第23話 焦燥
あの悪夢のような日から翌々日。
俺はついに軟禁状態から解放され、晴れて自由の身となる。
昨日は、この部屋で国王近衛隊やラフィーナなどから事情を聞かれ、ニコルらも交えて事件について事実関係を整理していた。
このプロセスがあったこともあり、俺の心の動揺も少しずつ落ち着いていき、悲しい現実を自分の中で直視することができつつあった。
昼過ぎくらいだった。
俺はついに長かったここでの生活を終え、建物を出ることになった。
建物を出ると、そこには見慣れた仲間が外で待っていてくれていた。俺のことは事前にラフィーナが伝えてくれていたようだ。
「アシュル!」
マーガレットが人目をはばかることなく、俺に抱きついてくる。
マーガレットの顔を近くで見ると、涙を浮かべていた。
「ただいま、マーガレット。みんな。」
他のみんなも俺が戻ってきたことに喜びを表してくれている。ラリオンとフューゲルまできてくれるとは思わなかった。
たが、そこには当然フリーラの姿はない。
やっぱりあれは現実だったんだ。改めてそのことを実感する。
ここにいるみんなは犯人が誰であるかをまだ知らない。一昨日のことは国王近衛隊から箝口令が出ており、俺の口からは話せない。
もっとも、俺からフリーラのことをみんなに伝えるのも正直しんどい。
みんなが俺の戻りをすごく喜んでいるのとは対照的に、一人複雑な心境であった。
ラフィーナは全員教室に戻り、待機するように指示をしたため、俺を含めてみんなと教室に移動した。
そして、遅れてラフィーナが教室にやってきた。
「みんな聞いてくれ。フリーラのことだが、急な家の事情で自主退学を申し出てきたので受理された。既に彼女は王都にいない。」
ラフィーナは開口一番、重大な発表をする。
この発表には教室中がざわつく。全員にとって青天の霹靂だろう。
俺はマーガレットに目をやったが、マーガレットも口を両手で覆い、衝撃のあまり放心状態といった様子であった。
これは無理もない。親友が別れも何も言わず、突然いなくなってしまったのだから。
ラフィーナは自習をしておくようにと告げると、すぐに教室から出ていったため、俺はラフィーナを一人追った。
「ラフィーナ先生、フリーラのこと、事件の真相を話さないのですか。」
「それはできない。秘匿することが上層部からの命令だ。」
「しかし、それでは・・・。」
確かにこんな真相を伝えても学生たちはさらに動揺してしまう。いや、動揺どころの騒ぎではないかもしれない。
しかし、この中で俺だけが真相を知りながら、フリーラと親友であったマーガレットやリサリィに真相を隠し続けることは精神的に堪える。
この日も事件が一応の解決をしたにもかかわらず、早めに学院を出るようにと指示があったため、まだ日が暮れない時間帯のうちに学院を出ることになった。
その帰り道、俺はマーガレットと二人で歩いていた。
久しぶりの二人きりの時間だ。
「アシュル、私あなたがいなくなって、ずっと泣いていたの。でも、あなたが私を助けてくれたように、私が今度は助ける番って。」
「マーガレット・・・。ありがとう。本当にありがとう。この二週間のことを話したいんだけど、口外してはならないと命令されている。ごめんね。」
「今はあなたが私のもとに戻ってくれただけで十分。ただ、アシュルが無事に戻ってきてくれたのに、今度はフリーラがいなくなって。気持ちが複雑。」
「分かるよ。マーガレットの気持ちは。フリーラのこともいずれは事情が分かってくると思う。」
マーガレットだけに真相を話すべきではないかとも思ったが、今はとても話せない雰囲気でもない。俺自身にも覚悟が必要だった。
後日のことであるが、俺は改めてニコルのもとを訪れていた。もちろん、その目的はフリーラの処遇を確認するためである。
「ニコル、あの。事件の調査はどうなっていますか?」
「これは王国の機密になるから本来は話せないけど、君には権利があるからね。」
ニコルはそう言うと、判明した事実を話してくれた。
フリーラを取り調べた結果、フリーラが魔法大戦争で滅ぼされたガイアレット王国の王族の末裔ということが分かった。
ガイアレットの末裔たちは、以前はリコーラ大陸の東側にひっそりと暮らしていたそうだが、先代のときに王都に移り住んできた。
王都に移り住んだのは、王国のプリビレッジを一掃し、ガイアレット王国を復活させるという悲願のためだったが、プリビレッジの数は多く、多勢に無勢ということもあり、この計画はとても現実味がなかった。
