第28話 再戦


今日も代弁者としての業務をこなしていく。

実務というのは毎日が新しいことに満ち溢れている。学生の頃からは想像もできないことも多い。実に刺激的な毎日だ。


こんなことであれば前世でもせめて大学を卒業して社会に一度出てみたかった。前世で社会に出ることなく死んでしまったことを後悔することもある。

でも、もう考えても仕方がないこと。現在を生きる他ないのだから。


「アシュルさん、伝書鳥が届いていますよ。」

「ありがとうございます。」


突然の受付係のヒツリーからの声掛けで少しびっくりしたが、お礼をいい、伝書鳥を受け取った。

とりあえず、伝言を聞いてみることにした。


「アシュル。うち、リサリィ。今、プリビレッジとうちの親が揉めてる。一度お店に来てくれん。」


一体誰からの伝言かと思ったら、リサリィの伝言であった。

マーガレットからリサリィとお茶したという話はよく耳にするが、リサリィの声を聞くのは結構久しぶりだ。


リサリィが困っているのであれば代弁者として、そして、一人の友人として力になってあげたい。

俺は早めに仕事を切り上げて、帰りにリサリィの家を訪ねてみることにした。


そして、俺は夕方、リサリィの家に向かった。


リサリィの家はスレリル地区の西中央の商店街にあり、リサリィの家は調理器具を取り扱っているお店だと本人から聞いたことがあった。

それゆえ、近くに行けばすぐに分かると考えていた。


だが、商店街は至るところで金物を売っている店が多く、どれがリサリィの店なのか全くわからない。

この商店街は、似たような感じの外観の店が大小40、50軒ほど通りに並んでいた。


こんなことならちゃんと詳細な場所も聞いておくべきだった!?


俺がしばらくこのあたりを彷徨い、疲れ切って途方に暮れていたときであった。


「おーい、アシュルー!」


少し離れたところから俺を呼ぶ声がしてくる。この声はリサリィだ。

この瞬間、リサリィの家に辿り着けそうで、正直ホッとした。


「リサリィ、久しぶりだね!」

「アシュル、忙しいところわざわざごめんね。うちの家はこっちだから。」


リサリィは少しだけ髪を伸ばして大人っぽくはなっていたが、学生のころとキャラはあまり変わっていなかった。


リサリィが指した先まで移動すると、中程度の大きさの店にたどり着いた。中を覗いてみると、所狭しと調理器具が陳列されており、平民の家庭でお馴染みのものが多い印象であった。


そして、リサリィに案内されて俺は店の中に入った。すると、前の前に50歳くらいの少し身長の低い男性が出迎えてくれた。


「こんにちは。君がリサリィの話していたアシュルかな?」

「はい。そうです。代弁者のアシュルです。はじめまして。」

「うちの父さん。メホマね。」


この人が店の主人であるリサリィの父親ということのようだ。なんとなく目がリサリィと似ている。さすが親子というところだ。


「早速ですが、プリビレッジと揉めていると聞きました。事情をお聞きしてもよいでしょうか。」

「ああ、わざわざすまんね。」


俺が早速本題に入ると、先ほどまでの笑顔とは変わり、メホマは少し肩を落としたような感じがした。


「実は、アルベルト・エーレスというプリビレッジと取引で揉めておって。普段取り扱わないカルッチョの売買をしたのだが、売買代金に食い違いがでているのだ。」

「はぁ。具体的にどういう食い違いがあるのでしょうか。」

「1キログラムあたり1000キルスで1万キログラム発注を受けたのだが、納品した後、1キログラムあたり600キルスで合意したと言って、代金を払ってくれないのだ。」


カルッチョとは前世でいう小麦と同じ特徴を持った穀物の名称で、この世界でもパンなどに使用され、主食となる原料だ。


「メホマさんは、金物を扱う商人ではないのでしょうか。」

「普段は金物を取り扱うんだが、親戚にカンザシティの商人がおって、エーレス氏にカンザシティ産のカルッチョを調達してくれないかと懇願されてね。今はカルッチョが不足しているから地方から王都に調達したいという話だった。」

「なるほど。普段は行わない取引をされたということですね。そんな大きな取引なのに魔術契約をしなかったのはなぜでしょうか。」

「エーレス氏は金物の取引を何度かしたことがあったというのもあるが、納期が迫る中で何回もはぐらかされて。向こうは金物業界では強い影響をもつハーモス派のプリビレッジで強くはいえず。もちろん、口頭での確認は何回もしている。」


