幽世の鬼美童

加ヶ美敬子

第一章 神裁判

――私はもうすぐ断罪される。


 罪状は、守護神でありながら鬼となり、守護対象の少年を誘惑し、殺めかけたこと。


「私」というのは、神樂という鬼。

私は本来、人間を守り導く高次元の神として誕生したはずだった。


しかし、沖縄におわす神の分霊として産まれてすぐ、沖縄の人間の少年の守護神として憑いたものの、気付けば私は、鬼、怨霊となっていた。


少年の背後で、共に心を磨き、成長するはずだったのに。


――私はどこで間違えたのだろう。


正気をとり戻した時には、私は人間に「悪霊」とされ、シャーマンにより祓われていた。


そのシャーマンは優秀で浄霊の技術があったものだから、私は一言も発する間もなく天界に強制送還された。


そして私は今、八百万の神々に囲まれ裁判にかけられようとしている。


 天井高く吹き抜ける中国の宮廷を模した講堂。天帝のおわす玉座を最奥に、そこから広がる広間には、多種多様の姿をした神々が整列し各々に与えられた椅子に座っていた。


私は、全身を覆うように無数のふだを貼り付けられた状態で、玉座に向かって左斜め前の高い石台に座らされている。


手足は縄や鎖できつく縛られ、少し前かがみの体制で正座してなくては、体勢を保つことはできない。


ほとんど身動きが取れない中で、顔をあげふだの合間を覗くと、そこには数々の神々の侮蔑の眼差しがあった。


あまりに恐ろしくて、私は目をそらすために外に通じる扉に目を移す。


そこには、まぶしい光とひらひら舞い降りる桜の花びらが美しい、春の景色があった。


産まれてはじめて見る、薄桜うすざくら

自由に春空の下で、舞い降りるあの薄紅色の花弁に触れることができたなら。


罪を犯した私がそんなことを願うことすらおこがましいのに、願わずにはいられず、後悔の念に胸が締め付けられる。


もっと早く、世界の美しさに気づけたなら良かったのに……。私は……本当に馬鹿だ。


しばらくして、天帝、我らの最高神の御前で、私を出来損ないとして「処刑」するかどうかの会議が始まった。


神々は罪状が読み上げられる最中でも、顔をしかめ、時にはため息をつきながら私の方を睨みつけている。


――ああ、この空気ならば、「抹消」はほぼ確定だろう。


抹消とは、処刑のこと。でもそれは人間のものとは違う。人間は処刑されても、転生ができる。


しかし、抹消は魂ごと消去される。つまりは生まれ変わることができないよう、データ、存在ごと「消されて」しまうのだ。


 どんなに見渡しても、私の両親である沖縄の神の姿はない。見捨てられたのだろうか。

それも当然だ。私は一族の恥でしかないのだから。


「ああ……悲しい」


私が憑いた少年も、こんな絶望感と劣等感の中で生きていた。


あまりにも泣くから……私は……その苦しみから解放してあげようとしただけなのに……。


ハッとし、よぎる考えにかぶりを振る。

この考えこそが、私がこの法廷に立たされている理由だった。


苦しみ嘆いて、暴れ、騒ぎ、言い訳ばかりするその子供を見るのが辛くて、苛立たしくて、自分がおかしくなりそうで、逃げたくて……殺めようとした。


だめだったのだ。この考えが、逃げ癖が!


この法廷に立派な姿で並ぶ神々は、一体どのようにして出世し、選ばれて、この場にいるのだろう。


ああいった人間のやみにも上手く対処し、守護することができて、最期まで幸せにできたのだろうか。


――私の場合、何をどうしたなら正解だったのだろう。


自分の不甲斐なさに涙が溢れる。


私だって、産まれたからには、何かを成し遂げたかった。ここにいる神々みたいに、何者かになりたかった……。


親神に親孝行もしたかったし、褒めても欲しかった。でも、それは夢のまた夢で。


自分でもわけもわからないまま、負の感情に呑みこまれて気付けばここにいる。


守護神としての才能もなにも、最初から何もなかったのだ。なぜ私なんかが、私のような、こんな出来損ないがこの世に産まれてしまったのだろう。


押し寄せる劣等感に苦しくなり、諦めたように目を閉じた瞬間、大きな笑い声が講堂に響いた。

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