第33話 おとり(前)


ちょうど俺が代弁者になって1年近くが経つころ、王都では不穏な事件が発生していた。


「アシュル、大変だよ。」

「そんなに慌ててどうしたの?」

「協会の近くで人が殺されたんだって!死体が発見されたみたいだよ。」


俺が執務室で作業をしていると、パリシオンが慌てて部屋に入ってきた。パリシオンはよほど俺にいち早く何かを伝えたかったのだろう。全身汗だくであった。


「なんで殺されたって分かるの?殺人事件なんてこれまで聞いたことないけど。事故や病死の可能性はないのかな?」

「死体に蹂躙された痕跡があったみたいで。殺された可能性が高いって聞いたよ。」

「そうなんだ。殺されたのは平民?」

「まだ分からないよ!アシュルはなんでそんな冷静なの!?」


なんだか実感が沸かないような話だ。というよりも、自分の知らないところで殺人事件が起き、それがニュースとして流れていても自分には無関係として気にとめたことがなかった。それは前世の自分の記憶のせいだろう。


「でも、どのみち、僕たちにはどうすることもできないから、国王近衛隊に任せるしかないんじゃないかな。」

「それはそうだけど・・・。」


代弁者といえども、一応国民にすぎない自分たちがどうすることもできない話であることは間違いないだろう。事件が起こったときのために、警察権を持つ組織が対応するのは当然のことだ。


だが、俺の想像とは少し異なる事情が背景に存在しているようで、俺はそのことをすぐに知ることとなった。


「アシュル、そうもいかないんだ。」

「ネフィスさん?」

「実はこれで王都で殺人が起きたのは3ヶ月連続なんだ。犯人はまだ捕まっていない。代弁者協会にも協力要請が入っていてね。」

「そうだったんですね。でも一体何をすればよいのでしょうか。」

「被害者の周辺の聞き込みや目撃情報を探してほしい。プリビレッジを毛嫌う平民は多いから、国王近衛隊ではうまく情報を集められていないようだ。」


パリシオンと会話していると、部屋の外からネフィスがやってきて、語りかけてきたのだ。


この世界ではテレビや新聞のようなメディアがないので、日常の事件などを知る術はあまりない。こんな連続殺人事件が発生すれば、大いに話題になっていてもおかしくはない。

情報を得られる手段が少ないことは怖いものだと改めて感じる。


ネフィスからの指示もあり、俺を含む代弁者は3名の被害者の情報を受け取り、手分けして聞き込み調査を行うことになった。


俺は3名の被害者のうち、キースという平民の情報を集めるということになり、その人物がコーディアル地区に居住していたようなので、早速その地区で事件に関する聞き込みを行うことになったのだった。


ーコーディアル地区 広場ー


ここは人通りも多く、賑やかな場所である。特に飲食関係のお店が多く、レストランフリーもこの地区にあるので、俺自身、土地勘は十分である。

俺は、早速街中で歩いている通行人に声をかけてみることにした。


「すいません、キースさんをご存知でしょうか。」

「亡くなったんだってね。いい人ではあったんだけど、どうしちゃったんだろうね。」

「何かトラブルに巻き込まれた話とか聞いたことはありませんか。」

「さぁ。特に聞いたことないね。」


俺はこのような形で、しばらく辺りを歩いている平民に声をかけてみたが、キースという人物がトラブルに巻き込まれていたという話は耳にすることがなかった。

そもそも、ここのように人口密集地でもあるのでキースという人物を知らない者が多数であり、ましてやキースが殺されたという事実はほとんど知られておらず、聞き込みは不発に終わった。


