第31話 友情
俺はトシュルの件とマーリアスの件で少し気が滅入っていた。
これまでは勢いもあって順調に目標に向かって進んでいくことができたが、こんな挫折は久しぶりだ。
トシュルの方は本人が我慢をしてくれているため、当面問題ないとしてもマーリアスの方は死活問題だ。
国王近衛隊で働くマーガレットが高級取りといえ、俺が原因でマーリアスの仕事を奪うことになるのはとても看過できない。
だが、こんなことでいつまでも沈んでいても仕方がない。
何としても打開策を考えるんだ。
まずはカルッチョの流通の現況を調査するところから始めよう。
カルッチョの事情に多少精通していたリサリィ親子に話を聞けば何か分かるかもしれない。
とにかく行動だ。
「リサリィはカルッチョについて詳しいの?」
「たぶんね。以前カルッチョを仕入れて、それが原因でプリビレッジと仲裁の申立をしたんだ。仕入れのルートも一応持っているから手に入るかもしれない。」
俺は早速、マーガレットを誘ってリサリィの家に向かった。
リサリィの家に着くと、メホマとリサリィが快く出迎えてくれた。
「アシュル、この前はありがとう。無事にお金も回収してなんとか事なきを得たよ。」
「それはよかったです。メホマさん。それで今日はちょっとカルッチョのことでお話を聞きたいのですが。」
無事にエーレスからカルッチョ代金850万キルスの回収の報告を受け、挨拶も早々に、俺は本題を切り出した。
「カルッチョはほとんどが卸商から飲食業者に卸されることになる。主にパンの材料として使用されるので、基本的にはパン屋かレストランくらいしか販売先はない。だから、カルッチョは卸商が牛耳っており、小売では取り扱わないね。」
「卸商というのは王都にはどれくらいいるのでしょうか。」
「食品の卸商は5つの業者が担っている。その業者の一つはこの前アシュルが対峙したエーレス氏だ。彼はハーモス派であるが、商業系のプリビレッジはズレッタ派かハーモス派のどちらかだ。」
ズレッタとハーモスというプリビレッジには良い印象がない。いつも問題を起こすのはたいていこの二派閥のプリビレッジだったからである。
「平民の卸商またはトリキトス派とシュタインファルト派の卸商はいないのでしょうか。」
「卸売をできるのは基本プリビレッジの商人しか難しい。権力で直接農家などに独占的な販売を求めてきて、卸は淘汰されたんだよ。トリキトス派とシュタインファルト派には商業系のプリビレッジがほとんど所属していないね。その2派閥は王国騎士や国王近衛隊などの直接国家を運営するプリビレッジが多いんだ。」
メホマの説明を聞く限りは、王都でカルッチョを入手するためにはあの二派閥の卸商から入手する必要がありそうだ。
ただ、この二派閥は敵対しながらも都合の良いときには談合をしており、ある程度協力関係にある。
そのため、どちらかが特定の飲食店に食材を卸さないと決めた場合、他方も協力する可能性が高いそうだ。
そうすると、マーリアスがズレッタ派の卸商でなく、ハーモス派の卸商からもカルッチョを調達することも難しいだろう。
「じゃあ、この前みたいに、カンザシティの叔父さんにカルッチョ融通してもらったらええんやない?」
「小ロットで調達するのは物凄く高くついてしまう。パンは王国民に安価に提供してなんぼだから。」
リサリィが知恵を絞ってくれたが、メホマは残念そうな顔でそう答えた。
現況はよく分かったが、逆に一寸の希望もないことが突きつけられる。
「アシュル、お父様に私が掛け合ってみるわ。」
「マーガレット、それはだめだよ。何を要求されるかわからない。」
「でも・・・。」
「僕が必ずなんとかしてみせる。だからもう少し辛抱して。」
帰り道、マーガレットは少し落ち込んでいる様子だった。
マーガレットが万が一父親に懇願したとしたら、おそらく俺との関係を切るように要求するに決まっている。そんなことをさせるわけにはいかない。
俺はその後、レストランフリーを訪れた。
用件はレストランフリーで多めにカルッチョを仕入れてもらい、転売してもらうことを画策するためである。
