第3話 風呂
「うわぁすっげぇ広い部屋だなぁー。」
案内された俺の部屋はとにかく広い。ベッドもダブル、いやそれ以上の大きさだ。家具も一通り揃っていて、不自由はしなそうだ。
「にしてもまた学校に通うようになるなんてなぁ。」
そう呟き、さっきまでの話を思い出す。
▷▶︎▷
「おい、学校ってどういうことだ??」
「そのままの通りだ。お前には国が運営している高等学校に入学してもらう。今は9月だから7ヶ月後だな。まぁ試験は5ヶ月後だが。」
コイツ正気か。大学ならまだしも高校なんてもはやコスプレだ。いくら卒業したてホヤホヤだとはいえ、さすがに躊躇する。
「俺はもう19歳だ。流石にバレるだろ!」
「問題はない。姿を変えることもできるが、お前のその見た目ならバレないだろう。2年生として編入してもらう。」
「なんで2年生なんだよ!1年からとかじゃねぇのか!?」
「それにはちゃんと理由があるが、追って話そう。肝心な目的のことだが、簡単に言えばやって欲しいことは探し物だ。」
「探し物?」
「俺の妻がかつて学校で働いていたのだが、そこで書いていた研究資料を持ち帰って来て欲しい。」
「妻、、って、え?お前結婚してたの?」
「ああそうだ、とは言ってももう妻は死んでしまったがな。子どももいるぞ、今年で16歳だ。」
「子どもがいるのか……。」
死んだ、という部分にはあえて触れないでおく。
「で、なんで俺なんだ?自分で取りに行ったり部下に行かせればいいだろ。」
「訳あって俺は自分の領地から離れられない。それに吸血鬼が人の国に入るとまず間違いなくバレる。そんな事態になれば戦争は避けられないだろうな。」
人間と吸血鬼は対立してて、侵略したら報復を受けるといった感じか。
「なるほどな、大体わかった。細かいとこはまた今度聞くとして、、、やっぱり試験とかってあるんだよな?俺まじでこの世界の知識とかないぞ??」
前の世界では私立の文系を志望していたため、国語や英語、日本史以外は全く勉強していない。どれもこの世界では役に立たなそうだ。数学なんかは通用しそうだが、せいぜい数ⅠAくらいしか分からない。なんなら、もう2年以上のブランクがあるから、それすら出来ない可能性だってある。
「そんなことは分かっている。お前には試験日まで俺の屋敷で勉強と鍛錬をしてもらおう。」
「勉強……はまぁいいとして、鍛錬?戦えってことか?」
「平たく言えばそうだ。試験は座学と実技が2日に分けて行われる。実技に関しては新入生なら大した内容じゃないが、編入生の場合は模擬戦となる。形式は年によって変わるが、魔物を狩るか対人戦だろう。」
この世界の学校に通うとか言い始めた時点で覚悟はしていたが、やっぱり戦闘能力が必要になるのか。運動神経は悪くないとは思うが、それが通用するとはとても思えない。それにほら、俺って魔法使えないし。
「座学ならどうにかなるかもしれんけど、実技はたぶん無理だと思うぞ?格闘技とかやったことないし。」
この世界の戦いは見たことがある。まだ、ヘルドのしか知らないが、アレがもし基準ならと不安が募る。
「そのための契約でもある。お前の中に俺の因子を取り込ませてあるから、それを体に慣らしていく。鍛えて100%順応させれば吸血鬼になれるぞ。」
「なりたくねぇよ!!何勝手に俺の体に入れてるんだ!!」
そんな得体の知れないもの勝手に入れないで欲しい。俺、昔から注射とか体に入れる系苦手なんだよ。
「だがお前には必要なものだ。俺の因子のおかげで魔力に曝されても平気だし、体がこの世界に適応できて言葉がわかる。」
なるほど。だから急に話せるようになったのか。ん?なら裏を返せば世界に適応できなかったら、言葉が理解できないってことか?
