第34話 おとり(後)


特に動きがない中、プリビレッジであるユリギリス・オッスルの周辺を嗅ぎ回って5日目となっていた。


これまで妻シーシャスと思われる人物が出入りしている姿は2度見かけているが、肝心のユリギリスの姿はまだこの目で捉えていない。この5日間、ずっと不在ということなのだろうか。それとも引きこもりということか。


張り込み当初は緊張感をもって邸宅周辺を見張っていたが、さすがに5日間も変化がないと少しずつだれてしまう。


この日も特に収穫といえるものはなく、夜は不意に襲撃される危険もあるため、日が落ちる前には撤収することにした。

アイスラン地区からの帰り道、俺はばったりフューゲルに遭遇した。


フューゲルはかなり捜査のことが気になっている様子で、開口一番状況を聞いてきた。


「アシュル、どういう状況だ?」


「そうか。俺の方も統治省の資料を調べているんだが、ユリギリスの情報がなかなか見つからない。実在する人物なのか不思議なんだ。」

「一応、そのことは頭に入れておくね。」

「頼むぞ。」


フューゲルとの会話は短いものであったが、フューゲルから右手を差し伸ばし、握手を求めてきたため、これに応じて別れた。


フューゲルも気になって仕方がないだろうが、冷静に自分のやれることをやっているんだなと感心した。

俺は改めてそんなフューゲルのためにも真相を解明するために頑張ろう。


翌朝、俺は今日も外出の準備をしていたところ、誰かが自宅を訪ねてきた気配を感じた。


「アシュルいるか。」

「はい。いますよ。」


俺がそっとドアを開けると、そこには王城で見たことのある人物が立っていた。


「私はイップ・ランドだ。ニコル殿下からの伝言だ。一度邸宅から妻のシーシャス・オッスルが出てきたら、接触してみるようにとのことだ。」

「はい。使い魔でもみられていると思いますが、膠着状態なので僕もそうしてみようと思っていましたとお伝え下さい。」

「承知した。」


このままでは埒が明かないので打開策が必要という点は、どうやらニコルも同意見だったようだ。使い魔も問題なく機能しているようだし、特に妻と接触する程度、問題はないだろう。


