第24話 新たな道


学院生活もついに終盤にきてしまった。

そろそろ、正式に卒業後の進路を決めなければならない時期だ。

俺自身は進路に迷うところがないが、みんなは一体どこの機関に進むのだろうか。

そういえば、マーガレットからは進路についてどうするのか、全く話を聞いたこともない。


この頃には卒業後の進路が脳裏に浮かぶものであったが、フリーラのこともあってなかなかこのような話題が出ることは少なかった。


今日はラフィーナによる個別面談があるそうだ。

面談の趣旨は、各学生がどこに進むことを希望するか把握することが目的らしい。

俺自身は受けても意味がないのであるが、順番も回ってきたため、とりあえずラフィーナとの面談に臨んでみる。


コンコン。


「失礼します。」

「アシュルか。まぁ座れ。」


ラフィーナはいつも通りクールに俺の目の前に座っている。


「お前は、最初から代弁者を志望していたな。その意思は変わっていないか。」

「はい。全く変わっていません。」

「そうか。ただ、お前には国王近衛隊から照会が来ている。また、魔力持ちということもあってか、魔法省からも照会がある。」


あの事件のこともあり、俺のことが少し目立ってしまったためか、スカウトが届くようになってしまった。

しかし、学院に入った動機は、平民の立場からこの世界の正義公平を実現したいという他ならない。


憧れの代弁者、いや、憧れていたのは弁護士のほうであったが、いずれにせよ、初志貫徹で自分で決めたことを貫いていきたい。


「大変ありがたいお話です。ですが、僕は平民の立場から王国を良き国にしていたいのです。家族や知人・友人、そして、平民のためにも。」

「お前の気持ちに変わりがないということは分かった。」


ラフィーナは執拗に他の進路を進めてくることはなく、あっさり俺の面談は終わってしまった。


「アシュル、どうだった?」

「予定通りだよ。」


面談直後、パリシオンが俺に話しかけてきた。

そういえば、パリシオンの面談は先に終わっていたはず。パリシオンはどうするのだろうか。


「パリシオンは結局進路どうするわけ?」

「僕は代弁者だよ。」

「本当に代弁者でよいの?代弁者は他の国家機関に行くよりも圧倒的に待遇は悪いし、仕事は大変と聞いているけど。」

「アシュル、それは愚問だね。」


パリシオンの決意も変わっていなかった。遠征のときに語っていたことを最後まで彼は曲げなかったのだ。


代弁者を選択する学生は、平民の学生の中に年に1名いるかいないかと聞いていた。

そのため、今年の卒業生の中から2名も代弁者を輩出するのはこれまではなかったことだ。


「パリシオン、一緒に頑張ろうね。」

「もちろんだよ。アシュルがいるから僕は代弁者を選択したんだから。」


そう言われてしまうと、少し責任を感じないこともない。たが、親しい友が同僚としていてくれるのは何とも心強い。


教室の席にいると、ガリンソンとリサリィが何やら会話をしているのが聞こえてた。


「なんでお前と卒業後も同じなんだよ。」

「うるさいわー。うちも嫌やわ。」


言葉尻を捉えると微妙だが、仲間内のいつもの馴れ合いトークだ。

俺は前に二人が財務省に進むことを聞いていた。

平民学生の一番メジャーな進路先がその財務省で、平民学生の4割ほどがそこに進む。

財務省は、徴税事務が多くあり、魔力持ちでない平民の学生にとって、適度な業務ということで人気なのだ。


「ラリオンは、王国騎士なんだよね?」

「ああそうだ。アシュル、時間があるときは俺の鍛錬に付き合ってくれ。」


ラリオンが俺のそばを通りかかったので一言声をかけてみた。


ラリオンも王国騎士で揺るがなかった。確固たる動機があるから当然といえば当然か。


王国騎士になるラリオンも本当は魔法が使えるようになると良いのだけど。

これからラリオンのためにも魔力が覚醒する方法について改めて考察を再開しよう。ヒルメスが魔法省に行くので、彼と情報交換するのも有効かもしれない。


そういえば、もう一人、気になる人間がいる。フューゲルはどこに行くのだろうか。あれだけプリビレッジのことを堂々と毛嫌いしているのでどこに行っても大変そうな気もするが。


「フューゲルは結局どこに進むことにした?」

「ああ、俺は統治省だ。」


俺はフューゲルが帰ろうとしていたところを引き止め、進路について聞いてみた。


「なんで統治省を選んだわけ?」

「今年は統治省を選ぶ学生が例年より少ないって先生に言われたからだ。」


フューゲルは普段ガサツでとっつきにくいところもあるが、素直なところもある。

フューゲルの目的からすると、案外統治省は悪くない選択肢かもしれない。統治省はプリビレッジの情報が一番集まってくる国家機関だから。


大体仲間内の進路は把握できた。

マーガレットの進路も把握しておきたいが、それは二人のときにじっくり聞くことにしよう。


さすがに、恋人の進路を知らないのはおかしなことかもしれない。けれども、マーガレットの進路はプリビレッジの父親の問題とも関わってくることなので、話題にしづらかった。

