第20話 拘束
この日は朝を迎えても厚い雲が覆っており、日を遮り、薄暗かった。
学院へ続く道はいつもと変わらないはずの光景。だが、本能的なものなのか、俺はなんとなくいつもと違う空気が流れている感覚を持った。
「おはよう、アシュル。」
「おはよう。マーガレット。」
もう偶然を装わなくても、マーガレットは毎朝ここで俺のことを待ってくれている。マーガレットはいつもの笑顔だったので、少しほっとした自分がいた。
朝の登校は束の間の安らぎの時間となったが、それも僅かなもので、もう学院の門が見えてきた。
学院に到着すると、何やら物々しい雰囲気がある。これはおそらく気のせいではない。
いつもは見慣れない人間が学院に出入りしていたからだ。
これは一体何事なのか。全く何が起きているのかわからない。
俺とマーガレットは、そのまま教室の中に入ると、みんながなんだかざわついている。しかし、この中の誰一人、今学院の中で何が起きているか事情を知る者はいない。
いつもの時間になり、ラフィーナが教室に姿を表す。しかし、この日のラフィーナはいつもとは明らかに異なる様子だった。
「今日は講義を中止にする。学院内である事件があった。今は何も言えないが、お前らは教室で自習をしていてくれ。」
ラフィーナの突然の言葉にみんな動揺した。
「一体何があったんやろ。」
「全然わからないね。」
リサリィとマーガレットが小声でヒソヒソと話している。
自習しろと言われても、これではとても集中できそうもない。各自、時折周りの人間とひそひそ話をして、ただ待機しているというのが実情だった。
それから2時間ほど経った。ようやくラフィーナが教室に戻ってきた。
「アシュル、ちょっと来てくれ。」
「は、はい。」
ラフィーナから一人だけ呼び出しを受けてしまった。
一体何の用件だろうか。俺だけが呼び出しを受ける理由に全く心当たりがない。
ラフィーナからは何の説明もなく、ただ、ついてこいと言わんばかりに廊下を先導され、建物の外に連れてこられる格好となった。
すると、入口には学院内で見慣れない騎士風の男たちが4人も立っていた。
「お前がアシュルだな。ウィル・ハーモス、シューリスト・エッジ殺害の疑いで拘束する。」
「はい?どういうことですか。」
「大人しくしろ。」
騎士風の男の一人が魔導具で俺を縛り上げる。まさに問答無用とはこのことだ。
さすがに、予期していない突然のことで俺の頭は真っ白になった。
そして、俺は男たちになされるままに、学院の敷地外に連れ出され、そのまま荷車に乗せられてしまった。荷車の中からは外の様子が見えず、これからどこに向かうのかも分からなかった。
1時間ほど荷車に乗っていたのだろうか。この間は4人の男が無言で俺のことを監視しており、一切何も情報をもらうことができなかった。
すると、突然荷車の動きが止まったことを感じた。
「出ろ。」
一言だけそう言われて、見たこともない建物の中に連行された。
この状況でジタバタしてもしょうがない。
おそらく何らかの罪で取り調べられるのだと予想するが、ここはきちんと理屈で冤罪であることを明らかにしていく他ない。俺は腹をくくった。
それからしばらく薄暗い部屋に監禁されていたが、取り調べのためなのか、他の部屋に移動させられた。そこには先ほどの男2名が待っていた。
「当職は国王近衛隊のルーシア・フォルディオだ。」
「同じくチュース・イエメンだ。」
警察権をもつ国王近衛隊の捜査であることがここで初めて分かった。
「早速確認するが、お前がウィルとシューリストを襲ったことに間違いないな?」
「いいえ、全く身に覚えがありません。」
「ほう。しらを切るというのか。」
ゴクリ。
ルーシアという男の表情を見ると、これから恐ろしい取り調べが待っている予感しかしない。いかにも残虐なことをしそうな人相だったからである。
これは痛めつけられる覚悟をした方が良さそうだと直感した。
