第27話 独り立ち
代弁者としての生活も半年近くが経過しようとしていた。忙しい毎日を過ごしているので、時間の流れも早く感じる。
先日より俺はトーレスからはずれ、完全に一人で仕事をするようになっていた。
そして、今日も一人で相談業務に対応をしなければならない。
「今日はどのようなご相談でしょうか。」
「近所の家から夜になっても騒音がおさまらず、困っています。」
「なるほど。それはどれくらいの頻度でしょうか。」
「ほぼ毎日です。子どもたちが眠れなくなってしまって。」
30歳前後の母親らしき女性が深刻そうな顔で話をしている。
よほど騒音に悩んでいるのだろう。
「王令では、『何人も他人の生活の平穏を乱してはならない。』という定めがあります。これに抵触するといえそうですね。」
「私はどうすればよろしいでしょうか。」
「そうですね。その人に王令のことを伝えてください。騒音も立派に平穏を乱すことですので。難しければ代弁者が介入してやりとりします。」
「分かりました。話ができない人ではないのでやってみます。」
女性はそう言うと、深々と頭を下げて帰っていった。
四苦八苦しながらもだいぶ相談対応もこなせるようになっている。一つ一つの仕事をやっていると、徐々に代弁者として独り立ちができた実感が湧いてくる。
その夜、家に帰ると、カナディから何やら相談があるとのことで話があった。
「最近、レストランフリーに言いがかりしてくる人がいて困っているの。」
「それってどんな内容?」
「うちの名物メニューを食べて、体調が悪くなったって。」
レストランフリーの名物といえば、俺が考案したオリーブオイルを使用した揚げ物のことである。しかし、油で揚げているので、食中毒が起こるとは考えにくいのだが。
「その人たちは何か要求してきているの?」
「ううん。数人文句を言ってきたことがあったけど、特に何も。でも、後日プリビレッジの人がやってきて。」
「そのプリビレッジは何か言ってた?」
「うちのメニューのレシピと材料を開示せよと要求してきたわ。食中毒の原因を調べる必要があるからと。シューストさんは拒否しているけど。でもしつこく来るの。」
なるほど、目的は人気メニューのレシピなのか。料理の手法をパクるつもりなのだろうが、あからさまなやり方だ。何か手を打たなければ。
「明日、ユリウスを連れてレストランフリーを訪れるね。」
「分かったわ。」
次の日、俺はユリウスの元に訪れていた。レストランフリーに一緒に同行してもらうためだ。
「ユリウス、最近は食品加工とオリーブオイル作りは順調?」
「よ!アシュル。今のところ順調だね。今日はどうした?」
ユリウスとはオリーブオイル作りがあるので、月に2回は顔を合わせている。俺はオリーブオイル作りをあまり手伝えていないが、今でもロイヤルティとして売上の20%をもらっており、有り難い収入源となっている。
ユリウスは職業見習いとして食品加工の職についており、そのまま順調に過ごしている。
「実はレストランフリーに嫌がらせをしているプリビレッジがいて。体調不良を起こしたとレシピや材料にケチをつけてきているようなんだ。レシピ自体は食材を油で揚げているだけなので、オリーブオイルが原因とされそうだね。」
「いきなりそんな。これまで何年もの間レストランフリーで提供されていたのにね。それに僕や親しい人たちも家庭で使って何の問題もないのに。」
「それでさ、良い機会だからオリーブオイルを一般向けに販売したらどうかと思う。ユリウスの技術もあがっているし。」
「そうだね。プリビレッジに見せなきゃならないならね。」
このような会話をして二人でレストランフリーに向かった。
「久しぶりにきたな。アシュル。」
「アシュルちゃんよく来たね。」
レストランフリーではシューストと二ーミヤが俺たちを待っていた。
「早速ですが、今回開示を求めてきているのはどこのプリビレッジですか。」
「ズレッタ派のケリー・ウイーグという人物だ。その者の身内や従者が食中毒を起こしたので原因の特定のため、材料とレシピの開示を求めてきている。」
「そうでしたか。」
俺はシューストから事実関係を確認した。
レストランフリーにいつまでもクレーマーをのさばらせていては、店の評判も落ちてしまう。
