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「ゲヘヘ。相変わらずショボい個人商店だ。」


出入り口は自動ドアではなく、色褪せた木造ドアで至る箇所にヒビ割れがあった。


「…鬼頭くんはこの店を出禁になってたんじゃないの?」


「出禁?んなわけねえべ。

ここは唯一、俺には優しかった店なんだ。」


得意げな表情で鬼頭はガニ股で入店していく。


入店した直後、出入り口付近にあったチョコバーを鷲掴みして学ランの上着のポケットに素早く隠した。


突然の行動に驚いている中牧に耳打ちをした鬼頭は「4つゲット。」と言いクスクス笑いだした。


自宅を改装した店舗で、奥から頭髪はほぼ抜け落ち、ツルツルした頭皮にたくさんのシミがある店主が杖をついてやってきた。


「息子と違ってよ、あの爺さんは俺の事なんざ覚えてねえの。

あれだけ盗んで問題起こしたってのにな。

忘れられてちょっと悔しいんだよ。」


我慢できず吹き出した鬼頭は手で口元を隠して中牧に話す。


"出禁にならなかった唯一の店"だなんて事、中牧は初めから信じていなかった。

鬼頭は実質的には経営者である息子が店番をしておらず、高齢の店主が店番をしている時間帯を把握していたのだ。


「こっからが。」


ヨレヨレのネルシャツを着た老いた店主は白内障の手術をしたばかりの目で悪ガキ2人を見ている。

永らく連れ添った妻に先立たれた店主は、目に映る世界にどうやら興味を失ってしまっているようだ。


「見ろよ、あの半開きの口を。

ババアが死んで、もうやる気ねえの。

でもな注意は必要だぜ。」


覇気のない店主は、ため息を吐いて店の外に視線をやった。

交通量の絶えない道路をただただ眺めている。

車はヘッドライトを点灯させて、荒れ狂う川のように流れゆく。


手癖のある悪童はここぞとばかりに菓子パンを、スクールバッグに5個と隣にある棚からスナック菓子を手当たり次第詰めた。


「アイツ、本物のバカだろぉ。」


そう言いながら休む事なくグミや板チョコを慣れた手つきで、中牧のパーカーやズボンのポケットに押し込んでいく。


「飲み物は重くなるからパス。

このまま店を出てもいいが、さすがにジジイが哀れだから、このガムを1つ買ってやれ。」


鬼頭は中牧に小さな10円ガムを手に持たせて、しかばねのような店主が立つレジへ向かわせた。


罪悪感から中牧は老いぼれた店主の顔を見る事ができず、動作が鈍い店主との時間に耐えきれず泣いてしまいそうになっていた。


老いた店主は何も言わず、100円玉を受け取り釣り銭を数えている。

その時も鬼頭は焼き鳥の缶詰やスルメ等を、堂々と盗んでいる。


冷静さを失った中牧は店主から釣り銭を受け取って店を出ようとした時、250ccのビッグスクーターが店の駐車場に止まった。


「あっ、やっべ!マキゾー逃げろ!」


ビッグスクーターから降りた男は店舗に入ろうとした際、逃げ出そうと慌てて出入り口にやってきた鬼頭に気付き、険しい顔色に変わった。


「おまえ、また俺の店にやってきたんか!」


状況を察した中牧は悪童と別れられるチャンスだと思い、店を出て逃げ出したが首根っこを鬼頭に掴まれてしまった。






「ここまで逃げれば死にかけたジジイの息子も追ってこれない。

スリルあったろ?」


鬼頭は戦利品の食料だと言い、公園にある木でてきた落書きだらけのテーブルに広げた。


「ほらあ?食えよ、マキゾー。

俺がおまえの為に身体を張ってパクってきたんだぞ。」


向かいに座る中牧にポイっと菓子パンを投げつけた。


俯く中牧は万引きして手に入れた菓子パンには目もくれず、行動をともにしている事を後悔した表情でチラッと鬼頭を見た。


「なんだよ、その目つきは。

今更、良い子ぶってるのかよ。あー俺、ムカついてきた。」


ここで刺激を加えてしまえば、数々の伝説を遺して中学に進学した鬼頭に何をされるかわからない。

残念ながら従うほかない、中牧は判断した。

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