第7話 魔法の瓶.2


 ——盗まれた? 父ちゃんが? どういうこと?


 発言の意図が理解できないイナンナは、言葉を詰まらせた。

 すぐに後ろを向くと、勢いよく走り去って行く。男は、何かが入っているだろう布を抱えていた。

 そして、男を追いかけるように、父ちゃーん、と叫び声が再び聞こえたと思いきや、ソフィーがなりふりかまわず走り出した。


 ——あのびん


 ソフィーは見逃さなかった。

 男は瓶も手にしていた。と同時に、あることが頭をよぎる。王の相談役の一人、ドゥムロフについてだ。永らくアルベニアに尽くしてきた人物ではあったが、一つ良からぬ噂があった。


 決死の形相で食らいついてくるソフィーに観念した男は、人けのない路地裏に逃げ込むと、振り向いて威嚇いかくをした。


「な、なんなんだ、おまえはっ! ついて来んなよっ!」


 ソフィーは、すでに剣を抜いていた。一歩ずつ距離を縮める。

 地面を踏み込む音が、心臓に向かって差し迫る。その、ぞっとするような視線に、男も思わず短剣を手にした。


「お、お女だからってただじゃすまないぞ……」

「その瓶をどうする気?」


 気迫に押されてじりじりと後ずさりする男は叫んだ。

「う売っぱらうに決まってんだろっ! こいつら親子が言ってたんだっ。これを売れば一年遊んで暮らせるってなっ」

 男が手にする瓶に目をやると、小さな人が中で暴れていた。赤色の肌をしている。


「ソフィーー!」

「早まるなよーー!」


 イナンナとヨシハも駆けつけた。二人は状況を目にして、最悪の事態はまぬかれた、そう思った。

 しかしその瞬間、ソフィーの剣は、目にも止まらぬ速さで男を貫いた。

 男は力なく横たわる。

 あまりの光景に、二人は口は空いたままだった。

 目にしてすぐにわかった。即死ということを。

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