「逆に、僕がその人達を襲った犯人のように扱われているのはなぜですか。」
「お前には明確な動機がある。ウィルを恨んでいたな。それは間違いないか。」
「恨んでは・・・。もちろん、多少嫌いという感情はありましたが。」
「それにもう一つ。お前は隠れ魔力持ちという話だ。ウィルとシューリストは魔法で攻撃されていた。」
まさかこんな関連性の低そうな状況証拠だけで俺は連行されたというではないだろうな。一瞬そんな疑問が脳裏に浮かんだ。
「確かに最近、魔力に目覚めたのは事実です。しかし、現状は魔法を使いこなすレベルにはありません。それに何を証拠に僕がここに連れてこられていたのかわかりませんが、魔法を使えるのはプリビレッジの学生も同じではないですか。」
俺がこう話すと、ルーシアは一瞬何かを考えるように沈黙した。だが、さらに口を開いた。
「お前が犯人であると密告があった。ウィルと親しかったラードという男だ。」
ラード?もしかすると、ウィルのあの取り巻きのことか。
「何を根拠に?それに僕たち学生はまだ子供ですので人を殺したりしませんよ。外部から犯人が侵入した可能性はありませんか。」
「それはない。学院は基本的に無関係の者が侵入することができないように魔法がかけられている。学院長の許可がなく無断に侵入することはできない。」
それが本当だとすると、学院の内部に犯人がいるということなのか。
「すいません、ところでその犯行いつ起きたのでしょうか。」
「昨日の夕方以降、暗くなってからだ。」
昨日の夕方以降・・・?それならば俺には確かなアリバイがある!
「昨日の夕方以降はずっと友人の学生2人と遅くまで一緒にいましたよ!僕にはアリバイがあります。調べてください。」
「ずいぶん都合のよいアリバイだな。第一、お前は魔法を使えるんだ。細工もできる。それに平民同士であれば口裏合わせも容易い。」
アリバイという重大な事実が疑いを晴らす切り札になると思ったが、どうやら、この人たちを納得させるのはそれだけで十分でないらしい。
それからはしばらくこのような押し問答が続いていた。
結局、取り調べが終わったのは2時間ほど経ったころだった。俺が学院に入学した目的、経緯、さらに家族のことなど事細かに尋問を受けた。
ようやく取り調べが終わると、俺は元にいた薄暗い部屋に戻されることになった。
だいぶ言葉を交わして、気持ちが不思議と落ち着いたこともあってか、周りが見えるようになってきた。
俺がいるのはただの部屋でなく、魔法の力で脱走防止が施される監獄だったことに気がついた。
これは長丁場の戦いになりそうだ。
しかし、ウィル達を殺した犯人って一体誰なのだろうか。
俺はこの数ヶ月、ウィルとほとんど接触していないから彼らの交友関係も分からないし、犯人の動機も想像がつかない。
俺は一体これからどうなるのだろうか。どんなひどい目が待っているのだろうか。
この世界に基本的人権なんて言葉はない。そうなると、拷問があるのかもしれない。
背筋がゾッと冷たくなる。
ただ、一度でも自白をしたら終わりだ。たとえ、真犯人が他にいたとしても、それで俺は罪を確定されてしまう。
たとえどのような拷問を受けようともここは耐え抜かなければならない。
しばらく部屋で考え、俺は自分の中で腹をくくった。
しかし、そんな俺の覚悟とは裏腹に、一向に次の取り調べが行われる気配はなく、時間だけが過ぎていった。
待てど待てど何もやってこない。放置されている時間も地獄だ。気が気でないというのはこんな感じか。
結局、この日はあれ以降何もなく一晩が過ぎた。
次の朝、かなり早めの時間だったろうか。
久しぶりに遠くから足音が聞こえてくる。俺も音に敏感になっていた。
俺はついにきたかと改めて覚悟の気持ちを持った。案の定、足音が俺のいる部屋の前で止まった。
「おい、出ろ。そして、ついてこい。」
