2話 真相を探れ!

2-1 納得できないの


 校外自然学習の翌日には、メイラたち五年生はいつもどおり制服に身をつつみ、ごく日常的な普通授業を受けた。着慣れたワンピースタイプの学生服に濃紺のマント。見慣れた授業風景。

 マリナ不在という不自然な状況を引きずったまま、無理やり日常に戻された気分だった。

 授業ごとに入れ替わる先生たちは、皆、まるで何事もなかったかのように振る舞っていたし、子供たちの間では、どことなく『マリナの件に触れてはいけない』という雰囲気が形成されていた。


 だからか、メイラが友人たちにマリナの事故について「納得なっとくがいかない」と訴えても、みんな悲しい顔をするだけで、まともに取り合ってはくれなかった。

 特にミルク。思い出したくないのか、マリナの話題と察するや、文字通り耳をふさいで逃げてしまうのだ。メイラと同じくあの場に居たのは、ミルクと、引率担当だったチェリー先生しかいないのに。

 この短い間に、ミルクとはすっかりみぞができてしまった。


 マリナが消えてから三日目。

 あれから悪夢にうなされて早く目覚めてしまうようになったメイラは、食べる気分にもなれずに学生寮の朝食をパスし、早くから教室に入っていた。

 かと言って、熱心に自習するような気分にもなれない。メイラは自分の席で、授業開始をぼうっと待っていた。

 二人掛けの長机ながづくえ。メイラの座る横が、マリナの席だった。

 こうして他に人のいない教室で座っていると、これまでのように、マリナがスカイブルーの長い髪を揺らしながら「おはようメイラ」と現れるのではないかと、そんな気がしてくる。


「お隣、失礼するよ」


 そのマリナの席に座ってきた人物がいて、メイラは驚いて目を見開いた。


「……エレナ?」


 同級生のエレナは、マリナの席に堂々と着席すると、当たり前のような顔で、持参したテキストの山と筆記用具をどっかりと机の上に置いた。


「え、なにしてるの?」

「今日はここで授業を受けようと思って」

「そこエレナの席じゃないよ……?」


 メイラはやんわりたしなめるが、当のエレナは自身の黒髪をさらっと払うと、涼しい顔で言い放った。


「座席の主であるが教室に来るなら、もちろん自席に戻るよ。ただし、来るならね」


 メイラはしょんぼりとまぶたを伏せた。

 分かっている。マリナがこの教室に現れることなど、もう有り得ない。



 エレナとは、知らない仲ではないが、特に親しい訳でもないという間柄だった。

 メイラたちの代の子供はたったの二十四人しかいないため、幼いころからずっと同じメンバーで過ごしてきた。エレナとも、それなりには話したことがあり、どんな子なのかと聞かれれば答えられるくらいには知っている。


 エレナは、子供らしかぬ子供だ。

 同じ環境で育っているはずなのに、いつ勉強しているのか疑問に思うほど広い知識を持っていたり、時に、大人を驚かせるほど鋭い洞察力を持っていたりする。

 いわゆる、天才児。

 頼りになる子だけれど、他のクラスメイトとは一線を画していて、少し近寄り難い。

 そもそも本人が、一人でふらふらと行動するのが好きな、謎多き人物でもあった。少女族の中では珍しい黒髪と黒い瞳も、そのミステリアスさに拍車はくしゃをかけているような気がする。



「実は、メイラに話を聞きたかったんだ」


 エレナが切り出した。


「わたし?」と聞き返すメイラに、エレナは頷く。


「昨日、きみが他のクラスメイトに気になることを言っていたのが聞こえてね。ほら、マリナの事故は不自然だった、納得がいかないとかって」


 メイラはエレナの漆黒しっこくの瞳をじっと見た。

 相変わらずのポーカーフェイスで、何を考えているのか掴めない。

 けれども、『この教室でマリナの話をすることは許されないのか』と諦めかけていたところに現れたエレナは、メイラにとって一筋の光にも思える存在だった。

 メイラは、やや視線を下に逸らすと、声をひそめた。


「……マリナは、わたしたちや先生に黙って勝手にどこかへ行ってしまうような子じゃない。ちょっと臆病な、優しい子なの。あのとき、本当に……突然消えてしまったの」


 メイラは、膝に置いたこぶしをぐっと握った。


「納得できない。わたしは真実が知りたい。あのとき何が起きたのか」

「……真実ね」


 言いながらエレナは顎を触る。


「そもそもこの件、私たちは先生から何の説明もされてなくて、『事故があったらしい』って噂が流れてるだけなんだよね。だから、最後にマリナの姿を見た”メイラ自身”の考えを確認しておきたいんだけど」


 それからメイラをまっすぐ見つめて問いかけた。


「マリナは、本当に死んでしまっていたの?」


 その声色は悲劇的ではなく、攻撃的でもなかった。あくまで、冷静。意図的に感情を抑えているのかは定かではないが、純粋にメイラの主観が知りたい、ただそれだけなのだ、という意思は感じ取れる。


「……死んで、しまってたと思う」


 自分もエレナに冷静に応えようとしたが、話しながら、メイラの鼻の奥がツンと痛んだ。声が震える。


 チェリー先生が見つけた時から、マリナはもう死んでいた。

 両足もお腹も、大きな口でえぐり取られたようにくなっていたし、左腕は胸ごと噛みちぎられていた。綺麗に残された頭部は、森の木々に虚ろな死に顔を晒していた。

 あんな状態で、まだ生きていたと思えるほど子供ではない。

 マリナの死体のそばで転んだ時に感じた強烈な血のにおいを思い出し、メイラはとっさに口元を手で覆った。


「メイラ大丈夫?」

「……うん、ばっちり」


 メイラは気丈きじょうに返した。感情の読み取りにくいエレナから気遣いのせりふが出てくることは、少々意外だった。

 エレナは「へえ」と短く返事をすると「取り敢えず、きみの考えを教えてくれてありがとう」とお礼の言葉を告げる。


「とりあえず?」

「うん。だって、まだ話を聞きたい人が残ってる」


 メイラは一度周囲を見回してから、「……ミルクのこと?」とエレナに耳打ちした。席が近いので本人が居たら気まずいと思ったが、ミルクはまだ教室に来ていない。

 しかしエレナは首を振る。


「まあ、できればミルクの話も聞きたいけど、昨日の感じを見る限り、今はまだ話せる状況にないだろうから」

「……ということは」


 あともう一人、あの場に居た人物。


「そう、先生がいる。メイラたちの班の担当だった先生」

「チェリー先生」


 エレナは満足気に頷くと、持参したテキストの山から、何かの小冊子を抜き取った。パラパラとページをめくる。


「ところでメイラ、今日の放課後空いてる?」

「うん、空いてる」

「いい返事だね。なら決まり」


  エレナは小冊子から目線だけを上げ、メイラの顔を上目遣いに見た。


「今日の放課後、チェリー先生に会いに行くよ」

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