第15話 魔力覚醒


今日から予告通り、一週間の剣術の実習訓練が始まる。

普段から体を鍛えていないのでそんなことできるのかと不安もある。

それにマーガレットたち女子に剣術をさせて大丈夫なのだろうか。女子には実習自体危険なことのような気がして心配だ。


俺は学院の敷地を歩いていた。普段来ることのない場所。


たぶん、この建物に集合って話だよな。

ラフィーナの話では青色の建物であると聞いていた。他の建物とは一風変わっている。


俺は建物内を覗いてみると、そこに何人か見慣れた顔の学生がいるのを確認し、ここで合っていることを確信した。ここは体育館のような施設だ。


しばらく建物内にいると、徐々に学生が集まってきた。


「アシュルって剣術とかできるの?」

「もちろん、一度もやったことないよ。というか人に暴力をふるったこともないし。」


隣にきたフリーラが声をかけてきたので、自信のなさそうな表情でそう答えた。


しばらく待っていると、全員がそろった。それと同時に見慣れない人物が建物内に入ってきた。


「そろっているか。俺は王国騎士のウデール・ホースだ。今日から1週間お前たちに剣術を指南する。」


30歳くらいだろうか。屈強な体で、いかにも戦いに明け暮れているという感じの髭面の男性である。


「いいか。今日はそこにある木剣の素振りと打ち込みだ。幾つか型を示すからそれを見様見真似でやってみろ。素振りを様子をみて個別に指導していく。」


早速ウデールがそう指示すると、木剣で型の手本を示していく。


ビュっと風を切る鋭い剣筋。さすが本物の王国騎士であると惚れ惚れと眺めていた。


その後、学生たちは言われた通り、ひたすら素振りを繰り返していく。

横目で見ると、ラリオンが学生の中でも一際力強く木剣を振り下ろしている様子が伝わる。

そんなラリオンに対し、ウデールの指導も熱が入っているようだ。


しばらく素振りをしていると、俺の元にもウデールが回ってきた。


「お前、パワーはなさそうだが、剣筋が鋭いな。」


これはお世辞なのか分からないが、褒められて悪い気はしない。

確かにこの木剣のせいか分からないが、俺が素振りをすると想像以上に風圧が出ている気がする。


素振りを続けていると、何やら米俵を縦にしたような形をした1メートルほどの物体が運ばれてきた。


「こいつは魔物だと思え。お前らが一人でいるときに、魔物にかち合った状況を想像して、これに向かって剣を振れ。」


ウーデルが指示すると、ウデールが手本とばかりに物体に向けて木剣を激しくぶつける。


バシ、バシ!


重い音が建物内によく響いている。


この力強い音を聞いて、女子たちは怯んでいる様子だった。


「さぁ、やってみろ。」


ウーデルの号令で、標的物体の表側と裏側を目標に2人1組で打ち込んでいく。

1組あたり3分ずつ打っていくようだ。たが、3分間もひたすら打ち続けるので体力的にかなりしんどそうな様子。


「次!」


その声に合わせて、ラリオンとマーガレットが標的の前に立つ。そして、「はじめ!」という掛け声で3分間の地獄が始まる。


ラリオンの打ち込みは力強くて重い。標的もラリオンが3分間打ち続けていると少しへこんみができてきている。

木剣がしなっている。本当にパワーがすごい。


一方、マーガレットの様子を目で追うと、予想通り軽そうで弱々しい打ち込みだ。「えい!」という声を発しながら、木剣を打っているが体がうまくついてきていない。


「やめ!」という声が聞こえてくると、2人は打ち込みを止めた。


次はいよいよ俺の番か。

マーガレットも見ているので、少しは男らしいところを見せないとと意気込んだ。


「はじめ!」という合図を聞いて打ち始めたが、その後は無我夢中で木剣を打ち込んでいたため、周りの様子に気を止める余裕もなかった。


「やめ!」という声が聞こえると、俺も打ち込みをやめた。

俺は意外と3分間体力が持ちこたえたことに内心安堵していた。


だが、何やら周りが騒がしい様子だ。

俺は一体何があったのだろうと様子を窺うと、皆の視線は俺が打ち込んだ標的にあった。


俺もみんな何を見ているのだろうと標的の表面をよく見てみると、俺が打ち込んだ後にはノコギリで切り裂いたような跡が残っていた。


何だこれは・・・?