「これから約半年、俺の屋敷で生活してもらおう。教師、世話係、護衛すべてつける。もっとも、戦闘を教えるのは俺自身だが。」
他の吸血鬼に教わるのも大概怖いが、コイツに教わるのはもっと怖い。それに戦闘なんて尚のことだ。自然と顔がひきつる。
「ふん、そんな嬉しそうな顔をするな。人間相手に遅れをとらないように鍛えてやる。」
「お、お手柔らかに頼むわ……。」
▷▶︎▷
一通り話が終わると、フリードの従者に連れられ、その屋敷に来た。
さっきまでいた場所は彼の城なのだが、城壁はボロボロで、古城という言葉が似合う城であった。一方こちらの屋敷は、まさに豪華な邸宅という感じで、本当にデカイ。
こうして自室を案内され、館内の地図と衣服や消耗品の説明を受け、20時に夕食を食べに来るように言われた。
それにしても戦闘か。正直、戦いとかはしたくない。だって人生で殴り合いの喧嘩とか一回もしたことないんだ。それで対人戦をするとか本当に無理だ。やめたい。
心で文句を言いながら時計を見る。今は18時だ。夕食が20時とか言ってたから余裕がある。自由に歩き回っていていいらしいから散歩がてら屋敷を探検することにする。
聞いた話によると、この屋敷はフリードが普段寝泊まりで使っているところらしい。二階建てでとにかくデカイ。住んでる人は少ないようだが、仮にも同居?するわけだし挨拶にでも行くべきだろうか。
ぐるっと一周まわったが特に面白そうなものはなく、自室へ戻ってきてしまった。
困ったやることがない。館内図を見ながら考える。夕食まであと1時間半はある。フリードも今はここに居るらしいが、なんとなく会いたくない。
「そういや風呂があったな。」
何だかんだ汗をかいたので、夕食前に風呂に行くことを決めた。
こう見えて、俺は風呂にうるさい。うちの家系は温泉好きで、休日なんかに日帰りで色んなところを開拓したものだ。
そんなことを思い出しながら、期待を胸に風呂へと向かった。
脱衣所に入るとまず、そのデカさに対する驚きでいっぱいになる。
「絶対こんな広くなくていいだろ。何人で入るつもりなんだ?」
そう言いながら服を脱ぐ。服と言えばこの世界に来た時に着てた服だが、カマキリのヤローのせいでビリビリになり、血で汚れたから捨てられてしまった。あの時背負っていたリュックも逃げるのに必死で気付いた時にはもう無かった。今はこの腕時計だけだ。地球の物がなくなっていくのはなんか寂しい。
前の世界に思いを馳せつつ、タオルを持って扉を開く。
「ははっ、すっげぇや!」
大浴場に入ると、その中心には大きな風呂があった。辺りを見渡すと、それの他に7つの風呂がある。自分の想像を遥かに超えた風呂の様子にドキドキが止まらない。
それぞれが気になるがまずは体を清潔にしなければ。
一通り体を洗ってついに入浴だ。なんと言ってもまずはこの中心の風呂だ。チュートリアルにはちょうどいい。つま先からゆっくりと湯船に入れていく。
「あぁぁぁぁ、沁みるなぁぁ。」
思えば、昨日から今日まで全く気が休まらなかった。恐らくこれからも休まることは無い気がするが、何も考えないことにした。
温度はそこまで高くない。だが、それがいい。これだけ広いと泳げるな。まぁマナーは大事なのでそんなことは決してしないのだが。
ずっと浸かってられそうだが、今の俺は好奇心でいっぱいだ。もう他の風呂が気になり始めている。夕食後にまたゆっくり入るし、今は見極めるタイムだ。ひとまず上がって手前から浸かっていく。
「おぉ、これは!?」
この風呂はかなり深い。いわゆる立ち風呂というやつだな。俺の肩までしっかりお湯がある。ちゃんと座れる段差もあり、良心的だ。
次の風呂は一見普通に見える。だが、つま先をつけた瞬間痛みが走る。
「あっっっつ!!なんだこれ!?」
ただただ熱い。とてもじゃないが入れる熱さではない。もはや温度管理をミスってるとしか思えない。
「こんなん誰が入れるんだよ……っと気を取り直して」
次の風呂は見てわかる通りジェットバスだ。
「あぁぁぁぁ、これもまたなかなかに……」
血行が良くなったせいか腰が痒くなってくる。疲れきった体にはとても良さそうだ。
次は寝れる風呂だ。温度はぬるめで、横になっていると本当に寝てしまいそうになる。
「次ここに入る時はちっちゃいタオル持ってくるか。アイマスクにして……へへへ。」
一転変わって次は水風呂だった。これは最後にとっておこう。
そして後は目玉の2つだ。どちらも見た感じ硫黄の温泉で、匂いもまさにそれだ。ひとつは白濁でもうひとつは緑っぽくみえる。なんで温泉があるのか、そんな謎はとりあえず置いておく。家の風呂が硫黄の温泉なんて素晴らしいではないか。
まず緑の方から浸かっていく。完全に濁っている訳ではないが、入っていると肌がツルツルになるのが分かる。新潟の方にこんな風呂があったな。
そして、お次は白い方だ。こちらも同様、肌にとても良さそうな効能を持っている。温度は推定41度。入った後の満足感が高い。
2つの温泉を堪能したところで水風呂に入る。
「くぅぅぅ、結構効くなぁ!」
火照った体をこうやって冷やすのがとても気持ちいい。普段ならこれを何度か繰り返すが、もうすぐ夕飯なので最後に1番気に入ったところに入って出ることを決める。
俺の脳内ジャッジに選ばれたのは―――
なんと!緑色の温泉だ!!
やはり硫黄の温泉というのが強かった。白い方も良かったが、緑の方はとろみがあったし、昔よく行ってた温泉に似ていたために1位の座を手にしたのだ。
とっても有意義な時間だった。
風呂上がりのコーヒー牛乳が欲しいところだが、流石にそれは無かった。お願いしたら置いてもらえるのだろうか。
着替えを終え、脱衣所から俺が出るのと同時に隣の女性用脱衣所からも誰かが出てきた。
「「え?」」
まさかこんな所でバッタリ人と会うなんて思わなかった。お互いに驚いて、ただ時間だけが過ぎる。
出てきたのは女の子だ。
ピンク色の髪にハーフツインで、服装は黒を基調とした中華ロリータのような格好だ。顔は幼いながらも整っており、肌は白く透き通っているように見える。
可愛くてつい見とれてしまったが、ふと我に返る。
「あっ、今日からここに住むことになった石動健一だ。よろしく頼む。」
第一印象は大事だ。こんな急に会うとは思わなかったがとりあえず普通に自己紹介をする。しばらく固まった状態が続くが、
「……リーメア」
そう小さな声で呟くと、そそくさとどこかへ行ってしまった。
何か気に障ることでもあったのだろうか。それにしても、あんな反応されたら少しばかり傷つく。
リーメア、か。彼女も吸血鬼なのだろうか。それにしては眼が赤くなかった。後でフリードに聞いてみるか。
時間が時間なので、俺は夕食を食べに向かった。
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