第22話 断罪


今日も暇だなー。

ここでの生活ももう5日目になるが、事件の進展は特にない。

あれから事件の背景に考えを巡らせているが、改めて考えると違和感ばかりだ。


学生による犯行だと仮定して、動機が私怨でないとすると、一体何がこのような凄惨な殺人という行為に及ばせたのか。

15歳未満の学生が単独でそこまでの動機を形成するとは考えにくい。少なくとも学生の意思に対して、何らかの大人の介入があったはずである。

それに学生にそこまでの惨劇を実行させるのであれば、もっと大きなものに対する動機が存在する可能性がある。それは揺るぎない確固たる信念に基づくものとして。


コンコン。


色々と考えていると、ドアを叩く音がした。おそらく、ニコルがきたのだろうと思う。

ドアが開くと案の定ニコルの姿だった。

ニコルは部屋に入ると、椅子に腰掛けて早速話を始めた。


「事件の進展はまだないそうだ。調べてもどうも派閥間の争いがあったという話も出てこないんだ。」

「一つの可能性ですが、プリビレッジという制度自体に対しての動機という可能性はないでしょうか。有力家の子息を狙ったということをふまえると。」

「違う目線で事件を見たほうが良いってことだね。確かに今回の事件には異常性を感じるよ。これまで王国で発生した殺人事件は犯行態様や動機が短絡的なものしかなかったし。」


ニコルは少し何かに思考を巡らせている様子でしばらく沈黙する。


「アシュルの言う通り、背景にプリビレッジ全体に対する動機があったとすると、事件はまた起こるかもしれないね。学院内で次に狙われる可能性は他の3家の子息ということになるね。」

「そうかもしれませんね。」

「そして、犯人が学院内で一番狙いたくなるのは僕かもしれないね。」


俺の仮説を前提とすると、王国の象徴でもあるニコルが学生の中で最も危険だ。


「しかし、アシュルの仮説だと、犯人は平民の学生の中にいるという可能性も出てくることになるけと思うけど、心当たりはあるかい?」

「いえ、それはないと思います。プリビレッジの中にも祖先を遡れば平民上がりの人もいたと聞いています。魔法で犯行が実行されたという点からすると、そちらの線の方が強いと考えています。」


確かに、俺の仮説を前提とすると平民の学生の犯行であれば辻褄が合う。

けれども、俺は学院の仲間に犯人はいないと確信している。誰一人そんな強行を起こすような平民の学生はいなかったし、それに魔法を使える者もいない。少なくともそう信じたい。


「ニコルもくれぐれも気をつけてください。しばらくは一人でウロウロするのはだめですよ。」

「こういうのはどうだろう。学院に僕の居場所について噂を流すというのは。事件後、魔法を磨くために一人で遅くまで学院に残っていると。」


ニコルが俺の注意にもかかわらず、これを無視して思わぬことを言ってきた。


「それは危険すぎますよ。相手はすごく強いかもしれないですし。」

「平気さ。僕の周りにはいつも3人屈強な護衛を忍ばせているから。それにアシュルもいるしね。それにあくまでも可能性に過ぎないし。噂を流して、しばらく様子を見て何も起きなければ別の可能性を考えるという流れで。」