正直リアクションに困ったので、何も見なかったことにし、元いた場所にそそくさと戻った。


「アシュルの木剣だけ本物の剣やないの?」

「どうなんだろう。元々あの物体に切り込みがあって、たまたま僕の打ち込みで傷が表面にでてきたのじゃないかな。」


リサリィが俺にツッコミを入れてきたため、こう説明すると、周りにいた皆も「そうだよな」という様子で納得してくれたようだった。


実は先ほど打ち込んでいるときに、一度手に何か変な感覚があったが、特に意味はないだろうと自己解釈し、俺は気にするのをやめていた。


それからはひたすら素振りと打ち込みの日々。

あっという間に1週間が経過し、剣術実習の最終日を迎えた。


「今日は、プリビレッジの学生と合同訓練だ。魔法を使った剣術を見学する良い機会だ。プリビレッジの学生が練習しているときはしっかりその様子を見学してくれ。また、今日は物体でなく、対人相手に打ち込みをやってもらう。」


「えー。」「聞いてない。」という声が響き渡る。


素人がいきなり対人で打ち込むなんていくらなんでも。そもそも平民が対人相手に打ち込むことなんてできるのか。第一種王令があるのだから。


「先生、僕たちは平民なので対人相手には木剣を向けられないのではないでしょうか。」


ヒルメスが即座に疑問をぶつけてくれる。


「そうだが、この魔導具があれば問題ない。これをつけていると魔力干渉を受けない。平民あがりの王国騎士にはこれが付与される。」


ウーデルはそう言うと、ブレスレット型の魔導具らしきものを皆に見えるように高く掲げる。


なるほど、魔力干渉が可能というのであれば逆に、干渉を妨害することもできてもおかしくはない。


しかし、一体誰を相手に剣を交えるのだろうか。しかも「打ち込み」と言っていたような。


「お前ら心配するな。対人相手といっても、お前らが俺に向けて打ち込んでくるだけだ。俺はいなす程度はするが、お前らに攻撃はしない。基本的には物体に打ち込んでいるの同じと考えて良い。」


これを聞いてみんな安心した様子だった。怪我でもしたら大変だから。


そして、1人ずつウデール相手に木剣で打ち込んでいくが、ほとんどの者が攻撃を当てることができない。

センスの有りそうなあのラリオンでさえ、鋭い剣筋がウーデルに完全に見切られてしまっている。

当然ではあるが、俺も例外ではなかった。


俺の順番となり、ウーデル相手に打ち込んでみたが、彼のどこを狙っても全く当たる気配がなかった。どんなに良い攻撃をしても、相手の剣筋が超スピードで必ず追いついてくるという感覚であった。


俺の順番が終わった時、ウーデルは俺に近づいてきて、俺の耳元でつぶやいてきた。


「お前の剣、魔法のような力を感じるぞ。」


ウデールからの意外な言葉に驚きを隠せなかったが、皆のいる手前、冷静に聞き流すこととした。


全員がウーデル相手の打ち込みが終わった段階で、建物内の反対側にプリビレッジの学生が集まっていた。ちょうど練習を始めるタイミングのようだ。


「ではしばらく見学だ。俺はプリビレッジの学生を指導するからしっかり見ておくように。」


ウーデルはそう言い残すと、この場を去って行った。


平民学生たちはみんなでしばらくプリビレッジの学生の剣術実習をみていた。

全体として動きに切れの良さは目立っていたが、剣術に魔法の力が及んでいるのかは外見からはあまり良く分からなかった。

彼らも学生にすぎないので、魔法剣術を練習してそう日が経っていないのだろうと思われる。


1時間程度プリビレッジの練習を見学していたが、休憩時間に入るようで、一斉に練習が終わった。

ウーデルの「しばらく休憩だ。」という声が響いてくる。ウーデルはそう言うと、建物から出ていったようだ。


平民学生は、特にウーデルから何も指示されていないので、休憩時間と解釈し、複数のグループに分かれて各自地べたに座って談笑していた。


しばらく談笑をしていたところ、プリビレッジの学生が何人かこちらに近づいてくるのに気付いた。

これまでの経験からプリビレッジを相手にしてもろくなことがないので、たとえ何を言われても、俺は見て見ぬふりをしようとあらかじめ心に決めていた。


「おい、平民のゴミ共。お前らどうせろくに剣も振れないくせに、なんでここにいるんだ。」


案の定、近づいてきたプリビレッジ学生の一人であるシューリストが喧嘩腰でこちらに絡んでこようとする。


それにしてもあからさまな暴言に頭にくる。はっきり言って、こんな人間を相手にするだけ無駄なことである。無視だ、無視!


