第21話 結束
ううう・・・。
マーガレットは一人自宅で泣き崩れていた。
この日、アシュルが連行された数時間後、ラフィーナから学生に向けて重大な発表が行われた。
「大事な話があるので聞いてほしい。昨日、学院内でウィル・ハーモス、シューリスト・ エッジが殺害された。そして、その殺害の嫌疑でアシュルが身柄を拘束された。」
ラフィーナはその日のうちに、アシュルが連行された事実を告げていたのである。
学生たちは学院内でウィルらが殺された事実と、その犯人がアシュルであるという2つの事実に驚愕する。まさに各人が絶句してしまった。
マーガレットはこの事実を聞き、あまりにも大きなショックから意識が朦朧とした状態になってしまった。
マーガレットは担任のラフィーナに引率されてなんとか自宅に戻ることができていたが、ずっと気力を失っていた。
しかし、自宅で何時間も一人泣き続けていたところ、泣き疲れもあったのか、少しずつ正気を取り戻していた。
アシュル、早く戻ってきて。あなたがいない人生はもう考えられないよ。
あなたはこれまで何度も私を救ってくれた。
プリビレッジの父に逆らえない私に、自分の意志で超えられることを証明してくれた。
ウィルとの戦いに勝った時は平民でもプリビレッジに立ち向かえるんだって私に勇気をくれたんだよ。それに魔物にも臆さず私を守ってくれた。
あの日の言葉は一生忘れられないよ。
「今度は私があなたを守る番。泣いてばかりではいられない!」
マーガレットは自分の中にあるアシュルへの真剣な思いを再確認し、自分がアシュルを必ず助け出すことを決意していた。
翌日、マーガレットはいつも通り、教室の席に座っていた。
まずは事件の情報収集する必要があるわ。
アシュルが犯人でないということを証明するためにも。
ラフィーナはこの日も朝いつもの時間に教室に姿を現したが、しばらく講義を中止するので各自自習をすること、そして、16時には必ず学院から下校するようにとの指示をし、足早に教室を出ていってしまった。
マーガレットは慌てて、ラフィーナの後を追った。
「ラフィーナ先生!」
「なんだ?」
「事件について少しでも情報がほしいんです。知っていることを教えてもらえませんでしょうか。」
「捜査中だ。今は何も言えない。話せるときがきたら、きちんと説明するから。」
ラフィーナはそっけなくそれだけを言い、マーガレットを振り切るように建物から出ていってしまった。
昼の時間帯、マーガレットはいつものメンバーと一緒にいた。
「アシュル、本当に犯人なのやろうか。」
「そんなはずないよ!僕たちが疑ってどうするんだよ。」
リサリィの言葉に、アシュルの親友であるパリシオンが食って掛かる。
「パリシオン、落ち着けよ。これは何かの間違いだ。」
「ああ。アシュルは殺るわけがない。これには裏があるぜ。」
ラリオンとフューゲルもアシュルのことを疑う様子なくそう断言した。
「僕たちも何かできることはないかな?」
「できることって言ってもよう。」
ヒルメスはアシュルのために何か行動したい様子だったが、ガリンソンが言うとおり、誰も良い方法を出せないでいた。
「それにマーガレット、もう大丈夫?」
「うん。ありがとう。」
フリーラが心配した顔で、マーガレットのことを気にかける。
「みんな聞いて。まずは事件の情報がほしいの。事件の詳細が分かれば、アシュルが犯人でないことを証明できるかもしれない。みんなで手分けして情報を集めてほしいの。」
マーガレットはここにいる仲間に頭を下げて、協力をお願いしたところ、その場にいた全員が快諾した。
一同が教室に戻ると、何やら他の学生の会話がマーガレットの耳に聞こえてくる。
「あいつやってしまったな。死んだのはあいつと揉めていたプリビレッジだから間違いないな。前から思ってたんだよ。あいつは危ないやつだと。」
「そうそう。アシュルってなんか変だったしな。」
こう話していたのは、イーゲルとフォールスだった。アシュルとは普段あまり接点のない二人である。
マーガレットは怒りのような感情を抱いたが、ここで騒ぎを起こしてもアシュルを救う道が遠ざかると思い、自分を押し留めた。
しかし、止まらない男がいた。
「おいてめー!いまなんつった?アシュルのことろくにしらねーのに、語ってんじゃねー!」