そう言われると、俺はこの建物の中を歩き、昨日の取調室を超えて、なぜか外に連行された。
「乗れ。」
これは乗ってきた荷車のようだ。どこかに移送する意図のようだ。
外の様子がわからない中、荷車に揺られながらどこかに向かって進む。
今回も1時間程度の乗車だっただろうか。荷車が止まったようだ。
俺は荷車から降りる前に、今回は目隠しをつけられてしまった。
目隠しはさすがにずるい・・・。
果たして、俺の目に次に映るものは一体なんだろうか。正直あまり想像したくはないが、望ましくない光景だということは容易に想像できる。
しばらく何も視界がない中、誰かに手を引かれて歩かされている。外を歩いていたが、おそらくどこかの建物に入ったということくらいしか分からない。
すると、突然足が止まった。
そして、いよいよ俺の目隠しがはずされる瞬間となった。
おそらくこれほど緊張することは一生ないというほどに心臓がなり響いている。
眩しい。
目が光を嫌ったため、俺は目を細めた後、ゆっくりと目を開き、眩しさに目を慣らしていく。
「ん?ニコル?」
俺は一瞬目を疑った。最初に目に映った人物があのニコルだったのである。
「アシュル、お疲れ様。」
ニコルがそう言い、いつもどおり、ニコニコした表情で俺を見ている。
「これは一体・・・。ニコル、これはどういうことでしょうか!?」
俺が少し強い口調で、ニコルを問い詰めると、さきほど俺をここに連れてきた国王近衛隊の者がこれに答える。
「殿下が、お前の無実を証明なされた。だから、ここで釈放だ。」
「ニコルが・・・?」
「そうだよ。僕が君のアリバイを証明したのさ。」
俺は唖然とした。まだこの状況が飲み込めない。
ニコルは何かと混乱している俺の様子を見て、「こっちにおいで。」といって、別の部屋に案内した。
ここは一度も訪れたことのない地下の部屋だ。
「そこに座って。」
ニコルの言われるままに、俺は椅子に腰掛ける。
椅子に座り、少し落ち着きを取り戻した俺の様子を確認して、ニコルは今回の事件について説明を始めた。
ニコルによると、今回の事件は一昨日の日が沈みきった時間帯に、学院の西側のプリビレッジの研究所から30メートルほどの場所で起きたそうだ。
シューリストは火の魔法で焼かれて死亡、ウィルは後ろから魔法で強化した刃物で一突きされ即死していたそうだ。
二人の遺体は、シューリストの上にウィルが覆いかぶさった状態で発見されている。
なぜ俺の嫌疑が晴れたのかという点であるが、ニコルの使い魔がその時間帯も俺のことを監視していたそうで、俺に怪しい行動が一切なく、アリバイが完璧だったためであった。
その使い魔というのは、最近俺がよく目にしていた雀のような鳥がそれであった。
「君はあの時間、女の子たちと楽しい夜を過ごしていたからね。」
「ニコル。ひどいですよ。」
いくらアリバイを証明してくれとはいえ、俺のことを使い魔で監視しているなんて。
そのことに腹が立ちそうな気持ちだった。
「悪かったね。でも仕方がなかったんだ。平民の隠れ魔力持ちは王国にとって危険な存在なんだ。だから、王城として一定期間監視することが義務付けられているんだ。」
俺が憮然としていると、ニコルはそれを察してかいつもとは異なり、シリアスな表情をして謝罪してきた。
「分かりました。平民が慣れもしない魔力を暴走させるのは危険だと分かりますし。」
「それはよかった。では早速、今回の事件について犯人を考えてみよう。一人呼んでくるから少し待ってて。」
ニコルはそう言うと、この部屋から出て行ってしまった。
そして、俺がそのまま1分ほど待っていると、ニコルが再び戻ってきた。
「ラフィーナ先生!」
「アシュル、元気だったか。」
俺の目に映ったのは意外な人物だった。ラフィーナがどうしてここに来たのかさっぱり事情が飲み込めない。
俺が不思議に思っていると、ニコルが話を切り出してきた。
