第35話 再会


ー 王城 第二王子公邸 ー


「殿下、あんまりです。アシュルが殺されたらどうしてくれるんですか!」

「まぁまぁ、彼は生きて帰ってきたんだし。」

「そういう話ではありません!」


マーガレットは物凄い剣幕でニコルに迫っていた。

マーガレットは国王近衛隊であるため、王城へ出入りしており、ニコルの邸宅に強引に訪れて厳重抗議をしていたのだ。

先日、恋人のアシュルが殺されかけた話を聞いて、居ても立っても居られなかったのである。


「おい、それくらいにしておけ。無礼だぞ。」

「分かっていますが、こればかりは譲れません。」


ニコルのそばにいた側近のエドワード・トリキトスが鬼の形相となっていたマーガレットを制止する。

エドワードは4大プリビレッジの1つトリキトス家の長男であり、父は王国近衛隊隊長のフリオ・トリキトスである。

国王近衛隊に所属するマーガレットにとっては、同年代ではあるものの、隊長のエドワードも上官にあたり、頭が上がらない存在であった。


「お詫びに一つ願いを叶えてあげよう。それでどうだい?」

「じゃあ、アシュルにもう無茶な仕事を与えないでください。」

「それは無理かも。彼は今後王国のために色々と動いてもらわないといけないし。彼も正義を実現したいのは知っているよね?」

「それはそうですけど・・・。」


ニコルはマーガレットの気を収めるべくこのような提案をしたが、マーガレットはアシュルのこと以外で願いを持ち合わせていなかった。


それでもマーガレットはしばらく熟考した後、ある一つの願いを申し出て、ニコルはそれを了承したのであった。


「良かったんですか。あんな願いを承諾して。」

「だいぶ時間も経っていることだし。彼女を無碍に扱うと、アシュルの僕に対する信頼にも影響しそうだし。それに彼女は平民だけど、ズレッタ卿の娘だ。君と同じ立場にあってもおかしくないわけだし。」

「殿下がそうおっしゃるなら・・・。」


マーガレットが公邸から下がると、エドワードは困惑しながらニコルに確認をとったが、ニコルは自分に言い聞かせるように正当化したのであった。


ー 王城 地下 ー


マーガレットは、国王近衛隊の担当守衛に案内されて、王城の地下通路を歩いていた。

地下通路の先には犯罪者を収容する牢獄があり、地上とは異なり、薄暗く物静かであった。


マーガレットはこのただならぬ雰囲気にこれまで感じたことのない緊張を感じていた。


まさかこんな急展開になるなんて自分でも思わなかった・・・。

でも、この機会を逃したらきっと後悔する。


マーガレットは、このように自分に言い聞かせて改めて決意を胸に先を進んだ。


「ここだ。30分だけ面会を許す。時間になったら呼ぶから出てくるように。」


担当守衛にこのように言われて、マーガレットは守衛に指し示された部屋の扉を恐る恐る開いた。

扉を開くと、そこでマーガレットの目に映ったのはやつれきった女子が1人地べたに座っている姿だった。


「フリーラ・・・。」

「マーガレット・・・?」


二人は次の瞬間、互いをはっきりと認識すると、すぐさま駆け寄り抱き合った。


「フリーラ、会いたかった。ずっと会いたかった。」

「うん・・・うん・・・。」


およそ2年ぶりの再会に泣き崩れた。

ひたすら涙を流し、そのまま3分ほど再会の喜びを噛みしめていた。


マーガレットは、感傷に浸った後、時間の制約があることを思い出し、少しでもフリーラの話を聞きたいという一心から改めて話を切り出した。


「事件のことは聞いたわ。フリーラは王族だったんだね。」

「ええ。」

「どうしてあんなことをしたの?フリーラが何もやらなくても・・・。」

「先祖の無念を晴らすという気持ちはあったけど、300年経っても虐殺にあった末裔である平民が酷い迫害を受けたままというのが正直許せなかったの。でも、後悔しているわ。」


