19
傷心の春彦はチャイムを鳴らす事はせず自分で玄関ドアの鍵を開けた。
「春君、お帰りなさい。今、お夕飯を温めてあげる。」
引き篭もる冬児について今朝の春彦の態度に呆れていた夏子だったが、何事もなかったかのように振る舞う。
リビングにいる春彦は疲れ切った身体をソファに身投げするように前のめりで倒れた。
鍋に入っているビーフシチューをガステーブルで温めようとした時、夏子は春彦の異変に気づく。
「ちょっとどうしたの?
ソファに倒れちゃって。
目は
風邪でも引いたのかしら?」
夏子は春彦の額に白い掌を添えた。
「風邪なんて引いてはない。」
声を絞り出すような口調でイラつきながら夏子の手を払いのけた。
「悪いが夕飯はいらない。
風呂に入ってすぐに寝かせてもらう。」
「春君!具合が悪んでしょ?
風邪薬を飲んだ方が良いんじゃない?」
心配する夏子の呼びかけを無視して寝室から下着とバスタオルを手に持ち、脱衣所のドアを開けた。
「待って!まだ秋ちゃんが入浴中よ!って、あぁん!間に合わなかったか。」
「キャァァァァ!」
甲高い秋奈の悲鳴が部屋中に響き渡る。
タイミングが悪い事に、秋奈は風呂上がりでまだ下着は身につけておらずバスタオルを巻いたばかりだった。
成長期の乳房と下半身を必死で隠す秋奈は春彦に
夏子は秋奈を
(その日の夜)
花柄のパジャマを着ている夏子はドレッサーの椅子に座って洗顔後の肌に化粧水をつけて肌を整えている。
「どうせまだ寝てないでしょ?」
ベッドの上で春彦は鉛のような重い身体を横たわらせてはいるが夏子の言うとうり、眠れずにいた。
「お仕事が大変なのは重々理解しているけど、不登校の冬ちゃんをこのままにしていいわけないわ。
あの事件以降、ずっと部屋から出られず引きこもったまま…。
明日は日曜日。春君は仕事がお休みなんだから、冬ちゃんを放ったらかしにせずに、以前のように向き合ってあげて。
もちろん私も協力するから。」
美容液を肌に塗る夏子の手が少しだけ震えている。
今朝のような無意味な喧嘩は二度としたくないーーーー
苦しむ冬児には、尊敬している父である春彦の力が必要だと強く感じているからだ。
「何を話せと言うんだ?
冬児なら精神科の先生のとこへ連れて行ってカウンセリングでも受けさせればいいだろう。
俺に出来ることなど何もない。」
「お医者さんのカウンセリングも大切だと思うよ?思うけど冬ちゃんは春君の事を尊敬しているのよ。
父親である春君の教えを愚直にまで守って生活しているのがわからないの?
なんで話もしてあげられないのかが理解できないわ。」
「…なんだか冬児がおかしくなったのは俺のせいだとでも言いたいのか?」
目を閉じたまま春彦は言った。
「うん、そうかもね。春君のせいかもね。
冬ちゃんに古臭い教育を押し付けた責任をとってもらいたいくらいだわ!」
言い争いをしないよう言葉を選んでいた夏子だったのだが、他人事のような態度の春彦に我慢できず声を荒げてしまった。
「私は今夜、ここで一緒に寝ないから。」
押し殺すような声で伝えると、仕上げの乳液を使わず部屋を出ていった。
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