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「あ、あの童顔オヤジめ。

15歳の私に出て行けとか、ほっぺにビンタやったりパワハラだよ?」


「確かに暴言や暴力はいけないわね。」


興奮冷めやまぬ秋奈の着替えは済んでおり、家を出ようとしている。


「秋ちゃん?朝ご飯は食べないの?」


「お母さんゴメンね。

食べたかったけど、時間がないからウチを今すぐ出なきゃ。」


「あら、そう。朝食抜きは身体に悪いのよ。」


心配そうな表情を浮かべた夏子は4人掛けのダイニングテーブルの隅に置いてある小さなバスケットを無造作に掴んで、玄関でローファーを履き始めた秋奈の掌に手渡した。


「この飴、アンタ好きだったでしょう。

朝食がわりにはならないけど、何も口にしないよりかは良いかと思って。」


「ありがとうお母さん!」


さっそく秋奈は母から手渡されたスイーツニャンコの飴の袋を開けて、小さな口に入れた。


「あっ、私の好きなプリン味だ。

やったね!」


「フフフ。気をつけて行きなさい。」


「うん行ってきます!」


泣いていた秋奈の目は乾き、あっという間に笑顔になって声も弾んだ。


「ふぅ~、さてと。」


玄関先で母は娘を見送るとスリッパをパタパタ鳴らしてリビングへ戻った。


「冬ちゃーん。独りぼっちにしちゃってごめんね。

冬ちゃんもそろそろ学校へ行く時間じゃない?」


ダイニングテーブルで朝食を摂っていた冬児の姿はない。


「冬ちゃーん?ふゆ?」


部屋中を探したが、冬児はおらずエメラルドグリーンのランドセルも見当たらなかった。

かわりにシンクのまわりは水滴が飛び散った形跡がある。

シンクの横には食器乾燥機があり、冬児のお気に入りであるスイーツニャンコのお茶碗や食器類が片付けられてあった。


夏子は冬児の行動に感心すると同時に母親として、長女の秋奈に付きっきりになり朝から寂しい思いをさせてしまったのではないかと罪悪感を持った。



****


「冬くん、おはよう!」


「おはよう!」


「おはよ、冬くん。」


「おはよう!」


5年2組の教室へ向かう小柄な冬児に男女問わず多くの児童が挨拶をしていく。

登校時間中という事もあって廊下は子供達が集まって賑やかだ。


"挨拶の嵐"のなか、冬児は教室のドアを開けた瞬間、どっしりした体格の良い中牧と正面から向き合う形になった。


親切な冬児は身体を横にして通り道を譲ると、中牧は無言で廊下へ向かった。


アイツ、相変わらず態度が悪いな。

冬児は首を傾げた。

その時だ。

すれ違う際、偶然にも中牧の右手に血が付いているのを冬児は見た。


冬児は疑問を抱きつつ自分の席に座ろうとした時、隣に座る女子が早口で言った。


「冬くんが来る少し前にね、中牧が潮田うしだを殴ったんだよ。」


「えっ?なんで!理由は?」


「理由?理由は本人達から聞いたわけじゃないけど、中牧がキレている時の会話を聞いたら下駄箱で潮田がうっかり中牧のスニーカーを踏んづけたのが原因みたい。」


だから中牧の右手には血がついていたのか。

冬児の疑問は解消されたが、友人が傷つけられた為、怒りと悲しみが混じり合った感情を抱いている。


教室内をキョロキョロ見渡す冬児は潮田を探すが見当たらない。

もう一度、教室内を見渡してようやく潮田を発見した。

潮田は黒板から見て1番後ろの窓際の席付近にあるカーテンにひっそり隠れるようにしていた。


冬児はゆっくりと潮田に近づき、カーテンを潜り隣に立った。


窓から見える光景は校庭を歩く児童達がおり、笑い声が教室まで響き渡る。


冬児は朝から校庭ではしゃぐ低学年の児童達を見た後、静かに潮田を見つめた。


「ねぇウッシー、さっき中牧に殴られたんだって?」


痛みとショックで涙を流す潮田は冬児には目を合わさず泣いている。


「鼻…大丈夫?血は止まったの?」


顔を左右にブンブン振って鼻を真っ赤な血で染まったハンカチを鼻に当ている。


見かねた冬児はポケットからティッシュを取り出して、そっと窓サッシに置いた。

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