マーガレットからみて、こう話すフリーラは本当に後悔の念に苦しんでいるようにみえた。


「あの、私がプリビレッジの娘であることを相談していたけど・・・。私のことはどう思っていた?」

「あなたも平民側の人間だったし、たとえプリビレッジの象徴の一つであるズレッタの娘であったとしても関係ないわ。だって、マーガレットは大切なお友達だから。」


マーガレットはこの言葉を聞いて少しホッとしていた。マーガレットは、フリーラと再会することが出来たら、実はこのことを一番確認したかったのである。


マーガレット自身は今でもフリーラのことを大事な友達と思ってる。なんとかフリーラの力になってあげたい。だけど、フリーラは自分がプリビレッジの娘ということでそんなことを望んでいないのでは?


このような葛藤もあり、自分がフリーラのために力になってもよいのか、ずっと迷いが残ったままだったのである。


「ねぇ、フリーラ、アシュルのことは恨んでいる?」


マーガレットはもう一つ気がかりな点がずっと残っていた。それは恋人のアシュルがフリーラを牢獄に送った事実についてであった。


フリーラは少しだけ沈黙をし、思いふける表情を見せたが、言葉を噛みしめるように答えた。


「うんん。それはないかな。あのとき、私は一族に指示されるまま人を殺していたの。だから、本当は誰かにとめてほしい気持ちもあった。それに、憎きプリビレッジも全員が悪い人ってわけではないことは知っていたし。」

「そう・・・。」


少し重い話題が続いたが、この後は、マーガレットからフリーラがいなくなって約2年間の出来事を話した。

マーガレットは学院のこと、仲間のこと、フリーラが知りたいと思われる話をし、フリーラは懐かしそうに話を聞いていた。


だが、久々の再会のなかであって30分という面会時間は無情なほど短いものであった。

あっという間に30分が終わりを迎えようとしていることを二人は意識し始めていた。

すると、フリーラの表情が急に変わり、真剣な眼差しでマーガレットを見つめて、何やら大事な話を切り出してきた。


「マーガレット・・・。一つお願いがあるの。できるだけ早くアシュルと結婚して国王近衛隊をやめてほしい。」

「え、どうして?」


フリーラの表情はまるで何か秘密を打ち明けるべきかという迷いを打ち消すことができていないように見えた。

だが、それでもフリーラは言葉を発する中で決心したのか、少しだけ目が険しくなり、話を続けた。


「そう遠くない将来、王国内で平民の大きな反乱が起きると思うわ。元々、平民から魔力持ちを集めて、王都で内戦を起こす計画があったの。あなたがそれに巻き込まれてほしくない。」