それから俺は何度もニコルを止めようと試みたが、ニコルは全く上の空で、早々に部屋を出ていってしまった。



さらに7日が経過した。もう事件から12日経つことになる。

この間、ニコルは自分でおとりになるため、夕方薄暗い時間帯にわざわざ学院内を歩き回り、門で待機している送迎の馬車に乗るようにしている。

このときは、護衛としてエドワードと他にそのトリキトス派のプリビレッジの学生2人がニコルの離れたところから目を光らせている。

3人共かなりの手練れとのことで、魔導具を携帯し、いざというときに備えている。もちろん、ニコルも丸腰ではない。


もちろん、俺もその3人とともに護衛の役割を担う。

今日もニコルが学院を出て。無事に迎えの荷車に乗車するところまで遠くから見届けた。


特に何事も起きなかったな・・・。


ニコルが学院を出ると、国王近衛隊の精鋭が護送をするため、犯人もそこから襲撃してくるとは考えにくい。そこからの帰り道は安心だ。



さらにその翌日、ニコルが再び俺のいる部屋にやってきた。


「例の噂を流して一週間、特に何事もなかったね。」

「はい。僕の考えは見当違いだったのかもしれません。でも、犯人が捕まるまではニコルも警戒してもらわないと困りますよ。」

「分かってるよ。アシュルもエドワードみたいなことを言うようになったね。」


ニコルは俺のやっかみに少し煩わしそうな表情だ。ニコルは自分の立場を少し軽視しているように思える。

だが、ニコルの身に何かあると、王国の一大事となるので、ここはやはり口酸っぱく言う必要がありそうだ。


「そうだ。そろそろアシュルを元の生活に戻してあげないとかわいそうだから、この作戦も今日までにしておくよ。」

「本当ですか!?」


これでようやく俺も家族や仲間のもとに戻れる。長かった軟禁生活も今日で終わりだ。みんなきっと心配しているはずだ。


そして、最後の見送りの時間となった。現時点で昨日までとあまり変わった様子はない。

いつも通り、学院には学生が誰もいないため、静かだ。

日も落ちていく時間であり、辺りが徐々に薄暗くなっていく。


「殿下、いいですか。万が一不審人物が殿下の前に現れたら、防御の魔法の準備とできるだけ会話をしてください。我らが距離を詰めて、殿下のもとに参じる時間を稼いでください。」

「毎日毎日同じことを。言われなくても分かっているよ。ただ、4人とも犯人が出てきたからと言って、すぐに姿を見せるなよ。逃げられたら困るから。」


エドワードがいつものように強い口調でニコルに注意を促していた。


さて、俺も念のため剣を携えて、護衛の3人とともにニコルを遠巻きから潜んでおく準備をしておこう。


ニコルはこれまでと同じ経路で帰宅するため、学院の敷地内を歩いていく。

そこに4人の護衛役が40,50メートルほど離れて身を潜め、後を追っている。

各人は別々に待機しているが、これは離れた位置から観察し、不審人物が全員から死角とならないようにという工夫だ。


そして、1、2分ほどニコルが足を進めた時であった。

エドワードが俺たちに向けて合図を送る。この合図は不審な人影のようなものがみえたときにするものだ。


全員の間に緊張が走る。4人はニコルが歩いている辺りの様子を窺いながら、感づかれないように少しずつ距離を詰める。


エドワードが合図を送った時、実際にニコルの正面向かい7、8メートルに建物の影から人影のようなものが見えていた。

黒いマントに、フードを深く被った人物。この外見はあからさまに怪しい。犯人である可能性が高いことは一目瞭然だ。


「お前がニコル・アーステルドで間違いないな。」

「そうだけど。君は一体誰?何か僕に用事があるのかな。」


その不審人物はニコルの質問に答えない。だが、ニコルはそれでも話を続けた。


「君がウィルたちを殺害した真犯人ということで間違いないかい?」

「そうだ。汚れたアーステルドとその幹部の末裔は万死に値する。ここでお前を殺害する。」

「ちょっと、待ってくれないかい。せめて君がどうしてそこまで僕たちに恨みをもっているのか聞かせてくれない?」


ニコルは作戦通り、犯人と会話を続けてできる限り、時間を稼ごうと試みた。あたかも抵抗する意思がないというような優しい口調で。

もちろん、ニコルは同時に左手をショルダーバッグに忍ばせて、魔導具をこっそり握っている。


「我らの祖先は魔法大戦争時、アーステルドによって蹂躙された。すべてを奪ったお前の一族に正義の鉄槌を下すために我はここにいる。」

「なるほどね・・・。」


ニコルはこれ以上会話を続けるのは難しいと感じていた。

いかんせん犯人の殺気と魔力が高まっていることを肌で感じたからだ。いつ攻撃が飛んできてもおかしくないと認識していた。


そして、案の定、不審人物ははさらなる言葉を発することなく、魔導具と思われる杖を右手に握りしめ、自身の前に構える。


次の瞬間、犯人は魔力を込めて杖を振りかざし、「炎の雷!」という声を発した。

すると、ニコルめがけて勢いよく炎が発射される。ニコルはすかさず、円形の魔導具を自身の前に構え、魔力をこめる。


ボン!


