メイラとチェリー②

 最初に異変に気が付いたのは、メイラだった。


「チェリー先生、マリナがいなくなっちゃった……」


 えっ? とチェリーは声を出し、急いで辺りを見渡す。しかし、赤い髪の少女と白い髪の少女以外、姿が見えない。


「気付いたときには、もういなかったんです」


 メイラは泣きそうな声で訴える。

 ミルクは、「マリナ、マリナ!」と暗い森に向かって呼びかけはじめる。

 チェリーはくちびるを噛み締めた。


 青い髪の子​──マリナは、こつぜんと消えてしまった。

 ほんのちょっと前には居たはずなのに、何故。



 海水浴体験の時間を終えた五年生の児童たちは、服装を運動着に着替えていた。

 現在は、行動班ごとに分かれて、各班、島の中を自由に散策しているところである。


 メイラ、ミルク、マリナ、そして引率のチェリーの四人は、島の中央部に広がる森の中でのフィールドワークを行っていた。

 森とは言っても、学園によって多少の手が入っており、子供でも容易に歩くことのできる道ができている。居なくなったとすれば、その道から一人だけ外れて森の奥に行ってしまった、ということだろうか。


「どうしよう、マリナ怖がりなのに」


 心配そうに呟くミルクの肩に、チェリーは優しく手を置いた。


「大丈夫。まだそんなに遠くまで行っていないはず。私の魔法でマリナを探してみるわ」


 力強く紡がれたその言葉に、メイラとミルクは、くちびるを横に結んでこくっと頷いた。

 大人である自分が動揺している場合ではない。こんな時のために来ているのだから、私がしっかりしなくては――。

 チェリーは胸の前で両手を握り、目を閉じる。


『母なる神、レカニアよ。その大いなる愛をもって、あなたの娘マリナの居場所をお示しください』


 チェリーの探知魔法は、対象の姿をことで発動させることができる。

 成功のサインは、対象の居場所までの道筋が、脳内にイメージとして流れ込んで来ること。


 まぶたの裏の景色が変わった。

​──うまく成功したようだ。

 絡み合う木々の中を、すさまじい速度で進んでいく。

 百メートル、二百メートル……。

 ……あれ?

 チェリーは不審に思った。

 マリナを見失ってからそんなには経っていないはず。どうしてこんなに遠く……。

 その瞬間だった。

 ブツッ、と映像が途切れる。


「……!?」


 チェリーはハッと目を開けた。


「先生……?」


 横を見れば、二人の子供たちが不安そうに自分の顔を覗き込んでいる。


「マリナの場所、わかったんですか?」

「いえ……」


 チェリーはいたたまれず、メイラたちから視線を逸らした。


「……ごめんなさい。もう一度やってみる」


 チェリーの探知魔法は、成功していたはずだった。

 なぜなら、前述のとおり道筋のイメージが見えた時点で魔法は成功であり、今回のように途中で遮断されるようなことは有り得ないからである。

 まるで、探知を何者かに阻害されたような。


 チェリーの頬を冷や汗が伝った。

 もう一度目を閉じ、マリナの姿を強く念じる。

 再度、イメージの中で森の中を駆け抜けていった。

 ひとまずの成功のサイン。チェリーは小さく息をついた。

 百メートル、二百メートルと、一度辿った道のりの、さらにその先へ進む。

――見付けた。

 チェリーの脳内に、はっきりとマリナの位置イメージが伝わってきた。

 マリナは、ここよりも深い森の中にいる。


「……マリナの居場所がわかった」


 チェリーの言葉に、メイラたちは安堵したように「良かったぁ」と呟く。

 しかし、チェリーは緊張した面持ちを崩さなかった。


「私はすぐにマリナを迎えに行ってくる。あなたたちは、他の班と合流して」


 言い終わるが早いか、チェリーはその背中から大きな翼を生やした。

 これも少女族の扱う魔法の一種であり、空を飛んで移動するための手段として用いられる一般的な魔法である。


 チェリーは木々の隙間から空へと飛び立ち、背の高い木の上に降り立った。

 マリナの位置は先程の探知で把握できているから、空からそのポイントに目星を付けて向かう方が早い。


 しかし不可解なのが、やはりマリナの移動距離だ。探知の結果、何故かマリナは現在地から四百メートルも離れた、島の中心に近い場所まで移動している。

 最高学年と言えども、小学生の子供の足だ。道から外れた未整備の森の中を、短時間に四百メートルも移動することなど有り得るのだろうか。

 ……なにか大型の生物に連れ去られたか、或いは。

 とにかく、気がかりな点が多い。

 チェリーの探知魔法は、対象までの道筋を示してくれるものの、その対象の状態までは分からない。マリナの元へ急がなければ。

 その時だった。


「チェリー先生!」


 下方から声がして、チェリーは慌ててそちらに目を向けた。

 メイラとミルクが、自分たちの魔法で未熟な翼を生やして、チェリーを追ってきたのだ。チェリーは驚いて目を見開く。


「何をしているの? 他の班と合流してって言ったでしょ!」


 追いついてきた二人にチェリーがきつく言うと、メイラが「でも……」と泣きそうな顔をした。


「他の班がどこにいるのか分からなくて」

「それに、校外学習の決まりで、担当の先生と離れたらいけないって……」


 二人の言葉を聞いて、チェリーはハッと冷静になり、そして青ざめた。

 他の班が近くにいるかどうかも確認しないまま、混乱させるような指示を出してしまった。

 そして私は、子供二人を森に置き去りに――。


「ごめんなさい、私のせいで……」


 とっさに謝るが、メイラもミルクも視線を落として、何も答えない。なにか言おうにも、なにを言っていいか分からずに、言葉を探しているようだった。

 怯えさせてしまったのだ。先生という立場である自分に焦りがあるせいで。


 チェリーは迷っていた。

 本来であれば、チェリーが二人を他の班のもとまで連れて行き、その班の担当教師に事情を話した上で、メイラたちを預かってもらうのが筋だろう。

 ただ、チェリーの胸騒ぎが、そんな悠長なことをしている場合ではないと急かしてくるのだった。

 しばしの逡巡ののち、チェリーはメイラとミルクに手を伸ばし、できるだけ丁寧に、優しく語りかけた。


「一緒にマリナのところへ行きましょう。二人とも、私にしっかり掴まって」


 二人は伸ばされた手をじっと見つめ、こくりと硬い表現で頷いた。チェリーの胴に、ひしっとしがみつく。

 チェリーはそんな子供たちの体をぐっと抱え込んだ。

 そして、森の中──マリナの反応があった位置へと、一直線に突っ込んで行った。

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