第32話 成長


僕が代弁者として一人前になるのに後どれくらいの時間が必要なのかな・・・。


パリシオンは代弁者となって既に10ヶ月ほど経過したが、歯がゆい思いを胸のうちに抱えていた。

同期であり、友人でもあるアシュルは既に代弁者として独り立ちをしていたが、パリシオンにはそれが許されていなかったためだ。


「パリシオン、なんだここにいたのか。今日はお前が主導して相談対応ね。俺は後ろで見ているから。時間になったら声を掛けるから。」

「はい。ありがとうございます。」


今日もチューターとしてついてくれている先輩のジムトリィについて仕事をこなすことになっていた。


パリシオンは、相談開始の時間になるまでの間、しばらく思いにふけっていた。


確かに、アシュルの実力は学院のときからずば抜けていた。それに代弁者になってもすぐに頭角を現している。

アシュルは1年目ながら陳情が採用されるという快挙を成し遂げている。アシュルの陳情で来年より王国の税制が変更されることになった。

アシュルは僕と違い、有言実行で結果を残しているんだ。本当にすごい人間だよ。


パリシオンは陳情の件のとき、アシュルが理想主義者でありながら、意外にも現実主義者でもあるのだと感じていた。それは正義一辺倒であったアシュルが学生の時に見せなかった姿だったためである。

パリシオンはこのときのアシュルの言葉に強いインパクトを受けていた。


「パリシオンは、僕の陳情聞いてどう思った?」

「そうだね。正直、アシュルの陳情は本質的に変わらないように思ったよ。あの税制では貧富の差が解決しないし。」

「僕もそう思うよ。でも、制度や政治を変えることは容易じゃないんだ。現行制度には必ず既得権益があり、抵抗勢力がいるんだ。絶対的な力がないとそれを押し切ることは難しい。だから、僕ができることは抵抗勢力が気にならない変化で、それでも確実な意義を持つものを出す他なかったんだよ。」


このとき、アシュルはただ苦笑いしてそう話していた。

パリシオンはアシュルが理想を捨ててまで真剣に陳情を通すことを第一に考えていたなんて正直驚いていた。

そのうえで、パリシオンはアシュルの懐の深さに感銘をしみじみ抱いていた。


アシュルはその後も難解な案件を上手に処理し、着実に実績を積んでいる。

僕とは全く成長速度が違う。

そういえば、あの時もアシュルはあんなことを言っていたっけ。


パリシオンはアシュルが以前、随分妙な話をしていたことを思い出していた。


「アシュル、いつもプリビレッジを言いくるめているけど、何かコツでもあるのかい?」

「うーんそうだねー。まずは確実にいえる事実を特定することが大事だと考えているよ。事実関係に軸を作って、そこから相手の言い分の矛盾点を模索するんだ。」

「へー。アシュルはそういう思考力はどうやって磨いたの?」

「ディベートの講義を受けていたからかな。いや、子供のときから論理的に考えることにしていたからかも。」

「ディベートって?」

「こっちの話だから気にしないで。」


アシュルからコツを聞くと、論理的に物事を考えることが大事ということは理解できた。

でも、できる限り自分の頭の中で訓練しているつもりだけど、これがすごく難しい。


パリシオンはこのようにしばらくアシュルのことで思考を巡らせていたところ、突如ジムトリィから声がかかった。


「パリシオン、そろそろだ。」

「は、はい。いきます。」


相談の時間になったため、ジムトリィがパリシオンを部屋まで呼びに来ていたのだ。

そして、ジムトリィと二人で協会の相談部屋に向かった。


パリシオンが相談部屋に入ると、そこには25歳くらいの女性が待っていた。

パリシオンはこれまで教わった流れで話をきくことにした。


「代弁者のパリシオンです。今日はどうしましたか?」

「私はナナミと申します。実はとあるプリビレッジとの間に子供が生まれたのですが、その人からほったらかしにされて困っています。」

「そのプリビレッジのお名前は?」

「アズーレ・ガムリッシュです。」


パリシオンはこの段階で相談内容がおおよそ想像ができていた。

そして、王令には婚姻関係をもった夫婦、その子や親を扶養する義務が定められているのに対し、妾の子の扶養については法的な義務とされていないことをすぐに思い浮かべていた。