俺は埒が明かないため、休憩も兼ねてレストランフリーにも訪れていた。


「カナディ、キースという人知らない?事件に巻き込まれたようなんだけど。」

「初めて聞く名前だわ。多分シューストさんたちも知らない人だと思うよ。」

「そっか。このあたり人口も多いから住人をすべて知っているわけではないようだね。」

「うん。お客さんにキースって人のこと知らないか聞いてみるね。」

「ありがとう、カナディ。なにか分かったら教えて。」


キースの居住していた家からそう離れていないレストランフリーでも特に有力な情報を得ることができなかった。


俺は、この日、薄暗くなる時間帯まで聞き込みを行ったが、結局、収穫と呼べる情報を得ることができなかった。そして、状況確認のために協会に戻ることにした。


協会に戻ると、入口で受付係のヒツリーから声をかけられた。


「アシュルさん、伝書鳥が届いていますよ。」

「ありがとうございます。」


リサリィから伝書鳥が来て以来、俺宛に伝書鳥がくるのは2回目だ。一体誰からの伝言だろうか。


俺は伝言を聞いてみたところ、伝書鳥から聞こえてきたのはニコルの声であった。


「アシュル。僕だ。至急王城に来てくれないか。相談がある。」


用件は特に告げられておらず、ただニコルからの急な呼び出しであった。


ニコルの声のトーンからすると、一大事があったのかもしれない。これは優先させる必要がありそうだ。

率直に、タイミングもよかったこともあり、この殺人事件となにか関係がありそうだと薄々感じたが、勘ぐっても仕方がないので何も考えず、そのまま王城に向かうことにした。


ー 王城内 第二王子公邸 ー


「アシュル、来てくれたんだね。」

「はい。ニコルの呼び出しですから。よほどのことかなと思いまして。」

「王都で発生している殺人事件のことは聞いているかな?そのことで君に依頼があってね。」


予想通りの用件のようだ。

しかし、ニコルから平民の俺に対する依頼ということだが、その内容は皆目見当がつかない。


「事件のことで分かっていることをまず説明しよう。エドワード、頼むね。」

「はい。殿下。」


ニコルはこう言うと、エドワードから改めて事件の概要を説明し始めた。


エドワードによると、連続殺人事件の犯人はまだ特定できておらず、また、現在のところ被害者となった平民の3名に共通点らしきものもないということであった。

しかし、犯人はプリビレッジの可能性が高いということのようである。それは殺害の手口に魔法が使用されているためである。

手口からすると、少なくとも同一犯であるということがわかるそうだ。また、犯人の動機は無惨に殺害をしている状況から快楽殺人の可能性が高いということだった。


「他にも気になることがあるんだ。7年前にも同じような犯行が立て続けにあった。その時は5人が被害者になった。今回の事件と特徴がかなりの点で重複する。」

「その時の犯人は捕まっていないということでしょうか。」

「そうだね。」


ニコルがエドワードによる説明に続いてこのように補足を加えた。ニコルは少し視線を落として話を続ける。


「それで実は7年前の犯行と今回の犯行が同一犯だと仮定すると、犯人と疑わしき者を絞れているんだ。プリビレッジも人口は5万人程度なので、使用された魔力の傾向や年齢、職業、居住地などから分析するとね。」


ニコルからは意外な事実を告げられ、俺はニコルの意図がどこにあるのかこの段階では正直分からなかった。


「では犯人らしき者の家の捜索や事情聴取などをしたらよいのではないでしょうか。」

「それが簡単にできないんだ。確たる証拠がないとね。以前話したことがあったと思うけど、派閥間は不可侵という暗黙の了解もあるから、トリキトスから他の派閥のプリビレッジに手出しを簡単にできないのだよ。」


ここまで機密情報を俺に話してくるとなると、なんとなく想像がつきつつある。そして、そろそろその本題が来る頃だと直感した。


「それでなんだけど・・・。」


ニコルは何かを言いかけたが、気が進まないのか、言葉を濁す。それを見かねてかエドワードが口を開く。


「殿下、私の方から話しましょう。アシュル。怪しいプリビレッジの周りを嗅ぎ回って、犯人と接触してくれ。それで一度襲われてくれ。」

「それは一体・・・。」


エドワードからでた言葉に、俺は一瞬、耳を疑う。ただ、少し時間を置いて考えてみると、俺はニコルたちから何を求められているのか察しが付いた。


「それは僕がおとりになるという話ですか?」

「そうだ。快楽殺人を何件も起こすようなやつだ。抵抗できない平民を殺害の対象としているから、その平民が事件を周りで嗅ぎ回っていることを知ったら、襲ってくる可能性が高い。」


