53場 魔技術学科の問題児(いい歳したドワーフ)

 連行されたのは、暴風が吹き荒れたみたいにとっ散らかった部屋だった。


 開けっぱなしのドアの上には『ドニ・ロータス研究室』と札がかかっている。


 どう見ても生徒ではないので、ドワーフは教師なのだろう。同じ教師のミルディアと比べると、いささか……いや、かなり破天荒だと言わざるを得ない。


 ドワーフ――ドニの言う通り、部屋の中には不思議なものがたくさんあった。


 右手側、年季の入った作業台の上にちょこんと座っている、顔が半壊した人形。その隣にある、馬車に似た車輪つきの四角い箱。左手側の大きな棚の前には、用途不明の丸い物体が無造作に置かれている。


 さらに、正面のひび割れた壁には数式を書き殴ったメモがびっしりと貼られているし、埃の積もった床には、ミミズがのたくったような文字が綴られた書類がいくつも散らばっていた。


「ちょっと汚ねぇが、死にゃしねぇ! 適当に座れや」

「ええ……。座れるところ、なさそうなんですけど……」


 シュトライザー&ジャーノ工房よりも少しだけ広い空間の中には、ありとあらゆる資材や工具が積み上がっている。


 きょろきょろと周りを見渡すと、左手側の一番奥、どんと置かれた大テーブルの隅っこに、見知ったデュラハンが座っていることに気づいた。


「あの……。あなた、エレン君? だよね? グレイグの同期生の」


 性別がわからないので、とりあえず君付けで呼ぶ。


 合っていた……のだろう、たぶん。エレンはメルディの言葉を訂正することなく、「あなたは……」と目を丸くして返した。


 ここにエレンがいるということは、ドニは魔技術学科の担当教師なのか。魔法学校といえども、魔技術学科はかなり職人寄りの学科だ。職人みたいだと思ったのは間違いではなかったらしい。


「なんだ、お前ら。知り合いか?」

「知り合いというか……」


 街での経緯を話そうとしたところで、ドニに制止された。


「いや、説明はいい。時間がもったいねぇ。さっさと始めようぜ」


 何を始めるというのか。そもそも、さっき座れって言ったのに。


 おもむろに工具を渡され、困惑しかない。案山子のように突っ立ったままのメルディに、ドニは作業台の上の人形を指差して叫んだ。


「この人形、直してくれや!」

 




 

 一切の説明も自己紹介も挟まないまま、時間はあっという間に過ぎていった。


 オレンジ色に染まった窓の外では、しきりにカラスが鳴いている。これからねぐらに帰るのかもしれない。


 目の前の作業台には散乱した工具や資材。そして、顔が綺麗になった人形がある。


 人形の修復は専門外だが、近所の子供たちのおもちゃを手直しした経験が活きた。無茶振りされた割には、我ながらよく出来たと思う。


 ドニは魔石を使わない動力の研究をしているのだそうだ。


 馬車に似た車輪のついた箱は、『蒸気自動車』という、馬がいなくても走る車。棚の前に置かれていた正体不明の丸い物体は、熱した空気の力で浮かぶ『気球』だという。


 その他にも、ゼンマイを巻いて動くブリキの人形や、風車が突き刺さった荷台の模型まであって、眺めているだけでも面白い。


「ウィンストンで蒸気機関が開発されて以降、発電機ってやつができたけどよ。結局、魔石を使ったほうが早いってんで、あんまり研究が進んでねぇのよ」


 せっかく発明された技術を有効活用しないのはもったいない。ということで、生徒から古い人形を譲り受け、電気を用いた自動人形を作ろうと試みた。


 ただ、ドニは人形の造形には明るくない。だから、柱時計に夢中になっているメルディを見て、「こいつは繊細な仕事ができる職人だ!」と勝手に判断し、人形を修復するための助手として、ここまで連れてきたそうだ。


「り、理屈がめちゃくちゃすぎる……!」

「すみません、先生が……。でも、悪気はないんです。ちょっと周りが見えないだけで……」


 恐縮しきりな様子でエレンが頭を下げる。クリフを相手にしたアルティと同じだ。破天荒な担任に相当苦労しているようである。


「よーし! じゃあ、次は……」


 目をイキイキと輝かせたドニが人形を手にしたそのとき、研究室の隅に取り付けられた正方形の小箱から、じじっとノイズが走った。空気の振動を音に変える魔機――スピーカーだ。


『ドニ・ロータス! ドニ・ロータス魔技術主任! 至急、職員室までお越しください! 逃げないでくださいよっ!』


 声だけで怒っているのがわかる。ドニは「ちっ……」と忌々しそうに舌打ちすると、優しい手つきで人形を作業台に戻した。


「悪ぃが、デートのお誘いだ。また頼むわ、嬢ちゃん。おい、エレン。俺が戻ってくるまでに研究結果まとめとけよ!」


 言うだけ言ってさっさと研究室を出ていく。


 ぽかんと口を開けたメルディに、エレンが「さっき庭で実験してたんですけど、失敗しちゃって……」と教えてくれた。


 彼が指差す先には大破した筒が転がっている。


 水を入れて密閉した筒に空気を送り込み、一気に解放することで空に打ち上げる仕組みだそうだが、空気を入れ過ぎたのか無惨に破裂したらしい。


「玄関ホールで聞こえた爆発音って、これだったのね……」


 ふう、とため息をつくメルディに、エレンがまたぺこぺこと頭を下げる。

 

「本当に、本当にごめんなさい……」

「もう謝らないで。わけわかんなかったけど、楽しかったよ。こんな経験滅多にできないしさ」


 顔を見上げて笑みを向けると、エレンはほっと肩の力を抜いた。


 立ったままも何なので、大テーブルの周りに乱雑に置かれた椅子に並んで腰掛ける。


 さっきはじっくりと見る余裕がなかったが、このテーブルの上にも、書類や、どう見てもゴミとしか思えない何かが山積みになっていた。


 その中に埋もれるように、エレンの私物らしきノートや羽ペンが置かれている。


 工房も散らかっているが、ここまでではない。こんな有様で、研究室の生徒たちはいつもどうしているのだろう。


「ドニ先生って、パワフルな人だね。情熱が迸ってるっていうか、ドワーフらしいっていうか……」

「あれで百六十歳超えてるんですよ……。ヒト種に換算すると、五十代ぐらいですけど。ちょっとは落ち着いてほしいです」


 百六十歳を超えてるということは、レイがいた頃も教師だったかもしれない。あとで聞いてみよう。


「ええと、それで、あなたは……? 街でグレイグと一緒にいた方ですよね?」

「ああ、ごめん。まだ自己紹介してなかったね。私はメルディ・ジャーノ・アグニス。グレイグの姉だよ。弟がいつもお世話になってます」

「えっ……」


 エレンは絶句すると、目を大きく見開いた。デュラハンの姉がヒト種だから驚いたのかもしれない。


 念の為に家族証を見せると、エレンは何故かわなわなと震え出した。


「メルディ・ジャーノ? あの、『着るだけでマッチョになれる鎧』を作った?」

「え? うん、そうだよ。知ってるの? 嬉しいなあ」


 熱くなった頬を掻きつつ肯定すると、エレンは丁寧な手つきで家族証をメルディに返し、おもむろに椅子から立ち上がった。


「ど、どうしたのエレン君?」


 若干引き気味のメルディには気づかず、エレンはもみじおろしになりそうな勢いで右手をローブで拭い、ビシッとこちらに差し出してきた。


「ボ、ボク、あなたのファンなんです! 握手してください!」

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