だが、俺は一つ大事なことを見落としていた。そう、フューゲルの存在だ。


「なんだと、てめー。プリビレッジだからっていい気に何だよ。こら。」


フューゲルは、やはりシューリストの挑発に簡単に乗ってしまった。


「しまった。」と思ったが、この流れはもう止められそうにもない。


「平民がプリビレッジに本当に勝てると思っているのか?」


シューリストの隣にいたラードも便乗して挑発を強める。


「勝てるさ。魔力があってもポンコツなやつはポンコツだ。」


フューゲルが絶対に言ってはならないであろうワードを口に出してしまう。


「お前!今の発言はプリビレッジに対する礼を欠いたもので、本来は処罰にも値する!でもそこまで言うなら証明したらどうだ?」


待ってましたとばかり、今度はあのウィル・ハーモスが加わってくる。

厄介な人間が出てきたと思ったのも束の間、フューゲルはもう引けないところまできていた。


「いいぜ。やってやろうじゃないか。」

「おい、シューリスト、模擬戦の相手してやれ。」


待ってましたとばかり、ウィルは二つ返事で応戦を指示する。

平民の学生からは「フューゲルやめなよ。」と制止する声がたくさん出ていたが、フューゲルは一切聞く耳を持たなかった。


そして、フューゲルはそこに置いてあった魔導具を左腕に装着し、木剣をもって構える。シューリストも同様に木剣を持った。


「始めろ!」


ウィルの掛け声があり、両者が「うぉー」という雄叫びを挙げながら相互に接近していく。

バン、バン、バン!


木剣が交差する音が何度も聞こえる。


これはもしかしたら良い勝負?フューゲルもなかなかいい動きをしている。

俺がそう思った次の瞬間、シューリストの動きが急に早くなり、物凄い一撃がフューゲルの顔付近に命中する。


ボン!!


鈍い音だ。フューゲルの左頬にもろに木剣が当たったのは誰の目からもわかった。

そして、フューゲルの左頬は一瞬で青黒く腫れ上がる。


これを見ていた周りからは「きゃー」という悲鳴も起きる。


この一撃で勝負は決していたように思われたが、シューリストはさらに執拗に木剣を振り続ける。


フューゲルはなんとか男の意地を見せ、なんとか木剣を振り応戦しようとするが、明らかに動きが鈍くなっており、弱々しい。


そして、シューリストは10発程、フューゲルに木剣をヒットさせると、フューゲルは大の字に倒れ込んでしまった。


それを見た俺とラリオンは、慌ててフューゲルのところに駆け寄る。


「大丈夫か!?フューゲル。しっかりしろ!」


フューゲルの体を揺さぶってそう声をかけたが、フューゲルから応答はなかった。

木剣に相当な威力があったためか、体全身が腫れている。これはもしかしたら何箇所か骨も折れているかもしれない。


「あのときと同じだな。平民がプリビレッジに逆らうとどうなるかようやく理解できたか?」


ウィルはニヤニヤしながら、フューゲルを心配する俺を見下したような顔で声をかけてくる。なんとも憎たらしい表情だ。


フューゲルの無念な思い、痛々しい姿、そして、あのときの記憶が俺から徐々に冷静さを失わせていくことに内心気づいていた。

だが、もはやどうしても怒りの感情を抑えることができない。こんな理不尽が許されてたまるか!