鈍い音が辺り一帯に響く。


このとき、4人は30メートル後方にいたが、攻撃が始まったのを確認して、全速力でニコルの元に駆けつける。


「殿下!無事ですか!」

「僕は平気。」


護衛の3人がニコルの元に瞬時に到達し、無事を確認する。ニコルはどうやら防御壁で完全に炎の攻撃を防ぐことが出来たようだ。


俺はというと、作戦通り、犯人から察知されないように木の影に隠れて、5メートルほど後方で身を潜めていた。


事前の作戦として、「伏兵として殿下を守るように」と、エドワードから指示されていたからだ。

3人の護衛が万一にでも敗れることがあった場合、俺が足止めをして、ニコルを学院の外に逃がすという算段だ。


3人の護衛が魔力を体内と剣に込め、剣を体の前に構える。

ニコルは一歩後ろに下がり、3人と犯人の戦闘を静観する構えだ。


護衛の3人が一斉に犯人に突っ込むと、不審人物は右手の杖を振り下ろして、火の魔法を自身の前方180度に放つ。

これに対して、護衛3人は火力を体にまとった魔法壁で防ぐが、火力に付随する風圧の勢いに負けて2メートルほど押し戻される。


しかし、3人は決して怯まない。

2メートルほど後退しても、再度不審人物に向かっていく。

不審人物は同じように火の魔法を放ち、同じく護衛3人が2メートルほど後退する。

この攻防が5回ほど繰り返され、一進一退の攻防が続いている。


エドワードを除く護衛2人は同じように6回目のアタックを試みようとするが、エドワードはこのときその場から動かず、何やら背後に差していた刃渡り50センチほどの短剣を左手に持ち、準備をする。

不審人物は再度、同じように火の魔法を放ち、護衛二人をいなして後退させる。


それを見ていたエドワードが左手で短剣を振りかざす。

エドワードから物凄い、風の斬撃が不審人物めがけて飛んでいく。


ザ、ザ、ザ!


切れ味の鋭い一撃が不審人物に当たった。

だが、不審人物は不意を付かれたが、瞬時に魔法壁で急所を守り、かろうじてエドワードから放たれた斬撃からのクリーンヒットを免れたようだ。


もっとも、完全に防ぎきれておらず、不審人物には切り傷が多数つき、少しよろける格好となった。

それに、身にまとっていたマントも斬撃でぼろぼろになっていた。深めに被っているフードも今にも脱げそうだ。


さらに左にいた他の護衛からエドワードと同じように短剣らしきものを出してきたことを察して、不審人物はそちらに杖を向ける。

その瞬間、その動きで犯人のフードがはだけてしまう。


不審人物の顔が見える!女!?

俺の位置からは暗くて少し距離もあるのでパット見では顔がよく見えない。それでも目を細め、犯人の顔を視認する。


あれは・・・整った顔・・・フリーラ?フリーラなのか!?


俺は見た顔があまりにも予想外で、愕然としてしまった。

どうして、フリーラが?どうして・・・?


俺は混乱のあまり、膝を地面につき、うなだれてしまった。


フリーラは「ちっ」と舌打ちし、次の瞬間、左手で何かの魔道具を取り出し、左から右にそれを勢いよく振った。


バ、バ、バ、バ!