1000万キルスというとても大きなお金を動かすのに、魔術契約を結んでいないことはとても信じがたい。あまりにも不用意過ぎる。

せめて納品するときまでに手を打つべきだった。これが俺の率直な感想である。


「うちの父さん、アホやろ?」


リサリィが呆れた顔をして嘆いている。


「つまり、両者の隔たりは400万キルスというところですね。」

「そうだね。前金として300万キルスをもらってはいる。金物業界の商慣習では前金で半分いれることになっているが、300万キルスしか今は払えないと言われて。」

「それは巧妙な罠かもしれませんね。後に争いになることを想定して。」


これは踏み倒す気満々というところか。いずれにせよ、これは不利な事情になるだろう。

それからさらに細かくメホマから事情を聞いたが、調達原価は輸送費100万キルスを含んで800万キルス強という話だった。600万キルスでは200万キルス以上赤字になってしまうそうだ。


とにかく一度、俺が代弁者としてエーレスと接触してみるということで、今日は切り上げることになった。


メホマの相談を受けて3日経った。俺は事前に多少なりの下調べをしたうえでエーレスと接触することにした。


下調べどおり、エーレスらしき人間が自身の所有する店にいるところを見つけた。小柄な男性だ。先入観もあるが、狡猾そうな表情をしている人物に見える。


「ごめんください。あなたがエーレスさんですね?」

「そうだが、何だお前は?」

「代弁者です。メホマさんの件で相談を受けています。」

「代弁者?なんだいつもの代弁者じゃないな。まぁいい。こっちは600万キルスしか支払う義務はない。それが不満なら、公証人に仲裁してもらえばよいだろ。」


全く交渉する余地もなさそうだ。

どうやらメホマの言う通り、肝が座っているようだ。文句があるなら公証場でも何でもいけという具合に。


エーレスとの話は1分も経たずに終わってしまい、これを受けてメホマとも改めて相談をし、本件は公証場に仲裁を申し立てる他ないという結論となった。


そして、俺は代弁者として初めての仲裁申立をする準備に入ったのであった。


「アシュル、公証場に行くらしいな。今回が初めてだったか。」

「代弁者としては初めてですね。」

「そうか。あの時の話か。」


仲裁申立の準備をしていると、ネフィスが話しかけてきた。

せっかくの機会なのでネフィスからも公証場の情報収集をしておくことにした。


「ネフィスさん、スレリル地区の公証場になりそうなんですが、あそこの公証人は交代していませんか。」

「あそこは、まだアシュルも一度見たことのあるイグニスター氏で変わっていないよ。」

「あの公証人の評判はいかがですか。」

「まぁ平民からは悪いね。ハーモス派のプリビレッジということもあるが、かなりプリビレッジ寄りだから。」


王都には公証場が5ヶ所あり、公証人に仲裁を申立をする場合には、申立をする人間の居住する地区の公証場で行う必要がある。

リサリィが住んでいるのは、俺やユリウスと同じスレリル地区なので、スレリル地区公証場ということになる。


あの公証人と今度は当事者でなく、代弁者として渡り合うことになる。

それにしても、あの公証人はハーモス派のプリビレッジだったということは初めて知った。あのとき、ウィル・ハーモスとは完全にグルだったのだろう。ハーモス派の長の子息なのだから。