卸商が無理ならば、他の販路を見つければよいだけのことと考えたのである。小規模なパン屋で使用する程度であればなんとでもなるという期待を持って。
俺は早速、店のオーナーのシューストと交渉を試みた。
「シューストさん、プリビレッジにカルッチョの販売を止められた店があるのですが、フリーで仕入れた分を回してもらうことはできませんか。」
「そう言われても困るよ。そんなことがバレたらうちもカルッチョを止められてしまう。」
「そうですか。分かりました。」
残念ながら、シューストは俺の頼みであってもこればかりは厳しいということであった。
飲食店からの転売は卸商側が材料の使用量に目を光らせているため、難しいという話であった。
さすがに自身のレストラン運営を危険にしてまでゴリ押しするわけにはいかないため、俺はすぐに引くことにした。
それならば、次に農家に直接掛け合ってみる他ないか。
リサリィとマーガレットの3人で会うのも久しぶりだったので、今日はレストランフリーに立ち寄った後夜食事をしようという話になっていた。
「マーガレットもそんな暗い顔せんで。きっとなんとかなるってさ。」
「うん。そうだと良いけど・・・。」
マーガレットは今回の件にショックを受けている様子で、表情が明らかに暗い。
食事はリサリィからの提案であったが、リサリィなりにマーガレットを慰めたいという一心ということだろう。
そして、リサリィの行きつけの少し街外れのこじんまりとしたレストランに入ることにした。
「ここであっているのかな?」
「いたいた。」
しばらくレストランで3人で話をしていると、突然聞き慣れた声が耳に入ってきた。声の方に視線を向けると懐かしい連中がそこにいた。
「パリシオン、ガリンソン、ヒルメス、それにフューゲルまで。一体どうしたの?」
「リサリィがさ、お前らが落ち込んでいるので慰める会をやろうって言ってきて。」
「久しぶり、みんな。ラリオンも誘ったんだけど、夜勤があるってことでこれないそうだよ。」
フューゲルが事の経緯を説明し、ヒルメスも続けて再会の挨拶をした。
ヒルメス以外は卒業後顔を合わせる機会もあったが、ヒルメスは仕事に没頭しており、なかなか会う機会がなかったので、本当に久しぶりだ。
「とりあえず、乾杯しようか。」
「そうだね!」
マーガレットもこの再会には嬉しかったようで、曇っていた表情がこのときばかりは明るくなった。
この夜はお酒を飲みながらそれぞれの近況を話し、盛り上がった。仕事の方はみんな割と順調といったところだ。
気心のしれている仲間なので、マーガレットから今回の件についてもみんなに話をした。
「うちのパン屋、今休んでいるんだ。カルッチョが調達できなくて。」
「プリビレッジの嫌がらせなんだってね。」
「そうなの。」
この話をすると、みんな真剣にマーガレットのことを心配してくれているゆえ、若干空気が重たくなった。
「今度、カルッチョを栽培している農家に掛け合ってみようと思っているんだ。僕は代弁者だから、その活動としてね。ほら、自分の身内の話だけど、一応平民がプリビレッジとの間で抱えている問題だし。」
「じゃあ、僕も代弁者として付き合っても平気だね?」
「そうだ。俺も統治省として、食糧事情の調査で付き合えそうだ。」
俺が今後の打開策について話すと、パリシオンとフューゲルが帯同してくれることを申し入れてくれた。
「二人が手伝ってくれるなら心強いよ。ありがとう。」
「うん。二人共ありがとね。」
マーガレットも俺に続いて二人にお礼を述べた。そうと決めれば早速行動あるのみ。
仕事の都合がついた2日後、3人で郊外の農村を回ることにした。
まず初めに王都近郊のサーゲラス村から実態調査をした。ここは典型的なのどかな農村という光景が延々と広がっている。
見る限り、カルッチョの栽培をしている畑も無数にある。
俺たちは村の畑で作業をしている人に手分けして声をかけてみることにした。
「すいません。ちょっとお尋ねしたいんですが。」
「んー何かね。」
