第30話 妨害
「アシュル、プリビレッジの間で君のことが少し目立ってしまっているようだ。しばらく用心をしておいたほうがよいよ。」
「はぁ。僕そんなに目立っていますかね。」
仕事の帰り際、ネフィスが何やら少し真剣な口調で俺にこう注意を促してきた。
確かに、俺はこの数ヶ月の間、協会の中でもダントツでプリビレッジと対峙したという自負はある。
しかし、正当な手段で戦っているのであって、プリビレッジからやっかみを受けるいわれはない。
まぁいい。俺は自分の信じる道をただ真っ直ぐに進むだけだ。
今日は早々に仕事を切り上げ、マーガレットの家に行く約束をしている。初めてマーガレットの母親と顔を合わせることになるので少し緊張する。
マーガレットはこれまで俺を家に呼ぶことになかなか決心がつかなかったようだ。というのも、マーガレットは父のズレッタによって結婚相手を決められる宿命にあるためだ。宿命に逆らう以上、母娘がどのような嫌がらせに合うか分からない。
「お母さん、なんて言うかな。」
「きっと応援してくれるんじゃないかな。」
「そうだといいけど・・・。」
マーガレットの家に着き、一呼吸置いてドアをノックする。
「こんにちは。はじめまして。」
俺はドアを開けた母親のマーリアスに第一声で挨拶をした。
「あなたがアシュルさん?」
「え、なんで?」
「あなた、いつも学院での出来事を話す時、アシュル、アシュルって言っていたじゃない。あなたが連れて来るの男の子はアシュルさんに決まっている。」
マーガレットはなぜ分かるの?という驚きを隠せずにいたところ、マーリアスのこの一言に両手で顔を覆い、赤面した顔を隠した。
「まぁまぁ、そんなところに突っ立っていないで早く入って。」
「お邪魔します。」
マーリアスは特に動揺した様子もなく、自然な流れで家の中に通された。
「改めまして、はじめまして。アシュルと言います。」
「マーガレットがいつもお世話になっています。寝言でもあなたのことの名前がでてくるくらい。本当に大好きみたいよ。」
「もぅ!お母さん変なこと言わないで!」
この会話の流れではきちんと話した方が良いだろう。俺はそう思い、マーリアスにはっきりと告げることにした。
「あの。マーガレットと真剣に交際をさせてもらっています。このことをお母さんにご報告をしに参りました。」
「私はあなたたち二人のことを応援するわ。」
「え、でも、私がお父様に逆らったら、お母さんにもきっと・・・。」
「別にいいのよ。あなたが幸せになると思う道を進んでほしいわ。だって母親ですもの。」
マーガレットは応援してほしいという気持ちと、今後の不安で心の葛藤がある様子であったが、マーリアスは躊躇することもなく、あっさり容認した。
俺としてはマーリアスがマーガレットの運命をプリビレッジである父親によって好きにさせないという心構えを持っていてくれて正直ほっとした。
もちろん、たとえマーリアスに反対されたとしても、マーガレットのことを譲る気持ちはなかったのだが。
こうして無事に交際報告が済み、緊張が打ち解けて、マーリアスの準備してくれた食事を食べながら3人で色々な話をした。
「マーガレットと出会って2,3ヶ月のときに、何かのお礼にってパンを持ってきてくれたんです。お母さんが焼いてくれたっていう。すごく美味しかったです。」
「そう。それはよかったわ。」
「ちょっとアシュル!何かのお礼って何よ。忘れたってこと?」
「ちゃんと覚えているよ!」
マーリアスと会うのは初めてだったが、とてもそうは思えない楽しいひと時を過ごすことができた。
マーリアスは俺たちの学院時代の話に大変興味を持っていてくれており、その話で大いに盛り上がった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。もう帰らなければならない時間になった。少し名残惜しかったが、定期的に遊びに来ればよいだけだと自分に言い聞かせ、挨拶をして俺は家を出ることにした。
帰り際、マーガレットが俺のことを見送ってくれて、二人で少しだけ言葉を交わした。
「本当は心配。お父様がアシュルのことを知ったらお母さんに酷いことしそうで。」
「大丈夫。僕が強くなって、君のお母さんのこともきっと守ってみせるよ。」
「うん。アシュルならって・・・不思議と大丈夫って思えるんだ。」
もっと強くならないといけない。
代弁者としてだけでなく、一人の男としても。そう誓わずにはいられない夜になった。