「シューストさん、材料をウィーグ氏に見せましょう。材料や調理法からして、焦点はオリーブオイルに害がないかという話になるかと思います。それで、オリーブオイルはユリウスから調達していると言ってください。」
「そうすると、うちのメニューの秘密が一般に知れ渡ることになってしまうが。」
「ユリウスとも話したのですが、そろそろオリーブオイルを一般向けにも販売したいと考えております。4年ほど独占的に提供したこともあり、レストランフリーは王都でも有名になりましたし、この間、シューストさんは独自のレシピを増やして既に競争力の高いお店になっています。」
「それもそうだが。」
「もちろん、一般向けの価格とこちらに卸す価格よりも高く設定し、当面希少性を維持し、レストランフリーも価格競争で優位に立てます。」
シューストは俺の話を聞くと、しばらく黙り込み、考えている様子を見せた。
「わかった。いつまでもうちだけというわけにもいかないか。王国の食文化の発展のためにもやむを得ないな。」
「ご理解ありがとうございます。ではウイーグ氏が来たら、レシピと材料を見せて、オリーブオイルをユリウスから仕入れていること、オリーブオイルの原材料や製法などは一切分からないと話してください。」
「分かった。」
シューストとの話がまとまったので、ユリウスと共に引き上げることにした。
「ユリウス、近いうちにウイーグ氏が来ると思うけど、その時はすぐに僕を呼んでね。後は、一般向けの販路も考えておいてね。」
「了解。販路はあてがあるよ。うちの加工食品を販売しているところに話してみるね。」
「うん。価格はフリーの1.5倍で卸す感じでね。」
次の日の夜、自宅にいると、帰ってきたカナディから早速情報が入ってきた。
「今日、プリビレッジの人がやっぱり来たよ。」
「シューストさんは予定通りの対応をしてくれたかな?」
「うん。どうみてもオリーブオイル以外に問題はなさそうだって言っていたよ。場所を教えたから、多分明日にはユリウスのところに来ると思う。」
想定通りの展開になりそうだ。明日は朝から色々と準備をしておいたほうが良さそうだ。
俺はどのようにこの事態を乗り切るかについて、自分なりの作戦を練っていた。
そして、次の日を迎えた。
俺がいつものように代弁者協会で仕事をしていたところ、伝書鳥が送られてきた。
伝言を聞くと、「アシュル、例のプリビレッジが今きたよ。」というユリウスからのウイーグが来たことを伝えるものだった。
俺はこれを聞いて、急いでユリウスのもとに向かった。
俺がユリウスのもとにたどり着くと、既に人が集まっており騒がしかった。
「ユリウス!何かあった?」
「このプリビレッジの人が僕の売っている商品のせいで食中毒が起きているというんだ。そんなあり得ない話信じられないよ。」
俺が少しわざとらしくユリウスに問いかけたところ、ユリウスもこれに合わせるようにそう答えた。
「なんだ、お前は。部外者は引っ込んでいろ。」
こう言うのはウイーグ本人のようだ。白髪で商人のような身なりである。身なりからはプリビレッジに見えないが、態度の横暴さはプリビレッジのそれだ。
「代弁者の者です。私人間のトラブルが生じているので、みなさんから事情を伺いたいと思います。」
「お前は代弁者なのか。ちっ。」
代弁者には国家機関として平民の争いごとに介入する権限が王令で明確に謳われている。そのため、プリビレッジといえども代弁者を無視して話を進めるわけにはいかない。
「レストランフリーという店で食事をした者が食中毒を起こした。オーナーからここで売られている物を聞いて、一番原因の可能性が高いため調査に来ただけだ。」
「そうだったのですね。しかし、そうであるのでしたら、食の管理を行う統治省にこのことを申告するべきではないでしょうか。あなた自身が自ら調査する必要もないかと思いますが。」
「ここにいる私の家族や従者、知人が立て続けに食中毒になったんだ。原因を特定して責任をとってもらう必要があるからな。」
なるほど、大人数で来ているのは食中毒になったとされる者を帯同しているからか。つまり、この場で中毒の詳細を確認することができそうだ。手っ取り早い。
「ユリウス、この方にレストランフリーに販売している材料をみせて。」
「ああ。これです。」
俺がユリウスにそう言うと、ユリウスがウイーグに容器に入ったオリーブオイルを差し出した。
ウイーグはこれを手に取り、中にある見慣れない液体を少し観察するとこう発言した。
