり荷物の運搬をしたり、とにかく自分に出来ることをしている。
老夫婦の男の方、ロナンはというと、朝になると馬車に乗ってどこかに行き、夜になると戻ってくる。荷台に野菜なんかを積んでいっているのを見るとどこかに売りに行っているようだ。
彼は最初こそ、愛想が悪そうな顔をしていたが、夕食を一緒に食べる時なんかはよく笑っており、思ったより気さくだった。俺がこちらに来て最初の夜、ホームシックに駆られ泣いていた時、彼は俺の部屋を訪ね、一晩中俺の背中をさすってくれた。とても良い人だ。
正直、まだ先が見通せなくて不安ばっかだけど、この村の住民は俺を温かく迎え入れてくれた。それが何よりの救いだ。
▷▶︎▷
更に4日後、俺は原因不明の病に侵されて吐いては寝て、吐いては寝てを繰り返していた。胃の中の物は全部出した気がする。 体中の血という血が全て沸騰しているように熱い。意識が朦朧としてくる。
「やばい、、かもな。熱が引かねぇ……」
シリアが付きっきりで看病をして、タオルを替えたり、魔法をかけたりしてくれているが一向に良くならない。
インフルエンザなんかよりきつい。体中が発火しているように熱く、飯も喉を通らない。
横になった俺に眠気が襲いかかってくる。
(あ、これやばいかも。ここで寝たらもう起きれない気がする。)
ただ寝るのとは違う、全身の血がサーっと引くような感覚に陥り、俺の中の危険信号が警告し続けている。
どうにか意識を持たせようと奮闘するが、そんな努力も虚しく電源が落ちたように俺は意識を失った。
▷▶︎▷
しばらく経った後、俺は目を覚ました。
「……知ってる天井だ」
どうにか窮地を抜け出したらしい。熱が引いて、倦怠感は多少あるが今はすこぶる元気だ。よく持ち直したな、なんて思っていると、ふと胸に違和感を覚える。
その違和感の正体を確かめるべく、恐る恐る服をめくると、ちょうどみぞおちの辺りに紫色の宝石が埋め込まれていた。
「な、なんだこれ?くっついてる??」
引きはがそうとしてもビクともしない。まるで俺の体の一部かのように一体化している。
俺が宝石に夢中になっている間に、いつの間にか部屋にロナンとシリアが入ってきていた。彼らは俺が元気になった姿を見ると、とても喜んで、強く抱き締めてくれた。気がつくと俺は自然に涙を流していた。
後で話を聞くと、というより手振りで見て理解した話だと、どうやらこの宝石のおかげで俺は助かったらしい。詳しい原理は一切分からないが村の結界に使われている魔法石に似ている。
にしても、こんな優しくされるとは思っていなかった。この宝石もきっとかなりの値段がするのだろう。
恩返しがしたい。今のただの手伝いじゃ返しても返しきれない。
そんな思いに駆られた俺はヘルドの巡回に付いて行くことを決めた。というのも、この村は野菜などの他に彼の狩るモンスターの死骸も売って生活をしているらしい。しかし、動けるのが彼しかいないため、戦闘から荷物の運搬まで彼1人しかいないのだ。
なので俺は彼の荷物持ちに立候補した。初めは村のみんなに反対されたが、ヘルドが説得してくれたのか最終的に認められた。
こうして今は彼と共に平原を歩いている。周囲は見渡しがよく、風が強いが開放的でとても気持ちが良い。
俺の住んでいた地域も都会と言うよりかは田舎だったので、こうやって自然を感じると安心する。
そうこうしている内にさっそく戦闘だ。といっても、俺は戦えないしヘルドに任せっきりだがまぁ仕方ない。俺は完全に見る専だ。
現れたのはあのカマキリだ。だがこちらに気づく様子はない。ヘルドはカマキリに近づくと、大刀でその首を切り落とした。強い。
バレずに先制攻撃できるのには理由がある。
