第四章 交渉

「心配するな。お前は俺が必ず助けてやる」


父性をも感じさせる、心地よい重低音の声に、安心感を覚える。


――ああ、守ってもらえるんだ。と、安堵すると同時に涙が溢れた。


「もう少し待てるね?」


紫月様はポンと私の頭に手を置き、引き寄せるようにして微笑む。


涼しげな目元を崩し、自分のためだけに優しく細められた目。


その慈悲深い眼差しと、先程の大胆で力強い振る舞いと、そのギャップに私の心は完全に持っていかれていた。


こんなにも頼もしく、温かく、強引なほど力強く守られたことがあっただろうか。


『ありがとうございます、ありがとうございます……! 生き残ることができたなら、この方に一生ついていきたい。尽くしていきたい……!』


激しい恩義に胸が高鳴り、恋にも似た感覚に声もうまく出せなくて、何度も何度も震えながら小さく頷くことしかできなかった。


紫月様はそんな私を見て、覚悟を決めたかのようだった。


口を固く結び、目に鋭さを戻すと、再び蓮の台座に飛び乗り、弁舌を再開した。


「この子は蟲に感染している。発する匂いからして間違いない。

よって、彼の悪行に対する責任能力については議論するまでもなく。俺は彼を心身耗弱者しんしんこうじゃくしゃとみなし、無罪にすべきと考える」


紫月様の無罪という言葉の後に、ところどころにざわめきと、不安の声があがる。


「人をひとり殺しかけて無罪はないだろう」


「感染しているものを野放しにするとは、恐ろしくて外を歩けやしない。その子には悪いが……」


この反応を紫月様はあらかじめ予想していたのか、落ち着いた表情で周りを見渡していた。


抹消を望む神は一柱もいない。むしろ、大半の神は私に同情的にすら見える。


これが紫月様の力なのだ。


戸惑う神々の中で、すっと手をあげる女神がいた。桜の王冠をかぶった、神々の中でも群を抜いて可憐な美しい女神だった。


「コノハノサクヤヒメ様」


紫月様に呼ばれ、彼女は立ち上がる。会場にフワリと桜の甘い香りがする。


「私も基本、紫月様と同じようにその子を無罪にしてさしあげたいわ。

でも、不安の声があがる理由もわかりますの。

その子はまだ蟲に感染していらっしゃるのでしょう? 怨霊化もまたいつ再発するかわからない。適切な治療が必要ですわ。

なので、ここは無罪ではなく、保護観察の期間を設けるという形はいかがでしょうか。

蟲の治療者であり、怨霊化を鎮められる紫月様を監察官とし、治療を施しながら様子見をする。いかがでしょう?」


紫月様は、コノハノサクヤヒメ様の提案に即座に頷いた。


「つまり、俺の治療を受け静養しながら、善良な魂であることを証明できたなら、のちに釈放してやるという理解でいいか?

実に素晴らしくいい提案だ、コノハノサクヤヒメ様。天帝、お許し願えますか?」

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