ーアイスラン地区 オッスル邸宅周辺ー


今日もオッスル邸宅の出入り口が見える位置でじっと見張る時間が続く。

相変わらず人通りもなく、閑散としており、昨日までと変化があった様子も見られない。


人気のない中、一週間近く見張っているので、さすがに俺の存在はオッスルにもバレていると思われるが、一向にこちらの様子を窺うような気配すらない。


この日も退屈な時間が続き、気づけば夕方になっていた。


ただ待っているというのも案外苦痛なことだ。

正直、早くこの仕事を終わらせてしまいたい。

思い切ってこちらから邸宅に入ってみようか。疲れのせいか、不用意な行動を取ることが頭によぎる。


そんな中、俺は邸宅からようやく人が出てきた気配が会ったことに気づいた。


あれは・・・!?妻のシーシャスと思われる女性だ。

手提げ袋を持ち、ラフな格好での外出であったため、買い物といったところか。

邸宅に戻ってきたタイミングで声を掛けるのがよさそうだ。


それから30分程度経ったくらいだったが、シーシャスが食糧らしきものを大量に抱えており、いかにも買い物を終えた主婦という様子で戻ってきた。


声を掛けるのは今しかない。俺は心の中で決心を固めると、一目散にシーシャスに駆け寄った。


「すいません、シーシャス・オッスルさんでしょうか。」

「ああ、あなたね。ここしばらくうろついている平民の人って。このあたりはよそ者がくることがないのですぐに分かりますよ。」

「は、はい。」


やはりシーシャスは俺が最近嗅ぎ回っていることに気づいているようだった。

だが、そんな嗅ぎ回っている人間から接触されたというのに、表情は穏やかで話し方も優しい。

彼女からはプリビレッジらしい横暴さを感じることもなかった。


思いの外、感触がよかったので、俺は思い切って本題を切り出してみることにした。


「あの、ユリギリスさんは自宅にいらっしゃいますか。」

「夫は長期で大陸北部に仕事にいっており、しばらく戻ってきませんよ。」

「そうなんですか・・・。あの、ユリギリスさんはどんな人ですか。」

「正直に言いますと、私にも手をあげるようなとても怖い人間です。仕事のため長期で家を離れるときが私の心の平穏がありますね。」

「そうだったんですか!?」



意外な発言だった。この人ももしかしたら被害者なのかもしれない。

うまくいくと、事件捜査に協力してもらえる可能性もありそうだ。俺の中でそういう期待感が高まる。


「ところで、あの人が何か事件でも起こしたんでしょうか。」

「いえ、そういうわけではありません。可能性を確認しているだけです。」

「でも、あなたは平民なのにどうして捜査のようなことをしているのですか。」

「僕は代弁者です。平民で被害を受けた人がいて、それで依頼を受けて調査をしているというわけです。」


シーシャスは俺の言葉を聞くと、すんなり納得した様子であった。そして、話をこう続けた。


「もしあなたが差し支えなければ、家にあがってあの人の部屋を見てみますか。あの人は今月中は戻ってきませんので。」


これは願ったりかなったりの提案だ。もしユリギリスが凄惨な犯行をやっているのであれば事件の痕跡が残っている可能性が高い。

本来はニコルたちも呼んで共に捜査すべきであるが、他の派閥のプリビレッジを家にいれるとなると、さすがに抵抗感は大きいはず。


そうであれば、俺が単独で訪問し、証拠を見つけて、国王近衛隊が正式に動けるようにするべきだろう。


「こちらへどうぞ。」


シーシャスの案内で、俺は言われるままに邸宅の門をくぐり、家の中に入ることができた。


「お茶の用意をしてくるので、少し座って待っててくださいね。」


ゲストルームのような部屋に通されると、俺は椅子に腰掛けていた。


この部屋は見る限り、特に変わった雰囲気を感じない。ただ、少しだけ家の中では魔力の感度が上がってきているような気がする。


部屋の中を隅々まで目を向けていると、シーシャスが戻ってきた。

そして、いかにも高そうなコップに、自分の分も含めてお茶を注いだ後、俺のお茶を渡してくれた。


「ありがとうございます。」


どのような流れで話を聞き出すのが正解か、頭の中で迷っていたが、シーシャスの方から本題を切り出してきた。


「早速ですけど、夫ユリギリスのこと。彼にどんな疑いがかけられているのでしょうか。」

「あの、その、なんていうか・・・。まだお話はできません。すいません。」

「あら、そう。困ったわね。何をお話すればよいかしら。」


この段階ではさすがに核心部分を話すわけにはいかないので、誤魔化しながら探っていく他ない。シーシャスが共犯でないと断言できないためだ。


俺の不審な反応にも、シーシャスは笑みを絶やさない。

緊張もあってかのどが渇いていたのもあり、俺は一風変わったお茶に手を伸ばした。


「ところで、このお茶は何のお茶ですか?飲んだことのない味がします。」

「それは大陸東では名産のお茶なの。夫がいつも大量に買ってくるの。」

「そうなんですね。」


俺は独特の渋みがあることは感じつつもぐっと飲み干した。

シーシャスはその様子を見ていたが、意外な話をしてきた。


「ところで先ほど、気になるものがあったので捕まえてきたんですよ。」

「はい?」


俺が顔を上げ、シーシャスの方に視線を送ると何やら見たことのある鳥・・・。