「これだ。この見たことのない妙なものが原因に違いない。この材料は何なのだ。」
「これはオリーブオイルといいまして、僕自身何度も食べています。安全な食材ですので教える必要はないと思います。」
「とにかく教えろ!うちの者が被害にあっているんだぞ。」
「そう言われましても。」
ウイーグに詰め寄られるが、ユリウスも冷静に話をし、要求に対して毅然と首を横に振る。その様子をみて、ウイーグが徐々にヒートアップしてきている。
そろそろ俺が話をまとめにかかる頃合いだ。
「ウイーグさん、少し話を聞いてもよいでしょうか。食中毒とおっしゃられていますが、食事をしてどれくらい経って、どのような症状になったのでしょうか。具体的に教えてください。」
「おい。」
ウイーグに質問をしたところ、ウイーグは後にいた食中毒を経験した者たちに俺の質問に対する回答を促した。
「私は食事をして30分ほどで、お腹に激しい痛みと吐き気がありました。すぐに嘔吐したため、それから2時間くらいで落ち着きましたが。」
「俺も同じだ。」
1人が詳細に症状を話したところ、残りの3人もこれと同様である旨答えた。
「なるほど。食して30分程度で症状が出てしまうというわけですね。それに外観上明らかな症状がでるというわけですか。」
「何が言いたいんだ?」
「いえ、食べ物が人体に有害かどうかは実際に実験をしなければ分からないということです。今症状をお聞きしたとおり、このオリーブオイルが原因ということであれば少なくとも食べた者が1時間以内にはっきりした症状が出るという話になるかと思います。」
「は?実験だと。」
俺の突然の提案に対して、ウイーグの表情が一瞬曇ったが、それを隠すように声を荒げ始めた。それでも俺は意に介さず、こう続けた。
「今、目の前で食べてみましょう。そうですね。10人くらいで同時に食べてみるのはいかがでしょう。もちろん、プリビレッジの皆さんで実験というわけにはいきませんから、近くにいる平民に協力してもらいましょう。」
俺がそう言うと、ユリウスに事前に用意させていたパンと近所の平民を連れて来るように指示した。
「アシュル、揃ったよ。」
ユリウスは10分程度で準備を終える。
「それでは皆さん、お手元にあるパンにたっぷりとオリーブオイルをつけて食べてみてください。」
俺の音頭に対し、来てくれた平民10名が一斉にパンとオリーブオイルを口にする。俺とユリウスも同様に口にして見せる。ユリウスはどうやらオリーブオイルに合う塩分が少々強めのパンを準備していたようだ。
食べた者はみんな「おいしい。」と声を揃えて言う。
「皆さん食べ終わりましたら、ここで1時間程度待機してもらえませんでしょうか。」
前もって近所の人たちにはユリウスから何年も食べて問題が出ていない食べ物であるという説明をし、プリビレッジの言いがかりに対し安全性を証明するため、毒見をお願いしていた。そのため、特に混乱することもなく、スムーズに事が運ぶ。
30分ほどウイーグたちとともに観察をしていたが、当然誰にも体調に変化が生じることはない。
「オリーブオイルが人体に有害でないことがはっきりしましたかね。後30分様子をみますか。」
「ちっ。もういい。」
「今回はパンにつけて生で食べていますが、レストランフリーではこれを高温にして使っているので、細菌が生じる可能性はありません。」
「帰るぞ。」
俺がこう説明を加えると、ウイーグは俺を睨みつけるが、反論の余地もないためか、ウイーグとその一行は足早にこの場から去って行った。
「ユリウス、お疲れ。」
「良かった。無事に済んで。」
かくして、プリビレッジからオリーブオイルの秘密を守ることができた。
後で聞いた話であるが、ウイーグという人物は王都でレストランを経営しているそうで、レストランフリーの人気を妬み、レシピを真似しようと企んでいたようである。
プリビレッジは豊富な資金力からビジネスを営む者も多いが、平民が商売敵になると、妨害してくることもしばしば起きると聞いている。
今回は代弁者としてプリビレッジによる不当な妨害を防ぐことができた。
これからもこのような事案とよく出くわすだろう。それでも何度でも返り討ちにしてやろうと強く思う。
終
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