それから別の日のことである。
俺は魔導具を製造販売する商会に向かっていた。それは代弁者として労使間の不均衡を是正し、その商会の平民労働者の待遇を改善するためである。
この間、俺の父であるトシュルがふと愚痴をこぼしたことをきっかけに何かできないかと考え、トシュルの職場を変えるため行動に出たのだ。
トシュルによると、この時間帯ならばプリビレッジの使用者はいないということを事前に聞いていた。
「すいません。皆さん。代弁者のアシュルと言います。少しよろしいでしょうか。」
「すまん。みんな集まってくれ。こいつは俺の息子なんだ。」
トシュルが職場の仲間に向けて大きな声で集まるように呼びかけたため、全員が俺の前にそろった。
「今日は労働環境についてお話をしに来ました。皆さんはここで働いて随分経つ方が多いと思いますが、賃金は上がっていませんよね。魔導具師としてどんなに技術をつけても賃金が変わらないと聞きました。」
「不満はみんな持っているけど。だからといって使用者のプリビレッジに文句をいうわけにいかんし。」
「そうだ。仕事失ったら困るんじゃ。家族もおるし。あんたの父親も同じだと思うで。」
この懸念は当然予想の範囲内だ。
この世界に限らず、日本でも労働者が搾取される時代は長かった。いや、俺の生きた時代ですら、根本的な構造は変わっていなかったのかもしれない。
いずれにせよ、誰かが立ち上がらないと労働環境が改善されることは皆無だ。
「確かに、労働者が一人で使用者と戦ってもクビにされて話は終わることでしょう。しかし、全員で交渉した場合はどうでしょうか。使用者はいくらなんでも全員をクビにできません。事業を続けることが不可能になるためです。とりわけ、皆さんのように長年かけて技術をもっている人材をすぐに集めることはできません。」
「みんなで徒党を組めと?」
「そうです。一致団結して、誰一人脱落者を出さない組合を作るのです。まずはそこからです。」
「本当に労働環境を変えられるのか。」
「はい。そのためにはしっかりとした準備が必要です。交渉を始めると、使用者側は切り崩しにくるでしょう。それに負けない強い労働組合を作る必要があります。」
さすがに多くの者が困惑している様子だった。突然の代弁者からの提案であり、不安に思うのは仕方がない。そこにいた者が近くにいた者とヒソヒソと話していたところ、とある人物が声をあげた。
「俺はもっとゆとりのある生活がしたい。」
「俺も。」「俺も。」
一人の発言によって、他の者の中にある潜在的に変えたいという意識を顕在化させたのか、次々と賛同を表明する者が現れた。そして、それはここにいる全員にまで広がった。群集心理のようなものである。
「それでは組合のルールや交渉の段取りを作って、今度また説明をしに来ます。それまでは決して使用者に感づかれないよう気をつけてくださいね。」
俺はこのように話をすると、この場を後にした。
平民の生活を変えるには、何よりも個々人の意識の変化が不可欠だ。代弁者はそれを手伝うことしかできない。今回はトシュルの影響もあり、意識を変えることができた。
まずはここから労働環境を変えていこう。そして、いつかこの運動を王国全土に広げて、平民の苦しい生活を改善してみせる。
この日のお昼。俺は代弁者協会に戻り、軽食を取っていた。
最近はこの時間帯、代弁者仲間で軽食をつまみながら談笑をする。俺とパリシオンも既に9ヶ月協会にいるので、気のおける仲間も徐々に増えてきたというわけだ。
「アシュルの彼女ってどんな娘なわけ?」
「いや、普通ですよ。普通。」
イザベラが人の身の上話に土足で突っ込んでくる。女性はこういう話がやっぱり好きということのようだ。
「そういえば、アシュル昨日どうだったの?マーガレットのお母さん。」
「うん。歓迎してくれてすごく楽しかったよ。マーガレットはまだ不安そうだったけど。」
パリシオンはイザベラがマーガレットの話題を出したからか、俺が昨日初めてマーガレットの家に行くことを知っていたため、少し心配な表情でそのことを聞いてきた。
「なになに?なんか問題でもあるわけ?」
「おい、アシュル。お前には愛の障害でもあるのかよ。」
イザベラとジムトリィがこの話題は逃さないぞとばかりに首を突っ込んでくる。
「いや、実は彼女の父親がプリビレッジなんですよ。それもかなりの大物で。お母さんも逆らうのは相当の覚悟がいると思うので、俺との交際も反対されるかもしれないと心配だったんですよ。」