俺は早速、畑で収穫作業をしていた農夫を発見したので、声をかけてみた。肌が焼けており、穏やかな感じで典型的な農夫という人物であった。
「ここで栽培されているカルッチョって購入することはできますか。」
「あんたはプリビレッジの紹介か何かかね?」
「いいえ、そうではありません。」
「んなら、売ってはあげられんよ。この村で収穫された作物はズレッタ家が全部取り扱うことになってるんでね。」
予想はしていたが、ここでもしっかりプリビレッジ側の管理が行き届いており、容易にはいかなさそうだ。
卸商が寡占状態にあるということはそれぞれの卸商が特定の生産者を掌握し、かつ、そこに何らかの縛りをつけている可能性が高いと予想はしていたが、その実態は予想通りであった。
だが、それでも俺は少し食い下がってみた。
「卸に提供している金額より高い値段であっても難しいですか。量も少量です。それくらいであれば融通できませんか。」
「魔術契約を結ばされているのでできんのよ。そんなことがバレたら、プリビレッジに何されるか分かったもんじゃないし。」
「そうでしたか。ありがとうございました。」
どうやら魔術契約でがんじがらめにされている様子。どのような条件であっても一切応じてくれそうになかった。
この農夫から話を聞いただけで、おそらく王都近郊の農村には希望がもてないということも悟ってしまった。
「そっちもだめだったか?」
「フューゲル。そうだね。だめだった。」
「こっちもだめだった。この村は厳しそうだよ。」
他の二人もやはり他の農夫から同じ返事しかもらえなかったようだ。
「おそらく、王都近郊の農村はここと同じだと思う。辺鄙なところか、商業用ではなく、自己消費のためにカルッチョを栽培しているような人しか難しいかもしれないね。」
「よくわからないが、お前がそう言うならそうなんだろうな。」
「でも一つの農村だけではまだ断言できないと思うよ。それにアシュルの言う条件でやみくもに探しても見つからないと思う。農村で情報収集もしながら聞いたほうがいいんじゃないかな。」
フューゲルは素直に納得していたが、パリシオンは少し違う角度から的確な意見を述べてくれた。
「それはパリシオンの言うとおりだね。とりあえず、3、4つほど農村を回って、そこでカルッチョの交渉が無理であっても、他にプリビレッジの影響が及んでいない栽培者の情報を聞いてみることにしよう。」
「了解。」
その後、1日かけて近郊にある3つの農村も回ってみたが、なかなか成果といえるものを得ることができなかった。どこの農夫も言うことは同じであり、欲しい情報も全く出てこなかった。
悔しいが、完全に行き詰まってしまった。
「なかなか上手くいかなかったな。」
「二人共、今日は付き合ってくれてありがとう。」
「何かあったら遠慮なく言ってね。」
1日歩き回るのも相当タフであったが、文句一つも言わず付き合ってくれた二人に感謝を伝え、今日はそのまま帰ることにした。
生産者から直接調達するという方法に目処がたたないとすると、別の方法を考える他ない。もちろん、全く心当たりがないわけではない。
ただ、あの人に頼って良いのかという心理的な葛藤もあったので、これは最後の手段と考えていた。
それでももはや背に腹は代えられる状況ではないと決断し、俺はある場所を訪れた。
「よく来たね。アシュル。」
「久しぶりですね。ニコル。」
「ここでは殿下といえ、殿下と!」
「エドワードも久しぶりですね。」
そう、俺は王城を訪れていたのである。第二王子ニコル・アーステルドと久しぶりに面会するために。
相変わらず、エドワードはニコルの側付きで共に行動をしているようだ。
俺は早速、ここを訪れた目的を二人に詳細に話した。
「つまり、君は僕のルートでカルッチョを入手したいということだね?小さなパン屋で使用する程度の量であればいいよ。」
ニコルはあっさりと俺の要求を受け入れてくれた。
しかし、その様子をみて、エドワードがニコルに異を唱える。
「殿下。ズレッタ家と目立って敵対するような行動をとるのは危険かと。ズレッタが表立って第一王子側についてしまうと、ハーモスも勝馬に乗ってくるでしょうから完全に孤立してしまいますぞ。来たる王位継承戦に勝ち目がなくなります。」