俺は彼女から話をしてくるのを待っていた。


その日の学院の帰り道、俺はマーガレットと一緒に歩いていた。


いつも通りに他愛もない話をしていたが、あるとき、少しマーガレットの空気が変わったのを察知した。

ようやくあの話がでてきそうだ。


「あのアシュル。進路のことだけど。」

「うん。マーガレットは面談どうだったのかな?」


マーガレットは少しだけ緊張を感じさせる口調で話を切り出してきた。

個別面談があり、学院で進路が話題になっていた以上、この話をスルーするのはあまりにも不自然というのもあったのだろう。


「実はね。私、国王近衛隊に入ることにしたんだ。」

「国王近衛隊なんだ。理由を聞いても良い?」

「国王近衛隊は業務の幅も広いし、平民でも色々と役に立てるかなって。父からは魔法省に入るように指示されていたんだけどね。」


マーガレットは、プリビレッジの父親の命に背いて王国近衛隊を選ぶことにしたようだ。そのことは素直に嬉しかった。マーガレットが「自分の意志」を貫いたという事実に。

それにしてもマーガレットはなぜ国王近衛隊を選んだのだろう。そのことが気になる。


「マーガレットは国王近衛隊で何をしてみたいの?」

「そうね。国王近衛隊にいれば看守とかの仕事もあるそうだし。」


この言葉で合点がいった。マーガレットはフリーラと会いたいんだ。そのために国王近衛隊を選んだのか。


俺自身もずっとフリーラのことが心に引っかかっていたが、マーガレットは俺以上に悩んでいたに違いない。こんな状況になっても彼女が友をいたわる気持ちを強く持っていることに愛おしく感じた。


