1-4 報告書と激甘コーヒー

 報 告 書


 当学園小学校五年生の児童を対象に実施されていた『校外自然学習』において、児童一名が死亡する事故が発生した。その報告と、現段階での調査状況について


宛:総合管理局長、医療局長、防衛局長、魔法局長

発:教育局長

報告書原案:教育局管理部門、同教育推進部門


《概要》

 事故が発生したのは、十二日午後二時ごろの見込み。

 当該児童は、実習先となるソレナリス島でのフィールドワーク中に行方をくらませた後、島中心部に広がる森林内において、引率として同行していた職員により発見された。


 発見当時、当該児童は両下肢および左胸から左腕にかけて欠損した状態であり、既に死亡していたものと見られる。

 事故発覚後、校外自然学習は直ちに中止とし、当該児童を除く児童二十三名は学園本島へと速やかに送り届けられた。

 上記と並行して、教育局長より各局に調査協力を依頼。現在は局の垣根を越えた調査チームを立ち上げ、事故発生原因の究明にあたっているところである。


 現段階の調査報告としては、当該児童の外傷の特徴から、当該児童は肉食属の大型魔獣に襲われたものと見ている。

 過去に行われた事前調査では、ソレナリス島内に魔獣の生息は確認されなかったが、その後なんらかの方法により魔獣が上陸した可能性は否定できない。

 チームとしては、島内での魔獣の捜索を最優先とし、引き続き調査を進める方針である。


 なお、本報告書の内容については、貴職より関係職員に周知願う。

 また、この文書は職員間保護対象とし、児童および生徒らの目に触れることのないよう留意されたい。



 ***



〈レカ少女族魔法学園【教育局】本部〉

第一小会議室。



 チェリーは思い詰めた表情で、今しがた受け取った文書を見つめている。

 見かねて、対面に座る、教育局教育推進部門長──ならびに小学校長および中学校長かつ幼年教育センター長のロマが口を開いた。


「あ〜〜〜、なんか、発名が局長だったり、堅苦しい文章で大掛かりなことが書いてあったりしてるけど、結局は、これは理事会に報告するために必要になる文書なんだよね。まあ、その……何が言いたいかと言うと、チェリーちゃんがこの内容を重く受け止める必要はないってこと」


 言い終えてから、ちらとチェリーの顔を覗き見るが、チェリーの表情は少しも浮かばず、どんよりと沈んだままだ。

 ロマは、この生真面目な研修生をどう立ち直らせようかと頭を悩ませた。

 よりによって、楽しみにしている児童も多いような校外イベントで、このような痛ましい事故が起きるとは。

 被害に遭った子供マリナはもちろん、たまたまその班を担当したチェリーも不運だった。


 ロマは小柄かつ童顔だ。外見だけで言えばチェリーよりも幼く見える。若くして外見的な成長が止まる少女族の中でも、ロマは人一倍成熟が早かったのだと言える。

 そんなロマの顔にも、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。

 昨日──死亡事故発生により校外自然学習が中止となってから、あらゆる調整や事務の対応に追われていたためである。


 学園の深刻な人員不足のために上級管理職を兼任する羽目になっているロマは、元より多忙の身であった。しかし、”児童が死亡する”という学園創立以来初めての事態においては、事務仕事の量も、案件に関係する部署の数も平時の比ではなかった。その多忙っぷりはこの一言に尽きる。


「つらたん……」


 ロマの口の端から小さく零れた言葉に、チェリーはすぐさま「申し訳ございません」と頭を下げた。今にも倒れてしまいそうなほど、その顔色は真っ青である。


「……私はどんな処罰でも受ける所存です」

「あ、いや、そんなつもりじゃなかった。今のは忘れてほしい」


 ロマは一つ息をつき、会議机の上に出されたカップを手に取った。中身のコーヒーをひとくちだけ含む。


「ん゙っ」


 一瞬、顔をしかめる。見れば、溶けきらないほどの砂糖が入ったドロドロの激甘コーヒーだった。

 そっとカップを戻す。これを淹れた部下の顔が脳裏に浮かんだが、ロマはそれをかき消すように咳払いをした。


「他の職員からは、きみに同情する声が圧倒的に多いよ。それに、今回の校外自然学習に研修生であるきみを派遣すると決めたのは部門長であるボクだし、上に責任を問われるとしたらボクのほう」