「それは分かっている。だが、ズレッタ側もそう簡単に僕からカルッチョを入手しているか調べがつかないだろう。もちろん、それはアシュル次第だが。」
話を聞く限り、王城でもプリビレッジの権力抗争というのもあるようだ。次期王位争いを既に意識されている様子だった。
「それに僕の思想はズレッタやハーモスに受け入れる余地もないだろう。最終的に第一王子、シュタインファルト家に与することは目に見えている。他のプリビレッジ派閥からは初めから孤立無援だよ。」
「そうかもしれませんが・・・。」
ニコルは確固たる信念を持っている。そのことは学院時代からよく議論していたので俺にもよく分かる。
「ニコル、調達先は必ず隠し通すようにします。それに来たる時には僕も全力でニコルの力になります。」
「期待してるよ。本当に僕の力になってくれるというなら、まずは君が代弁者協会を掌握してほしい。僕が王位をとるためには、平民の力が必要になるはずだ。」
「協会ですか?期待に添えるよう全力で頑張ります。」
こうしてなんとかニコルの協力を取り付けることに成功した。
俺が月に一度カルッチョをニコルから受け取ることで話がついた。今月分のカルッチョについてはこの場で受け取った。
この貸しはもしかすると高くつくのかもしれない。
しかし、ニコルが次期国王になることは俺の目指す正義の実現という意味でも重要なターニングポイントになるはずだ。
その点では利害が一致している。
それを差し引いたとしても、純粋に一人の友人として彼の夢を応援したいという気持ちもある。
それならば、ニコルにもらった恩は素直に返すべきだと考える。
俺はその足でカルッチョを抱えてマーガレットの家に行った。
「マーガレット!カルッチョの件なんとかなったよ。僕の方であるルートから定期的に買うことができるんだ。」
「ほんと?アシュル、ありがとう。すぐにお母さんに伝えないと!」
マーガレットはすぐにマーリアスにこのことを報告した。
マーリアスはそのことを聞くと、すごく驚いた様子だった。
「アシュルさん一体どうやって?」
「調達先は言えません。知らないほうが良いと思います。ただ、決して怪しいルートではありません。もしどうしても必要に迫られたら、僕から調達してもらったとだけ言うようにしてください。」
「あなたはそれで大丈夫なの?」
「はい。僕は代弁者です。決してプリビレッジの不当な圧力には屈しません。」
俺の身を案じてのことだろう。マーリアスはそれでもかなり躊躇している様子だった。
「お母さん、アシュルはすごい人なの。何度も私のことを守ってくれたわ。信じましょう。」
それを見かねてか、マーガレットが真剣な眼差しで力強くこう言った。
「分かったわ。ありがとう。アシュルさん。」
マーリアスはマーガレットの一押しもあり、俺の提案を受け入れてくれた。これでマーリアスはこれまで通りパン屋を続けることができそうだ。
振り返ると、前世の自分では今どうすることもできなかっただろう。ふとそんなことが頭の中によぎる。
あれは大学生2年生のときのことだった。
俺は病気で2週間大学を休んだことがあった。そのときは、進級に必要な試験にとって重要な講義が集中的に行われるという何とも最悪なタイミングで。
勇気を出して、大学で会話を一番交わす友人にノートをみせてもらおうと考えたが、結局思いとどまり、何も言えなかった。
俺は頭を下げて貸しを作ることが嫌だったというか、弱みを見せたくないという感情を強く持っていた。
結局誰にも頼らず、寝ずに勉強をしてなんとか事なきを終えたが、俺には頼れる仲間が一人もいないという事実をそのときはっきりと理解した。
でも現在は違う。信頼のおける頼れる仲間が少なからずいる。
きっとこれからも今回のような苦難が起こったとしても、自分一人でなく、たくさんの仲間に助けられて乗り越えていくことができるはずだ。
終
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