「本当にそんなことが・・・?」

「このことはあなただけの胸にしまって。私はあなただから話すことにしたの。」

「分かったわ。親友の私を信じて。」


この言葉を最後に、守衛が時間となり、扉を開いた。

二人は、最後に別れの挨拶をして、マーガレットはこの場を後にした。



マーガレットは帰り道、フリーラの不憫な姿と彼女から発せられた一言一句が脳裏に焼き付いて、離れず、自分ではとても処理しきれない感情であった。


「あーもう!私はこれからどうすればいいの!?」


マーガレットから誰もいない道の真ん中で心の声が外に漏れてしまっていた。


こんなときは一人でいるのはつらい。誰かにそばにいてほしい。そう考えるのがごく自然であった。

そうなると、マーガレットは当然のごとく、アシュルの家に無意識に向かっていた。


マーガレットはアシュルの家に着くと、「二人きりで話したい」と懇願し、アシュルを外に連れ出していた。


「アシュル、怪我の状態は大丈夫?」

「うん。なんとかニコルが魔力持ちには有用なポーションをくれたんだ。だから、治りが早くて。」

「そっか。ところで、私、今日フリーラと会ってきたんだ。」

「本当に!?」


アシュルはマーガレットがいつもの雰囲気でないことを察していたが、まさかその理由がフリーラにあるとは想像しておらず、仰天した。


マーガレットはアシュルにフリーラとの約束を除き、話した内容を詳細に伝えた。

アシュルはマーガレットから話を聞いて、兎にも角にもフリーラが無事生きていることに安堵していた。


「ねぇ、アシュルはどうやって魔力に目覚めたの?」

「急にどうしたの?自分でも正直わからないんだ。幼少のころから魔法に興味を持っていたのはあるけど。」

「ふーん。平民でも魔力のある人はいると思う?」

「分からない。僕のケースが特別だったのかもしれないし。そうでないかもしれないから。」


アシュルは、マーガレットがなぜこのようなことを聞いてきたのか理解できなかったが、おそらくフリーラの話が関係しているのだろうと感じていた。


このような会話をしばらく続けていたが、マーガレットは時折黙り込むようになり、アシュルはマーガレットが他にもフリーラのことで大事なことがあるのかと薄々感じていた。

実際にマーガレットは一つ大事なことをアシュルに聞きたかったが、なかなか切り出せないでいた。

それでもマーガレットは思い切って話を切り出した。


「アシュル、私達いつ結婚するんだっけ?」

「え?どうしたのいきなり!?」

「もう3年も交際しているわけだし。それとも私と遊びで付き合っているの?」

「そんなことないよ。ほんとだって!姉のカナディがまだ結婚していないから順番もあるから。20歳までには必ずすると決めているから!」

「もう!」


アシュルは全く予想外であった話に、マーガレットの冗談とは取れない真剣な口調もあってタジタジとなった。


マーガレットの方もフリーラの言葉を受けてこうは言ってみたものの、さすがにいくらなんでも話を急ぎ過ぎではないかと冷静に我に返っていた。


ー 王城 ー


翌日、マーガレットはある決意を胸に通勤していた。


私はいつかフリーラを助けてあげたい。

フリーラは操られていた面もあり、このままずっとあんな寂しい所で一人投獄され続けるのは不憫だわ。


マーガレットはフリーラの姿を目にした今、何か行動を起こさなければ気がすまなかったのである。

そして、マーガレットなりにその方策も考えていた。


フリーラの罪は、ウィル・ハーモスの殺害とニコル王子の殺害未遂の二つ。

フリーラを救うためには、ニコル王子が王座についてもらい、恩赦をもらう他ない。

アシュルもニコル王子を王位につけるため動いている。アシュルならそれをきっと実現してくれる。

私ができることは、王位継承のとき、アシュルを助けるためにプリビレッジの情報をたくさん得ておくこと。頑張らなきゃ。


マーガレットはフリーラと会うために国王近衛隊を選んでいたが、実際にその目標が叶うと、次の目的意識を持つに至ったのである。


マーガレットは並々ならぬ決意をもち、王城に到着すると、早速業務を精力的にこなし始めた。


マーガレットの仕事は国王近衛隊の警察権に関わる事務作業であった。王都で犯罪被害が発生したときに、捜査を補佐する業務などである。


今日も午前の業務がだいたい片付いたころ、一人の男が声をかけてきた。


「マーガレット、昨日収集した証拠の整理は終わっているか。」

「はい。先ほど終わりました。」

「じゃあ、少し休め。」


マーガレットに指示を出すのは国王近衛隊の小隊長ウンベルト・ローズウッドである。マーガレットの直属の上司にあたる人物だ。


「小隊長、質問があります。」

「急にどうした?」

「はい。国王近衛隊の隊長はトリキトス卿ですが、シュタインファルト派の方も多く近衛隊に所属していると聞きます。どれくらいの割合になっているのでしょうか。」

「お前がそんな質問をしてくるなんて珍しいな。官職についている以上、プリビレッジのことを理解しておいて損はないだろう。」


ウンベルトは誠実な人物であり、マーガレットの疑問にもいつも丁寧に答えてくれる。マーガレットはそんなウンベルトを尊敬しており、上司には恵まれていた。


「現国王アーステルド14世は、トリキトス派の後見で国王になったため、護衛等の役割をもつ国王近衛隊にはトリキトス派の方が主流となっている。もちろん、3、4割程度のシュタインファルト派のプリビレッジが国王近衛隊に所属している。」

