13


(翌朝)


身支度を済ませた冬児はキッチンまでやってきて母・夏子に挨拶をして、テーブルに座った。


朝に弱い秋奈は相変わらず眠ったままだ。


夏子は冬児の茶碗にご飯を盛り付けている。


父・春彦はシワのないパリッとした、まだ誰も触れていない朝刊に目を通す。


三面記事には5名の同級生の男女によって、残忍な手口で殺害された女子高校生の記事が目に留まった。

行方不明だった被害者は市内の雑木林で全裸で遺棄されているのを、犬と散歩中だった老夫婦に発見されたようだ。


コーヒーカップを持つ手は止まる。


春彦は胸を痛めた。


すぐに昨晩の人気のない公園で起きた"事件"について思い出した。


あの鬼頭という不良少年を、あのまま見過ごす事をしないで良かった。

この三面記事に掲載されている事件と同様に、被害者がでていたかもしれない。

そして彼には更生をしてもらいたいーーーー

春彦は強く思った。



「お、と、う、さ、ん!」


「ん、なんだね?やかましいぞ。そんな大きな声を出して。」


「やっと気がついたー!」


冬児は頭の上に両手を乗せて苦笑いをしている。


「冬ちゃんはあなたの事、ずっと呼んでいたのよ。

それなのに新聞を読むのに夢中でちっとも気づかないんだもの。」


夏子は笑って言った。


「ああ、そうか。

それはすまなかったな…。」


「お父さんに聞きたいんだけどね、もし学校の友達がクラスメイトからいじめを受けているのを知ったらどうする?」


手に持っていたコーヒーカップを一度は口元へ近づけたが、春彦は飲まずにテーブルへ置いた。


「お父さんだったら、まずは担任に話すだろうな。」


「あら、あなたならいじめられっ子を守る為に、いじめっ子をやっつけるのかと思ってたわ。」


「そんな事をするわけないだろう。

もし深刻ないじめだとしたら、かなり根が深いからね。

子ども達だけでは解決は不可能に近い。

学校内で起きている事なのだから、担任の力が必要不可欠だ。

そして我々、保護者の力もね。」


タイミングを逃して飲めなかった湯気が立つブラックコーヒーを春彦は啜った。


「あら、冬ちゃんはやっぱり悩んでいたんじゃないの。

お母さんには相談してくれなかったのにねぇ~。」


「あぁ、お母さんごめんなさい。」


「お母さんに嘘をついたってお見通しなんだからね。」


夏子は冬児の頬を、細くて長い人差し指で軽く押した。


気まずそうに冬児は苦笑いしている。


「何の脈略もなくいじめについて聞くわけないよな?

冬児、学校でいじめがあったのかい?」


「そうよ、そこが1番大切な事。教えなさい。」


「うん、実はね。4年の頃から同じクラスのウッシーが昨日、中牧って子にいじめられていたんだよ。」


「中牧?」


背もたれに寄りかかっていた春彦は身を乗り出した。


「そう。中牧コウジがウッシーに朝、下駄箱で靴を踏まれた事から中牧に一鼻血が出るほど殴られたんだ。

それで僕が先生に言いつけたら、中牧は皆がいる前で担任に叱られたの。

それで終わるかと思ったんだけど逆恨みされて、下校時に僕も襲われて殴られそうになっちゃってさ。」


信頼する父の言葉を聞いて、冬児は保健室へ向かった際、潮田が中牧に殴られた件を担任に伝えた事は間違いではなかったのだと自信を持った。


「冬ちゃんに殴りかかったわけ?

なんて乱暴な子なの!

担任の先生に連絡した方がいいわね!」


夏子は語気を強めた。


「その中牧コウジは冬児のクラスメイトなのか?

実は昨晩見回りをした時なんだが、その中牧コウジが不良少年と行動を共にしていたんだ。

不良少年は中学生カップルの彼氏の鼻を折るほどの暴行を加えていたんだよ。」


「えぇ!」


「もちろん警察が動いてくれたさ。

駆けつけてくれたのは山田巡査だった。」


「あなた、正義感が強いのはご立派だけど、危ない事に首を突っ込んじゃダメよ。」


夏子の話を遮り、冬児は春彦に聞いた。


「中牧はどうなったの?現行犯逮捕?」


「小学生が逮捕される事はない。

ただし、保護を受けるだろうから場合によれば養護施設に入所するかもしれないな。」


「へぇ…。」


「さて、そろそろ家を出なければ。

夜、また学校で起きた事をお父さんに話してくれよ。」


背広を羽織り、ビジネスバッグを手に持った春彦に冬児は話しかけた。


「ちょっと待って。もう一個ね、お父さんに聞きたいんだ。

殴られたウッシーが、仇を取って欲しいと頼まれたんだけどどうした方がいいかな?」


「そんな事する必要はないわよ。

冬ちゃんが中牧って子と喧嘩する必要はないでしょう?」


夏子が間に入ってきた。


「でもウッシーは友達だし…。」


「いじめっ子が怖いからって冬ちゃんに頼んで喧嘩してもらい、憂さ晴らししようなんて虫が良すぎるわ。

そんな子、友達なんかじゃないわよ!」


真っ向から否定する夏子に眉間にシワを寄せた冬児は、父の意見を待っている。


「お母さんの言うとうりだ。

他人に乗せられて喧嘩なんぞしてはならない。

その友人とは距離を置くべきだな。」


冬児は春彦の意外な言葉にショックを受けていた。

正義感の強い父・春彦なら友人を守る為に戦えと言ってくれるとばかり思って期待していたのだ。

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