「あんたらいくらなんでもやりすぎだ。プリビレッジだからといってここまでやっても許されるのか。」

「模擬戦だろ。そこのへぼは模擬戦に承諾していた結果だから、学院規則に何ら抵触しない。」


くそ、どこまでも卑劣なやつ。

こんなことを見過ごしたら、俺に正義なんて語る資格はない。


この状況に置かれて、俺はそう考えてしまった。もうこの気持ちを止めることはできない。


「あんた、大将なのに部下ばっかりにやらせて卑怯者だな。」

「なんだと。てめーの相手はこの俺がやってやる。」

「では模擬戦で決着をつけよう。」


まさに頭に血が登ってくる感覚だ。

しかし、この男とは死ぬ気で戦う他ない。今度こそこの男に正義の鉄槌を下すために。


「アシュル、やめて。」


そのとき、少し離れた場所からか細い声が聞こえてきた。俺が目線を送ると、マーガレットだ。涙を流しながら不安そうな表情で俺を見ている。


マーガレットの姿をみて、先ほどの怒りだけの感情からはっと冷静な自分に戻っていた。

もうこの模擬戦はおさめることができない。だが、やるからには、勝つために冷静さを維持し、最善を尽くして戦おうと心に誓った。


俺はプリビレッジの練習を見ていて気づいたのは、動きは早いが、動作と動作に不自然な間があることが多いように感じていた。

それはおそらく魔力のコントロールに一定の間のようなものが必要ということかと解釈した。

そうであれば隙が必ずできる。俺はその隙だけを狙って全力で打ち込む。これが唯一の作戦だ。


「準備はできたか。それとも怖気ついたのか。」

「準備はできた。さぁ始めよう。」


この時、ウィルの挑発は俺に響いてこなかった。俺は魔導具を装着して、木剣を構える。ウィルもこれに呼応して木剣を構える。

そして、誰かの「はじめ」という合図で模擬戦が始まる。


とにかく距離を詰める。ウィルが俺の目の前で魔力を込めた瞬間に撃ち抜く。

そう何度も心につぶやき、「うぉー」と雄叫びをあげて距離を詰めていった。


ウィルは木剣を振りかざして俺をめがけて打ち込んでくる。俺は冷静にその動きを捉え、木剣を合わせて防御をする。

5、6回ほど打ち込まれていただろうか。すべて防ぎきった。


そろそろくる!


ウィルが木剣を自身の体付近で構えた格好をとったのを視認し、ここだと思いっきり、木剣をウィルの頭めがけて打ち込む。


ガシ!


しかし、一瞬だけウィルの木剣のスピードが上回って俺の渾身の一撃は防がれてしまった。


くっ。


そして、俺が木剣を引いた瞬間、ものすごい一振りが俺の顔付近に飛んでくる。

俺は身体全体を右に倒し、なんとかその一撃を交わす。

その瞬間、空振りしたウィルと目と目が合った。


それは1秒も満たない時間であったが、改めてこの瞬間、フューゲルのため、ユリウスのため、そして、マーガレットのため、強く勝ちたいという気持ちが湧き出てくる。

俺は体全身に力を伝えて、ウィルに立ち向かおうとしたが、そのとき体の中に気の流れのような物を感じ、動きが一瞬止まってしまう。


ウィルは俺の動きが鈍ったことを好機ととらえ、容赦なく木剣を打ち込んでくる。


さすがに、これは間に合わない・・・


俺は本能的に木剣を持っていない左腕でウィルの木剣から防御をとってしまう。


バン!


俺の左腕に木剣の物凄い一打がクリーンヒットした。


これは骨が折れたかもしれないと心の中でそう思ったが、それに反し、なぜか痛みを感じない。

これならまだやれる!

ウィルの木剣が左腕をとらえて、0.5秒も経っていないと思われるが、俺は右手の木剣を思いっきり、ウィルの左腕に向けて振り抜いた。


ズゴーン!


その音を耳にした瞬間、ウィルから「あああ!」と悲鳴のような声が耳に入ってきた。


俺は一瞬の間を経て、ウィルの動きを目で追うと、ウィルは俺から見て2メートル左に吹っ飛んで倒れていた。


俺はその場で呆然と直立し、ウィルの様子を凝視したが、ウィルは全く立ち上がる様子はない。

俺は、すぐさま周りにいたプリビレッジの学生が3、4人、ウィルに駆け寄っている様子をただ呆然と見ていた。


「ウィルさん、大丈夫ですか。」

「ううう。」


周りの呼びかけに、ウィルはうめき声をあげて、左腕の痛みに悶絶している様子だ。


「ウィルさん、腕が折れています。はやく治療しないと。」


シューリストがウィルの左腕の状態を確認し、すぐさま3人がかりでウィルを建物の外に連れて行った。全く俺の存在には見向きをしようともせずに。


ウィルを含むプリビレッジの学生が建物から出ていくのを確認して、俺の周りにたくさんの平民学生が駆け寄ってきた。


「凄いよアシュル。魔法剣術に勝つなんて。」

「アシュル!お前最高かよ!」


誰の声かは分からなかった。けれども、平民の学生が全員で俺を取り囲んで歓喜の輪を作っているということは分かった。


そうか。俺はあの男に勝てたんだ・・・。


急に妙な倦怠感がでてきて、フラフラと俺は座り込んでしまった。

その後のことはあまり覚えていない。意識はあったのだが、倦怠感がしばらく消えなかったためである。


その後、聞いた話では、戻ってきたウーデルがその場を収拾させて、フューゲルを治療室に連れていき、この日の講義は解散となったそうだ。

また、リサリィが浮かれながら、少し離れたところから、高身長のイケメンが一部始終を見ていた話していた。


おそらく今回の件、報復がきっとあるだろう。今度は何をされるのかと想像すると、正直怖い。

気持ちが落ち着いたらウィルらの報復対策をしっかりと考えておかないといけない。


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