「ところで、小隊長もトリキトス派と伺っていますが、やはり次期王位には第二王子を推されているのでしょうか。」

「それはそうだな。トリキトス様がニコル殿下の後見人である以上、我々はそれに従うだけだ。」

「ご教授ありがとうございます。小隊長。」


マーガレットは、このような形で身の回りの人からプリビレッジの勢力について少しずつ知見を深めていこうと考えていたのであった。


その後、マーガレットは午後の業務をこなすと、この日の業務終了時間となり、帰宅することにした。

そして、マーガレットは身支度を素早くすると、「お疲れ様でした。」とウンベルトに声をかけて、王城の門に向かった。


マーガレットはいつもの通り王城の広場を歩いていると、突如声をかけられた。


「マーガレットちゃん、この後飲みに行かない?」


こう声をかけてくるのはセリオ・ジュスタンスだ。見た目からしてチャラめの男だ。


ニヤついた顔で距離を詰めてくる。

かなりの女たらしと評判の人物であり、マーガレットに対しても事あることに声をかけてくる。


「すみません、予定がありますので・・・。」

「そんなことを言わずにぃ。」


マーガレットはセリオが声をかけてくるのはいつものことであったので、軽くあしらって立ち去ろうとした。

しかし、情報を少しでも集めておくことの有意義さに気づき、セリオから情報を引き出すために少し粘ることにした。


「あの、ジュスタンス様。」

「セリオさんでいいよ。僕と君の仲だろ?」

「次の国王ってもう決まっているのでしょうか。噂で聞いたのですが、王位に着く王子の側で仕事しているかどうかで出世に影響すると。」

「なんだそんなことか。」


いつもあっさりあしらうマーガレットが珍しくしてきたので、セリオはマーガレットの意図するところを少し勘ぐる様子もないわけでもなかったが、彼の単純な性格ゆえ、逆にこれは口説くチャンスとばかり話を続けた。


「まだ決まっていないけど、シュタインファルト派がエレン殿下の後見だから、エレン第一王子が勝つだろうね。現宰相のキーシュタイン様も元はシュタインファルト派だから。宰相の影響力は大きいし。」

「そうなんですね。」

「ちなみに、僕もシュタインファルト派だから、僕についてくれば出世に困ることないからね?」


マーガレットは、セリオがウインクをして顔を近づけてくるので背筋に寒気が走ったが、それでも我慢をして質問を続けた。


「王位ってどうやって決められるのでしょうか。」

「現国王の後継指名があればたいていそれで決まるかな。ただ、国王も派閥の意向や力関係を無視できない。間違えると、内戦になるかもしれないからね。要するに、トリキトス派とシュタインファルト派の争いに、4大派閥の残り、ズレッタ派とハーモス派がどちらに味方するかが全てだね。」

「なるほど・・・。ズレッタ派とハーモス派はどちらを応援しているのでしょうか。」

「少なくともトリキトス派とはあまり関係がよくないからね。これ以上話を聞きたかったら、僕と飲みにいくことだね。」

「それは今度でお願いします!」


マーガレットはセリオからこの場でこれ以上情報を引き出すのは厳しいと判断し、お礼を言い、逃げるように王城を後にしたのであった。


帰り道、マーガレットは頭の中で考えを巡らせていた。


さっき聞いた話だけでは、ニコル王子は劣勢な感じだわ。

せめてズレッタ派がニコル王子についてくれたら状況も変わるのかもしれないけど。

だからといって、私が父ズレッタを説得することなんて無理だし・・・。

本当に大丈夫かしら?

でも、アシュルならきっと何か策を考えてくれる。それを信じて日々頑張ろう!


こうしてマーガレットの中での戦いも水面下で幕を開けたのであった。

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