いずれにせよ、今回の仲裁も難航しそうだ。


それから以前チューターとして指導してくれていたトーレスも俺を心配してくれてか、声をかけてくれた。


「アシュル、早くも公証場の案件をやるのですか。」

「はい。たまたまそういう案件がありまして。」

「何か作戦でもあるのですか。」

「そうですね。宣誓をしますので明らかな嘘を付かないはずです。それをうまく利用して相手を尋問で詰める他ないかなと思っています。」

「なるほどね。うまくいくといいですね。」


トーレスからは具体的な助言があったわけでなかったが、励ましの言葉をもらった。


ー スレリル地区公証場 ー


いよいよ公証場に仲裁を申立を行う日となった。

以前の経験から、申立の方法や相手が即時に召喚されてその日のうちに仲裁が行われることを知っていたので、手続き面での不安はない。

それにメホマとリサリィ親子にも手続きを事前に説明をすることができ、落ち着いた気持ちで臨ませることができる。


メホマとは、本当は1000万キルスを回収したいが、状況によって最低でも800万キルスで手を打つこともやむを得ないことを確認していた。


以前やったとおり、公証場の受付で申立をして、しばらく待つことになった。


以前は、待合室で重苦しい空気となったが、リサリィが持ち前の明るさで永遠と話をしていたので、あっという間に待ち時間は終わった。


俺たちが法廷に入ると、既にエーレスは法廷で座っており、続いて公証人のイグニスターが現れて仲裁が始まった。


はじめに公証人のイグニスターが人定質問をする。


「まずそちらから名前を述べなさい。」

「メホマです。」

「ではそちらは。」

「アルベルト・エーレスだ。」


それから以前やったとおり、それぞれが血印を押して宣誓をし、審理に進んだ。


「申し立てによると、カンザシティ産のカルッチョを1万キログラム売買をし、その代金が双方隔たりがあり、売主が1000万キルスと買主が600万キルスを主張しているという点に間違いないか。」

「はい。間違いありません。」

「ではまずメホマの主張から聞こう。」


メホマは少し緊張した面持ちでエーレスとやり取りした内容を具体的に証言した。


「私は何度も1キロあたり1000キルスで支払ってくれることをエーレス氏に確認を取り、その度に『もちろんだ。』という回答をもらいました。」


メホマはこのような形で証言をし、代金1000万キルスで明確な合意があったと証言しを終えた。


「では、エーレス氏から何か反論はありますか。」

「何の証拠もないでしょう。そんな言った言わないの話では埒が明かない。私が1キロ600キルスと考えていたことに変わりがない。」


エーレスはあくまでもしらを切る構えだ。しかも、明らかな嘘をつかないように気を配りながら。


「これではどちらが正しいかは判断できぬな。その場合、立証責任は申立した者にあるのだが。」


公証人がこう言うと、一瞬エーレスと目配らせをしたように感じた。それはいかにも「予定通りだ」と言わんばかりのように。


「公証人、代弁者からエーレスさんにいくつか質問をさせてください。」

「見ない顔だな。お前は新人か?」

「はい。そうです。」

「分かっていると思うが、手短にやるように。」


公証人は代弁者からの発言機会を無下に扱えないため、イグニスターは渋々受け入れたが、俺が新人の代弁者ということもあり、イグニスターは高圧的な態度でこう述べた。


もちろん、俺はそんなことくらいでめげることなく、早速エーレスに対して尋問を開始した。


「エーレスさん、あなたはいつもどこで生産されたカルッチョを取り扱っていますか。」

「そんなの王都周辺に決まってるだろ。」

「カンザシティ産のカルッチョは取り扱ったことはありますか。」

「ない。今回が初めてだ。」


俺の質問に対し、エーレスは慎重に言葉を選んでいる様子だ。答えても問題ないものとそうでないもの、明らかな嘘がでないようにと。


「あなたは今回なぜメホマさんから大量にカルッチョを仕入れたのでしょうか。」

「それは需要があるからだ。」

「王都ではカルッチョが品薄になって、価格が高騰しているという認識はあるわけですね。」

「それはまぁ。」

「ではカルッチョの1キロあたりの流通価格はいくらでしょうか。」

「そんなのはまちまちだからわからん。」


やはり価格の認識につながるような質問にはより慎重な回答だ。


「今王都ではカルッチョが不足していますが、あなたは不当に価格を釣り上げて販売したことはありますか。」

「なんだそれは?愚弄しているのか。」

「そういうわけではありません。王令では食糧品の価格を吊り上げて暴利を貪ることを禁止しているので、今回のカルッチョが適正価格で王都で流通されているのかを確認したいだけです。」

「商人の平均的な掛率で販売している。」


エーレスは俺の軽い挑発に対し憤慨し、語気を強めている。

それを見かねてか、公証人も口を挟んでくる。


「代弁者。まだ話は終わらないのか?」

「すいません。公証人。もう2、3問です。」


俺はイグニスターの牽制にも全く意に介さず、話を続ける。


「あなたはメホマさんから仕入れたカルッチョを既に販売していますね。」

「それがなんだ。」

「一体1キロあたりいくらで販売されましたか。」

「それは取引先との間で守秘義務があるので言えない。」

「シールド商会が先日、カンザシティ産のカルッチョを販売していました。カンザシティ産のカルッチョは王都ではほとんど流通していませんので、あなたがシールド商会に卸していますよね?」

「・・・それは記憶にない。何せたくさんの取引先があるからな。」


俺がここまで事前調査をしていたことが全く予想外だったのだろう。

シールド商会の言葉を言った瞬間、明らかにエーレスの目が泳いだのが分かった。


「私の調査では食糧品の商人の平均的掛率は3割から多くとも5割でした。とりわけ主食となるカルッチョが不足している現状において、5割を超える掛率は問題があるかと思われます。シールド商会の販売価格は1キロ2000キルスでした。つまり、彼らは少なくとも1キロ1400キルス以上で仕入れているはずです。」