狩りに行く前にヘルドと同じマントを渡されたのだが、どうやらモンスターに気づかれない効果があるようだ。平原を歩いていても、こちらから攻撃しない限り気にする素振りすらない。
そんなこんなで倒したモンスターからヘルドは核を取り出し、使える部位を切り落とす。俺はそれを背負っているカゴに詰めていく。あのカマキリの素材は腕のカマ以外いらないっぽい。
他にもハリネズミだったりウサギだったり色んなモンスターを狩って帰路に着く。ここの平原の生物は基本的に全部デカイ。帰る頃にはカゴから溢れるくらいになっていた。
帰り道、ヘルドは俺に何も話しかけてこない。元々寡黙な方なのだろう。だが、行動ひとつひとつに思いやりが感じられる。彼は優しい。歩くのも俺のペースを考えてくれているのがわかる。あの熱以降、何だか疲れやすくなっているが、そんな俺を時々気にかけてくれている。
顔は怖いし圧があるが、優しいなんてギャップの塊じゃないか。まるでマンガのキャラクターみたいだ。人気投票なんかやったら間違いなく上位にくるだろう。
なんて考えてる内に村に戻ってきた。成果は上々だ。いつもヘルドが取ってくる量の1.5倍以上はある。素材をヘルドに預け、家に帰るとシリアが夕食の準備をしていた。俺に気づくと喜びながら駆け寄って来て、俺の胸に手を当て、微笑んでくる。ここまで心配してくれると嬉しいような、気恥しいような不思議な気持ちになる。
今日は珍しくヘルドもゲイル夫妻の家で夕食を食べた。俺の報告も兼ねているのだろう。
淡々と狩りの様子を語っているのがわかり、ゲイル夫妻はそれをとてもニコニコしながら聞いている。
こうやって食卓を囲むと家族って感じがしてなんだか胸が熱くなる。ヘルドには毎日家に来て欲しいくらいだ。思えば彼は俺の命の恩人でもある。いつか彼にも恩返しがしたい。
夕食を終え、風呂に入り自室に戻る。今日は疲れた。いつもは部屋にある本を片っ端から開いて寝るが、そんな気力もなくそのまま寝てしまった。
寝る寸前、ヘルドとゲイル夫妻の言い争う声が聞こえた気がした。
▷▶︎▷
村に来て今日で2週間だ。今日も狩りの手伝いで平原に来ている。
そういえばこの世界の暦は日本とたぶん同じだ。カレンダーにある日の数が一緒になっている。ただ、季節なんかはズレていて今は秋に近い気がする。
いつも通り平原を歩いていると俺はある事に気がついた。人だ、人がいる。遠くからでよく分からないが、黒髪の人間が平原に立っているのが見えた。
ヘルドにそちらを指さして伝えると彼の様子が途端に変わった。目を見開いてその場で固まる。顔には汗が垂れてきて、いつもの彼の厳つい顔が一層強ばっている。
彼は俺の前に手を出して動くな、と伝えてきた。状況は飲み込めないが、ひとまずそれに従う。
しばらくすると平原にいる人はこちらに気づかないままどこかに行ってしまった。
何だったのだろうか。ヘルドがあんな表情になるなんて、ヤバい奴なのだろうか。
そんなアクシデントがありつつも、今日の狩りは一通り終わった。あの出来事のせいでいつもより時間がかかってしまい、辺りはすっかり暗い。
帰り道、俺の頭の中はあのことでいっぱいになっていた。こんな時に言葉があればと思うが、ないものねだりしても仕様がない。
もうすぐ村だ。村は明かりが付いているから暗闇でもわかる。遠くからでも分かるくらいに明るい。
そう、ちょうどあんな感じでまるで燃えているような―――
「え?」
村まであと少しのところで俺とヘルドは異変に気づく。そう、比喩なんかでなく村が燃えているのだ。
俺とヘルドは顔を合わせ頷き、走り出した。
一体何があったのだろうか。色々考えるが今はとにかく走る。
(頼む。ロナン、シリア。無事でいてくれ……)
そうして村に着いた。家はあちこち燃えており、人影がまるでない。
焦げた臭いと血に似た臭いがあたりに充満している。