「ラフィーナ先生にも意見をもらいたくて。ラフィーナ先生は学生のことを把握されているので。犯人を絞るにも学生の情報は必要になるからさ。」
国王近衛隊の話もふまえると、犯人は学院の関係者であることがほぼ確定している。だから、犯人を割り出すには学院の人間を広く把握している人物の助力が必要になるというわけだ。
「先生、犯人の目的は何だと思いますか。」
「そうだな。彼らとの私怨によるという線だが、それはまずないだろう。大人ならいざ知らず、まだ14歳程度の子供だ。犯行状況からみて、計画的で強い殺意があったと思われるが、計画的に彼らを殺害しようという動機を私怨という線から見つけるのは難しい。」
早速、ニコルとラフィーナが事件の疑問に話し始めている。
しかし、ラフィーナが言う通り、私怨でないとすると動機は一体なんだ。
「ウィルはハーモス家の子息ですね。殺害を図るということはハーモス派閥内の権力争いのような背景があるとみるのが自然ではないでしょうか。プリビレッジの他派閥とは力の均衡がとれており、報復合戦になるようなことはできませんし。」
「その線が一番強いかもしれないな。ハーモス家に何らかの複雑な事情があるのだろう。」
二人の会話を聞いて、違和感を拭えない。本当にそんな動機で殺害をしたということなのだろうか。
「あの、ラフィーナ先生、ニコル。派閥内の権力争いが背景にあるとしても、まだ14歳のウィルを殺害して意味はあるのでしょうか。仮に派閥の中の争いだとして、学院という閉鎖空間で犯行を実行すればすぐに明るみに出てしまうのではないでしょうか。」
「確かに、それもそうだね。」
「一つ言えるのは、学院内で犯行を実行しても絶対に自分につながらないという自信があったか。それともそんな危険すら凌駕してしまうほどの強い動機を持っていたのか。またはその両方か。僕の推測ですが、我々の想像を超えたところに別の真相があるのではないでしょうか。」
俺が意見を述べると、議論は停滞してしまう。3人は考えを巡らせ、しばし沈黙した。
「今わかっている材料だけでは絞りきれなさそうだ。殺害に使われた魔法の分析など捜査の進展を待つ他ないな。」
ラフィーナがこのようにまとめ、一旦終了ということになった。
俺は拘束されていたこともあり、この2日間は気が休まることもなく、疲れがかなり溜まっていた。
そのため、ニコルに今日は帰宅させてほしいと懇願した。しかし、ニコルからは思わぬことが告げられる。
「アシュル、君にはしばらくここで生活してもらうことになるから。」
「え。どうしてですか?」
「アシュルが犯人として連行されたことは既に学院内でも知られている。真犯人を油断させるためにも、しばらくアシュルが犯人であることにしておきたいんだ。」
なんだって?
ニコルからまさかの通告であった。
「そんなー。僕、この部屋にしばらく軟禁になるということですか。」
「アシュル、心配するな。当面、学生は夕方の早い時間に帰宅させることになっているから、その時間帯以降であれば学院の敷地の範囲であれば外に出ても問題ないぞ。」
ラフィーナがあまりフォローにもなっていないフォローをしてくれる。はっきり言ってこんなところで何日も過ごすのは気が重い。
「でも、家にずっと帰らないと僕の家族が心配しますよー。」
「それなら問題ない。急遽、有能なアシュルには遠征に帯同してもらうことにしたと既に伝えてあるから。この前の遠征もあったからだろう?お前の家族もすぐに理解してくれたぞ。」
もうこの二人に何を言っても無駄そうだ。
それにしても、まさか学院で隠れて生活をする羽目になるとは。
事件の真相を早く解明しないと俺の楽しい学院生活は戻ってこない。マーガレットにも心配をかけていることだろう。しばらく会えないのが本当に辛い。
終
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