「・・・。」

「つまり、あなたがシールド商会に1400キルス以上で販売しているということは、最低でもあなたの仕入れ額は1キロ1000キルス程度でないと辻褄が合いません。」


このように最後の詰めに入ったところ、イグニスターが俺の発言を突如静止してきた。


「代弁者、質問が長過ぎる。一方的で公平でない。発言をとめなさい。」

「しかし・・・。分かりました。」

「では私の方からエーレス氏に質問をすることにする。」


イグニスターは咳払いをし、気を取り直す形で発言を始めた。


「エーレス氏、あなたは代金を一切支払っていないのですか。」

「いいえ、300万キルスを前金として支払っています。そう。商慣習では大きな取引を行う場合、半額を前払いすることになっていますよ。」

「そういうことですか。分かりました。」


あからさまな助け舟だ。これはあまりにもひどい。これを根拠にエーレス側に有利な裁定をすることが見え見えだ。


「公証人、シールド商会を証人として召喚を求めます。立証対象はエーレス氏からいくらでカルッチョを仕入れたかを確認することです。」

「な、なんだと!?」


俺の証人の召喚要求に対し、イグニスターが物凄い形相で睨みつけてくる。


「ではせめて、0か100かではなく、妥当な金額で決着をつけることをご検討ください。メホマさんの仕入れ原価は900万キルスほどかかっており、このままでは死活問題です。」

「いいだろう!商人間の取引は初めから和解できる金額で話をつけるのが相場と決まっている!仲裁を一旦休止する。」


イグニスターはこう言うと、仲裁の場から引き上げていった。そして、それに続き各当事者も案内係の誘導で別の待合室に通され、一旦休廷となった。


「アシュル、すごかったわ!」

「本当にリサリィの言うとおり、君はすごい代弁者だ。」


待合室に入ると、親子二人そろって俺を持ち上げてきた。


「僕が少し大きめの金額を言ったので、あちら側はせめて一矢報いるためにも850万キルスあたりで和解を提示してくると思います。おそらくプリビレッジ間で話をすり合わせていることでしょう。なんとか赤字は避けられるのではないかと思います。」

「これで十分だ。本当にありがとう。」


1時間ほど待合室で待たされたところ、案内係の者が部屋に入ってきた。


「公証人は、850万キルスで当事者間で和解することを奨励しています。これを受け入れる場合は、こちらで魔術契約を作成します。その場合、仲裁の裁定は行いません。」

「メホマさん、少し赤字になってしまいますが、これでよろしいでしょうか。」

「はい。その金額で受け入れます。」


こうして、無事魔術契約を締結し、晴れて予想通りの850万キルスで和解することになった。

それ以降、イグニスターとエーレスとの間で顔を合わせることはなかった。


公証場からの帰り道、メホマから改めて感謝を伝えられ、俺は所用のあるメホマと別れ、リサリィと二人で歩いていた。


「アシュル、本当にありがとね。父さんが借金で奴隷落ちになったらと思うと不安で眠れなかったのよ。」

「本当にプリビレッジとの大きな取引は気をつけないといけないね。」

「そやね。」


俺はこの時、エーレスがあのときふと言った言葉が頭に浮かんだ。


「そういえばリサリィ、この件で他の代弁者とやり取りしていたの?エーレス氏が『いつもの代弁者じゃないな』と言っていたのだけど。」

「父さんの話では、なんか店にプリビレッジと揉めている話を聞きつけたって代弁者がきたみたいだよ。名前は知らんけど。」

「知り合いの代弁者ってわけでもないよね。」

「うん。うちから父さんにアシュルが代弁者の中で一番優秀ってずっと言っていたから、その代弁者に相談はしなかったんよ。やっぱりアシュルを選んだほんとよかったわー。」

「そうなんだね。」


今回、メホマの件はなんとか無事に解決することができた。因縁の公証人イグニスターとのリベンジも果たせたという意味でも嬉しさがある。


しかし、リサリィの話は少しひっかかる。メホマに接触してきた代弁者は知り合いでもないのに、どのようにしてこの件を知ったのだろうか。

代弁者が介入するときは通常、平民からの相談に対応する流れであるのに。


疑問は一部残ったものの、今日の勝利は代弁者として飛躍していくうえで大きな一歩になったに違いない。

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