第二章 笑う鬼

「本当腐ってんなぁ~この世界は! ふふふ……あははは!」


高らかに響く笑い声に驚いた私は、伏せていた目を開き、声の主を探した。


講堂に整列する神々は呆気にとられたように口を開け、天上を見ている。


笑い声の主を一目見ようと、私も頭上に空いたふだ隙間すきまから目をらす。


そこで見たのは、金色の大きな蓮を模した空飛ぶ台座。その上に胡坐あぐらをかくようにして、紫の髪の美しい少年が座っていた。


内側から発光しているのではないかと思える程の美を、人間は光背こうはい後光ごこうと表現したのか。


紫水晶アメジストの瞳が映えるくっきりとした切れ長な目に、頬沿って朱丹しゅたんで施された魔除けの赤い紋章。


自分と歳は変わらなく見えるのに、その髪にも表情にも艶があり、少し悪戯っぽいような、少し不良っぽいような流し目と笑みは、どこか淫靡いんび蠱惑的こわくてきだ。


「紫月様、お控えくださいませ! 天帝の御前にあられます」


判事の慌てた声が響きわたり、神々は戸惑いに一気にどよめきだす。


紫月とかいう神様。人が処刑される寸前だというのに爆笑するとか。鬼か何かなのではないか?


―――鬼?


紫月という名の神は、腹を抱えながら一通り笑った後、眼前(がんぜん)に流れていってしまった髪をだるそうにかき上げる。


その長い指先がコツンと触れたのは鬼の髑髏しゃれこうべを模した仮面。彼は本当に鬼神のようだ。


「珍しくもないだろう……俺がこのようにわらうのは」


紫月様が判事や抗議をしようとした神々を一瞥いちべつすると、彼らはその無言の圧力に押し黙った。


「俺は十一面観音の後頭部に存在する、悪を笑い飛ばす側面、『暴悪大笑面ぼうあくたいしょうめん』の化身。

今やけがれを祓う鬼神として確固たる地位を確立しているからこそ、場を清め祓う意味でも、天帝の御前ごぜんでも大笑いすることが許されている。新米はそれも知らんか?」


観音様の化身となれば地位が高いどころの騒ぎではない。


私などが目をあわせることも許されないであろうお方なのに、私は嘲笑されたのかと思い睨んでしまっていた。


しかし、その正体を知り慌てて目を泳がす私を見て、紫月様は気にするなと言わんばかりに微笑んだ。


「守護対象の少年を殺めようとしたこの子を、生まれながらの悪党のように先程紹介していたが、俺はそれ自体に疑問を覚える」


紫月様は言い終わると同時に目を細め、天帝の玉座近くの最前列に座る、年老いたトカゲのような風貌の神々を睨みつけた。


「こうなるまで何らかの経緯があったはず。周りの大人、教育委員会は何をしていた。まさかとは思うが……」


紫月様は、私の方へ向き直り、「おまえには、師はいたのか?」と、聞いてきた。


「いいえ、いいえ! 私には師匠などおりませんでした……!」


師をつけてもらえるはずだったのかと、必死な思いで聞こうとすると、間髪入れずにトカゲ型の老神おいがみが私の言葉を遮るように言い放った。


琉球神りゅうきゅうがみへの教育は管轄外ゆえ!」


紫月様は目を大きく見開き、信じられないものを見るかのように、トカゲの集団に振り向き一喝した。


「産まれたばかりで誰の指導もなしに『無事』でいられるわけがないだろう!

元老院は何かにつけ管轄外、管轄外というが、民族が多少違えど、同じ日本の神々で協力しあい師をつける、メンター制度を導入しようという話になっていたはずだ!」


そんなことを言われても各々の地域の細かい動きなど知りません、といった爬虫類神はちゅうるいがみたちの態度に、紫月様はため息をついた。


「この師をつけるつけない問題は、沖縄に限らず、北海道のカムイたち。キリスト教の天使たち。近年では不可視やタルパ、竜の子たちの間でもトラブルになっている。

制度が浸透しないことで怨霊化が進み、そのせいでたくさんの子供たちが抹消を余儀なくされるこの現状に何も感じないのか!」


声を震わせる紫月様の声が泣いているようにも聞こえた。


「ここ百年だけで、抹消された魂はどれくらいいる!

俺は怨霊対策の第一線にいるからこそ、改善もなく、ただただたくさんの子供が犠牲になり命を落としているこの現状が辛くて仕方ないのだ!」


紫月様の熱い想いにもらい泣きする神もいれば、すぐに私の抹消を望んだ手前、バツが悪そうに俯く神もいた。


裁判はもはや私の処刑の有無から、そもそも怨霊化を食いとめれない教育の問題にまで発展していた。

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