第十九章 美しい稚児である故に


馬油の仕入れや他の買い出しを番頭の「富々呂」と書いて、ホホロさんと行く約束をした日は快晴。


天高くまで突き抜ける青空。


空気も澄んでいて、気持ち良い春の風が吹いている。


幽世の城下町を歩くには最高の朝だった。


「それでは、神樂様、いきますよ。朧車にお乗りください」


番頭のホホロさんは、大きな天狗の仮面の妖怪で、顔が私の背丈だけある。


彼は、明るく快活でよく通る大きな声で私に挨拶し、豪華で煌びやかな朧車に乗るよう促してくれた。


朧車の、牛車からはみ出る、翁のような白い髭を生やした天狗の面も、重低音の心地よい声で私に丁寧に挨拶をしてくれた。


牛車の妖怪である、運搬や送迎サービスを担う朧車の一族とは親戚らしく、ホホロさんによると、私が乗り込んだ翁の朧車は、大ベテランのカリスマ高級車。


揺れが殆どないこともあって紫月様のお気に入りという、最高のオモテナシをいきなり受けていることを知った。


こんな手厚い扱いをうけるのは人生初めてなので、正直びっくりしたが、これもすべて紫月様の「経験させたいこと」のひとつなのだろうと、私は粛々と、この立場を受け入れた。


私の親も、比較的に上位の神として沖縄では扱われていたので、私はこういった特別待遇の経験がゼロではなかった。


しかし、これ程の華やかさは、みやこならではとも言えるし、紫月様の財力と人脈による贅沢なのだろう。


そう考えると、私は早くそれに見合う者にならなくてはいけない。 


先日みた蒼紫様と紫月様の絆と精神性の高さを目の当たりにして、私は紫月様の寵愛を受けている等と舞い上がりも、勘違いをするような小童こわっぱにだけはなりたくないと強く感じた。


両親にも、私は子供の時に耳にタコができるほど聞かされた言葉は、貴人こそ驕ることなかれ。その振る舞いに気をつけよ。


貴人としてのノブレス•オブリージュを決して忘れるな、と。


あの時は意味がイマイチわかっていなかったと私は思った。


それは、紫月様に出会って、貴人とは何かをみたからである。紫月様との出会いこそが、私にとっての最大の経験なのだ。


朧車を降りて向かった商店街は、様々な商家が立ち並び、妖や八百万の神々にあふれかえっていた。


目移りするほどのたくさんの色鮮やかな装飾品から美味しそうな食べ物、美しい反物たんものまで、あらゆるものに溢れていて、どれも、新鮮で心が躍った。


ホホロさんは、私が迷わないよう後ろにピタリとつき、一つ一つの店が何の店なのか教えてくれた。


しばらく歩くと、私は街の者、とくに女性たちにチラチラとみられていることに気づく。


もしかして私の格好は変なのだろうか?少し恥ずかしそうに袖で薄笑いを浮かべた口元を隠している仕草は、下手をしたら嘲笑されているようで、気づいてしまった時からひどく気になってしまった。


「ホホロさん……私、なんか……街の女性たちになんかみられています。私の着物が少し色が鮮やかすぎるからでしょうか?」


今日の私は、紫月様に贈られた、水色に金の糸で桜の刺繍が施された狩衣を着ていた。


水色も、ただの水色ではなく、細やかな銀糸が織り込まれている、太陽の陽があたるたびにさりげなくキラキラと細やかに光る、贅沢な衣装だ。


狩衣でありながら、可愛さと幼さを演出するためか、水干にしかないはずの菊綴きくとじ、つまり丸いフサが前側に4つもほどこされている。


そして贅沢なことに、その周りには藤色の魔除けの紋章のような刺繍が丁寧に刻まれていた。


あまりに綺麗な着物で、渡された当初はビックリしてしばらく見入ってしまった。


私なんかにあうだろうかと心配していたが、さすが紫月様のみたてだけあって、私の白い髪や肌、少女のような顔にはピッタリだった。


「神樂様がみられるのは、とびっきり美人だからですよ。美童という言葉が彼女たちの口から聞こえてきませんか?あるいは、どこぞの坊ちゃんのようにも見えるから。というのもあります。それか……」


続きを言うべきか躊躇うホホロさんの姿に首をかしげる。ホホロさんは声をひそめるようにして続けた。


「どこぞのお殿様に仕える小姓か、高僧の稚児にみえるから、ですかね」


それの何が言いにくいのだろう。小姓も稚児も、貴人に仕える少年をさすものだろうと思ったが、ホホロさんは、それについても、続けてくれた。


幽世は、人の世が移り変わろうと、わざと「妖怪文化」が盛んだった江戸時代の風俗や風習を再現している。


ホホロさんによると、


小姓や稚児は、江戸時代では貴人の愛玩対象だったらしい。性のお相手であり、それを人形のように愛(め)で、綺麗に着飾らせることは権力や裕福さの誇示であった。少年が美しければ美しいほど、賢ければ賢いほど自慢になった。


「紫月様は、わざと皆様にご関係に含みを持たせることで、噂や話題性のために神樂様にそのような可愛らしい格好をさせているのです」


「含みとは、もしかして……私が紫月様の夜のお相手であると……」


私の顔がじわじわと赤くなる。


「っ……なっ、なんて、恥ずかしい!あ……でも、これは紫月様にとって不名誉ではないのですか?私のような罪人と」


私は、世間の目や評判について頭を巡らせる。


「自分はもはや守るべき名もなければ、私の身も心も紫月様のもの。なので、紫月様が私をいかようにしてくださってもかまわないのです。ですが、紫月様は、実際は品行方正な方で、私は大事にされど、一部の方が思うようなことは一切ありません。なのに……」


私は話しながら、紫月様から実際に指一本触れられていない現実を複雑に思いながらも本音をもらす。


「こんな誤解……紫月様の名を穢してしまうのでは?」

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