あれはニコルの使い魔?無惨な姿にまで破壊されている。


俺は何が起きたのか理解ができなかったが、次の瞬間、シーシャスからこれまで感じたことのない陰の気配が溢れ出してきたことを察知した。


「あなたのそばに目障りなのがうろついていたから壊させてもらいましたわ。まったくこんな平民をよこしてくるなんてお馬鹿さん。」

「あなたは何を・・・。ま、さ、か・・・。」


俺は急に声がでなくなり、体全身にしびれを感じ動くことができなくなった。


「さっき飲んだお茶。あれね、あなたの動きを封じる薬をいれていたの。気づかなかった?」

「・・・。」


シーシャスがこう話すと、俺の体を拘束するために魔法によるバインドをかけてきた。


動けない。それに意識も飛びそうだ・・・。


「あなたには魔力の贄になってもらうわ。ただ、使い魔を破壊されたとなると、あなたの背後にいるプリビレッジが押しかけてくることでしょう。隠れ家に移動するわ。」


これが俺の記憶にあるシーシャスの最後の言葉だった。


その後のことは、縛られたままどこかに運ばれていったということが薄っすら分かった程度である。


あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

俺が意識を取り戻したときには、見たことのない空間が広がっていた。


「あら、もう気付いたの?あなた、普通の平民ではなさそうね。魔力耐性が高いのかしら。」


この言葉で自分の置かれている状況を認識した。


「お前が連続殺人の犯人か!」

「今頃気付いたの?若さを維持するのには一定周期で魔力の贄がいるのよ。あなたもうすぐそうなるわ。」

「くっ。」

「大人しくしてなさい。準備に時間がかかるのよ。もちろん、助けを求めても無駄よ。ここは誰も知らない場所だから。」


シーシャスはそれだけ言い残すと、何かの準備のためだろうか、部屋を出ていった。


この状況はあまりにも危険だ。どうにかしてここから逃げ出さないと。

しかし、俺を拘束しているのは魔法のバインドのようで、簡単にほどけそうもない。


幸いポケットに忍ばせていた魔道具には気づかれていない。

だが、一人で取り出せそうな感じではない。せめて後ろで縛られた手だけでも動かせれば・・・。


それから30分くらいが経過したころだろうか、近くから人の気配を感じた。

奴がもう戻ってきてしまったのか!?


全く身動きがとれない状況に変わりはない。

このままでは殺されてしまう。命の危険を感じ、俺の中で極度の緊張が走る。

この瞬間はすべての動きがスローモーションになったと錯覚するほどで、心臓の鼓動をはっきりと感じる。


そんな中、無常にも部屋のドアが開いてしまう。

終わった・・・。俺の中で死を覚悟した瞬間であった。


「アシュル、無事だったか?」

「フューゲル!?どうして!?」


しかし、そこに現れたのはまさかのフューゲルだった。

俺はフューゲルの姿を目にして、あまりにも驚きで我を失った。


「少し離れたところからお前を張っていたんだよ。魔導具でお前の魔力を追えるようにしていた。50メートルくらいなら分かるから。」

「一体どうやって?」

「昨日お前と握手したときに、魔導具をあてて、お前の魔力に反応するようにしていた。急にどこかへ移動し始めたからバレないように追うのに苦労したが。」


あのときの妙な握手はそういうことだったのか。


「それよりお前、拘束されているのか。これを早くなんとかしないと。」


フューゲルは急いで俺に駆け寄り、体を抱えて、持っていたナイフでバインドを切り裂こうとした。

しかし、まるで空気を切っているような感じで物理的にはどうにもならないらしい。

一向に切ることができない。


「一体なんなんだ。このバインドは?」

「魔力だよ。フューゲル、俺のお尻のポケットから魔導具をとって、僕の手に置いて!」

「お、おう。」


俺はフューゲルにそう指図すると、ニコルからもらっていた魔導具を手に持つことができた。

そして、すぐさま魔力を込めて、風の刃を生み出す。ただ、手首を固定されているため、うまくバインドに当たらない。


「くそ、当たらない!」

「アシュル、落ち着け。焦ってはだめだ。」


少しずつ魔道具から生じた風の刃がバインドにあたり、少しずつ切れていくのは分かったが、なかなか難しい。

しばらく四苦八苦していると、残酷な言葉が聞こえてきた。


「おい、奴が戻ってきているぞ!」


俺は必死で魔道具を動かす。焦れば焦るほど、上手くいかない。しかし、この状況で冷静になんていられるはずもない。


フューゲルは、部屋に時期に入ってくるシーシャスに備えて、持ってきた剣と王令からの魔力干渉を防ぐブレスレッド型の魔導具を装着して構える。


ガチャ。


ついにシーシャスが戻ってきてしまった。シーシャスはフューゲルの姿を視認すると、さすがに一瞬驚いた表情となった。


「お前は誰だ!なぜここが分かった?」

「近づくな!殺すぞ。」


フューゲルはシーシャスに向けてありったけの気迫で威圧する。


「笑わせるなよ。お前からは魔力を感じない。平民だろ?我に敵うとでも。」

「アシュル急げ!」


フューゲルはこう言い、右手の杖でフューゲルに向けて魔法を放とうとするシーシャスに正面から剣で向かっていく。


ボン!


