第8話 魔法の瓶.3

「どうしてだ……」


 思わず小さく声がこぼれ、気持ちが高ぶるヨシハだったが、立ちすくむソフィーの顔を見て押し黙った。

 この鬼気迫るような顔から、何か覚悟を感んじる。


 ——祖国を失ったんだ。仕方ないのかもしれない。

 言いたいことは山ほどある。でも、そう思うようにした。


「——父ちゃんはっ⁈」


 騒動の主も遅れてやって来た。赤色の肌をした少年だ。キョロキョロと辺りを見回している。

 イナンナは、何事もなかったかのように装い、少年の前に立って死体を隠した。


「これのこと? あなたの父ちゃんって?」


 手のひらほどの大きさだ。少年はイナンナの持つ瓶を急いで受け取ると、瓶の中の小さな人に向かって必死に呼びかけた。

「父ちゃーんっ! 何やってんだよー? 早く出てきてくれよー」

 イナンナとヨシハは、不思議そうに顔を見合わせた。

 瓶の中の人も、何だか必死だった。

 膝を曲げ、真剣に覗き込むイナンナ。そして訊く。

「何なの? この瓶は?」

 ヨシハもじっと見た。

「瓶の栓を抜いた瞬間、父ちゃんが吸い込まれたんだっ!」

「魔道具みたいな物か?」

「おいらにはわかんないけど、何とかしてくれよっ!」

 少年は二人に助けを求める。


「抜いてみるか」

 

 ヨシハは瓶を手に取り、栓を抜いてみることにした。しかし、

「何だこれっ? びくともしないぞっ⁈」

 今度は渾身こんしんの力を振り絞って試みるが、状況は変わらなかった。


「おい、何だこの瓶。これどうしたんだ?」


 真っ赤に腫れ上がった手を冷ますように振りながら、ヨシハは少年に訊ねた。

「そんなこと言われたって、おいらにもわかんねーよっ」

 今にも泣き出しそうな少年を、二人は困惑した表情で見つめる。

 すると、ソフィーの声がした。


「ある一定以上の魔力を込めるのよ」


「魔力を?」

「あなたの魔力なら抜けるはずよ」

 言われた通りに、ヨシハは再び栓に手をやる。

 しかし、イナンナはそれを止めた。


「ヨシハっ、ちょっと待って! 人よっ」


 目をやると通行人が二人、こっちを見ていた。


「ここで騒ぎを起こすのはまずい。場所を変えよう」

「そうね」

 ヨシハが小さく言うと、イナンナは相槌あいづちを打った。


「だったら、おいらたちの獣車に戻ろうっ。荷物も心配だ」


 ヨシハとイナンナも、少年の提案に、よし、とうなずく。おそらく、人通りがある方が安全のはずだ。

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