物凄い音が聞こえたので、俺はその瞬間、顔をあげ、音の出た先を目をやった。

あれは一体・・・。


護衛3人めがけて複数の鋭利な物体が飛んでいく。

あれはまるで魔物トゲールのトゲを飛ばす攻撃に近い感じ。


「ああああ!!!」


次の瞬間、3人から悲鳴に近い声が発せられている。


俺はエドワードを目で追うと、エドワードの右足と腹部あたりに2、3箇所、鋭利な物体が深く刺さっており、膝をついてもがき苦しんでいる。


刺さったものは土のような物体で、形状は氷柱のような鋭利な形だ。

3人共魔法障壁でこの攻撃を防ぎきれず、貫かれている。


他の護衛の二人に至っては、どこを貫かれたか分からなかったが、完全に仰向けに倒れて動いていない。


完全に形勢が逆転している。これはかなりまずい状況だ。


エドワードが苦しみながら、5メートルほど後ろで見ていたニコルに対し、「殿下、お逃げください!」と叫んでいる。


もはやこの状況は一刻を争う。俺が前に出るしかない。ニコルを逃がすためにも。


俺は自身にできる限りの魔力を巡らせ、ニコルの後方から勢いよく、エドワードの前方付近まで一気に飛び出した。俺とフリーラの距離は4、5メートルほど。


俺はフリーラに向けて剣を構え、こう叫んだ。


「フリーラ何やってんだよ!」


フリーラはいきなり出てきた俺の姿を見て、明らかに動揺している様子であった。


しかし、俺がフリーラとの距離を詰めようとしたため、右手で持っていた杖を振り、俺のすぐ目の前で炎が舞う。まるで俺に対する警告のような攻撃だった。


「フリーラ。ニコル王子を殺すつもりなのか!もしそうなら、僕は全力で止める!」

「あんたはすっこんでなさい!」


俺の言葉に対して、あの清楚で落ち着いたフリーラとはまるで別人のような言動だ。


フリーラの言動と挙動をみると、もはや俺の言葉ではフリーラを抑えきれないと悟った。

もう迷っている暇はない。フリーラを実力で止めるんだ。


俺は再度、剣を振りかざしながら、フリーラの元に突進していった。


「うぉー!!!」


フリーラは俺の突進する姿を見て、右に持っていた杖を振りかざす。


俺は右側からフリーラの腹部めがけて剣を横ぶりに振る。

この瞬間、まるで時間が止まったようにフリーラの間で目が合った。このときは一足一刀がスローダウンしているように感じる。


だが、フリーラは杖を振り下ろしてこない。明らかにフリーラの攻撃のほうが早く、剣が当たる前に、俺を攻撃できるタイミングであったのに。


次の瞬間、魔力を込めた剣がフリーラの腹部に直撃し、ものすごい音を立てる。


カン!


俺の剣の威力がフリーラの魔法防御壁の耐久力を超えたようであり、フリーラの体が後ろに勢いよく吹っ飛んだ。

その距離は5メートルほどだった。

フリーラは壁に激突し、頭を強く打ったようだ。フリーラの体はピクリとも動かない。


俺はフリーラの様子をそのまま呆然と見ていた。


「アシュル。お前は外にいる近衛隊を呼んできてくれ!」


そのとき、ニコルが俺に対し、大きな声で指示し、俺は我に返る。


ニコルはそのまま気を失っているフリーラの元へ駆け寄ると、魔導具で拘束をしている。


俺はニコルがフリーラを完全に拘束したことを確認したうえで、全速力で近衛隊を呼びに向かった。


そして、俺は1分も経たず、近衛隊を3人連れて戻ってきた。


目に入ったのは、拘束されて目をつぶったまま動かないフリーラと、ニコルが護衛を抱きかかえて、回復魔法をかけている光景であった。


そこからの記憶はうっすらとしか残っていない。


フリーラは近衛隊に意識のないまま連行されていたこと、護衛の3人には応急措置が施され、どこかの施設に連れて行かれている姿をなんとなく覚えている。

だが、ニコルがその後どこに向かったのかまでは記憶が定かでないし、俺自身も同様だった。

一つだけはっきり言えるのはいつの間にか、元いた部屋に戻っていたということだ。













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