エドワードがニコルの代わりに普通は頼みにくいような依頼を何の躊躇もなく言いのける。

そして、俺自身の予想以上に厄介で危険性が高いものである。


「大丈夫。君には魔力もあるし、強い。僕たちも使い魔で君の行動を見張っているから。もちろん、何かあったときのために、護身用の魔導具は渡すから。」

「お前には殿下に大きな借りがあるだろう。カルッチョのときの。」


ニコルもここまでくると、先程の躊躇は何のその。俺が当然引き受けることを前提に、話を進めてきた。

だが、友人ではあるもののこの二人の権力者から迫られると、とても断れそうもない。


確かにカルッチョの件でも大きな借りがあるのも事実。

選択肢は一つしかなかった。それならば覚悟を決める他ないか。


「分かりました。僕がなんとかその犯人を追いつめてみせます。」

「頼むよ。代弁者協会には僕からの特命があるので、アシュルはしばらく協会にでてこれないと手を回しておくよ。」


こうして、犯人らしきプリビレッジの情報の確認と魔導具の準備などの準備期間を経て、1週間後にこのおとり作戦を実行に移すという話でまとまった。


犯人の情報を整理すると、ハーモス派のユリギリス・オッスルという人物が最も怪しいそうだ。

この人物は年齢が45歳で、妻と二人で王都のアイスラン地区に住んでいるようで、粗暴が悪く、平民をいたぶることもたびたび目撃されるという話だ。


そして、俺は自分の身を守るため、一週間、ニコルのもとで魔力訓練を行った。

具体的には、ニコルから手のひらサイズのメリケンサックのような魔導具を支給され、それを使用した攻撃訓練を繰り返し行った。


「アシュル、魔道具に魔力を込めてごらん。そして、あの木に向けて振ってみて。」

「はい。」


ニコルの指導に従って、魔導具に魔力を込めてみると、そこから風圧のようなものを感じた。

そして、魔導具を手に持ち、手を振ってみると、風の刃が鋭く放たれていく。

試しに木に向かってやってみると、風の刃が木の枝を鋭く切り刻んでいくことが肉眼で確認できた。


「この攻撃を受けると、切り傷をつけて相手を痛めつけることが可能だよ。それに少し離れていても攻撃できる。これなら安心でしょ?」

「まぁ、直接殴り合うよりはですね・・・。」

「君が誰からも分かるような武器を持ってプリビレッジに接触するわけにはいかないから、ポケットに忍ばしておくことができるものじゃないとね。」

「なるほど。」


俺は魔力訓練をしばらくさぼっていたため、魔力の感覚を掴むのに少してこずったが、その後、1週間必死で訓練したため、自衛程度のものであれば魔道具を使える目処が立っていた。

また、ニコルの方も俺の行動を追うための使い魔の準備ができているようだ。


こうしておとり捜査の準備は整うに至った。

だが、今回の事件の件で、個人的に気になっていることがあり、おとり捜査を決行する前にある人物と会っていた。


「アシュル、話ってなんだ?」

「急に呼んで悪いね。フューゲル。」


俺はおとり捜査の決行前夜、とある場所でフューゲルと会っていた。

それは今回の事件がフューゲルの母親の事件に関係があるかもしれないと考えていたためだ。


「実は今王都で快楽殺人が3件あって、手口などから7年前の5件の快楽殺人と同一犯行ではないかと考えているんだ。フューゲルのお母さんの事件と関係ないかな?」

「確かに俺の母さんの事件も7年前の話だ・・・。」


フューゲルは俺からの突然の話に少し絶句した様子だった。


俺は事件について話せる範囲でフューゲルに事実を伝えることを想定していた。

この話を持ちかけた以上、友人であるフューゲルに事情を黙っているわけにはいかなかったためである。

もちろん、その前そ提としては、フューゲルが秘密を守ること、そして、軽率な行動を取らないことを約束させることが必要だ。


「アシュル、悪いが、事件のことを教えてくれないか?」

「分かったよ。でも約束を守ってくれることが前提だからね。」


フューゲルは案の定、事件のことを知りたがったため、俺は約束を取り付けて現時点で分かっている話をすることにした。


フューゲルはしばらく俺の話を黙って聞くと、徐々に小刻みに震え出していた。


「ユリギリス・オッスル・・・。憎き敵。」

「フューゲル、僕が必ずしっぽを掴んでみせるよ。その人は面前裁判できっと裁かれることになるから。だから、冷静に。」

「ああ。」


俺はフューゲルに話すのは犯人を捕まえた後でもよかったかもしれないと、フューゲルの様子をみて、事件について話をしたことを後悔している自分がいた。

フューゲルからは憎しみに我を忘れそうな気配すらあったためである。


フューゲルが自分を抑えられず、下手な行動にでる可能性もあると不安になったのだ。俺は明日からおとり捜査に動き出すというのに、不覚にも自ら不安材料を一つ作ってしまった形となった。


