第6話 魔法の瓶.1

 ベルガリオン国の城下町は、何らいつもと変わらぬ雰囲気に見えた。まるで時間が止まったかのような、古き良き時代の石畳道と繊細な彫刻が施された建物を、朝陽が照らし、存在感を放っている。


 ——早く、お兄さまを探さなければ……


 ソフィーは急いだ。

 大きな布を頭から深く被り込み、周囲に動揺を悟られぬように涼しい顔をしながら、必死に足を進める。

 おそらく、昨夜の出来事を民衆はまだ知らない。

 そして、アルベニア国の生存者は、ほぼいない。

 市場で漂う甘いパンの香りや、まばらに行き交う人たち。ゆっくりと遠くの方できしむ馬車の音。そんなほのぼのとした空気から、ソフィーはそう感じ取っていた。


「ベルガリオンが、昨日の事件と関係してる可能性があるってことはわかったけど、おれたちは一体どこに向かってるんだ?」

 ソフィーは、さらりと答えた。


「お城に決まってるでしょ」


 耳にするなりヨシハは、すぐさま引き止める。鈍感なヨシハとはいえ、さすがに嫌な予感しかしなかった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て待てって」


 先頭を行くソフィーは、一瞬立ち止まりさえしたが、手を振り払うと、また前を向いて歩き出した。


「時間がないのよ!」


 ——こんな血相を変えたまま城に乗り込んで行ったら、とんでもないことになる。

 ソフィーは何を考えてる?

 何かやらかす気しか感じられない。


 このあと、ヨシハの予想は的中した。

「おい! 待ってって!」

 城の門が見えたところで、再び呼び止めた。


 垂直に伸びる石の壁に、重厚さ漂う巨大な木製の門。門の両脇には、厳かな表情をたたえた兵士たちが立っていた。兵士は、門番を務めながら、懈怠けたいなく周囲を見張っている。


「どうして止めるのっ?」

 ソフィーは立ち止まり、掴まれた肩の手を振りほどくと、振り返った。

「行ってどうするんだっ? どのみち兵に止められて入れっこないだろ」

 そして、力強く訴えかける。


「そんなの斬ればいいでしょっ!」


 予想通りだった。ヨシハは頭を抱える。

 ——この女、イカれてる。


「そんな無謀なことしても、あっという間に取り押さえられて、牢獄いきだぞっ?」

「そうならないように、あなたたちがいるんでしょ?」

 ソフィーは、ヨシハの顔をじっと見て訴えかける。

「あなたたちなら、あの城ごと吹き飛ばせるでしょ?」

 ヨシハは呆れた。

「バカ言うな。仮にでもそんなことしたら世界中が戦争になる」


 年々衰退の一途をたどるレム村ではあったが、一国同等の地位と権限は、今もなお続いていた。それほど魔導士の存在は重宝され、レム村の力は、周辺諸国の脅威となっていた。


「もう頼まないわ! 一人で行くっ」

「早まるなって! まずは事情を詳しく聞かせろっ」


 二人のいざこざをしばらく見ていたイナンナが、痺れを切らして仲裁に入ろうとした、そのときだった。

「あなたたち、少し落ちつ——」


「泥棒だっー! 父ちゃんが盗まれたー! 誰か捕まえてくれーー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る