「なるほど。そうしますと、そのガムリッシュさんとの間で援助の約束を取り付けたいというお話でしょうか。」

「ええ、まぁ。アズーレさんは関係を持つときに、一生困らないように支援をすると約束してくれていました。」

「特にその方と魔術契約を結んではいないですよね?」

「はい。そこまでは・・・。」


パリシオンは法的な根拠がない中、プリビレッジと交渉する他ないことを改めて認識し、同時に難航しそうな案件だと感じていた。


「その方と交渉する他ないですね。代弁者が介入して話をすることはできますが、それでよいでしょうか。」

「はい。是非お願いします。」


こうして、パリシオンは妾の子の扶養という問題について取り組むこととなった。


まず初めにパリシオンは、材料を集めるために、ナナミから援助が必要とする事情やアズーレ・ガムリッシュの詳細な情報を聴取した。

そして、おおよその事情を把握したところで、後日、パリシオンが接触するということで相談時間が終了した。


ジムトリィはパリシオンが相談に対応中、じっと座って眺めており、一度も発言をすることがなかった。

ただし、相談者のナナミが帰った後、パリシオンに対し、一言だけ釘をさしてきた。


「パリシオン、この問題で簡単に公証場に申立をしようなんて考えるなよ。法的な根拠がない中でプリビレッジの怒りを買う手段をとるのは危険だ。援助を受けられないばかりか、あの親子がひどい仕打ちに合うこともあり得る。」

「は、はい。介入で話をつけられるように尽力します。」


パリシオンは、アシュルが公証場で何度もうまく案件を処理していたことを目の当たりにしていたので、ジムトリィからの助言に対して少し懐疑的な思いを持っていた。

また、同時にアシュルならばどのように解決するのだろうと必死で考えを巡らせていた。


パリシオンはその後、自身の方針について考えがまとまっていなかったが、事を急ぐ必要があると判断し、アズーレ本人に会うために、その翌日にはアズーレの家を訪ねることにした。

それはアシュルなら考えるより行動に移すと感じたためであった。

ただし、チューターをしているジムトリィはこの日、時間を取れず、パリシオンは初めて一人でプリビレッジに対峙するということになった。


翌日、パリシオンはアズーレの家に到着すると、ドアを3度ノックし、呼びかけた。

ドアの前で緊張した様子で待っていたところ、金髪のロングヘアーの細身の女性がパリシオンの突然の訪問に対応をした。


「あなた誰?」

「代弁者のパリシオンと申します。アズーレさんいらっしゃいますか。」

「アズーレに何の用?」

「ちょっと仕事の相談がありまして。」

「いいわ。ちょっと待ってなさい。」


パリシオンはこの問題がセンシティブなものなので、家族といえども、本人以外には内密で話をしたほうが良いだろうと咄嗟に判断し、応対した女性には本当の用件はふせることにした。


パリシオンは待っている間、考えを整理していた。そのとき、女性の様子を見て感じたことを整理していた。


応対した女性はおそらくアズーレさんの妻だと思う。気品があるものの、プライドの高そうという印象だった。こんな女性が自分の夫が平民の妾をもつことに何も言わないのだろうか。

これはもしかすると・・・!?


パリシオンは頭の中で何か解決につながる術を見つけたような感覚を持った。


パリシオンが家の前でそのまま棒立ちしていると、5分経過した頃、アズーレらしき人物が家の中から出てきた。


「お前が俺に話があるという代弁者か。」

「はい。そうです。ナナミさんの件でお話があります。」

「それは一体何だって言うんだ!」


パリシオンから用件を聞いたアズーレは後ろめたい気持ちがあるのか、顔色が少し曇る。


「ナナミさんに子供が生まれたことはご存知でしょうか。女の子です。」

「知っているが、お前は何を言いたいんだ。」

「ナナミさんは女一人で育てていけるほど余裕がありません。率直に言いますと、あなたの援助が必要なんです。」


アズーレはバツの悪そうな様子で、少し何かを考えているようである。


「妾に援助しなければならないという義務が俺にあるというのか。」

「少なくとも道義的な義務はあるのではないでしょうか。それにあなたはナナミさんに約束をしていたのではないですか。その約束は法的義務といえると思います。」

「俺が断ったらどうなる?」

「そうですね。しつこくお願いに上がることになるでしょう。公証場で仲裁を求めることもあるかもしれませんし、ナナミさん親子が直接直談判にくることもあるかもしれませんね。」

「なんだと?プリビレッジに楯突く平民なんて聞いたことないぞ。」


アズーレは高圧的というより、どちらかというと少し何か不安そうな態度であり、力のないトーンであった。


「きちんと援助してくれたら、あなたの前にナナミさんが勝手に訪れるようなことはさせません。きっとあなたの周りの方にも妾の存在が明らかになることはありません。」

「・・・。」

「女の子の名前はあなたのお名前から拝借して、アミーレとしたそうです。きっと可愛らしいと思いますよ。ナナミさんからは父親として名乗り出てもらいたいとは言わないそうですので、せめて生活の困らないように支えてやってもらえませんでしょうか。」


