第二十七章 夢幻結界

逃げ出すように走り出す御狐神様を追って入った異次元のような空間は、月読様が御狐神様を守ろうと施した結界空間だった。


神社の鳥居の先にある大きな神楽舞台。


その周りには綺麗な水面が永遠に広がり、色とりどりの鯉が優雅に泳いでいる。


空には大きな満月が我々を見下ろしていた。


気絶している御狐神様にかけより、その様子をみるためのぞきこむと、蟲の動きがだいぶ遅くなっているのがみえた。


おそらく月読様が、蟲の侵攻をおくらせるために時間を調節しているらしい。


何よりも御狐神さまへの愛を感じたのは、舞台の真ん中にある御狐神様を寝かせる広々とした布団。


雲のようにフワフワしていて、御狐神様を受け止め優しくつつんでいた。


私は蒼紫様と協力して治癒を施しつつ、蟲を浄化していく。


しかし、どんどんと内側から湧くのでキリがない。


「やはり、心の中にある闇をみて、そこに囚われる御狐神様に直接会わないと……」


「俺もそれしかないと思うぜ」


頭上から紫月様の声がして、私はびっくりして顔をあげる。


蒼紫様も人格として半分でていたので、紫月様が後ろに立たれているのをみて、安心と喜びに笑顔になる。


「紫月様……!どうしてここに」


「月読様に半ば強引に連れてこられた。空間を繋げるのは月読様大得意だからな。彼にとって朧車にのるなんてただの趣味みたいなもんだ。でだ……」


紫月様は、御狐神様の顔を覗きこみ、その額に触れる。


バチッという音と共に紫月様の手が弾かれて、紫月様は痛そうに手をヒラヒラとふる。


「どうした、紫月大丈夫か?」


音を聞いて、月読様が心配そうに背後から近寄ってきた。


「いや、多少痛いがどうってことない。……ただ、心を覗くにも、俺の介入を御狐神様は許してくれないみたいだ。トラウマに俺が関わっているのかねぇ。困ったものだ」


「紫月様、私が潜りましょうか」


「お願いしようかな。神樂、あ、今は多分蒼紫か?できれば俺の意識体を運べる勾玉も持っていってくれ」


「かしこまりました」


いつの間に蒼紫様と人格を交代していたのを紫月様はいち早く気づいて、袖から取り出した翠の勾玉を渡してきた。


「蒼紫と魔道具使って潜り込むなんて、ちょっと乱暴で気が引けるけど緊急事態なんだ。許してくれよな。御狐神様」


もちろん、御狐神様は目を瞑ったまま返事は無い。


紫月様は、蒼紫様と私の意識を御狐神さまの中へと潜らせるために、私の手をとり御狐神様のものと重ねる。


私の右手を握った際、ヴァジュラの指輪をみて、小さくおっと驚き、月読様の方をみては、私の方へ向き直った。


「今日一日で随分とたくさんの経験をしたようだな神樂。今からすることは、俺が普段からしている治療ってやつだ。だが、油断するなよ。今回はどうもきな臭い。下手すると、ヴィナーヤカに遭遇するかもしれない。そういう意味ではヴァジュラがまたお前に渡って良かった」


蒼紫様は私の身体を使い、御狐神様と手を繋ぎながらゆっくりその隣に寝転がる。


大きな布団なので、私たちが眠るのには充分だった。


紫月様はというと、その近くに腰掛け、目を瞑る。


「月読様にも意識伝達の勾玉は渡してある。この神楽殿の水にそれを投げ込んで水鏡をつくれば、俺の意識、映し出せるよな」


「観てよいものなのだろうか。おそらく、この子がこうなっているのは、我が原因なのではないかと思うが……」


「さあ……。ただ、なんとなくだが、これと向き合わなきゃいけなかったのは、月読様の方だったんだと思うぜ。多少は思い当たること、あるんだろ?」


月読様は、躊躇いながらも頷き、御狐神様の頬に触れる。


「すまない……御狐神」


そう呟く月読様は泣きそうな顔をしながら、覚悟したように立ち上がり、赤い勾玉を水面に投げた。


「はじめるぞ」


紫月様の合図と共に蒼紫様が目を瞑ると、私の意識も深い闇に引っ張られていった。

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