フューゲルにも耳に入っていたのか、イーゲルとフォールスに向かって鬼の形相で怒鳴る。
これにはイーゲルとフォールスも少しひよった様子で、何も言い返すことはしなかった。
その後、仲間が協力して、手分けして情報収集を続け、数日が経過してようやく事件の概要が分かってきた。
分かった情報としては、事件があの日の19時頃に発生したこと、犯人は魔法を使ったこと、複数の攻撃型の魔導具を所持していたと思われること、そして、計画的な犯行で強い殺意を持っていたことであった。
「マーガレット、あの日って・・・。」
「うん!そうだよ。あの日は17時前にアシュルと合流してずっといたわ。それにその前はニコル王子と一緒にいたようだし。少なくとも20時くらいまではリサリィと一緒に。」
リサリィとマーガレットは事件の情報を確認して、確信に至った様子だった。
「ということは、アシュルには完全なアリバイがあるってこと?」
「そうだよ!」
ヒルメスが二人に対し確認したところ、マーガレットがこれに力強く答える。
「アシュルに何か変わったところはなかった?例えば、魔導具をもっていたり。」
「アシュルは特に何も手にしてなかったわ。いつもどおりだった!」
フリーラの指摘に、マーガレットは自信を持った様子でそう答えた。
早速、みんなで国王近衛隊にアリバイの事実を伝えに行こうという話になった。
国王近衛隊は捜査のため、学院内に出入りしていたのでよく見かけており、近くをうろついていた。
「あの、すいません。この前の事件のことでお話があるのですが。」
「なんだお前たち。学生か?」
マーガレットは近くにいた国王近衛隊に話しかける。
そして、その人物に、アシュルにはアリバイがある事実、それをマーガレットとリサリィが証言できるということを伝えた。
「そういうことか。責任者にはそのことを伝えておく。もし、事情聴取が必要になったら、出頭するように。」
「はい。」
その王国近衛隊の者はマーガレットから事実関係を淡々と確認したうえで、捜査責任者に伝えると約束した。
そのため、マーガレットはこれでアシュルが帰って来ると期待に打ちひしがれた。
しかし、それから数日経過して、待てど待てどアシュルが帰ってくる気配がない。
マーガレットは業を煮やして、再びラフィーナの元に直談判のため迫った。
「先生、アシュルは今どこにいるのでしょうか。アシュルには完全なアリバイがあります。なぜ解放されないのでしょうか。」
「アリバイ?何を言っている?アシュルは今王城の牢獄にいると聞いている。自白もしたそうじゃないか。」
ラフィーナの意外な冷ややかな対応に、マーガレットは語気を強めた。
「先生、ひどいです。アシュルが犯人でないのは間違いないのに、それなのに犯人の扱いをまだ続けているなんて。」
「マーガレット、私は捜査と無関係の人間だ。国王近衛隊の通達ではアシュルが犯人である可能性が高い。学院での捜査を打ち切るということだ。時期に講義も再開するぞ。」
「そんな・・・。」
マーガレットはこの事実を聞いてとても落胆した。希望がどうしようもないほどの絶望という形で叩き落されてしまった。
「マーガレット。ラフィーナ先生はなんて?」
「それが・・・。」
いつもの仲間が集まる中、マーガレットはラフィーナの発言を一言一句正確に伝えた。
「そんな。あんまりだよ。」
パリシオンからは悲鳴とも取れる言葉が出る。
「なんだよ、クソが。事件は終わってねーんだよ。こんな状況で講義なんか受けていられっかよ。」
フューゲルも声を荒らげる。
「ねえ、マーガレット。ニコル王子に直談判してみたら?ニコル王子は事件後も勇敢にも遅くまで魔法の研究のために学院に残っているんだって。」
「そうね。私にやれることをやってみる。」
ヒルメスが噂で聞いたニコルの動静を伝え、マーガレットに直談判することを提案し、マーガレットもそれに同調した。
その日から数日間、マーガレットは登校から強制的に下校させられる時間まで、何度も何度もニコルの専有している建物を訪れていた。
しかし、マーガレットが何度来ても、門前払いで結局一度もニコルと面会することは叶わず、マーガレットは途方に暮れていた。
マーガレットはその夜、自宅で一人考えていた。
このままではアシュルと永遠に会えなくなってしまう。
そんなの嫌。アシュルともう会えないならもう生きている意味もないわ。
