第十五章 紫月様の涙

咳き込む声が聞こえて、慌てて振り返ると、紫月様が喉を抑えながら起き上がり、息を整えようと必死に空気を吸っては吐き、胸を抑えていた。


「紫月様!!」


『無事か、神樂?』


ゼーゼーと荒い呼吸をしながらも、私の安否を心配する紫月様の優しさに涙がでる。


「ビナーヤカは逃げました」


「よく祓うことができたな」


「蒼紫様に方法を教えてもらいました」


紫月様は目を見開き、バッと私の方を見やる。


息がヒュッと音をたてたままとまり、紫月様は一瞬時を止めたように固まり、蒼紫だと……!

と、呟くと、また、耐えきれずに咳き込んだ。


私は紫月様に駆け寄り、背中をさすろうと手を伸ばすと、紫月様は、私の手首を掴み私の顔を引き寄せるようにして必死に息を漏らし聞いた。


「どこにいる……あいつは……っ、どこにいる……、もう幽世にいないはずでは……?」


私は何て答えていいかわからず、困惑した表情で固まってしまう。


紫月様はそれを察し、溢れる涙を拭いながら、顔を背け、冷えた私の身体を気遣うように、白い湯へと引き込む。


「答えなくていい。俺にだって亡くなった神の行く末などよく知らない。冥界系の神でもない限り、死した神について言及するのは禁忌とされているからな。再び会うことに執着し、冥界くだりなど試みようものならもう……、見せしめ極刑だ。俺もダメもとの悪あがきで天帝に聞きに行ったことあったけどな。教えられぬ、執着するなと一掃された。浄土だってたくさんあるし、とてもみつけられない。役割を放棄するわけにもいかないし、執着のあまり悟りから遠のけば堕落する。だから、諦めた」


紫月様の様子は、少し変だった。


私を後ろからかき抱くようにして、肩に顔をつっぷして、声を震わせて苦しげに話す。


息が耳をかすめてくすぐったいけれど、こんなに悲しそうな紫月様をなぐさめたい。


私のできることは、動かず静かに聞くことだと思い、小さく頷いて目を伏せた。


「私では……、紫月様の癒しになれませんか」


勇気のいる一言だった。


「似ているのは、この銀髪と、白い……女のような肌と顔ですが」


振り返る私に紫月様は、少し驚いた顔をみせたが、


「比べるものではないよ。オマエはオマエだ……」と小さく笑った。


誰も彼の代わりはできない。


そう言われているようにも聞こえるし、私が傷つかないように、私の存在を尊重するように気を使って言ってくれているようにも聞こえる。


バカなことを言った。


紫月様の心をえぐるような。


私にしておきませんか?なんて、突然現れて、蒼紫様とのことなんてロクに知らないくせにどの口がいうんだろう。


自分のおこがましさが恥ずかしい。でも、嘘でもいいから、「オマエがいて良かった」とか、そういう、少しでも紫月様にとって意味のある存在であるという確証がもてる言葉が欲しくて、つい欲をかいてしまった。


紫月様は凄く大人だから、私のそんな気持ちすら察してくれているのかもしれない。


手を伸ばし、優しく頭を撫でてくれた。子供扱いが悔しいけど嬉しい。


ヴィナーヤカを頑張って追い払ったんだよ。


紫月様をいろんな意味で守るために自分の欲望とも気持ちとも向き合って頑張ったんだから、もっと褒めて。


今は私を見て。


欲深くなる自分が怖いと思いながら、私はグラりと世界が揺れるのを感じ、戸惑う。


視界が白くボヤけていくのを感じ、私は耐えられず目を瞑った。

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