「ロナーン!シリアー!いたら返事をしてくれーー!!」
嫌な想像が脳裏によぎるが、俺は必死に叫んだ。
「おーーい!どこだーー!!頼む、返事を、、返事をしてくれーーー!!」
村の住民がどこにもいない。俺とヘルドは声を上げながら村の中心に向かうと、そこには村の皆が倒れており、近くに人が立っていた。
白髪で眼が赤く、そしてその手には血が滴っている剣が握られていた。
男はこちら気がつくと不気味な笑みを浮かべ近づいてくる。
するとヘルドが俺の名前を叫びながら必死に今来た道をさす。おそらく逃げろ、という意味なのだろう。
皆を置いて行くことに迷いがありつつも、ヘルドのその真剣な顔を見て、俺は死にものぐるいで村の出入口に走った。
走りながらここ2週間の記憶が蘇ってくる。ロナン、シリア、ヘルド、それに村の皆。俺はまだ何も返せていない。彼らを見捨てて、、本当にこれでいいのか?
そんなことを考えながら村の出入口が見えてきた。安堵感と後悔がぐっちゃぐちゃになる。
あと少しで―――
ふと目の前に何かが飛んできて、驚いて足が止まる。暗闇で見にくいが、ソレがなにか瞬時に分かった。分かってしまった。
「え、、へ、、、ヘルド??」
ついさっきまで一緒にいたあの男が、強面だが心優しいあの男が、顔だけの状態で飛んできたのだ。
眼が見開いて光がなく、口が空いている。首から下がキレイに切り落とされたようになっている。
「ああああああああぁぁぁ!!なんでっ!?ヘルド!!おい!」
声は当然届かない。彼はもう……
気がつくと背後にあの男が立っていた。悲しみと恐怖で声にならない声が出る。
やばい、殺される。逃げなきゃ。
逃げようとするが腰が抜けて立てない。
男の手には血の着いた剣が握られている。
俺は片腕を使ってどうにか後ろに下がる。
「嫌だぁ、やめろぉ、くるなぁぁ!!」
そんな俺の姿をみて男は、またあの不気味な笑みを浮かべながら俺に追いつかないようにゆっくりと近づいてくる。
男の方を見ながら後ずさりしていると、急に何かにぶつかった。
「え?」
後ろを振り向くと、今目の前にいる男と同じ様相をした黒髪の男が立っている。昼間に平原で見たあの人間だ。赤い、赤い眼が俺を見下ろしてくる。その手にはやはり剣が握られていて、暗闇の中でもきらりと光って見える。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
絶望のあまり情けない声が漏れる。もはやどうしようもない。あのヘルドを殺したような人間が2人もいて、挟まれている。
どうにか這いつくばって横から逃げようとするが、その瞬間足に痛みが走る。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」
以前にも右腕に受けたような似た感覚、それを両足に感じる。
「俺のっっ、あしがぁぁっっ」
痛みに悶え、涙が溢れてくる。
(もう、、無理だ、、俺は……死ぬのか、せめてロナン達だけでも無事なら……)
そう祈った俺の視界の奥に映ったのは、あの心優しい老夫婦の動かなくなった姿だった。
唯一の願いすら叶わず、俺は絶望の中で意識を落とした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
体が熱い、、なんだこの感覚は……
体の異変を感じながら意識がだんだんとはっきりしてくる。
「ぐ、ここ、、は?」
「ようやく目が覚めたか。異界の人間よ」
声がする方を見ると、玉座に座った男がその赤い眼で俺を見てきていた。
こうして俺は、今後の人生を左右する運命の出会いを果たすのだった。
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