そこで、ガイアレット一族は魔法大戦争で中心的役割を果たしたアーステルド王族とプリビレッジ4家の子孫を抹殺し、せめて祖先の恨みだけでも晴らそうという計画に変更する。
だが、それでもプリビレッジの有力者を狙おうにも守りが堅く、機会に恵まれず、時が過ぎた。
そんなあるとき、ガイアレット一族は有力者の子息が無防備となる学院生活に目をつけて、ちょうど年頃であったフリーラを刺客として送り込んだそうだ。
フリーラを除くガイアレット一族の追跡であるが、国王近衛隊がフリーラの自宅を捜索したが、もぬけの殻で一族は既に王都から脱出した後であった。
ニコルの推測では、ガイアレット一族は使い魔などを駆使して、フリーラが拘束された事実をいち早く察知し、逃走を図ったのだと思われるとのこと。
今も国王近衛隊がガイアレット一族の行方を追っているが、消息不明のままだ。
「それとね。フリーラがあの日、襲撃してきたのは、彼女の友人がアシュルのことで国王に直訴しに行きそうだったから。つまり、君の無罪を明らかにするため、犯行を強行したようだよ。」
「フリーラ・・・。なんだか複雑です。しかし、随分真相が分かってきたのですね。」
複雑な気持ちだった。
あそこまでの行動に出たフリーラには揺るぎない覚悟があったに違いない。しかし、そんなフリーラが短期間にここまでのことを口を割ってしまったのだろうか。
想像したくはないが、おそらく国王近衛隊はフリーラに耐え難い苦痛を与え、問い詰めたのだろう。
フリーラのことを許せない気持ちもあるが、それ以上に友人として過ごした記憶が強く、フリーラを思いやる気持ちの方が圧倒的に大きかった。
せめてフリーラにはこれ以上の地獄を見ないでほしい。この気持ちは俺の心に奥にしまっておく他ないのだが。
「よぉ。アシュル。」
「あ、エドワード。体はもう平気ですか。」
ニコルとの話が一通り尽きたころ、エドワードが部屋に入ってきた。
「お前、学院を卒業したら国王近衛隊にこい。今回の働きにトリキトスは高い評価をしている。お前には特別待遇を約束するぞ。」
「僕も君のことを高く買っているからそれがいいんじゃない。」
エドワードの提案に対して、ニコル王子もこれに同調する。
「すみません。僕は代弁者志望ですので・・・。」
「卒業まで時間があるから、しっかり考えてみてくれよ。」
俺は丁重に提案を断るが、エドワードはそれでも諦めることができない様子だった。
それからさらに事件から2週間が経過した。
この頃、学院内では出所不明のある噂が広がっていた。
それは学院内でニコルの暗殺未遂事件が発生し、犯人として平民学生のフリーラが拘束されているという内容だった。
これは非の打ち所がないほど正しい情報が流れていたのだ。
確かに、あれだけの出来事を隠蔽することは難しいはずだ。ある意味でこれは必然なことであった。
それに、フリーラの突然の失踪が噂をあまりにも強く補強する。
このこともあってか、仲間である平民の学生でさえもこの噂を疑っている者がいない状況であった。
学院内での不穏な空気をひしひしと感じる。それにマーガレットとリサリィの表情を見ると、この状況で、自分の知っている真相を隠し通すことができないだろう。
俺はついにマーガレットとリサリィの二人には俺の口から話す時がきたと感じた。
この日、俺は帰りの時間を見計らって、二人を手頃な場所に呼び出していた。
呼び出された彼女たちもおそらく、何の用件なのかは心当たりがあるのだろう。俺の前に立つ二人はとても神妙な様子だ。
「実は、フリーラのことだけど。彼女は今王城で拘束されている。」
俺は早速話を切り出したが、既に第一声で二人とも涙目となっており、うつむきながら俺の話を聞いているような状態だった。
それでも俺から、知る限りの真相を二人に伝えた。
フリーラは大魔法戦争で滅ぼされたガイアレット王国の王族であったこと、先のプリビレッジ暗殺事件、ニコル暗殺未遂事件をフリーラが引き起こしたことに間違いないことを詳細に告げたのであった。
二人は俺の話を聞きながら、大粒の涙を流しながらただただ頷くだけ。
俺は話しながらも、こんな残酷な真相の中にあっても、フリーラのことを想う二人のために、少しでもフリーラのことを擁護してあげたいという思いにもなった。
