第二十三章 月読命
月読様の朧車は、月を彷彿とさせる
あまりに静かで美しい、空気の澄んだ湖上にいるような、少し肌寒くも清らかな空間に私はますます恐縮し、押し黙ってしまう。
怯えながらも、微かな香木の香りと月読様の神気により放たれる、ひんやりとした気持ちよさに、少しずつ心拍数が下がってくる。
それを見越してか、月読様はゆっくりと口を開いた。
「あの者とはしばらく会ってない……紫月は息災か」
「あ……は、はい」
私は、月読様の威厳と、腰に響くような美声にまた緊張し、どもってしまう。
もっと何かいわなくてはならないのに何も浮かばず、真っ白になっていると、月読様は目を細め扇子を仰ぐようにして続けた。
「紫月も
扇子をパチンと片手で閉じた月読様はそれを使い私の顎に当てがうとクイッと顔をあげさせる。
龍神特有の金色に縦筋の入った蛇目に見下ろされ、私はカエルのごとく固まってしまうが、なんとか勇気を振り絞り応える。
「み……魅力とかではないかと思います。ただただ、紫月様がお優しかったのでございます」
覗きこむように近づいてきた月読様の麗顔がぴくりと止まる。
きっと、自信のなさそうな私が、紫月様への気持ちを表す時だけは強い意思を見せたからだ。
紫月様の慈悲深さへの感謝と尊敬だけは自信を持って言える。
「そなたは、紫月がそなたを
月読様の声が更に低くなる。
物々しい雰囲気に、私はきっとヴィナーヤカのことを言っているのだろうかと確認のため聞いてみる。
「ヴィナーヤカに狙われるということでございますか?」
「……なぜヴィナーヤカが勢力を伸ばしているか、そなたは考えたことはあるか?神は抹消か殺められなければ悠久の時を生きる」
月読様は更に顔を私に近づけ、私の耳元まで唇を寄せる。
「そして、永く生きれば、過ちの一つや二つ、誰もが抱える。私もその内の
ゾクりとしたのは、吐息のかかる距離で月読様の
しかし、私はその瞬間、月読様から流れてくる意識を視てしまうことで考えは一変する。
昼下がりの
これは過去だろうか、それとも幻想だろうか。
「月読様は紫月様がお好きなんですね……」
ポロっと視えたものを口にしてしまった。
月読の肩はピクリと動いたが、肯定も否定もしないまま、顔を引く。
「
月読様は切なそうに眉をひそめる。
「正直に言おう。この天界には紫月の敵は多い。善を成すより、悪を成す方が簡単なのだ。だからあの子に言ってくれ。このような大役は背負うべきではないと」
月読様は、紫月様の信念の強さをわかっておられた上で心配しておられるのだ。
高位の神としては、その正しさを応援しなくてはならないのはわかっていながらも。
それでも私は、紫月様の味方でいることに決めたのだと奮いだち、グッと目に力をいれ勇気をふり絞り答えた。
「私は、紫月様の善を為せる希望を少しでもくじくようなことは言いたくありません。月読様のお気持ちはわかりますが、これも、私のエゴとして聞いてください。私は、紫月様の善意によりこの命を救われました。罪だらけの私でさえも、あの方の存在が、信念が、慈悲があったからこそ、生きながらえることができたのです。私の心も、紫月様の真っ直ぐな生き方に憧れをいだくことで洗われました。我々が目指す道は、紫月様を危険に晒すでしょう。それでも私は、優しいあの方にどこまでもついていきたい。月読様からすれば私は非力で無力で、どうしようもなく感じるでしょう。ですが、どうか、反対せずお見守りください。紫月様は私が必ずお守りします。この命にかえても」
月読様は沈黙したあと、小さくため息をつく。
「信じる以外、他に道はあるまいて」
月読様はフッと哀しげな表情を浮かべた後、朧車の横を歩くお狐様にお声をかけた。
「
月読様が小さく側にあった折り紙の鶴に息をふきかけると、御狐神様の前に地図が広がった。
小さな窓から、ちらりとみえる地図には赤い丸が示されている。
「法具店にございますね。かしこまりました」
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