2-4 シュガー先生?
放課後になり、メイラはエレナと連れ立って〈教育局〉本部に向かった。小学校の校舎からは、子供の足でもだいたい徒歩十五分程度の距離になる。
こうしてエレナと行動している限り、ミルクとの仲直りは遠のいていくだろうと漠然と思う。
しかし、もうメイラに迷いはない。
隣を歩くエレナの凛とした横顔が、今はとても頼もしいのだ。
レカ少女族魔法学園が位置する、通称・学園本島。
島は大まかに、総合管理局・教育局・魔法局・医療局・防衛局の五局それぞれの管轄エリアに分けられる。教育局本部は、エリアの中心に置かれていた。
本部の建物は四階建てで、その外観は、赤褐色のレンガが積み重ねられた重厚なものである。屋上からは、学園と教育局、それぞれ紋章が描かれた大きな旗が下がっており、物々しい雰囲気だ。
「ほんとに子供だけで入って大丈夫なの?」
重く閉じられた両開きの木製扉の前で、メイラはきょろきょろと辺りを見回す。
「大丈夫。行こう」
エレナはそう言うと、リング状のドアハンドルを掴み、力を込めて手前に引っ張った。
ギギ、と音を立て、扉が開かれる。
エレナは物怖じをせず、すたすたと建物の中へと入っていった。メイラもその背中に続く。
本部のロビーは薄暗いが、歩くのに困らない程度には照らされていた。
メイラたちが普段過ごしている学校や寮もそうだが、建物のロビーや廊下が薄暗いのは、学園では当たり前の光景だ。
メイラも詳しくは知らないが、魔力エレメントの節約だとかで、照明は制限されているのである。
「まずは二階に上がろう。教員養成センターは二階の奥にある」
エレナは慣れた様子でずいずいと建物の中を進んでゆく。ロビー正面の階段を上がり、廊下を左に曲がって、奥に進み、あっという間に「教員養成センター」というプレートの付いたドアの前に行き着いた。
ここが目的地かと感動する間もないまま、エレナはノックもそこそこにガチャリとドアを開く。
あまりの遠慮なさに、とうとうメイラは「えっ」と面食らってしまった。もうエレナの行動には、いちいち驚かないという心構えで来たはずなのに。
後ろで目をしばたかせるメイラを気にも掛けず、エレナはさっさと執務室内に侵入してしまった。
やっぱり、図々し……度胸の面においても、まだまだエレナには遠く及ばない。
「こんにちは」
エレナが、少し声を張って室内に呼びかける。メイラはその背後からひょっこり顔を出して、執務室の中を覗き見た。
それとほぼ同時に、ドア付近のデスクで書類の整理をしていた職員が顔を上げた。たれ目でくせっ毛の、わたがしのようにフワフワした雰囲気の職員だ。
彼女は、ネイビーのブラウスに同色のアコーディオンプリーツスカートという、学園ではよく見る事務服を着用していた。左胸には、教育局の紋章が描かれたバッジがきらりと光る。
「おおー、エレナ〜」
事務服の職員も、慣れた口調でエレナの名を出した。まるで友人どうしかのような気軽さである。メイラはぱちぱちとまばたきをしながら、エレナと職員とを見比べた。
「そっちの子は同級生?」
「ええ、友人のメイラです」
紹介されたメイラは、「は、はじめまして」とおずおず挨拶をする。
「うん、はじめまして。わたしはシュガー。よろしくー」
ヒラヒラと手を振るシュガーに、メイラもぎこちなく手を振り返した。
「あの、今日はチェリー先生に用事があって来たんです。シュガー先生は、チェリー先生のことはご存じですか?」
早速切り出したエレナに、シュガーはふわりと首を傾げる。
「チェリーちゃ……チェリー先生? まー、そりゃ知ってるけど……」
言い淀んだシュガーはメイラの顔を一瞬見て、そのあと「うーむ」と宙を見上げた。メイラはごくりと唾を呑み込む。しばしの間が訪れた。