パリシオンは、このとき、アズーレが妾のことを本妻にバレたくないという心理をうまくついた。

そして、アズーレの今の表情を見れば、それが図星であったことが明白であった。


「分かったよ。援助するよ。月2万キルスで話をつけてくれ。」

「承知しました。後日魔術契約を結んでいただく形になります。」


パリシオンはアズーレとの交渉が終わると、その足でナナミのもとに向かった。

ナナミには月2万キルスの援助の確約を得たこと、子供の父親が誰かは一切口外しないことなどを条件とした魔術契約を結ぶことで問題ないか意思を確認し、了承を得られた。


そして、パリシオンは後日魔術契約の手配をし、双方から血印をもらい、契約締結が無事に完了した。

ナナミからは何度も感謝の意を伝えられ、パリシオンは単独での案件を無事成功に終えることができたのであった。


パリシオンは協会に戻ると、早速ジムトリィに事の顛末を報告することにした。


「そういうわけで、無事に両者の合意がとれまして、円満な解決ができました。」

「そうか。ご苦労だったな。ところで、協会長にも了承を得ているんだが、今回の件も見事に解決できたので、そろそろ独り立ちしてくれ。」

「本当ですか!?」

「ああ。良い頃合いだ。何か分からないことがあったら、先輩に必ず相談することが条件だが。」

「はい!ありがとうございます。」


パリシオンは初めて代弁者として人の役に立てたこと、そして、ようやく一人前になれたことに喜びを感じ、パリシオンのその感情が全面に出ていた。


パリシオンは協会の中をウロウロしていたところ、ばったり会ったアシュルから声をかけられた。


「パリシオン、今日は上機嫌そうだけどどうしたの?」

「アシュル!実はやっと独り立ちできることになったんだ。」

「それはおめでとう!今日はお祝いだね。夕食をレストランフリーでごちそうするよ。」


パリシオンは、アシュルがこんな急な話にもかかわらず、すぐ祝いの場を準備してくれることがとても嬉しかった。

ただ、それと同時に、アシュルに対して謝りたいという気持ちにもなっていた。


というのも、パリシオンは、アシュルの働きぶりに自分との差を実感し、内心少し負い目を感じていた。

パリシオンはアシュルと学院時代から仲睦まじく、一度も相手に負の感情をもったことがなかった。それにもかかわらず、アシュルの実力に嫉妬する自分がおり、そのことに自己嫌悪しているところもあったのだ。


パリシオンはこのことをアシュルの嬉しそうな表情を見ながら、頭の中で考えていた。


確かに、学院のように利害のない中での人間関係とは異なり、社会では能力や稼ぎの大小など利害関係が生じることもある。ときには出来の良い友人を妬んでしまうかもしれない。

僕自身も少しだけアシュルにそういう気持ちをもっていた。

だけど、アシュルは尊敬する代弁者である以前に、僕にとってかけがえのない親友なんだ!


この夜、パリシオンはアシュルに連れられてレストランフリーを訪れていた。そして、そこにはなんとマーガレットとリサリィも駆けつけていた。


「パリシオン、おめでとう!乾杯!」


シューストが特別に用意してくれたワンレットというお酒を手に持ち、早速集まったみんなで乾杯をした。

ワンレットというのはブドウと類似する果実を発酵させて作られたお酒なので、ワインのようなお酒であった。


「みんな突然なのに集まってくれてありがとう。」


パリシオンは少し照れながら、お礼を言った。


「本当は他のみんなにも声をかけたかったんだけど、今日の今日だったから。それにこの前、お母さんの件で助けてくれたことをパリシオンに早くお礼を言いたかったよ。」

「そうや。アシュルはいつも急すぎるよ!今日はアシュルのおごりや。」


マーガレットとリサリィがこのように話し、アシュルはリサリィの言葉にいつものように当惑していた。


「で、パリシオンに何があったん?」

「パリシオンが独り立ちすることになったんだよ!ちゃんとそう言って連絡したから。」


リサリィのボケにアシュルがすかさずつっこみ、笑いが起きる。

お酒が入っていることもあっていつも以上にふざけ合い、ラフな会話で盛り上がる。


「パリシオンって、彼女まだ出来ていないのかしら?平民の友達に良い子いるから紹介してあげようか?」

「マーガレット、まだそういうの僕には早いよ。」

「そう?私はもう3年もアシュルのものになっているんだから早すぎではないわ!」

「マーガレット、完全に酔ってるね・・・。」


ここでは仕事に対する熱い思いを語ることもあるが、ほとんどがどうでもよい話ばかりだった。

このメンバーで集まると、パリシオンは楽しい時間を過ごすことができる。まるで学院時代のときのように。


パリシオンは改めて喜びを分かち合える仲間がいることに心底ありがたみを感じる夜となっていた。






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