第9話 御乱心.1

「ドゥわーっはっはっはーーっ!!」


 賑やかな通り道に、瓶の中から生還した男の笑い声が響いた。その恵まれた体格から繰り出される声は、古びた木製の獣車を揺らがせる。引くのは、エリュシオン国では見かけない獣だ。


「助かったぜっ。物は試しに瓶の栓を抜いたら、吸い込まれちまってなーーっ」


 大男はもう一度、大笑いしたあとにグロームと言い、子供はドゥルと名乗った。

 二人共、額に小さなつのが二つ生えている。聞けば、北の帝国グレンヴァールの先にある、ドラコニアからやって来た商人だと言う。


 オーガ族は、その荒々しい格好と威圧感から、凶暴で取扱注意というのが一般的とされていたが、グロームの親しみのある身振りからは、一切感じなかった。

 腕っぷしは、見た目同様に強いと、ドゥルは自慢げに息巻く。現在、グレンヴァールの山越えは、ドラゴンの大量に発生により困難を極め、南側諸国にやって来る冒険者は一握りなのだと。


「そんなことより、この瓶どこに持って行くの?」


 ——時間がない。お兄さまの命が気になる。


 ソフィーは焦りを隠しつつも、グロームの前に立ち、顔を見上げてにらんだ。


「そんなおっかない顔して、お嬢さん、何かあったんか?」

 愛嬌よく答えるグロームに、すかさずソフィーは言い放つ。


「早く教えてっ」


 その澄んだ瞳からは似つかわしくない真逆の感情を、何となく察したグロームは、少し声のトーンを落とした。

「これから、アルベニア国の大臣の所に持っていく。この町でな」

 ドゥルも続いた。

「この瓶はドラコニアの魔導士が作った特別製なんだぜっ」

 鼻を擦り、また得意な様子で勝ち誇ったようなポーズをしている。ソフィーは見向きもしないが。


「ドゥムロフねっ⁈」


 自身で思い描いていた点と点が、線で繋がった気がした。

「今すぐ、そこに向かいましょう」

 ソフィーは、速やかに皆を促した。落ち着きを取り戻すように。


 半ば強引で、一瞬ドゥルと顔を見合わせて困惑した表情をみせたグロームだったが、

「ドゥわーっはっはっはーーっ!!」と大笑いしたあとに気前よく言った。

「何があったかしらねえが、命の恩人だっ。着いてきな!」

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