「ああああ。」


しかし、フューゲルは無常にもシーシャスから放たれたどす黒い炎をまともに受け、叫びながらふっとばされてしまう。


このとき、なんとか腕のバインドをカットすることができ、俺は足から胸付近までの3ヶ所のバインドのカットも急いだ。


「小賢しい。」


シーシャスは俺の動きに気づき、同じ魔法を俺に放ち、それが俺の左胸にクリーンヒットする。その瞬間、激痛が走る。少なくとも肋骨が折れたのがはっきり分かった。


それでも、魔法が当たる瞬間にすべてのバインドを切断することができた。


俺は胸に激痛を感じながらも立ち上がる。一方、フューゲルの方は近距離で受けたためか、意識はあるものの、横たわって動くのが難しそうだ。


「お前、やはり魔力持ちだったのね。一体どこの手先なの。」

「近衛隊だ。」

「そう。近衛隊ね。まぁいいわ。どうせここを見つけ出すことはできないもの。そして、お前たちは我の贄になる。」


それにしても物凄い威圧感だ。シーシャスからはまがまがしいまでの魔力を感じる。


「確かに。あんた相当強いだろ。物凄い魔力を感じる。」

「へえ、力の差が分かるのか。お前はこの国の人間にしてはまだましなのね。ますます贄にほしいわ。」


魔力感知能力はまだまだであるが、それでも正面からではとても敵う気がしないほど圧倒的な差を感じる。なんとかスキを見つけなければ。


「贄になる前に一つだけ教えてほしい。あんたは一体何者なんだ。あんたが7年前の連続殺人の犯人なのか。」

「そんなに知りたいの?いいわ。冥土の土産っていうやつかしら。我が名はサリュル・レーガン。魔女の末裔といえばなんとなく分かるかしら?7年前も何人かの平民に贄になってもらったわ。」

「あんたは王都で何をしたいんだ?」

「そのうち王国を滅ぼしてやるのよ。強力な魔法でね。」


俺はなんとか会話の中で最低限の事実は確認できた。後はいかにしてスキを作ることができるか。


「オッスル夫婦はどこにいるんだ?」

「もちろん殺したわ。魔法で暗示をかけて、周りの平民どもには記憶を改ざんして、オッスル夫婦が存命だと装っていたのよ。」

「なるほど。じゃあ、最後に一つ。あんたの後ろにある異彩を放っている壺は一体なんだ?」

「壺?」


これは意外な質問だったことだろう。一瞬だけサリュルは後ろを気にとられた素振りがあった。


今だ!


俺は持っていた魔導具にありったけの魔力を込めて、サリュルに向けて攻撃を加えた。


ドスン!


全力の魔力攻撃であったため、ものすごい風圧の一撃が放たれた。

建物に大穴をあけ、周りにあった物も散乱して、ホコリが一面に広がった。


や、やったか!?


しかし、次の瞬間、視界の悪い中から先ほどの黒い炎が飛んできて、俺の左太ももに直撃したのを感じた。


「うううう。」


あまりにも激痛に思わず声もでてしまう。そして、膝から崩れてしまい、立つこともままならない。


「そんな古典的な攻撃が通じるとでも思ったの。」


俺が声の方向に向けて顔を上げると、魔法の防御壁で攻撃を防いでいたサリュルの姿がそこにあった。


「そろそろ死んでくれるかな?」


サリュルはそう言うと、2メートルほどの距離まで近づき、ひざまずく俺の頭に杖を向ける。


万事休すなのか・・・。


俺は死を覚悟するほかなかった。


しかし、そのとき、神々しい光が建物内を照らし、次の瞬間、ビビビという衝撃音が聞こえる。


俺がやられたのか?いや、何も痛みは感じない。


「アシュル!生きているか!?」


次の瞬間、聞き覚えのある声が近づいてくる。これは・・・エドワード?


「くそ、国王近衛隊か!」


その言葉が聞こえた瞬間、あたりが黒い霧で包まれる。


「逃げられてしまったか。」


エドワードと王国騎士らしき人物が5人、この場に臨場していることが分かった。


た、助かった・・・。


これ以降の出来事は覚えていない。気を張ってギリギリ意識を保っていたため、助かった安堵から記憶が途切れてしまった。


後で聞いた話では、俺もフューゲルもそのままずっと気を失ってしまい、他に駆けつけてきた王国騎士から応急措置を受け、護衛をされて、国王近衛隊の近くにある拠点に連れて行かれたとのことであった。

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