シュガーは、数秒置いてから「ま、いっか」と独りごち、メイラたちを廊下へ出るよう促した。
「じゃー、わたしに付いてきて」
「チェリー先生のところへ案内してくれるんです?」
エレナが食い気味に尋ねると、シュガーは「あー、いやいや」と手を振った。
「チェリーちゃんはわたしが呼んであげるから、小会議室で待っててくれる?」
通されたのは小さな部屋だった。ドア正面の壁に、古ぼけたカーテンの掛かった大きな窓が一つ。部屋の真ん中には角テーブルを挟んで丸椅子が二脚ずつ並べられているのみの、簡素なミーティングルームである。
シュガーからは座って待っているように言われ、メイラたちは部屋の手前側の丸椅子に並んで腰掛けた。ドアが閉めきられると、部屋の中はずいぶんと埃っぽく感じる。
「シュガー先生ってさ、つい最近、教育局に異動してきたんだって。知り合ったばかりだけど、けっこう面白い人だよ」
チェリー先生を待つ間、エレナが言った。
「そうなの? 慣れてるみたいだったし、もっと昔から知り合いなのかと思った」
そう見えたなら、それは先生の手腕だな、とエレナは笑う。
「ちなみにシュガー先生だけど、教育局の前は総合管理局にいたんだって」
「へえぇ、そうなんだ」
メイラは頭の中で辞書を引くように、「総合管理局」という単語を思い浮かべる。
ざっくり言うと、総合管理局は、〈レカ少女族魔法学園〉全体のための仕事をする組織だ。
学園の運営計画の立案から、人的資源を含む財産の管理に、設備の点検やメンテナンス、清掃まで、その業務範囲は多岐に渡るらしい。
「まあ、シュガー先生が教育局に来てくれたのは、素直にありがたいな」とエレナ。
「だって、本部にいる他の先生たちって、みんなすごく忙しそうにしてて話しかけづらいんだ。でも、シュガー先生って割といつも暇そうにしてるし」
「なるほど……」
エレナに悪気はなさそうだが、それはシュガー先生の悪口になっちゃうんじゃないかな? と思うメイラであった。
その時、背後でノックの音がした。二人は揃って椅子から立ち上がり、ドアの方を振り返る。
「はーい、おまたせー!」
元気良く小会議室に入ってきたのはシュガー先生。
そして、その後ろに静かに控えるのは、
「チェリー先生……」
ひどくやつれた目と、目が合った。
今日ここへ来た最大の目的である人物との対面だ。ぐっと空気が引き締まる感覚がした。
チェリーは、シュガーと同じ事務服を着用していた。メイラたちを前にし、緊張した面持ちで、くちびるを引き結んでいる。
例の、校外自然学習ぶりの顔だ。マリナが消えてしまった時も、こんな表情をしていた――
「あ〜、ねぇねぇ、ちょっといいかな、小学生諸君?」
場違いにマイペースな声が小会議室に響いた。
声の主はシュガーである。彼女は「コホン」と咳払いをして、重たくなりかけた空気を見事にかっさらっていった。
隣から「さすがだな」というつぶやき声が聞こえて、メイラは愛想笑いするしかない。シュガーはエレナのつぶやきに応えてジト目を向けた。
「エレナさー、さっきわたしの悪口言ってたよねえ?」
「はて?」
エレナはコテンと首を傾げる。つられて黒髪がサラッと揺れた。
ごまかしている感じでもないので、やはり本当に悪気などなかったらしい。シュガーは両の拳を腰に当て、エレナに向かって身を乗り出した。
「わたしのこと暇そうだとか言ってたでしょー! 聞こえてるんだからねっ」
しかし文句を言った直後、シュガーは腰に当てた両手をぱっと宙へ放り出し、自嘲気味に笑った。
「……まあわたし、エレナの言う通り、わりとヒマジンなんですけどねぇ」
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