第二十二話 猜疑心
私とホホロさんは
私の人格は蒼紫様に預けたままだったので、追ってきた烏兎への対応には悩まずに済んだ。
もし表に出ている人格が、私だったら、この状況に怯えただろう。
しかし、蒼紫様が冷静に、何ですか?といいながらゆっくりと振り返り、嫌味ととらえられる程の爽やかな笑顔で烏兎へと振り返り対応した。
当然目は笑っていなかったけれども。
「アンタは紫月に騙されている!アイツは言葉巧みに人心を操る。俺なんてその被害者だ。俺は最愛の女をとられた」
「とるだなんて……。そもそも、我々にとってそういったものは御法度です」
感覚共有がなされているから分かるのは、蒼紫様はこの言葉のやりとりがくだらないと感じている。
それでも静かに淡々と答えていく姿は、頼もしく、格好よくて、凄く学びになると、心の中で静かに会話を聞いていた。
烏兎は、感情を抑えることができないようだった。
「アンタは紫月が色恋に無縁みたいに思いたいのかもしれないが、アンタは紫月が夜な夜な高位の神とナニしてんのか知らないのか?タレこみだってあんだぜ。」
烏兎の騒いでいることは紫月様の仕事と体質のことで、それを曲解してとらえていることに蒼紫様は脳内で解説してくださった。
『紫月様は、温泉でのことの通り、アムリタが流れる時は乱れてしまう。しかし、紫月様のあの状態は神聖な儀式などで起こるトランスと同じもので、一般にみられる性欲や劣情とは違うのです』
アムリタならば、温泉の時にみているので、すぐに蒼紫様の言っていることが理解できた。
『紫月様は
「オイ、無視してんじゃねー!」
放置され苛立った烏兎は、私の胸ぐらを掴み罵るように叫んだ。
「アンタも
突然ビリビリと腰に重い波動が響き、腰が砕けるような感覚に、膝をつき、前へと突っ伏したくなる衝動に駆られた。
「皇様のおなーりー」
市場の者たちが全員道を開け、跪き土下座をする。それは烏兎も同じ。
慌てふためくように道の端に寄ろうとするが、何が酷いかというと、寄る直前に私をぶん投げるように道の真ん中へと突き飛ばしたのだった。
私は、気づけば朧車を先導していた、お狐様にぶつかってしまう。
「あなや!!」
と、お狐は小さく叫んだ後、鋭く睨みつけるようにして私を押し倒し、光の速さで私の首元に小刀をつきつけた。
シュイーンといった刃の音と、その切先から流れる振動に、その刀さばきの秀逸さが伝わってくる。
「何事だ」
藤の花が無数に垂れ下がる豪華な朧車の中から、低くも品のある男性の声がする。
小さな窓から、漆黒の髪と、白い陶器のような肌。鼻筋も目もスッキリと通った、面長で美しい御尊顔に、金色に輝く瞳は薄暗い車の中で月のように光る。
「窓をお閉めください月読様、
「紫月の気配がした。その者の顔がみたい」
「はっ!!」
私はお狐様に顎を掴まれ、月読様の方へと無理やり向けさせられる。
「おや、そなたは神裁判で罪を免れた者ではないか。このような所で何をしておる」
私の意識が表に出ることで緊張が走る。どう答えたら良いものか。
「紫月様に買い物を頼まれ、市場にきたところ、あの者に絡まれ突き飛ばされることで不覚にもこのような醜態を晒しております」
私は、お狐様に掴まれているものの、できるだけ体制を低く、
「高位の神の道を塞ぐことがどういうことかわかっておるのか。下手すれば死罪ぞ」
ホホロさんがあわてて出てきて、ひれ伏すような体制で、代わりに責任をとると必死に私を守ろうとする。
「突き飛ばした者は何者だ」
月読様の問いに町の者たちが一気に烏兎をみる。
反射的に顔をあげみてしまった町人たちは慌ててまた、顔を土に伏せる。
悪いことはできないものだと思いながら烏兎をみると、烏兎は私を指差し、叫んだ。
「オレを馬鹿にしたアイツが悪い!」
月読様がスッと目配せをすると、
烏兎の足元から無数の黒い細い腕が烏兎の足を掴み地中へと引きずりこまれた。
あまりの恐ろしい光景に私は震え上がりながら、無意識にひっと叫ぶ。
烏兎はどこにいったのだろう。そう思った瞬間、蒼紫様が、月読様は時や空間を操る神でもありますから、牢屋敷に送られた可能性がありますと答えてくれた。
自分もそうなるんだろうかと思いめをつぶりながら震えていると、月読様に乗りなさいと、指示をうけた。
私は、恐ろしくていよいよ真っ青になり冷や汗をかいていたが、お待たせするわけにはいかず、できるだけ急いで朧車に乗り込んだ。
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