「え、彼女さんのお父さんはプリビレッジなんですか。どこの派閥ですか。」
「彼女は、ズレッタ家の娘なんです・・・。」
「ええええ。あのズレッタですか。それは色々と苦労しそうですね。」
いつも控えめなトーレスもプリビレッジの話のためか、食いついてくる。
しかし、ズレッタという言葉を聞いて、俺の苦難を容易に想像できるのか、他のみんなも含めて同情的な態度になった。
「もうこの話はいいじゃないですか。ところでアシュル。朝の仕事の話を聞かせてよ。」
パリシオンがこれ以上この話を続けるのは良くないと気を利かせて話題を変えてくれた。
「今日、ナーレスト商会に行ってきたよ。そこで15人の労働者と話をすることができたんだ。」
「ナーレスト商会といえば、魔導具を作っているところですか。」
「はい。」
トーレスもこの会話に興味深そうに入ってくる。
「それでアシュル。どうやって労働環境を変えようと思っているの?」
「平民の労働者を団結させることが大事だと思っている。団結して使用者と交渉することで初めて使用者を動かすことができるんだ。」
「確かに平民一人が文句を言ったところで、どうにもならないものね。そこの労働者の人は納得したってこと?」
「うん。きっとうまくいくと思う。これをきっかけに労働環境の改善をしていくことを指定来たんだ。」
「さすがアシュル。考えることが違うね。」
パリシオンは目をキラキラさせて俺のやろうとしていることを応援してくれている様子だ。他の者も考えもしなかったという様子であったが、概ね肯定的な意見だった。
志を同じくする代弁者が増えていけば、加速度的にこの世界を変えることができる。仲間のみんなにも俺は期待をしている。
この日からさらに数日ほどが過ぎたころ、俺の知らないところで予想外のことが起こった。
俺が代弁者の仕事を終えて家でくつろいでいると、トシュルも遅れて仕事から帰ってきた。
だが、トシュルは何やら浮かない顔をしている。
「アシュル。すまないがうちの商会の件、手を引いてくれないか。まずい事態になってしまった。」
「何がまずいの?」
「平民の同僚が寝返ったみたいなんだ。何があったのかは分からん。それで父さんだけが急に使用者から呼び出されて、このまま代弁者を使って職場を荒らすなら解雇すると。」
「そんな・・・。」
俺はトシュルに諭すように「諦めないでほしい」と説得したが、トシュルは一切耳を貸さなかった。
よほどプリビレッジから強い警告を受けたのだろう。
それにしても一体どこから情報が漏れたというのか。あのときいた同僚の誰かにプリビレッジの回し者がいたということか。
ガン!
俺はあまりの悔しさに右手の拳で家の柱をつい叩いてしまった。
しばらく落ち込んで呆然としていると、突然家のドアをノックする音が聞こえた。
もしかすると、マーガレットかもしれない。彼女がそろそろ来るころであった。
俺がドアを開けると、俺の目に映るマーガレットは慌てた様子だった。
「アシュル、大変。お母さんのお店営業できなくなっちゃった。」
「どういうこと?何があったの?」
「突然、パンの材料のカルッチョを仕入れることができなくなったの。何軒か回ったみたいだけど、どこも『あんたに売れん。』の一点張りだって・・・。」
一体なぜそんな事態に。俺は理由がわからず一瞬パニックになった。
いや、心当たりはなくない。冷静に考えると、これもプリビレッジの妨害の可能性を疑うべきだ。
「マーガレット。お母さんは何か理由を言っていなかったかい?」
「お母さんは私には何も・・・。もしかしてお父様の手が回っているってこと!?」
「そうかも知れない。でも、それしても僕が挨拶してまだ日が経っていないし。」
「そ、そんな。」
それにしても解せない。いつかはこのような妨害があっても不思議ではないと思っていた。
でもこれはいくらなんでも早すぎる。
マーガレットやマーリアスが俺のことをあえて言いふらすようなことはしないはずだ。
では一体どこから情報が漏れたというのだろうか。
トシュルの件といい、マーガレットの件とこう立て続けにプリビレッジから妨害が入るとは。
想像以上にプリビレッジの情報網が張り巡らされている可能性がある。これは心しておく必要があるかもしれない。
終
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