結局、フューゲルとは念を押してそのまま別れることになった。


ーアイスラン地区 オッスル邸宅周辺ー


この日、ついにおとり捜査の決行の日を迎えていた。

俺は早速、アイスラン地区を歩きまわり、街の様子をウロウロとながら観察していた。


このあたりは人通りがあまりなく、殺伐とした雰囲気を感じる。治安が悪そうな印象で、まるでスラム街のような地区だ。


そして、俺は犯人の可能性のあるオッスルの邸宅を確認することにした。

オッスルの邸宅はプリビレッジのものなだけあって、壁に囲まれて厳重で中の様子は外からは分からない。

そのためもあり、オッスル邸の付近の住人から話を聞いて、情報を集めるしかなさそうだった。


そこで、俺は近所に住む平民に聞き込みを行った。

その際には、あえて目立つように動き、手当たり次第にオッスルのことを探ることにした。オッスル側に平民が探りを入れている事実を認識させるためである。


念の為、俺の後ろからニコルが準備した小鳥型の使い魔がいることを確認しながら、聞き込みを行っていく。


そして、俺はある1軒の平民の家を訪れた。

「ごめんください。」

「なんだおめーは。」

「代弁者のアシュルと言います。オッスルさんについて話を聞きたいのですが。」

「しらねーよ。あの人おっかないから何も話せね。」


バタン!


話を聞きたかったが、その住民からは一言断りを入れられて、俺のことをまるで拒絶するようにドアを強く閉められてしまった。


その後も、オッスルの邸宅から半径100メートルの家を10軒ほど回ったが、どこも似たような応対であった。


それにしても、この辺りに住む平民は他の地区と比べてもガラが悪そうな人物が多かった。そのような印象しかなかった。


おとり捜査初日は、あらかじめニコルとの約束では楔を打つ程度に留めるということになっているため、俺は初日はこの程度で切り上げることにした。


その翌日もオッスルの邸宅付近を歩き回り、邸宅の様子を観察していた。


すると、しばらくして、一人の平民が俺に声をかけてきた。

その人物の人相はお世辞にも良いとは言えないうえ、小汚い格好の男であった。


「あんたかい?オッスルの旦那を嗅ぎ回っているという代弁者は。」

「一応そうですね。」

「オッスルの旦那の何を知りたいんだい?」

「あんな大きな屋敷に何人で住んでいるのか分かりますか。」


俺がこう話すと、その男はニヤニヤしながら、手のひらを広げて、俺の目の前に出してきた。


正直、この人物が何を求めているのかはすぐに想像がついた。情報を知りたければ、金をよこせといったところだ。

ニコルからは必要となる費用は使っても良いと言われていたため、俺はここぞとばかり100キルスをその人物に手渡すことにした。


その人物は俺から100キルスを受け取り、ポケットにしまうと、俺の質問に答えてきた。


「兄ちゃん、分かっているね。オッスルの旦那は、妻と二人であの邸宅に住んでいる。子供はいないようだ。一時期は平民の奴隷を使っていたときもあったようだが。妻は夫の言いなりで気弱な人でね、そりゃー苦労しているようだ。」

「ところで、オッスル氏は何を収入源に生活しているんですか。」

「裏社会で回っているようなブツをさばいているって噂もあるが、詳細は知らないな。」


この人物からはこの程度の情報しかでてこなかったが、一番知りたかったことを事前に確認できたことは大きかった。

というのも、邸宅内に敵となる人間が実際に何人いるかを把握したかったからである。

そして、この話が本当であれば、俺がユリギリス・オッスルと接触した際、他に仲間がでてくる可能性は低そうだ。

さすがに複数のプリビレッジを相手にするほどの余裕はないため、その意味では安心することができた。


おとり捜査は3日にしてならず。

俺はその後、しばらくオッスルの邸宅を張って、オッスル本人の行動を監視するということを予定している。

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