第二十五章 歓喜天

「面白い子だなぁ」


ガネーシャ様と御狐神様が同時に呟く。


私は、真剣にイメージと向き合うが、やはり細かいパーツや材質について知識がなさすぎて、うまく形成できない。


所々肌がみえてしまい、改めて月読様と御狐神様による、私の姿を布で隠してくださるという粋なはからいに感謝する。


私はより意識を集中するために目をつむり、頭で考えすぎてもよく知らないものは仕方がないと良い意味であきらめ、正確さより直感を採用する事に決めた。


創作が入ってもいい。


そう思った瞬間、脳内で草原が広がり、真っ白な肌と真っ白な髪の子が、小さなメダルを連ねた金の髪飾りをシャラシャラ鳴らしながら、羽衣をなびかせヒラヒラ舞い踊りながら走り抜けているのがみえた。 


その衣装は天井画に描かれている民族衣装そのもので、不思議とその感触すら伝わってきたものだから、私はそれを必死に追うようにしてイメージをより強固のものにした。


「まるでインドの水の精、アプサラスだ。うまくいってますよ」


と、御狐神様が鼓舞する中で、私はガネーシャ様が、ああと悲しそうな感嘆の声をあげるのが聞こえた。


気になり目をあけガネーシャ様の方をみると、月読様と共に驚き座椅子から立ち上がっているのがみえた。


私は、あまりにもみつめられるものだから、不安になり、自分の姿を確認するために胸から下を確認した。


シャラシャラとなる髪飾り。


それはまるで天女のような装いで、肌を隠す殆どの生地は羽衣のような白乳色。


薄い絹を思わせる透け感のある白い生地は、細やかな七色の虹彩を放っている。


レースのような半透明の生地に覆われる中、胸を斜めがけに横断する朱色の袈裟けさは、しっかりと秘部を隠している。


袈裟がキラキラしているので、目を凝らしてみてみれば、細かな梵字の金の刺繍が施され、全体的に少しヒラヒラしすぎている印象だが、民族衣装としてはよくできていると思った。


しかし、ガネーシャ様と月読様が微動だにしなくて、私は何か間違っているのだろうかと不安になる。


「歓喜天……!!ああ、私の可愛いい又甥をみる日がくるなんて……」


ガネーシャ様が歓喜の声をあげる中で、月読様はいぶかしげに私と天井画を交互に見ながら呟いた。


「随分と懐かしい姿だが、天井画をみただけでこうも精密に姿を模倣し再現できるものなのか……?」


月読様はグッと私の腕をつかむと腰ごと引き寄せ、月読様の額を私の額にくっつける。


私はびっくりする暇もなく、触れている額から頭を掻き回されるような不快感と痛みを感じ、もがきながら目をギュッとつむる。


瞼の裏に、高速でたくさんの映像が流れる。


そして、真っ白な空間が広がったと思えば、先程走っていた真っ白な少年は青年となり、美しい観音様をかき抱く姿が映された。


二人が抱き合った瞬間、二柱の頭は像の姿になり、互いの下半身は深く交わるように重なる。


月読様は、息をのみ小さく悲鳴に似た声をあげると、慌てて私から顔を離した。


「月読様!!」


御狐神様が慌てて、左目をおさえ苦しむ月読様にかけよる。月読様は小さくうめきながらも、みえたビジョンについて話しはじめた。


「この者は歓喜天かんぎてんの生まれ変わりだ」


「カンギテン?」


『歓喜天は、私の神としての名前です。蒼紫という名は、後に小姓になった時に紫月様が愛称としてつけてくださった名前です。紫の字を賜る機会がありましてね』


「歓喜天……」


名前を覚えようと私が名前を呟いていると、月読様は、前世の記憶のない私に説明をはじめた。


「歓喜天とは、実は、ヴィナーヤカと十一面観世音が交わることそのものを神格化した神なのだ」


「ヴィナーヤカが?交わる?十一面観世音?紫月様と!?」


私はつい驚いて叫んでしまう。


蒼紫様は、補足するために情報を脳内で流してくださった。


『ヴィナーヤカは、元々は悪神で、十一面観世音様に惚れるのをきっかけに仏教に帰依した存在。悟りを開き、十一面観世音様との交わりが許された私と、未だに素行が悪く改名できない双子の兄がいるくらいに思うとわかりやすいかもしれません』


私が紫月様に惹かれたのは本能だったのだろうか。


「月読様、交わりとか、結合とおっしゃいますが、そもそも愛慾は罪なのでは?」


「密教の一部は性に肯定的だ。厳密には我々は結合を悪いものと捉えていない。愛することで相手に執着したり、独占したり、嫉妬する。つまり愛によりバランスを欠いた慾を悪だと言っているのだ」


性欲をもつことは悪いことではない。


厳密には愛することが悪いわけでもない。


ただ、バランスを欠いたらダメなだけ。それを聞いてホッとする自分がいた。


「ただし、……どれ程の者が完璧にコントロールできるかだ」


月読様は、苦しげに目をキュッと細めた。


「天界、そして我々が愛慾に対して細心の注意をはらうのは、「愛」に溺れればその者は理性を失い、感情的になる。欲のたかが外れれば、崩れるのは簡単。それが蟲の侵入を許し、魂を腐らせ、マーラ、つまり悪を許すきっかけとなるのだ」


月読様は、ガネーシャに向き直り、本題に入らせてもらうと真剣な眼差しで告げた。


「伝説の武器、ヴァジュラを譲ってくれ。それも、インドラ神が持ったとされる本物を」


金剛杵ヴァジュラとは、チベット仏教にみられる法具だが、古来インド神話では雷を形どった伝説の武器だった。


インドラを許せなかった阿修羅王の憤怒を調伏するために使われた武器だが、これは煩悩も神をも打ち砕く神殺しの剣。


ヴァジュラを握ればカギ爪状の装飾の片方から刃の形に光のエネルギーがでる。


その刃の形状や色や強度は、その持ち手のエネルギーや信念の性質によって変わる。


しかし、この刀剣を扱えるのは密教の神に限る。


月読様をはじめとした日本の神々には使えないものだ。 


「ガネーシャ。確か、そなたが持っているのだろう?この幽世に3本しかないといわれれる、本物の宝刀ヴァジュラを」


「本物は、つまり……技巧神トヴァシュトリ様が製作したものは非売品でございます。ですが、この子が歓喜天なら、お譲りいたします」


ガネーシャ様が席をたち、蔵の方へと歩き出した時、私は月読さまへと振り返った。

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