第二十一章 不埒者
念願の馬油を大量購入した私たちは、残りの時間を市場で過ごすと決め、認知度を高めるのも兼ねてお店を見て回り、挨拶することを決めた。
私がもっぱら興味を持ったのは、
店主の奏琴さんは、紫月様をよくご存じな方で、度々説法を聞きに月宮殿を訪れるのだと聞いた。
紫月様について優しく朗らかな雰囲気で話す奏琴さんをみて、この方は紫月様を本当に好きなんだなと感じ嬉しくなる。
私は、お店を回る中で、やはり、紫月様を想起する紫色の飾りや、紫月さまへのお土産が何か欲しくなる。
紫月様は、市場で楽しんで欲しいと別途でお小遣いをくださっていた。
市場で懇意にしている方のところでお金を使うのも、仕事の内だから遠慮はするなとおっしゃっていた。
確かに、何かを買うことも感謝の表れになると納得しながらも、私はだからこそ、一生懸命選んでいた。
背後からは、私とホホロさんをみて、もしかして紫月様が来ているのかと期待する声や、その延長線上で私について噂する声がちらほら聞こえた。
私は私に注目する方と目があえば、ニッコリと笑い軽く会釈すると決めながら、買い物を続けた。
私が、紫月様に何かを買っていきたいと、夢中になって耳飾りをみている時、蒼紫様は、紫ばかりをみてしまう私に、色選びについて注意をしてくださった。
紫月様の髪の色がより映える色は何か。
紫に紫をのせたら同化してもったいないから、紫によくあう色を選びなさいと、二人で赤、または緑の耳飾りと、次々に候補をあげた。
一人の身体にふたつの人格。
もちろん、周りに気づかれないように独り言は控えている。
ようやくコレだと思うものをみつけ、手を伸ばそうとした時、私の手を遮り《さえぎ》割り込むように翠の耳飾りを奪う男がいた。
咄嗟に顔をあげると、浅黒くガタイの良い男が立っていた。
よさこいの格好ならばまだ良いが、それとは程遠い、色がぶつかり合うような目立つことだけを目的とした品のない
蛍光色のようなピンク色の短髪に、長くとんがった耳。
緑色の瞳は色は美しいはずなのに、ギラギラとした雄性の強い目のせいで、威圧的な怖さがあった。
男は、上から下まで私をジロジロみた後に、見下すようにフッと嘲笑する。
その表情が不愉快で、私の身体は警戒心により
しかし、私は
男は、商品を握ると同時に嫌味ったらしい言葉をかけてくる。
「こんなもん、
私は、こんなにストレートに喧嘩を売られるとは思わず面食らい、男を見上げてしまう。
せいぜい皆が、まことしやかに噂するものかと思っていたが、このように挨拶もなく敵意剥き出しで内側に踏み込まれるとは思わず、頭が真っ白になった。
固まる私に、蒼紫がとってかわり、おっとりとした声で返した。
「紫月様に贈ろうと思っての品でしたが、他にも魅力的なものはたくさんありますので、
男は、私の雰囲気がガラリと変わったことに少しだけ驚いたように目を見開く。蒼紫様は、頭の中でなぜこの男がこんなにも、「情報通」かを教えてくれた。
彼は、
烏兎は、裁判にも鼠か虫か何かの式神を偵察に潜り込ませていただろうし、紫月様はこの存在を知っていての神樂の演出だったことがわかった。
裁判のことを知っているなら、蟲のことを記事にしてくれたらいいのにと思うが、それらの話はこの男の触手には引っかからず。
と、いうのも、彼こそ蟲に侵された者なのではないかと、紫月様も疑っていて、烏兎の行為は、書くものは犯罪スレスレの名誉毀損に該当するものばかりだから、裁判では常習犯。
その上、何かしらの力が働き釈放される男でもあるから、皮肉にも彼の発行する瓦版、春画等も飛ぶように売れる。それに味をしめている存在だから、蟲対策の啓蒙のような世の役にたつための情報のために動くはずもなく。
そんな下世話な生き方はついに彼の容姿まで反映し、本当に彼が好きな方からは敬遠されてしまうという哀れな男なのです。という蒼紫様の辛辣な一言に私はつい吹き出してしまう。
蒼紫様もこういうことを言うんだ。
辛口な時の切れ味はけっこう鋭いんだなと、その意外な一面に笑いそうになりながらも、蒼紫様にとって、紫月様に仇をなす烏兎はいかに嫌な存在なのかがわかった。
私の目から見たら、烏兎はこちらに嫉妬しているように思えた。
この男は、もしかすると、紫月様が好きなのかもしれない。
だから、私をわざわざみつけて、取材がてら絡みにきたのではないかと考えていると、蒼紫様も、そこは同じように感じると同意してくれた。
だから、可哀想な男と。
好きなら素直に好意的に振る舞えばいいのに、嫌な印象を与えることで、相手の記憶に残ろうとするという。
あまりの屈折した愛情表現は哀れだと蒼紫様は言いたいのだろう。
なるほど。非常に勉強になる、と考えている間に、
蒼紫様は、眉をひそめ、商品を置いて外に出ましょうと
奏琴さんは優しい方で、すぐにでも状況を察し、お店の外へと優しく誘導してくださった。
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