もししばらく待ってアシュルが戻ってこなかったら最後の手段しかない。
王様への直訴。平民の私が王様に直訴すれば厳罰になることは分かっている。
それでもそれしか道はないわ。仲間のみんなを巻き込むわけにはいかないから私一人でいくしかない。
マーガレットはこの時、最後の手段にでることも辞さない覚悟をもった。
さらに数日が経過しても、事態は一向に変わる様子もない。また、ニコルとの面会も未だに叶わぬままだった。
それどころか、ラフィーナの言う通り、学院からは国王近衛隊の姿を見ることもなくなってしまった。
もうこうなったら、直訴するほかない。
直訴すると私はもう二度と学院に戻ってこれないかもしれない。せめて友達のフリーラとリサリィにはお別れを告げておかないと。
マーガレットは焦りつつも、冷静な面もあり、友達の二人に直訴しにいくことを伝えようと決意したのであった。
翌日、マーガレットは大事な話があると、フリーラとリサリィを学院のとある場所に呼び出した。
「どうしたの?マーガレット。そんな深刻な顔をして。」
「実は大事なお話があるの。」
フリーラとリサリィはマーガレットのいつにもなく鬼気迫る表情に動揺していた。
「私、王様に直訴しに行こうと思ってる。もしかすると、もう二人に会えないかもしれないから一応お別れを伝えたくて。」
「待って、マーガレット落ち着いて。直訴なんてしたら、マーガレットも無事にもどってこれん。」
リサリィーが慌てて、マーガレットをなだめる。
「そうよ。マーガレットにもしものことがあったら、私どうしていいか。お願いだから考え直して。」
フリーラもリサリィの意見に同調する。
「ごめんね。二人の気持ちは嬉しい。でもやるしかないの。私はアシュルがいない世界に生きていける自信もないから。」
この言葉を聞いた二人は、マーガレットの覚悟がそう簡単に変わらないことを感じ取った。
「マーガレット、それならうちもいく。」
「でも・・・。」
そんな中、リサリィから意外な言葉がでてきた。それにはマーガレットもいくらなんでもそれは困るという表情でリサリィを直視した。
「二人共、少し落ち着いて。アシュルはすぐに処罰されるということはないわ。仮に万が一本当にアシュルが犯人であっても、処刑されるわけでない。アシュルはずっと牢屋にいることになる。だから、まだ機会はいくらでもあるの。直訴なんてしたら、二人共、奴隷落ちにされてしまうわ。」
そんな二人をみて、フリーラが冷静なトーンで二人をなだめる。
「それに、たとえあなたたちの直訴でアシュルが無罪であることが分かっても、それでも直訴した事実は変わらない。そんなとき、戻ってきたアシュルは何をすると思う?きっと後悔と絶望でとんでもない行動にでるわ。」
「そもそも国王近衛隊にはアリバイのことを言っているし、同じ内容を直訴したところで事態は変わらないと思う。それよりも今は粘り強く、ニコル王子と面会する機会を持つことが大事じゃない。」
フリーラは言葉の間に時間を明けながら、ゆっくりであったが、立て続けに二人を諭していった。
そんなフリーラの理屈を伴った説得に対して、マーガレットとリサリィに反論の余地はなく、すっかりフリーラの意見に納得させられていた。
「二人共、ごめんね。私は冷静に考えられていなかったみたい。すぐに処刑されるわけでないから、もう少しやれることをやってみることにするわ。」
マーガレットはフリーラの助言に感謝をし、改めて考え直すことにした。
この日の夜もマーガレットは頭の中を必死に整理していた。
フリーラの言う通り、仮にアシュルが犯人にされても、アシュルがこの世からいなくなるわけではない。
だったら、アシュルが生き続けている限り、会える機会はいくらでもあるわ。
それに・・・。
最終手段になるけど、プリビレッジの父に頼んで手を打ってもらうこともできるかもしれない。その時は、私とアシュルが永遠に結ばれることもなくなってしまうけど。
それでも、私は何があってもアシュルのことを守りたい!
マーガレットは現状を少しだけ俯瞰して見ることができるようになっていた。
しかし、それでも事態はマーガレットの思惑と違う方向に進んでいくことを知る由もなかったのであった。
終
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