「僕はマーガレットの選択は無条件に応援するし、いつでも君の味方だよ。」

「なにそれ。それって私のこと全然考えてくれていないってことじゃない?」


口説き文句のつもりで放った言葉であったが、マーガレットは目を細めてこれに疑問を呈してくる。

女子が求める言葉を正しく選ぶことって本当に難しい・・・。


フフフ。

ハハハ。


次の瞬間には、二人とも笑っていた。先ほど一瞬生じた緊張もほぐれ、いつもの二人の雰囲気に戻っていた。

マーガレットも俺に進路のことを伝えるのに、それなりの覚悟が必要だったのだろう。



それから別の日のことであるが、俺はニコルのところを訪れていた。それはニコルの進路も気になっていたからだ。


「アシュルはやっぱり代弁者を選ぶんだね。」

「はい。これだけは貫きたいです。」


ニコルは国王近衛隊を積極的に進めていたが、卒業間近となっても変わらない俺の意思をようやく受け入れてくれたようだった。


「ところで、ニコルの進路ってどうなるんでしょうか。」

「僕?」

「アシュル、お前はアホか。殿下は殿下だ。王子としての職責があるだろうが。」


エドワードがすかさず、ツッコミのような言葉を入れてくる。


「そうだったんですね。王族のことあまり分かっていませんでした。」

「無理もないよ。平民の学生は王族のことを学ぶ機会もなかったはずだから。」


ニコルがいつものように優しい口調でフォローしてくれる。


「お前も国王近衛隊にくればよかったのにな。」

「まぁまぁ。別に近衛隊にいなくてもアシュルとはこれからも会えるよ。王城に呼び出すつもりだし。」


少しだけ寂しそうにエドワードがつぶやいたのに対し、ニコル王子が慰めるように言葉をかけた。


ニコルとエドワードとはこの1年間で近い存在となっていた。立場はぜんぜん違うけれども、とても信頼のおける友人だ。

この二人は、先々のことを考えても俺にとって非常に大きな財産だ。きっと俺の目指す世界に力を貸してくれる。



進路が決まってからは、残りの学院生活は加速度的に消化していくように感じた。

気づけばもう卒業の日だ。


学院には日本の学校のように卒業式のような特別式典などがない。

共通していることは、卒業の証である卒業証書を授与されるくらいだ。


「アシュル、前へ。」

「はい。」


ラフィーナが一人ずつ教室の前方に学生を呼び出し、俺にも卒業証書を手渡す。


「代弁者になるときがきたな。お前の目指すべき国を実現するために邁進するように。」

「はい。ラフィーナ先生お世話になりました。」


ラフィーナは各学生に対し、端的だが、餞にふさわしい言葉をかけている。

最初から分かっていたが、有能で信頼のおける恩師だ。


その夜、仲間内でお別れ会を開催することになった。

学院を卒業したということは全員15歳の成人である。

この席で、みんなで初めてのお酒を嗜むということを密かに計画していたのだ。


「じゃあ、誰か挨拶してよー。アシュルがやって!」

「え?俺?」


リサリィの無茶ぶりに俺が乾杯の音頭をとることになってしまった。


「えー今日で卒業だけど、みんなと出会えて本当によかった。楽しい思い出、悲しい思い出色々あったけど、これからもずっと友達として末永くお願いします。乾杯!」

「乾杯!」


俺の挨拶も早々に、みんな初めてお酒を味わう。


「まずい・・・。」

「うん。これはきついね。」


パリシオンが舌を出しながら感想を言うので、俺もこれに同調した。


無理もない。この酒は本当にまずい。ホワシュウという名のお酒で、この世界では最も定番とされるものである。

だが、度数が高く、味もクセが強い。

前世では大学生のとき、色々なお酒を飲んだことがあったが、これを例えるなら、度数の高い中国酒やウォッカの味に近い。

蒸留技術も高くはないため、前世でいう料理酒のようなレベルのクオリティだ。せめてワインや日本酒のような馴染のある酒が飲みたかった。


「おい、アシュル飲めよ。」

「あははは、アシュル飲め飲めー。」

「え、これを?」


フューゲルとリサリィが楽しそうな様子で酒を煽ってくる。

仕方なく口につけるが、度数も強くすぐ酔いそうな気配がする。


このような流れで、まずい酒を我慢しながらもしばし思い出話にふける。


「やっぱり一番の出来事は、フリーラの件だよね。」


思い出話がしばらく続いた後、ヒルメスがふとタブーとなっていたフリーラの話題を取り上げてしまう。


「まぁフリーラは俺たちにとってはいいやつだったし。」

「俺は正直フリーラのこと悪くは思えない。」


ガリンソンとラリオンがこれまで暗黙の了解の中、許されなかったフリーラへのポジティブな思いを吐露する。


「フェン・・・、フリーラもずっと友達なんだから。。あたし、絶対に会いに行く。」

「そうやそうや。」


これにつられてか、マーガレットも感極まり、涙を流しながら胸に秘めた思いを述べる。

ただ、マーガレットもこれに同調したリサリィも目が虚ろになっており、完全に酔っ払っている感じだ。


「アシュル、おめーはどう思ってんだ?噂ではお前がフリーラを捕えたらしいじゃないなか。」

「僕も聞いてみたかったんだ。」


フューゲルの鋭い切り込みに、ヒルメスもこれには同調する。


「フリーラは切なそうな顔をしていたよ。自分の抗えない運命にきっと辛かったのだと思う。本当はみんなと同じように学院生活を謳歌したかったと思う。僕はあのとき、とても複雑な気持ちだったよ。」


俺がこう言うと、みんなすっかりしんみりしてしまった。


と思ったら、パリシオンが既に一人死んだように眠っていた・・・。

それにしても、酔っ払った勢いというのは本当に怖い。こんな重い話題をぬけぬけと聞いてくるとは。


最後は、少しセンシティブな話となってしまったが、このときのお別れ会も一生忘れることのできない思い出になった。


前世では学校を卒業しても寂しいという気持ちになったことはなかったが、学院のみんなと離れ離れになることが本当に名残惜しい。

こんな気持ちになれただけでも、新しい生を与えられて本当に良かったと実感する。


帰り道、俺は酔っ払ったマーガレットを自宅まで送っていた。

マーガレットは足元がふらついていたので、肩を貸した。


「マーガレット、飲めないのに飲み過ぎだよ。お酒は人を狂わせることもあるから、これからはくれぐれも注意してね。」

「何よー。アシュル。お酒飲み慣れた人みたいなこと言うじゃない。」


顔が近いから思わず、キスをしてしまいそうな気分にもなる。

このときばかりは貞操が厳しいこの世界を恨みたい。



こうして、俺たちは学院を卒業して、それぞれ新しい道に進むことになった。これからの人生に何が待っているのか、不安と期待が錯綜する。

それでも、学院生活は常に必死になるほどの課題を与えてくれたから、得るものが大きかった。

これからも不安に押しつぶされず、現在を生きる姿勢は変えることなく続けていきたい。

最愛のマーガレットとともに。


それにしてもマーガレットが酔っ払うと、泣き上戸になるということは分かった。以後は飲酒時には要注意・・・。

第一部 終











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