「フリーラはあのとき、僕のことを殺すこともできた。でも、彼女はそれを躊躇したんだ。」
こう話すと、あのときの光景が鮮明に脳裏に染み付いていることがわかる。
「あの時、一瞬フリーラと目が合った。その時、彼女は僕に救いを求めていたような気がしたんだ。あのときのフリーラは切なく、つらそうな目をしてたんだ。きっと、彼女だって二人との生活を壊してまでやりたいことじゃなかったはず。」
俺は自分の中にある割り切ることのできないフリーラへの思いも二人に赤裸々に話した。
どうしてこのような事態になる前に彼女を止めることができなかったのだろう。
だが、俺がこう感じる以上に、二人はさらに自分を強く責める気持ちを抑えきれない様子だった。
それでも俺たちの日常は続いていく。気づけば事件から2ヶ月弱が経っていた。
この頃、俺たちの学院生活も既に1年数ヶ月が経ち、ぼんやりと卒業も見えている時期であった。
だが、このときはまだフリーラの事件が平民学生に重苦しい空気を残していた。
平民の学生はなかなかショックを克服できず、ずっと引きずっていた。
それはフリーラが思いやりのある人間で誰にでも優しく、多くの平民の学生から愛されていた存在であったこともある。
しかし、これ以上に平民として、過去の歴史を知った今、フリーラの起こしたことに共感できないわけでないという複雑な心境も その原因になっているのだと思う。
あの事件からしばらくの間は、学院内でプリビレッジの学生から平民の学生に対する容赦ない非難が起きていた。
しかし、これに対しては、平民の学生の誰もがそれに応じることなく、大人しく非難されていた。
あのフューゲルでさえも、プリビレッジの学生から名指しで罵声を浴びせられても何も言い返すことがなかった。
もちろん、俺自身もだ。プリビレッジの学生に何かを言い返す心境でなく、非難を受けてもただただ耐えていた。
そんなある日、マーガレットは俺に思いがけない話をしてきた。
「ねえ、アシュル。私たちの祖先もアーステルド王国に無念な思いを抱いていたのかしら。」
「そうだね。歴史を知る限り、そういう気持ちはきっとあると思うよ。」
「もし、その気持ちがフリーラと同じように、アシュルや家族にも引き継がれていたらどうしていた?」
俺はマーガレットの本質的ともいえる問いに対し、どう言葉にするかしばし考えた。
「正直わからないかな。ただ、僕はプリビレッジの中にも親しい人ができた。彼らが魔法大戦争を起こしたわけでないって割り切るかもしれないね。」
「そっか。私は何度も何度もフリーラの気持ちを想像してみたけど、答えがでなかったわ。」
マーガレットが遠くを見る目で語った。
「僕は過去のことよりもこれからのことを考えたいんだ。今隣にいる人との幸せを考えたい。それに人は新しいことに目移りするから、ある意味生きていけるのかもしれないね。」
「そうね。」
俺がこう話すと、マーガレットは俺の後ろからそっと抱きしめてきた。
さすがに、このときから3ヶ月も経つと、学院内の雰囲気は元に戻っていた。
各々が焦燥を感じ、学院生活をこなしていたが、日常の中で仲間とたむろしていくうちに自然と心の傷を癒やし合えたのだろう。
ラフィーナが行っていたカウンセリングにも一定の効果が出たのだと思う。
やはり心の傷もある程度の時間が経てば落ち着くということなのだろう。
仲間もみんなすっかり元気を取り戻していた。
「あのなーうちは昨日初めてアグールを揚げたやつ食べてきたんや。」
「リサリィ、レストランフリーに行ったの?」
「なんや、マーガレットも行ったことあるんかいな。」
このような女子トークもいつの間にか復活している。
「けっ、あのプリビレッジ今度叩きのめしてやる。」
「もうー、喧嘩はだめだって。」
フューゲルのプリビレッジに対するお得意の喧嘩っ早さも戻ってきた。
人は忘れる生き物であるということ。
きっと、忘れられるから人は生きていける。どんな辛いことも時間が解決していくのだ。
これからも生き続けなければならないのだから。これから幸せを掴まないといけないのだから。
いよいよ学院生活も終わりが見えてきた。
学院生活も残り半年を切ってしまった。
卒業後、次のステージで活躍するためにも、この困難な状況を乗り越え、最後まで走りきらなければならないのだ。
終
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