「そんなこと……!」


 椅子から立ち上がろうとするチェリーを、ロマは手振りで制した。


「よってチェリー研修生へのお咎めはナシ。今まで通り業務に励んでよ」


 しかしチェリーはむしろ肩を落とし、「なぜですか……」と涙声で呟く。局長に次ぐ立場であるロマに、ここまで断言させたにもかかわらず。


「私が悪いんです。私のせいで……」

「仮にそうだったとしても、誰もきみを責めないから」

「いいえ、マリナのことだけではないのです。メイラとミルク……あの二人の子どもたちにも、私のあやまちで重大な心の傷を負わせてしまった……私が教育現場で働くことを、あの子たちが許すはずがありません」

「チェリーちゃん」

「ごめんなさい、ごめんなさい……私のせいです、償わせてください」


 ロマは渋い顔で目をつむり、眉間を押さえる。


「んー……。やっぱまだ落ち着いては話せないかぁ。昨日の今日だし無理もないけど……」


 そう言いながら右手をチェリーの眼前に差し出すと、ロマはパチンと指を鳴らした。

 チェリーの体がびくりと震える。

 そして、スイッチが切れたようにがくっと項垂れた。


「ごめんね。ちょっと魔法を掛けさせてもらったんだけど──どう、落ち着いた?」

「…………はい」


 すっかり大人しくなったチェリーの返事を聞いたロマは、「ふぅ〜」と深く息を吐きつつ、あんまりこの魔法使いたくはないんだけどなあ、などと独りごつ。


 そのまま独り言を続けるかのように、「身も蓋もないことを言っちゃうけど」と前置いて、ロマはぽつりぽつりと語り始めた。


「子供たちも大切な財産には変わりないけど、すでに教育プログラムを修了しているきみのほうが、今の学園にとって価値が高いわけよ。……知ってのとおり、深刻な労働者不足ゆえにね。そういった事情から、学園がきみを責め立て、精神的に追い込むとは考えにくいってことが分かるでしょ?」


 意図的にチェリーがマリナを死に至らしめたのならば話は変わるが、学園内にチェリーを疑う声は出なかった。


 ──チェリーのせいではなく、児童が勝手な行動をしたせい、だと……。


 また、報告書にある「魔獣の捜索」については

、魔獣が発見されなかっとしても、人手不足を理由にして早々に打ち切られることになりそうだ。

 

 無理もない。

 現在の学園には、とにかく余分な体力がないのだ。

 

「それに加えて、学園とカリオガ王国との間で緊張感が高まりつつあるらしい。争点になるのは、やっぱりエリスファエア様の絡みだね。戦争が起これば、防衛局の職員だけでは人が足らないから、きみも徴兵される可能性が大いにある。──きみも、まあ、ボクもなんだけどね……」

「戦争……」


 神妙に呟くチェリーに、ロマは頷き返した。


「そういうことなんだよ。きみの償いたいという気持ちは十分理解したから、学園に従事していくことで昇華してもらいたい。それが、レカニア様の娘であるボクらの宿命でもあるでしょう。もし、どうしても異動したいと言うなら相談に乗るから。ボクに言いづらければ、他の先輩職員でもいいし」

「……わかりました」


 さてと、とロマは開手ひらでを打つ。


「暗い話はもうおしまい。ボクはしばし休憩に入らせてもらうよ。チェリーちゃんも、今日はゆっくり休養してね。

 ──シュガーちゃん、ちょっと!」

「はーい、ボス。なんですかぁ?」


 呼ばれた部下が小会議室に顔を出した。全体的にわたがしのようにフワフワとした雰囲気の少女族である。


「悪いけど、チェリーちゃんを職員寮まで送ってあげて。……あとさ、コーヒー砂糖入れすぎじゃない? わざとなの?」

「ええー、普通じゃないですかねぇ?」


 シュガーは問題のコーヒーカップをヒョイとつまみ上げると、ためらいもなく口を付けた。


「あ」


 固まるロマをよそに、シュガーはゴクゴクと激甘コーヒーを喉に流し込んでいく。


「もー、ボスったら。普通に美味しいじゃないですか!」

「そ、そっか」

「そうですよぉ。淹れ直しましょうか?」


 折角の申し出ではあるが、ロマは青い顔をしてふるふると首を横に振った。


「遠慮しときます……」


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